未変換の場合、寿(ことぶき)命(みこと)になります。
1.「はじまったロク」
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すでに壽は殺風景な体育館の中心に置かれた唯一のパイプ椅子に居心地悪そうに座って待っていた。その後ろ姿は幼く、記憶に焼き付いている大人びた壽と比べると初々しい。
俺たちの足音に気が付いた壽は、見てわかるように姿勢を正し真っ直ぐに前を向いた。こんな状況とはいえ、入学式に来ているという自覚がありありと伝わってくる。それを見た校長が後ろを歩く俺を振り返ってボソボソ言う。
「やっぱり入学式やって良かったね。彼女、こういう行事は大切にしてきたタイプだ」
この学校の自由な方針により、入学式を飛ばし、すぐに授業へ入るクラスもある。そんな中、校長直々に入学式をやろうと決めたのには理由が……なかった。そもそも入学式をやるのは当然のことで、生徒を式に出さない担任が異常だ。俺もクラスを持てば式に出さず個性把握テストでもするだろうから人のことは言えないが。
つまり、今年は異常中の異常で全クラスが生徒を式に出さず授業に移る形をとったのでいっそのこと入学式を取りやめようとなったのだが壽の存在を思い出して決行したまでだ。壽には申し訳ないが過去最悪に寂しい入学式となっている。
校長が喋っている最中、壽は顔を引きつらせながらも真面目に話を聞いていた。抜けたところもあるが基本的に真面目で素直なところが壽の良いところだ。だからこそ、その特別な"個性"を授かったのだろう。だからこそ、俺はあの時、壽を見殺しにしたのだ。
目が合った。ちょうど校長が俺の紹介をしている時だった。壽は目を丸くして不思議そうに俺を見ている。何も知らない壽の目の前で本人の死に際を思い出していたことに決まりが悪く目を反らした。そのあともしばらく壽の視線を感じていた。
「相澤先生」
呼び止めたのは自分だが、名前を呼ばれた瞬間目元の見えない傷がジクリと痛んだ。
俺を呼ぶ声は記憶の中にいるあいつの声そのものだった。本人なんだから当然だが、一番新しい記憶にある痛みに苦しむ壽の声じゃないことに安堵した。
気を取り直して職員室まで誘導する。6度目ともなると話題が底を尽きてしまうのが問題だった。もともと無駄話はしない方だから余計に困る。6回も同じ時間を繰り返しているのは自分だけだから同じ質問をしてもいいんだが、それこそ無駄話の気がしてならない。
壽は、友好的な性格だった。初対面でも自分から話題をふり仲を深めていくスタイルを持っていたが、どうにも初めて過去に遡って以来、奥手な性格になってしまったようだった。本来の壽は"国の個性"を持っていても疎まれることなく、友人は多く誰からも好かれる人間だった。時空を歪めた対価だろうか。それでも壽の本質である真面目で素直な性格は健在で、それゆえにイジメに合った様子もないことが救いだった。
奥手になってしまった壽から話題が湧くでもなく、沈黙を維持したまま階段を上っていると、突然のことに俺は踊り場でいったん足を止めることになる。
「あの、どうして入学式なのに私しかいなかったんでそっ………しょうか?」
振り返れば顔を真っ赤にした壽が視線をそらした。
2回目以降、この場面で壽から話しかけてきたのは初めてのことだった。
軽く衝撃を受けたが、大したことではないと思い返答する。過去の5回、同じ時間を繰り返してきた俺が未来を変えようと様々な行動を起こしてきた以上、このような「いつもと少し違う」ことは何度も体験してきた。その度に希望を見たがやはり未来には絶望しかなかった。
職員室で流れ作業のごとくざっとこれからのことを説明して同意書を持たせた。壽は相変わらずプロの気に当てられてどぎまぎしていたが、俺の説明にしっかりと相槌を打っていた。寮生活即答は何度聞いても清々しい。
最後に締めとして激励とまでは言わないが、ひとこと言おうとした時、また目元にあの痛みが走った。
時間は有限。
まさに壽のことだ。壽は、この三年間で教師になることを夢見て大学に進み、実習生としてこの雄英に帰ってくる。そして、俺が担任を務めるクラスに配属され、救助訓練の際に出くわした敵との戦闘中に命を落とす。
たとえ死日を変えられなくとも、教師という夢を変えられれば壽はその日、死ぬことはなくなる。だから、
「3年間、しっかり将来を見極めろ」
緊張したように、しかし俺の意思を感じ取ったように頷いた壽は、あの日の壽と同じ顔をしていた。
俺たちの足音に気が付いた壽は、見てわかるように姿勢を正し真っ直ぐに前を向いた。こんな状況とはいえ、入学式に来ているという自覚がありありと伝わってくる。それを見た校長が後ろを歩く俺を振り返ってボソボソ言う。
「やっぱり入学式やって良かったね。彼女、こういう行事は大切にしてきたタイプだ」
この学校の自由な方針により、入学式を飛ばし、すぐに授業へ入るクラスもある。そんな中、校長直々に入学式をやろうと決めたのには理由が……なかった。そもそも入学式をやるのは当然のことで、生徒を式に出さない担任が異常だ。俺もクラスを持てば式に出さず個性把握テストでもするだろうから人のことは言えないが。
つまり、今年は異常中の異常で全クラスが生徒を式に出さず授業に移る形をとったのでいっそのこと入学式を取りやめようとなったのだが壽の存在を思い出して決行したまでだ。壽には申し訳ないが過去最悪に寂しい入学式となっている。
校長が喋っている最中、壽は顔を引きつらせながらも真面目に話を聞いていた。抜けたところもあるが基本的に真面目で素直なところが壽の良いところだ。だからこそ、その特別な"個性"を授かったのだろう。だからこそ、俺はあの時、壽を見殺しにしたのだ。
目が合った。ちょうど校長が俺の紹介をしている時だった。壽は目を丸くして不思議そうに俺を見ている。何も知らない壽の目の前で本人の死に際を思い出していたことに決まりが悪く目を反らした。そのあともしばらく壽の視線を感じていた。
「相澤先生」
呼び止めたのは自分だが、名前を呼ばれた瞬間目元の見えない傷がジクリと痛んだ。
俺を呼ぶ声は記憶の中にいるあいつの声そのものだった。本人なんだから当然だが、一番新しい記憶にある痛みに苦しむ壽の声じゃないことに安堵した。
気を取り直して職員室まで誘導する。6度目ともなると話題が底を尽きてしまうのが問題だった。もともと無駄話はしない方だから余計に困る。6回も同じ時間を繰り返しているのは自分だけだから同じ質問をしてもいいんだが、それこそ無駄話の気がしてならない。
壽は、友好的な性格だった。初対面でも自分から話題をふり仲を深めていくスタイルを持っていたが、どうにも初めて過去に遡って以来、奥手な性格になってしまったようだった。本来の壽は"国の個性"を持っていても疎まれることなく、友人は多く誰からも好かれる人間だった。時空を歪めた対価だろうか。それでも壽の本質である真面目で素直な性格は健在で、それゆえにイジメに合った様子もないことが救いだった。
奥手になってしまった壽から話題が湧くでもなく、沈黙を維持したまま階段を上っていると、突然のことに俺は踊り場でいったん足を止めることになる。
「あの、どうして入学式なのに私しかいなかったんでそっ………しょうか?」
振り返れば顔を真っ赤にした壽が視線をそらした。
2回目以降、この場面で壽から話しかけてきたのは初めてのことだった。
軽く衝撃を受けたが、大したことではないと思い返答する。過去の5回、同じ時間を繰り返してきた俺が未来を変えようと様々な行動を起こしてきた以上、このような「いつもと少し違う」ことは何度も体験してきた。その度に希望を見たがやはり未来には絶望しかなかった。
職員室で流れ作業のごとくざっとこれからのことを説明して同意書を持たせた。壽は相変わらずプロの気に当てられてどぎまぎしていたが、俺の説明にしっかりと相槌を打っていた。寮生活即答は何度聞いても清々しい。
最後に締めとして激励とまでは言わないが、ひとこと言おうとした時、また目元にあの痛みが走った。
時間は有限。
まさに壽のことだ。壽は、この三年間で教師になることを夢見て大学に進み、実習生としてこの雄英に帰ってくる。そして、俺が担任を務めるクラスに配属され、救助訓練の際に出くわした敵との戦闘中に命を落とす。
たとえ死日を変えられなくとも、教師という夢を変えられれば壽はその日、死ぬことはなくなる。だから、
「3年間、しっかり将来を見極めろ」
緊張したように、しかし俺の意思を感じ取ったように頷いた壽は、あの日の壽と同じ顔をしていた。