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2.「寮生活開始」
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バスから降りた瞬間、私たちは立ち尽くした。
立入禁止という文字と一緒にヘルメットをかぶった人が申し訳なさそうにお辞儀をしている絵が描かれた看板が立ててある。確かに、ドリルの音や鉄と鉄がぶつかる音などが響いていて絶賛工事中のようだ。
「……先生、どうしますか?」
「……………」
相澤先生は、全く予想していなかったというふうに唖然としていた。
バスの運転手さんも出てきて「珍しいなぁ」とつぶやく。すると、相澤先生のポケットの中から着信音が短く鳴った。
「はい」
運動場に目を向けたまま電話に出ると、暫く沈黙したのちに「わかりました」と言って会話を終え、乱暴に頭をかきながら私に向き直る。
「前の授業で大規模な破壊があったらしい。危ないから使うなだとさ」
いくぞ、とバスの方へ歩き出した相澤先生の後を追いかける。
「そうなるとどこで授業するんですか?」
「授業はしない。帰る」
「え?」
運転手さんにドアを開けてもらい乗り込むと、来たときと同じ席に座る相澤先生。私は会話がしやすいように通路を挟んだ隣の席に座った。
「帰るって、自習になるんですか?」
「いや、自習にはならない」
「じゃあ何をするんですか?」
「寮に帰る」
「……えぇ?」
全く予想外の答えに驚くほかない。何かトラブルがあれば自習になるのが決まりだと思っていたけれどそうじゃないのか。やっぱり義務教育を終えた先にある高校は違うんだなぁ。
そういえば、本来この時間は"個性"を使った授業をする予定のはずだったけれど、運動場で何をするつもりだったのだろうか。私の"個性"は「思考実現」で運動場のような建物が密集している場所に必要性は感じない。
そのことについて相澤先生に聞いてみると、「授業中にお前が"個性"を使うことはない」とのことだった。それって、つまり、どういうことだ。
「俺の授業方針だ」
いくら自由な校風とはいえ"個性"を学びに来た生徒にそんな殺生な。そもそも流石にそれは学校側が黙っていないのではないだろうかと反発心が芽生え始める。
しかし、相澤先生のことだから何かしら考えがあるのだろう。そうに違いない。そうであるはずだ。
半ば強引に自分を納得させると、相澤先生が思い出した風に声を上げた。
「着いたら買い出しにいくか。家電製品は一式揃ってるが消耗品は一切置いてなかったぞ」
この後、当然のように買い出しに付き合ってくれた相澤先生には感謝しかない。私一人だと買い忘れの一つや二つや三つあっただろうが、何かとしっかりしている相澤先生がいてくれたおかげで必要なものは全て一度の買い物で揃えることができた。もちろん、会計は私のお財布からだ。
買ったものは全てひとまとめに寮へ配達してもらうことにして一足先に帰ってきた私たちは少し休憩することにした。
「ペプシとファンタとコーラ、どれがいいですか?」
途中スーパーに寄って買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら食卓の席についている相澤先生を見れば、嫌そうな顔をしている。
「なんで炭酸しかないんだ」
「……そういえばそうですね」
気分的にシュワッとしたものが飲みたかったので炭酸飲料ばかり買ってしまっている。しかし、別に茶葉を買ったはずだ。
袋の中の物を全て冷蔵庫に入れてようやく見つけた茶葉の缶を取り出し炊事場へ向かう。
「急須はまだ届いてないぞ」
「!」
缶の内蓋を外したところで呆れたような相澤先生の声がかかり、ハッとした。そうだ、急須は一まとめにしたダンボールの中にある。それがここに届くにはまだ時間がかかるはずだ。
「ほんと抜けてるよな」
追い打ちをかけるように溜め息が聞こえる。私は顔が熱くなるのを感じながら乱暴に缶の蓋を閉めた。
「ちょっと忘れてただけです!」
「どうだか」
ついさっき買ったであろうゼリー飲料を飲み始める相澤先生。
「お前は昔から抜けてるところがある」
「なッ…?!抜けてません!忘れてたんです!人は忘れる生き物ですから仕方のないことなんです!」
恥ずかしさから怒りに転じて地団駄を踏む私に「はいはい」と言いながら空になったゼリー飲料のパックを握りつぶす。そして、未だ怒り収まらぬ私の頭をポンと叩いた。
「先生は次の授業に行ってくるから良い子は早く飯食って寝なさい」
「あっ、逃げるんですか?!」
逃がすまいと手を伸ばすが綺麗に躱されてしまう。すばしっこい猫を追いかけているような感覚で相澤先生を追いかける。
台所から玄関までの距離は短いはずなのだけれど、私は激しく息切れをしていた。相澤先生は言うまでもなく息一つ切らしておらず、呑気に座ってブーツを履いている。
情けなさと理不尽な屈辱に拳を震わせていると、ふと先生が私を振り返って仰ぎ見た。
「何か他にいるものがあったら連絡してくれ。仕事終わりに買ってくるから」
そう言って名刺を差し出される。とてもシンプルなデザインで、裏面に相澤先生の電話番号とメールアドレスらしきものが書かれてあった。
「ご丁寧にありがとうございます……って、いやいやいやいや!そんな使いっぱしりみたいなこと先生に頼めるわけないじゃないですか!」
「なんで?」
「なんでって……相澤先生にも相澤先生のご家庭があるわけですし、そこまでしてもらうのは申し訳ないというか…」
そもそも相澤先生の言い方がまるで自分もここに住むような言い方で変に緊張してしまう。
語尾を濁した私を先生は不思議そうに見つめた後眉間に皺を寄せて言った。
「何か勘違いしてるみたいだな。まあ、俺が言い忘れてたのがいけなかったんだが…」
「?」
立ち上がり私と向き合う相澤先生。なんだか嫌な予感がする。
「実家暮らしにするにしろ寮暮らしにするにしろ、俺がお前と寝食を共にすることに変わりはない。だから言うなれば俺の家庭は今日からこの家と壽だ」
「……………は、初耳です…」
「うん、今初めて言ったからね。でもそこまで気にすることはない。俺は仕事が忙しくてまずここに帰ることはないから俺はいないものと思ってくれていい」
「え、でも、それは」
「時間がないからもう行く」
「あ、相澤先生!」
言うが早いか、ドアを開けて出て行った相澤先生。私も慌てて靴を履いて外に出るが、先生の姿はもうどこにも見当たらなかった。
「……矛盾してますよ先生…」
寝食を共にするといいつつ、寮に帰らないなんて。「俺の家庭はこの家と壽だ」という発言に不覚にもドキッとしてしまったのに。ただただ恥ずかしい。恥ずかしさしかない。
まあそれはそれとして!相澤先生が私に気を遣ってくれていることは間違いない。それを裏付けるがごとく相澤先生は私のパートナーになることを決めたのは自分だと言っていたではないか!そう前向きに考えていかないと本当に恥ずかしい。
そうなれば私がすることは一つだ。これから3年間パートナーとしてお世話になる相澤先生に窮屈な思いをさせないように、食事が毎回ゼリーにならないように私が努めなければ。
荷物が到着するのを待って、相澤先生と生活する覚悟の旨を伝えにいこうと決めた。
立入禁止という文字と一緒にヘルメットをかぶった人が申し訳なさそうにお辞儀をしている絵が描かれた看板が立ててある。確かに、ドリルの音や鉄と鉄がぶつかる音などが響いていて絶賛工事中のようだ。
「……先生、どうしますか?」
「……………」
相澤先生は、全く予想していなかったというふうに唖然としていた。
バスの運転手さんも出てきて「珍しいなぁ」とつぶやく。すると、相澤先生のポケットの中から着信音が短く鳴った。
「はい」
運動場に目を向けたまま電話に出ると、暫く沈黙したのちに「わかりました」と言って会話を終え、乱暴に頭をかきながら私に向き直る。
「前の授業で大規模な破壊があったらしい。危ないから使うなだとさ」
いくぞ、とバスの方へ歩き出した相澤先生の後を追いかける。
「そうなるとどこで授業するんですか?」
「授業はしない。帰る」
「え?」
運転手さんにドアを開けてもらい乗り込むと、来たときと同じ席に座る相澤先生。私は会話がしやすいように通路を挟んだ隣の席に座った。
「帰るって、自習になるんですか?」
「いや、自習にはならない」
「じゃあ何をするんですか?」
「寮に帰る」
「……えぇ?」
全く予想外の答えに驚くほかない。何かトラブルがあれば自習になるのが決まりだと思っていたけれどそうじゃないのか。やっぱり義務教育を終えた先にある高校は違うんだなぁ。
そういえば、本来この時間は"個性"を使った授業をする予定のはずだったけれど、運動場で何をするつもりだったのだろうか。私の"個性"は「思考実現」で運動場のような建物が密集している場所に必要性は感じない。
そのことについて相澤先生に聞いてみると、「授業中にお前が"個性"を使うことはない」とのことだった。それって、つまり、どういうことだ。
「俺の授業方針だ」
いくら自由な校風とはいえ"個性"を学びに来た生徒にそんな殺生な。そもそも流石にそれは学校側が黙っていないのではないだろうかと反発心が芽生え始める。
しかし、相澤先生のことだから何かしら考えがあるのだろう。そうに違いない。そうであるはずだ。
半ば強引に自分を納得させると、相澤先生が思い出した風に声を上げた。
「着いたら買い出しにいくか。家電製品は一式揃ってるが消耗品は一切置いてなかったぞ」
この後、当然のように買い出しに付き合ってくれた相澤先生には感謝しかない。私一人だと買い忘れの一つや二つや三つあっただろうが、何かとしっかりしている相澤先生がいてくれたおかげで必要なものは全て一度の買い物で揃えることができた。もちろん、会計は私のお財布からだ。
買ったものは全てひとまとめに寮へ配達してもらうことにして一足先に帰ってきた私たちは少し休憩することにした。
「ペプシとファンタとコーラ、どれがいいですか?」
途中スーパーに寄って買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら食卓の席についている相澤先生を見れば、嫌そうな顔をしている。
「なんで炭酸しかないんだ」
「……そういえばそうですね」
気分的にシュワッとしたものが飲みたかったので炭酸飲料ばかり買ってしまっている。しかし、別に茶葉を買ったはずだ。
袋の中の物を全て冷蔵庫に入れてようやく見つけた茶葉の缶を取り出し炊事場へ向かう。
「急須はまだ届いてないぞ」
「!」
缶の内蓋を外したところで呆れたような相澤先生の声がかかり、ハッとした。そうだ、急須は一まとめにしたダンボールの中にある。それがここに届くにはまだ時間がかかるはずだ。
「ほんと抜けてるよな」
追い打ちをかけるように溜め息が聞こえる。私は顔が熱くなるのを感じながら乱暴に缶の蓋を閉めた。
「ちょっと忘れてただけです!」
「どうだか」
ついさっき買ったであろうゼリー飲料を飲み始める相澤先生。
「お前は昔から抜けてるところがある」
「なッ…?!抜けてません!忘れてたんです!人は忘れる生き物ですから仕方のないことなんです!」
恥ずかしさから怒りに転じて地団駄を踏む私に「はいはい」と言いながら空になったゼリー飲料のパックを握りつぶす。そして、未だ怒り収まらぬ私の頭をポンと叩いた。
「先生は次の授業に行ってくるから良い子は早く飯食って寝なさい」
「あっ、逃げるんですか?!」
逃がすまいと手を伸ばすが綺麗に躱されてしまう。すばしっこい猫を追いかけているような感覚で相澤先生を追いかける。
台所から玄関までの距離は短いはずなのだけれど、私は激しく息切れをしていた。相澤先生は言うまでもなく息一つ切らしておらず、呑気に座ってブーツを履いている。
情けなさと理不尽な屈辱に拳を震わせていると、ふと先生が私を振り返って仰ぎ見た。
「何か他にいるものがあったら連絡してくれ。仕事終わりに買ってくるから」
そう言って名刺を差し出される。とてもシンプルなデザインで、裏面に相澤先生の電話番号とメールアドレスらしきものが書かれてあった。
「ご丁寧にありがとうございます……って、いやいやいやいや!そんな使いっぱしりみたいなこと先生に頼めるわけないじゃないですか!」
「なんで?」
「なんでって……相澤先生にも相澤先生のご家庭があるわけですし、そこまでしてもらうのは申し訳ないというか…」
そもそも相澤先生の言い方がまるで自分もここに住むような言い方で変に緊張してしまう。
語尾を濁した私を先生は不思議そうに見つめた後眉間に皺を寄せて言った。
「何か勘違いしてるみたいだな。まあ、俺が言い忘れてたのがいけなかったんだが…」
「?」
立ち上がり私と向き合う相澤先生。なんだか嫌な予感がする。
「実家暮らしにするにしろ寮暮らしにするにしろ、俺がお前と寝食を共にすることに変わりはない。だから言うなれば俺の家庭は今日からこの家と壽だ」
「……………は、初耳です…」
「うん、今初めて言ったからね。でもそこまで気にすることはない。俺は仕事が忙しくてまずここに帰ることはないから俺はいないものと思ってくれていい」
「え、でも、それは」
「時間がないからもう行く」
「あ、相澤先生!」
言うが早いか、ドアを開けて出て行った相澤先生。私も慌てて靴を履いて外に出るが、先生の姿はもうどこにも見当たらなかった。
「……矛盾してますよ先生…」
寝食を共にするといいつつ、寮に帰らないなんて。「俺の家庭はこの家と壽だ」という発言に不覚にもドキッとしてしまったのに。ただただ恥ずかしい。恥ずかしさしかない。
まあそれはそれとして!相澤先生が私に気を遣ってくれていることは間違いない。それを裏付けるがごとく相澤先生は私のパートナーになることを決めたのは自分だと言っていたではないか!そう前向きに考えていかないと本当に恥ずかしい。
そうなれば私がすることは一つだ。これから3年間パートナーとしてお世話になる相澤先生に窮屈な思いをさせないように、食事が毎回ゼリーにならないように私が努めなければ。
荷物が到着するのを待って、相澤先生と生活する覚悟の旨を伝えにいこうと決めた。