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2.「寮生活開始」
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壽の支度が終わるまで家の中を見て回ることにした。パートナーになってから寮の存在は知らされていたが、中へ入るのは初めてのことだった。と、言ってもこの場所へ来ること自体は初めてではない。過去5回の壽もまた寮生活を求めたからだ。しかし、不思議なことにこの家の様式は毎回違った。
いま壽がいるところはソファとテレビが置いてあり、外に出られる窓もある明るい洋室でリビングになるだろう。その向かいには和室があって小窓から日が差し込んでいる。日の光を逐一取り込む形式から今回携わった建築士の明るい部屋へのこだわりが見えた。
奥へ進めばダイニングがある。ここも明るさに問題はない。食卓に使われている樹の色が柔らかかった。
最奥には浴室とトイレがあった。白を基調としていて俺としては少し落ち着かない場所だ。
そういえば、トイレットペーパーやバスタオルなど日用品が一つも揃っていない。今日の授業終わりにでも買い揃えに行く必要があるだろう。そう思っていると向こうから俺を呼ぶ声が聞こえた。
壽は普通科の授業を受けに行き、俺は同じ階にある準備室で抜き打ちテストの採点をしたり担当する授業がある時はそっちへ向かった。
本来、政府と交わした契約により壽の安全を守るため、パートナーは片時も離れてはならないことになっている。しかし、そうなると俺が授業をしている時は例え壽に別のクラスの授業があろうと俺のクラスに連れてこなければならない。それが1年生のクラスであれば問題ないが年上のクラスになれば壽は困惑するだろう。それで俺は契約を無視しているが根津校長からのお咎めはない。知ってはいるが、あえて見過ごしているというところだ。めちゃくちゃなことを要求する政府が悪い。
昼、学食に壽を連れていくと目を輝かせて周りをきょろきょろと見渡していた。そしてカウンターの上にでかでかとあるメニューを見てハッとする。その目はピザトーストDXという巨大ピザパンを見ていた。
壽は俺から見えやすい場所の席をとっていた。ピザトーストDXを目の前に置いてやると眉間に皺をよせて「相澤先生ってやっぱり読心術こころえてますか?」と言う。顔に「ピザトーストDX気になる」と書いていたんだから読心も何もない。
思えば壽は毎回変なメニューを頼んでいたっけか。選ぶものこそ違うが、普通は避けるようなものだったり、多すぎて食べきれないようなものだったりと驚かされることばかりだった。
そういえば、ピザトーストDXなんてメニューは今回初めて見た。米メインのランチラッシュの食堂にしては珍しい新メニューだ。それをピンポイントで選んでくる壽は流石だった。
「先生」
「!」
何度も呼んでいたのか、壽が怪訝な顔で俺を見ていた。ピザパンを勧められたが、ゼリーで腹は膨れていたから断った。近頃まともな食事をしていないな、とふと思う。時間がないというのはもちろんエネルギーを摂取できれば食べるものは何でもいいということもあってゼリー飲料は合理的な食品だった。
いつの間にか手を止めてぼうっとしている壽を催促すると、フードファイターのごとくピザパンを口の中へ押し込み始める。喉に詰まらせやしないかとヒヤヒヤしたがそんなことはなく、ぴったり20分で完食していた。その食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
バスに乗るために早足で食堂を出ると壽は駆け足で俺の隣に並んだ。必死に歩く速度を俺に合わせている壽は、やはりまだ子供なんだと実感する。少し速度を緩めればホッとした表情が見えた。
バスに乗り込んで移動中、呼ばれたと思えば礼を言われて驚いた。壽のこういう律儀なところには散々困ってきたが、その割には慣れることはおろか対策さえ思い浮かばない。壽は穢れを知らない純粋な笑顔を浮かべる。いつからか、その笑顔を見ると、変えることのできなかった彼女の終末が脳裏をかすめるようになった。不自然に顔をそらしているのは自覚している。だが、壽をずっと見ていることができなかった。
バスから降りると今日一驚くことが待っていた。運動場が工事中ということだ。佐伯さんも運転席から降りてきて「珍しいなぁ」とこぼしている。佐伯さんの言う通り、運動場が授業時間中に使えなくなるということはかなり珍しいことだ。
運動場は、敷地内の建造物の破壊を最小限にとどめ、三次元的な動きを学習することに重きを置いている。そのことは事前に生徒に説明しているし、ぶっちゃけ工事費用的にあんま壊さないでと言うこともある。それが一部とは言わず、全範囲使用禁止とはどういうことだ。俺がここに来て初めてのことだ。過去5回も含めて。
こうなってしまった以上、どうしようもない。根津校長から「自由にしていいよ」と連絡もあったし、助言通り自由にすることにしよう。
やたら炭酸ジュースばかりカゴに入れているなとは思っていたが、壽は当然のようにそれを俺に勧めてきた。
来客にはふつう茶を勧めるものなんじゃないのか、と考えてふと壽は友人がいなかったからそういう概念がないのかもしれないと気が付いた。少し可哀そうだった。
しかし、驚いたことに壽は茶葉を買っていたらしい。最近の若者はジュースしか飲まないのかと軽くジェネレーションギャップを感じていたところだったから安心した。思えば俺も歳をとった。
壽が持っているのは、ティーパックではなく茶葉だ。急須がなくてはお茶を入れることはできない。おそらく壽はそのことに気が付いていない。肝心なところが抜け落ちているのは健在だ。
そのことを言うと壽は見る間に顔を赤くさせた。それが面白かったので、笑いそうになるのを誤魔化すためにゼリー飲料を飲みながら追い打ちをかけると、漫画みたいに地団駄を踏み始める。このままここにいたら柄にもなく吹きだしてしまいそうだ。
口ではもっともらしく「次の授業がある」とは言うが実際逃げるようにダイニングを出れば壽が「逃げるんですか?!」と追いかけてくる。壽の方こそ読心術を習得しているんじゃないかと、次から次へと繰り出される手を躱しながら思う。
ブーツを履いている間、後ろで壽の息切れがうるさかった。こんなことで息をきらしているようでは先が思いやられる。体力強化に力を入れるとしよう。
今後のために連絡先を書いた名刺を壽に渡すと、さっきまでの怒りの形相とは打って変わって申し訳なさそうな顔で遠慮し始めたかと思うと、俺がここに一緒に住むことを知った途端、わけがわからないといった風に目を丸くした。とんとん拍子で変わっていく表情は見ていて飽きることがない。
兎にも角にも、長居はできない。授業が始まるというのはもちろん、あまり長く壽といると必要のないことまで口走ってしまいそうで不安だった。いや、すでに何度か口を滑らせてしまったかもしれない。とりあえず壽に呼ばれたとき以外はここに来ないことにしよう。何か不測の事態が起きてもあくまで冷静に、私情を挟まずに対処するんだ。
壽が呼び止めようとしていたが聞こえないふりをして玄関を出た。
いま壽がいるところはソファとテレビが置いてあり、外に出られる窓もある明るい洋室でリビングになるだろう。その向かいには和室があって小窓から日が差し込んでいる。日の光を逐一取り込む形式から今回携わった建築士の明るい部屋へのこだわりが見えた。
奥へ進めばダイニングがある。ここも明るさに問題はない。食卓に使われている樹の色が柔らかかった。
最奥には浴室とトイレがあった。白を基調としていて俺としては少し落ち着かない場所だ。
そういえば、トイレットペーパーやバスタオルなど日用品が一つも揃っていない。今日の授業終わりにでも買い揃えに行く必要があるだろう。そう思っていると向こうから俺を呼ぶ声が聞こえた。
壽は普通科の授業を受けに行き、俺は同じ階にある準備室で抜き打ちテストの採点をしたり担当する授業がある時はそっちへ向かった。
本来、政府と交わした契約により壽の安全を守るため、パートナーは片時も離れてはならないことになっている。しかし、そうなると俺が授業をしている時は例え壽に別のクラスの授業があろうと俺のクラスに連れてこなければならない。それが1年生のクラスであれば問題ないが年上のクラスになれば壽は困惑するだろう。それで俺は契約を無視しているが根津校長からのお咎めはない。知ってはいるが、あえて見過ごしているというところだ。めちゃくちゃなことを要求する政府が悪い。
昼、学食に壽を連れていくと目を輝かせて周りをきょろきょろと見渡していた。そしてカウンターの上にでかでかとあるメニューを見てハッとする。その目はピザトーストDXという巨大ピザパンを見ていた。
壽は俺から見えやすい場所の席をとっていた。ピザトーストDXを目の前に置いてやると眉間に皺をよせて「相澤先生ってやっぱり読心術こころえてますか?」と言う。顔に「ピザトーストDX気になる」と書いていたんだから読心も何もない。
思えば壽は毎回変なメニューを頼んでいたっけか。選ぶものこそ違うが、普通は避けるようなものだったり、多すぎて食べきれないようなものだったりと驚かされることばかりだった。
そういえば、ピザトーストDXなんてメニューは今回初めて見た。米メインのランチラッシュの食堂にしては珍しい新メニューだ。それをピンポイントで選んでくる壽は流石だった。
「先生」
「!」
何度も呼んでいたのか、壽が怪訝な顔で俺を見ていた。ピザパンを勧められたが、ゼリーで腹は膨れていたから断った。近頃まともな食事をしていないな、とふと思う。時間がないというのはもちろんエネルギーを摂取できれば食べるものは何でもいいということもあってゼリー飲料は合理的な食品だった。
いつの間にか手を止めてぼうっとしている壽を催促すると、フードファイターのごとくピザパンを口の中へ押し込み始める。喉に詰まらせやしないかとヒヤヒヤしたがそんなことはなく、ぴったり20分で完食していた。その食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
バスに乗るために早足で食堂を出ると壽は駆け足で俺の隣に並んだ。必死に歩く速度を俺に合わせている壽は、やはりまだ子供なんだと実感する。少し速度を緩めればホッとした表情が見えた。
バスに乗り込んで移動中、呼ばれたと思えば礼を言われて驚いた。壽のこういう律儀なところには散々困ってきたが、その割には慣れることはおろか対策さえ思い浮かばない。壽は穢れを知らない純粋な笑顔を浮かべる。いつからか、その笑顔を見ると、変えることのできなかった彼女の終末が脳裏をかすめるようになった。不自然に顔をそらしているのは自覚している。だが、壽をずっと見ていることができなかった。
バスから降りると今日一驚くことが待っていた。運動場が工事中ということだ。佐伯さんも運転席から降りてきて「珍しいなぁ」とこぼしている。佐伯さんの言う通り、運動場が授業時間中に使えなくなるということはかなり珍しいことだ。
運動場は、敷地内の建造物の破壊を最小限にとどめ、三次元的な動きを学習することに重きを置いている。そのことは事前に生徒に説明しているし、ぶっちゃけ工事費用的にあんま壊さないでと言うこともある。それが一部とは言わず、全範囲使用禁止とはどういうことだ。俺がここに来て初めてのことだ。過去5回も含めて。
こうなってしまった以上、どうしようもない。根津校長から「自由にしていいよ」と連絡もあったし、助言通り自由にすることにしよう。
やたら炭酸ジュースばかりカゴに入れているなとは思っていたが、壽は当然のようにそれを俺に勧めてきた。
来客にはふつう茶を勧めるものなんじゃないのか、と考えてふと壽は友人がいなかったからそういう概念がないのかもしれないと気が付いた。少し可哀そうだった。
しかし、驚いたことに壽は茶葉を買っていたらしい。最近の若者はジュースしか飲まないのかと軽くジェネレーションギャップを感じていたところだったから安心した。思えば俺も歳をとった。
壽が持っているのは、ティーパックではなく茶葉だ。急須がなくてはお茶を入れることはできない。おそらく壽はそのことに気が付いていない。肝心なところが抜け落ちているのは健在だ。
そのことを言うと壽は見る間に顔を赤くさせた。それが面白かったので、笑いそうになるのを誤魔化すためにゼリー飲料を飲みながら追い打ちをかけると、漫画みたいに地団駄を踏み始める。このままここにいたら柄にもなく吹きだしてしまいそうだ。
口ではもっともらしく「次の授業がある」とは言うが実際逃げるようにダイニングを出れば壽が「逃げるんですか?!」と追いかけてくる。壽の方こそ読心術を習得しているんじゃないかと、次から次へと繰り出される手を躱しながら思う。
ブーツを履いている間、後ろで壽の息切れがうるさかった。こんなことで息をきらしているようでは先が思いやられる。体力強化に力を入れるとしよう。
今後のために連絡先を書いた名刺を壽に渡すと、さっきまでの怒りの形相とは打って変わって申し訳なさそうな顔で遠慮し始めたかと思うと、俺がここに一緒に住むことを知った途端、わけがわからないといった風に目を丸くした。とんとん拍子で変わっていく表情は見ていて飽きることがない。
兎にも角にも、長居はできない。授業が始まるというのはもちろん、あまり長く壽といると必要のないことまで口走ってしまいそうで不安だった。いや、すでに何度か口を滑らせてしまったかもしれない。とりあえず壽に呼ばれたとき以外はここに来ないことにしよう。何か不測の事態が起きてもあくまで冷静に、私情を挟まずに対処するんだ。
壽が呼び止めようとしていたが聞こえないふりをして玄関を出た。