未変換の場合、寿(ことぶき)命(みこと)になります。
2.「寮生活開始」
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屋上のドアを開けると、そこに相澤先生はいた。勢いよく開けたものだからドアは大きな音をたてて壁に弾かれ、私の元に返ってきた。その音に驚いたらしい相澤先生は目を丸くして私を見ている。
橙色の空を背景に佇む頭のてっぺんからつま先まで真っ黒な先生はまるで夕日に向かって飛んでいるカラスのようだった。
「やっと見つけました。だいぶ探したんですよ」
少し怒った風に言えば、相澤先生はその無精ひげが生えた顎を気まずそうにかく。そして、手に持っていたからし色の何かを広げ、チャックをひいた。どうやら寝袋のようだ。
相澤先生は寝袋に両足を順番に入れてチャックをあげる。そして、寝転がった。
「なんで寝るんですか!!」
走り寄って寝させまいと体を揺さぶる。そうすれば案の定、迷惑そうな顔をした先生と目が合った。
「今日は天気もいいしここで寝る」
「どういう理屈ですか!すぐそこに寮があるっていうのに」
チャックをおろそうとするけれど、内側から押さえつけているのかビクともしない。それならば寝袋ごと運んでしまえと思い、顔が出せる部分の枠を両手で掴んで引っ張ってみる。まあ、そりゃ成人男性をたかが女子高生一人が移動させられるわけもないのだけど。
それでも何とかして先生を寮まで連れ帰ろうと試みる私を当人は困惑しているような目でじっと見つめていた。
「壽……心配してくれてるんだったらそれは余計なお世話だ。飯は終わったし風呂も保健室で済ませた。寝る場所だってこれさえあればどこでも寝れる」
「べ、別にそんな心配してません」
思っていたことを的確に当てられて気恥ずかしくなったからつい嘘をついてしまった。これだけ見事な夕焼けの中だ。顔が赤くなってしまっても誤魔化せるだろう。ただ、少しシュンとした顔をする相澤先生には申し訳ないと思った。
「とにかく帰りましょう!私けっこう料理は上手な方なんですよ。先生、いつもゼリーばっかりなんですからたまには手料理を食べるべきだと思います」
だからほら、と言っても相澤先生は寝袋におさまったまま空を見上げていて動く気配はない。
いったいどうしたら寮に来てくれるんだろうか。
「私たちパートナーなんですよね?一緒に暮らさないといけないんですよね?」
先生は答えない。もちろんそんなことは知っているからだ。知っていて、その上で相澤先生はこうすることを選んでいる。
「………」
「……ちょっと!寝ないでくださいよ?!」
半分目を閉じかけていた相澤先生に大声をはる。そうすれば、飛びかけていたらしい意識が一気に現実に引き戻されて充血した目が大きく開いた。
疲れているんだ、とそう思う。いくらいいお値段のする寝袋だったとしても、ベッドには敵わない。人生の三分の一は睡眠だと言う。それをこんなところで済ませるのは体調を崩す宣言をしていると同じようなものだ。
「先生、寮に帰りましょう」
やはり先生は何も言わない。それどころか「俺は寝る」と言うふうに私に背を向けて完全に目を閉じてしまった。途方に暮れるとはこのことだ。
というより、そもそもなぜ私はそこまでして相澤先生を寮に連れ帰ろうとしているのだろうか。もちろん、先生の体調が気になるからだ。それに、私に気を遣うがために先生が苦労するのが嫌だ。
しかし、それだけじゃない。
「相澤先生と一緒に暮らしたい」
まるでこれから禁断の恋が始まるような言い方だけれど、今はそんなことを気にしていられない。私がそう望むことで相澤先生が私に気を遣うことはお門違いになるのだ。そうなると、先生が寮で暮らすことを嫌がるのは私を拒絶しているからということになる。
さあ相澤先生、どう答えますか?
「………」
「………」
変に緊張感のある沈黙が続いた。本当に寝てしまったのではないかとさえ思う。
夕焼けはいつの間にか夜を連れてきたようで、辺りは薄暗くなっている。どこかから下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「……先生⋯」
「わかったよ、帰る」
「!」
そろそろ沈黙にも耐えられなくなってきたころ、相澤先生はようやく起き上がってくれた。
寝袋から抜け出し私に向き直ると、ぽんと頭を撫でる。
「ありがとな」
その笑顔は私の意地に根負けしたような呆れたものだったけれど、どこか嬉しそうで、優しいものだった。
「何を言っても帰らなかったらどうするつもりだったんだ?」
階段を下りている途中、素朴な疑問を投げかけられた。
私は一つ考えていたことを答える。
「雨を降らそうかなぁと」
私の"個性"をもってすれば天気を変えるなんてことはお茶の子さいさいだ。しかし、いくら雨を降らしたって校舎内に避難されてしまえば意味がない。その時点でボツ案となったのだけれど。
踊り場まで下りて折り返す時、後からついてくる相澤先生を盗み見ると眉間に皺をよせていた。何だろうと思えば、こちらを向いて言う。
「前にも言ったが基本的に"個性"を使うのは禁止だ。そんなどうでもいいことはもちろん、緊急事態以外つかうことがないように」
先生の目は真剣で、冗談を言っている風はない。
「でも私はここで"個性"の扱い方を」
「いいな」
「………はい」
その時は有無を言わせない強い口調に頷くしかなかった。
寮に戻ると相澤先生は真っ先に和室に入って押入れを開け「布団がない」と言った。手も洗わずに寝ようとしているのだから相当疲れているのだろう。
私は一先ず先生に洗面所へ行くことを勧め、そのあと自分も手洗いを済ませた。廊下に出れば、待っていたらしい相澤先生が「ちゃんとした家庭に育ったんだな」と意味深なことを言ってきた。もしかして相澤先生の生い立ちって…と不穏なことを考えていると、俺はごく普通の家庭で育ったと言ってきたので、やっぱり先生は読心術を習得しているんだと思う。
それはさておき、リビングへ向かおうとする相澤先生を止めて天井を指さした。それは玄関から3メートルほど中へ進んだところにある。
「……金具?」
不思議そうにつぶやく相澤先生の言う通り、私の指の先の天井には取っ手のように見える金具が埋め込まれていた。まあ、実際に取っ手なのだけれど。
私は一旦リビングに行き、それ専用の棒をとってくる。棒の先についた鉤爪のような部分を天井に埋め込まれた取っ手に引っ掛けて、ゆっくりと引っ張れば──なんということでしょう。階段が現れたではありませんか!
この寮には屋根裏部屋があった。荷物が届くのを待って家の中を散策しているときに偶然見つけたのだ。
相澤先生は目を丸くしたまま笑っている。その表情はいささか狂気じみていた。教えてくれなかったからまさかとは思っていたのだけれど、相澤先生もこの屋根裏部屋の存在は知らなかったらしい。
短い階段を上れば広い部屋にたどり着く。中央辺りにカーテンレールが引いてあった。端には可愛らしいリボンでまとめられたカーテンが吊り下がっている。そして、まるでそのカーテンが境界線とでも言うように右側には真っ白なベッド、左側には真っ黒なベッドが配置されていた。
「どっちのベッドがいいですか?」
「黒だな」
「だと思いました」
相澤先生はひとつあくびをしてフラフラと黒いベッドに歩み寄る。そしてそのまま倒れ込んでしまった。
すでに寝息が聞こえる。私は起こさないように布団をかけて電気を消した。
今晩は適当に食事を済ませてお風呂に入り、戸締りを確認して屋根裏部屋へ。
カーテンの向こう側は静かだ。ベッドの寝心地も悪くない。むしろ高級ベッドで寝ているようで気持ちがよかった。
危うく忘れるところだったアラームをセットして、目を閉じる。瞼の裏には朝食を作る私と食卓で新聞を読んでいる相澤先生が映っていて、つい笑ってしまった。
橙色の空を背景に佇む頭のてっぺんからつま先まで真っ黒な先生はまるで夕日に向かって飛んでいるカラスのようだった。
「やっと見つけました。だいぶ探したんですよ」
少し怒った風に言えば、相澤先生はその無精ひげが生えた顎を気まずそうにかく。そして、手に持っていたからし色の何かを広げ、チャックをひいた。どうやら寝袋のようだ。
相澤先生は寝袋に両足を順番に入れてチャックをあげる。そして、寝転がった。
「なんで寝るんですか!!」
走り寄って寝させまいと体を揺さぶる。そうすれば案の定、迷惑そうな顔をした先生と目が合った。
「今日は天気もいいしここで寝る」
「どういう理屈ですか!すぐそこに寮があるっていうのに」
チャックをおろそうとするけれど、内側から押さえつけているのかビクともしない。それならば寝袋ごと運んでしまえと思い、顔が出せる部分の枠を両手で掴んで引っ張ってみる。まあ、そりゃ成人男性をたかが女子高生一人が移動させられるわけもないのだけど。
それでも何とかして先生を寮まで連れ帰ろうと試みる私を当人は困惑しているような目でじっと見つめていた。
「壽……心配してくれてるんだったらそれは余計なお世話だ。飯は終わったし風呂も保健室で済ませた。寝る場所だってこれさえあればどこでも寝れる」
「べ、別にそんな心配してません」
思っていたことを的確に当てられて気恥ずかしくなったからつい嘘をついてしまった。これだけ見事な夕焼けの中だ。顔が赤くなってしまっても誤魔化せるだろう。ただ、少しシュンとした顔をする相澤先生には申し訳ないと思った。
「とにかく帰りましょう!私けっこう料理は上手な方なんですよ。先生、いつもゼリーばっかりなんですからたまには手料理を食べるべきだと思います」
だからほら、と言っても相澤先生は寝袋におさまったまま空を見上げていて動く気配はない。
いったいどうしたら寮に来てくれるんだろうか。
「私たちパートナーなんですよね?一緒に暮らさないといけないんですよね?」
先生は答えない。もちろんそんなことは知っているからだ。知っていて、その上で相澤先生はこうすることを選んでいる。
「………」
「……ちょっと!寝ないでくださいよ?!」
半分目を閉じかけていた相澤先生に大声をはる。そうすれば、飛びかけていたらしい意識が一気に現実に引き戻されて充血した目が大きく開いた。
疲れているんだ、とそう思う。いくらいいお値段のする寝袋だったとしても、ベッドには敵わない。人生の三分の一は睡眠だと言う。それをこんなところで済ませるのは体調を崩す宣言をしていると同じようなものだ。
「先生、寮に帰りましょう」
やはり先生は何も言わない。それどころか「俺は寝る」と言うふうに私に背を向けて完全に目を閉じてしまった。途方に暮れるとはこのことだ。
というより、そもそもなぜ私はそこまでして相澤先生を寮に連れ帰ろうとしているのだろうか。もちろん、先生の体調が気になるからだ。それに、私に気を遣うがために先生が苦労するのが嫌だ。
しかし、それだけじゃない。
「相澤先生と一緒に暮らしたい」
まるでこれから禁断の恋が始まるような言い方だけれど、今はそんなことを気にしていられない。私がそう望むことで相澤先生が私に気を遣うことはお門違いになるのだ。そうなると、先生が寮で暮らすことを嫌がるのは私を拒絶しているからということになる。
さあ相澤先生、どう答えますか?
「………」
「………」
変に緊張感のある沈黙が続いた。本当に寝てしまったのではないかとさえ思う。
夕焼けはいつの間にか夜を連れてきたようで、辺りは薄暗くなっている。どこかから下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「……先生⋯」
「わかったよ、帰る」
「!」
そろそろ沈黙にも耐えられなくなってきたころ、相澤先生はようやく起き上がってくれた。
寝袋から抜け出し私に向き直ると、ぽんと頭を撫でる。
「ありがとな」
その笑顔は私の意地に根負けしたような呆れたものだったけれど、どこか嬉しそうで、優しいものだった。
「何を言っても帰らなかったらどうするつもりだったんだ?」
階段を下りている途中、素朴な疑問を投げかけられた。
私は一つ考えていたことを答える。
「雨を降らそうかなぁと」
私の"個性"をもってすれば天気を変えるなんてことはお茶の子さいさいだ。しかし、いくら雨を降らしたって校舎内に避難されてしまえば意味がない。その時点でボツ案となったのだけれど。
踊り場まで下りて折り返す時、後からついてくる相澤先生を盗み見ると眉間に皺をよせていた。何だろうと思えば、こちらを向いて言う。
「前にも言ったが基本的に"個性"を使うのは禁止だ。そんなどうでもいいことはもちろん、緊急事態以外つかうことがないように」
先生の目は真剣で、冗談を言っている風はない。
「でも私はここで"個性"の扱い方を」
「いいな」
「………はい」
その時は有無を言わせない強い口調に頷くしかなかった。
寮に戻ると相澤先生は真っ先に和室に入って押入れを開け「布団がない」と言った。手も洗わずに寝ようとしているのだから相当疲れているのだろう。
私は一先ず先生に洗面所へ行くことを勧め、そのあと自分も手洗いを済ませた。廊下に出れば、待っていたらしい相澤先生が「ちゃんとした家庭に育ったんだな」と意味深なことを言ってきた。もしかして相澤先生の生い立ちって…と不穏なことを考えていると、俺はごく普通の家庭で育ったと言ってきたので、やっぱり先生は読心術を習得しているんだと思う。
それはさておき、リビングへ向かおうとする相澤先生を止めて天井を指さした。それは玄関から3メートルほど中へ進んだところにある。
「……金具?」
不思議そうにつぶやく相澤先生の言う通り、私の指の先の天井には取っ手のように見える金具が埋め込まれていた。まあ、実際に取っ手なのだけれど。
私は一旦リビングに行き、それ専用の棒をとってくる。棒の先についた鉤爪のような部分を天井に埋め込まれた取っ手に引っ掛けて、ゆっくりと引っ張れば──なんということでしょう。階段が現れたではありませんか!
この寮には屋根裏部屋があった。荷物が届くのを待って家の中を散策しているときに偶然見つけたのだ。
相澤先生は目を丸くしたまま笑っている。その表情はいささか狂気じみていた。教えてくれなかったからまさかとは思っていたのだけれど、相澤先生もこの屋根裏部屋の存在は知らなかったらしい。
短い階段を上れば広い部屋にたどり着く。中央辺りにカーテンレールが引いてあった。端には可愛らしいリボンでまとめられたカーテンが吊り下がっている。そして、まるでそのカーテンが境界線とでも言うように右側には真っ白なベッド、左側には真っ黒なベッドが配置されていた。
「どっちのベッドがいいですか?」
「黒だな」
「だと思いました」
相澤先生はひとつあくびをしてフラフラと黒いベッドに歩み寄る。そしてそのまま倒れ込んでしまった。
すでに寝息が聞こえる。私は起こさないように布団をかけて電気を消した。
今晩は適当に食事を済ませてお風呂に入り、戸締りを確認して屋根裏部屋へ。
カーテンの向こう側は静かだ。ベッドの寝心地も悪くない。むしろ高級ベッドで寝ているようで気持ちがよかった。
危うく忘れるところだったアラームをセットして、目を閉じる。瞼の裏には朝食を作る私と食卓で新聞を読んでいる相澤先生が映っていて、つい笑ってしまった。