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2.「寮生活開始」
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特別クラスという私の入学に合わせて設立された自分の教室がない私はホームルームに出る必要がなかった。その代わり、相澤先生から直接連絡事項を聞くという形になる。
その後、先生に普通科クラスへ案内されて数学や現国など一般教養を受けた。クラスの子は比較的真面目な子ばかりで授業中の私語はなく、かといって緊張感が漂っているわけでもなく私の好きな雰囲気で受けられた。
私が授業を受けている間、相澤先生は同じ階にある準備室にいたり担当する授業がある時はそっちへ行っていたそうだ。カリキュラムにあった“常に行動を共にする”というのは“常にそばにいる”ということではないらしい。
昼休憩に入ると、私は相澤先生に連れられて学食へやってきた。
「適当に席とってろ」
相澤先生に言われた通り、適当な二人席をとって座って待つことにする。
食堂は生徒たちでごった返しており、全体にカレーやラーメンなど昼食の芳ばしい香りが充満している。すでに食事を開始している人もいて、その食べっぷりは見ていて気持ちのいいものだった。
胃が急速に縮んでいくのがわかる。カウンターの上を見れば、写真付きのメニューが書かれていてどれも私の食欲をかきたてた。お米を使ったメニューが豊富だ。
今回は入学祝にと相澤先生が奢ってくれるというので、ありがたく甘えることにした。メニューはリクエストしていないから何がくるのかお楽しみだ。とにもかくにも、これだけお腹は空いているし、見ているだけで美味しそうなランチラッシュ先生が作るごはんなら何が来ても喜んで食べるだろう。
まあ、しいていうならピザトーストDX(巨大食パンの上に直径30センチのピザが丸々のっている)が気になる。まさかお米メインの食堂で、しかもボリューム満点のそのメニューを先生がピンポイントで注文するとは思えないけれど──
「20分で食べろよ」
「……………」
向かいの席にどっかりと座って、ゼリー飲料をどこからともなく取り出し飲み始めた相澤先生。そして私の目の前にはピザトーストDX。すごい、写真で見るよりもでかいかもしれない。
「相澤先生ってやっぱり読心術こころえてますか?」
「は、なんで?」
一瞬で飲み干したゼリー飲料の空袋をねじり潰しポカンとする相澤先生。私は「なんでもないです」と、ご丁寧に食べやすいサイズに切り分けられてあるピザトーストのワンピースを取って口に運んだ。
「……おいしい!」
さすがランチラッシュ先生。噂で聞いてはいたけれど、彼が作る料理は格別だ。いくらボリューミーでもあっという間に食べきれそうだ。成長期真っ盛りの男子なんかは続けて注文するんじゃないかな。
相澤先生はどうしてこんなに美味しい学食があるのにゼリー飲料を食べるんだろう。
「相澤先生、これすっごくおいしいですよ!先生も食べませんか?」
と、言っても相澤先生が奢ってくれたものなんだけれど。
「……相澤先生?」
相澤先生は何か考え事をしているみたいだった。先生、ともう一度呼びかけると、ハッとして「ひとりで食べればいいよ」と言っていた。
「………」
無理もないと思う。
相澤先生は今年から通常の仕事に加えて私のお守り(パートナーという聞こえの良い役職名を使っているけれど正しくはそういうこと)が増えた。仕事に追われているのは間違いない。きっと今この時間も惜しいはずだ。
私は先の飲料ゼリーを慣れたように一瞬で飲み干す相澤先生を思い出した。
「手が止まってるぞ」
「!」
気が付けば、頬杖をついた相澤先生が私を見て人差し指で机をトントン、と叩いていた。
「す、すみません」
手に持ったままだったトーストからはチーズが垂れていて、お皿にくっついている。テーブルの中央に置かれているケースの中からフォークを取り出して掬い上げた。
相澤先生が言っていた20分まであと5分しかない。残りは3分の1程度。冷めてしまってはいるけれど、それでも美味しいこのトーストは素晴らしかった。
「──なんふんへふかッ?!」
最後の一口を押し込んで聞けば相澤先生は時計を見てニッと笑った。
「20分ジャストだ」
お世辞にも素敵な笑顔と言えないその顔は一分でも時間を過ぎれば何かしら罰を与えられていただろうと思わざるを得ない。
「いくぞ」と立ち上がった相澤先生は私が食べ終わったトレーを返却口に置いて出口へ向かう。うん、やっぱり優しい。
口の中にあるものを飲み込みながら相澤先生の隣に駆け寄る。すると、ペットボトルを差し出された。
「急がして悪いな。この後、バス乗って運動場に行くから時間がないんだ。あ、それ開けてないやつだから」
「ありがとうございます…」
本当にどこまでも気がきくというか、それ以上に面倒見がいいというか。もしかして相澤先生のその面倒見の良さから私のパートナーに抜擢されたのだろうか。と、そんなことを思った。
ありがたくもらった水を飲んでいると、相澤先生がこちらに視線を寄越しているのに気が付いた。
「どうかしましたか?」
そう聞けば、軽く溜め息をついて前を向く。これは、呆れられてしまったのだろうか。しかし、どこに呆れられたのかわからない。歩きながら水を飲んだのが悪かったのだろうか。
「言っておくが……パートナーには俺から志願した。だからお前が俺の仕事が増えるだどうのと気兼ねすることはない」
「!」
校舎を出るとバスが見えてきた。きっとあのバスで運動場にいくのだろう。
「先生ってやっぱり読心術こころえてますよね?」
「だからなんでだよ。……お前はそういうことを気にする奴だから誤解を生まないために言ったまでだ」
先にバスに乗り込んだ相澤先生は、すぐ近くの二人席に座った。窓枠に肘をかけるように座ったのですぐ隣が開いていたけれど、席がたくさんあるのにわざわざそこへ座るのは気が引けて一つ前の一人席に座ることにした。
ブザーが鳴って扉が閉まると、バスはゆっくりと発車した。
私は流れる景色を見ながら考える。
『お前はそういうことを気にする奴だから』その言葉が気になっていた。確かに私はそういう奴だ。"個性"のこともあって、色々と考えてしまう傾向にある。それゆえに中学校では一人も友人ができなかった。しかし、何度も言うけれど私と相澤先生が会ったのは昨日が初めてだ。間違いない。それなのにどうして私がそういう奴だと決められるだろうか。中学校の先生に聞いたから?それともたくさんの生徒を見てきて、短い時間で生徒の性格を見分けられるようになったから?
たぶん、違う。
「相澤先生」
振り返ると、私と同じく窓の外を見ていたらしい相澤先生がこちらに顔を向けて首を傾げた。
「なんだ」
名前を呼んだまま続きを喋らない私に先生は不思議そうな顔をする。
「⋯⋯」
時々、私を辛そうな顔で見ますよね?
「……さっきはありがとうございました。お昼ごはんすごく美味しかったし、色々と気を遣ってくださって嬉しかったです」
質問をする勇気はなかった。代わりにお礼を言うと相澤先生は「そうか」と素っ気なく言って再び景色を眺め始める。
「あ·····」
『相澤先生って照れるとぶっきらぼうになるんだよね』今朝、自然に口にした言葉を思い出した。
「……やっぱり変」
「何か言ったか?」
「い、いえ何も」
私はある一つの仮定を立てる。
その後、先生に普通科クラスへ案内されて数学や現国など一般教養を受けた。クラスの子は比較的真面目な子ばかりで授業中の私語はなく、かといって緊張感が漂っているわけでもなく私の好きな雰囲気で受けられた。
私が授業を受けている間、相澤先生は同じ階にある準備室にいたり担当する授業がある時はそっちへ行っていたそうだ。カリキュラムにあった“常に行動を共にする”というのは“常にそばにいる”ということではないらしい。
昼休憩に入ると、私は相澤先生に連れられて学食へやってきた。
「適当に席とってろ」
相澤先生に言われた通り、適当な二人席をとって座って待つことにする。
食堂は生徒たちでごった返しており、全体にカレーやラーメンなど昼食の芳ばしい香りが充満している。すでに食事を開始している人もいて、その食べっぷりは見ていて気持ちのいいものだった。
胃が急速に縮んでいくのがわかる。カウンターの上を見れば、写真付きのメニューが書かれていてどれも私の食欲をかきたてた。お米を使ったメニューが豊富だ。
今回は入学祝にと相澤先生が奢ってくれるというので、ありがたく甘えることにした。メニューはリクエストしていないから何がくるのかお楽しみだ。とにもかくにも、これだけお腹は空いているし、見ているだけで美味しそうなランチラッシュ先生が作るごはんなら何が来ても喜んで食べるだろう。
まあ、しいていうならピザトーストDX(巨大食パンの上に直径30センチのピザが丸々のっている)が気になる。まさかお米メインの食堂で、しかもボリューム満点のそのメニューを先生がピンポイントで注文するとは思えないけれど──
「20分で食べろよ」
「……………」
向かいの席にどっかりと座って、ゼリー飲料をどこからともなく取り出し飲み始めた相澤先生。そして私の目の前にはピザトーストDX。すごい、写真で見るよりもでかいかもしれない。
「相澤先生ってやっぱり読心術こころえてますか?」
「は、なんで?」
一瞬で飲み干したゼリー飲料の空袋をねじり潰しポカンとする相澤先生。私は「なんでもないです」と、ご丁寧に食べやすいサイズに切り分けられてあるピザトーストのワンピースを取って口に運んだ。
「……おいしい!」
さすがランチラッシュ先生。噂で聞いてはいたけれど、彼が作る料理は格別だ。いくらボリューミーでもあっという間に食べきれそうだ。成長期真っ盛りの男子なんかは続けて注文するんじゃないかな。
相澤先生はどうしてこんなに美味しい学食があるのにゼリー飲料を食べるんだろう。
「相澤先生、これすっごくおいしいですよ!先生も食べませんか?」
と、言っても相澤先生が奢ってくれたものなんだけれど。
「……相澤先生?」
相澤先生は何か考え事をしているみたいだった。先生、ともう一度呼びかけると、ハッとして「ひとりで食べればいいよ」と言っていた。
「………」
無理もないと思う。
相澤先生は今年から通常の仕事に加えて私のお守り(パートナーという聞こえの良い役職名を使っているけれど正しくはそういうこと)が増えた。仕事に追われているのは間違いない。きっと今この時間も惜しいはずだ。
私は先の飲料ゼリーを慣れたように一瞬で飲み干す相澤先生を思い出した。
「手が止まってるぞ」
「!」
気が付けば、頬杖をついた相澤先生が私を見て人差し指で机をトントン、と叩いていた。
「す、すみません」
手に持ったままだったトーストからはチーズが垂れていて、お皿にくっついている。テーブルの中央に置かれているケースの中からフォークを取り出して掬い上げた。
相澤先生が言っていた20分まであと5分しかない。残りは3分の1程度。冷めてしまってはいるけれど、それでも美味しいこのトーストは素晴らしかった。
「──なんふんへふかッ?!」
最後の一口を押し込んで聞けば相澤先生は時計を見てニッと笑った。
「20分ジャストだ」
お世辞にも素敵な笑顔と言えないその顔は一分でも時間を過ぎれば何かしら罰を与えられていただろうと思わざるを得ない。
「いくぞ」と立ち上がった相澤先生は私が食べ終わったトレーを返却口に置いて出口へ向かう。うん、やっぱり優しい。
口の中にあるものを飲み込みながら相澤先生の隣に駆け寄る。すると、ペットボトルを差し出された。
「急がして悪いな。この後、バス乗って運動場に行くから時間がないんだ。あ、それ開けてないやつだから」
「ありがとうございます…」
本当にどこまでも気がきくというか、それ以上に面倒見がいいというか。もしかして相澤先生のその面倒見の良さから私のパートナーに抜擢されたのだろうか。と、そんなことを思った。
ありがたくもらった水を飲んでいると、相澤先生がこちらに視線を寄越しているのに気が付いた。
「どうかしましたか?」
そう聞けば、軽く溜め息をついて前を向く。これは、呆れられてしまったのだろうか。しかし、どこに呆れられたのかわからない。歩きながら水を飲んだのが悪かったのだろうか。
「言っておくが……パートナーには俺から志願した。だからお前が俺の仕事が増えるだどうのと気兼ねすることはない」
「!」
校舎を出るとバスが見えてきた。きっとあのバスで運動場にいくのだろう。
「先生ってやっぱり読心術こころえてますよね?」
「だからなんでだよ。……お前はそういうことを気にする奴だから誤解を生まないために言ったまでだ」
先にバスに乗り込んだ相澤先生は、すぐ近くの二人席に座った。窓枠に肘をかけるように座ったのですぐ隣が開いていたけれど、席がたくさんあるのにわざわざそこへ座るのは気が引けて一つ前の一人席に座ることにした。
ブザーが鳴って扉が閉まると、バスはゆっくりと発車した。
私は流れる景色を見ながら考える。
『お前はそういうことを気にする奴だから』その言葉が気になっていた。確かに私はそういう奴だ。"個性"のこともあって、色々と考えてしまう傾向にある。それゆえに中学校では一人も友人ができなかった。しかし、何度も言うけれど私と相澤先生が会ったのは昨日が初めてだ。間違いない。それなのにどうして私がそういう奴だと決められるだろうか。中学校の先生に聞いたから?それともたくさんの生徒を見てきて、短い時間で生徒の性格を見分けられるようになったから?
たぶん、違う。
「相澤先生」
振り返ると、私と同じく窓の外を見ていたらしい相澤先生がこちらに顔を向けて首を傾げた。
「なんだ」
名前を呼んだまま続きを喋らない私に先生は不思議そうな顔をする。
「⋯⋯」
時々、私を辛そうな顔で見ますよね?
「……さっきはありがとうございました。お昼ごはんすごく美味しかったし、色々と気を遣ってくださって嬉しかったです」
質問をする勇気はなかった。代わりにお礼を言うと相澤先生は「そうか」と素っ気なく言って再び景色を眺め始める。
「あ·····」
『相澤先生って照れるとぶっきらぼうになるんだよね』今朝、自然に口にした言葉を思い出した。
「……やっぱり変」
「何か言ったか?」
「い、いえ何も」
私はある一つの仮定を立てる。