短編
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12月の真冬の季節、寒さに震えながらとぼとぼ夜道を歩く。折角整えた髪もメイクも服もネイルも納得が行く様な出来だったのに。はあ、惨めだなぁ。
彼が好きだと言っていたスカートを履いてきたが、期待も虚しく見られることさえなかった気がする。丈が短くて足が冷たい。
『...別れて欲しい』
今から小一時間前にそう告げられた。話があると前から言われており、彼が夜からなら時間があると言われたのが今日。
最近私も彼も忙しかったから会えてなかったけど、予想もしていなかった発言で私の頭は混乱した。
少し高めのヒールを履いた足が痛む。彼の背が高すぎて私の視線が合わないがために最近新調したもの。
『え...な、なんで...私何かした?』
『いや...歌音のせいじゃない』
久々に会えたと思ったら急な別れ話で、ぎゅっとスカートを握った手が震えてくる。私は分かりやすく怯えていた。その先を聞きたくないのに、なのに「どうして」と口からは出てきて、とても後悔した。聞きたくなかった。
『...他に好きな人が出来た』
エメラルドグリーンの瞳が私をしっかり捉えている。馬鹿正直で素直な彼の事だから、二股や浮気なんて絶対しない。だから私が切り捨てられた。
きっとその子のことを本気で愛しているんだろう。私にだってそれが向けられていたはずなのに、今は何故だか敵わないと思った。
『リエーフくんと別れた』
あれこれ話は進んでいたが、余り記憶が無い。促されるままにカフェを出て、気付けば外を歩いていた。
高校からずっと仲が良い親友へメッセージを送る。かつては一緒にバレーに打ち込み、私とリエーフくんの関係を応援してくれたミユキという女。すぐにポンと通知音が鳴って、相変わらず返事が早いなぁとぼんやり考える。別れたって言うだけ言ったけど、返す気にはならなかったのでスマホごとポケットに手を突っ込んだ。
モデルの仕事をしている彼のことだから、相手は素敵な人なんだろうなぁ。私よりもずっと綺麗で女性らしくて、きっと欠点なんてない。...見たこともないのに、何考えてるんだろう。
...はぁ。私がその女の人になりたい。もう一度リエーフくんを独り占めにしたい。
ガチャリと玄関の鍵を開けて、ふと空を見上げる。銀色の満月が去り際の彼の頭みたいだ。
『俺の物全部捨ててくれて良い』
別れ話の後、彼はそう言った。気丈に振舞って「分かった」なんて言ったけど、今のところ捨てるつもりなんてない。
カバンをその辺に置いて、冷たいベッドに飛び込む。
かつて彼と共に夜を過ごした時、ベッドのサイズが小さくて彼の足先がはみ出していた記憶があった。あの時は面白かったなあ、縮こまって無理矢理収まってて、まるで猫みたいだと思ったんだっけ。彼の太陽みたいに笑う姿が目にしみてくる。
『歌音!』
リエーフくんが微笑んだ。
『歌音』
リエーフくんが真剣な顔で呼んだ。どちらも同じリエーフくん。だけど全く違う他人みたい。
思い返せば、前から予兆はあったような気がした。連絡の頻度が遅くなった時点で気づくべきだったのかも。そもそも、私の愛情表現が足りてなかったのかな。もっと時間を作って会っとくべきだった。
ぐるぐると後悔ばかりが頭に渦巻いて、胸が苦しくなってくる。
『別れて欲しい』
少し冴えた頭に響いて、現実を突きつけられた気がした。
「...っ、リエ、フっ、く...ん、」
嫌だ。リエーフくんと離れるのは嫌だ。
大好きなのに、彼はどうして他の人を好きになっちゃったんだろう。私の中では何時でも優しく笑っている彼がいるのに、今日は冷めきった彼しかいなかった。
ああホント、別れたなんて夢だったらいいのに。心にぽっかり穴が空いて苦しい。
涙がボロボロ溢れて枕へ染みていく。前は彼が拭って、背中を摩ってくれてたなぁなんて思い出すと、余計に悲しくなって鼻の奥からツンと込み上げてきた。
☆☆☆
私は小さくため息をついた。
「そいじゃ、カンパーイ!」
あれから間もなく、音駒高校の男女バレー部で忘年会が開かれた。失恋のショックは癒えてなくて出席に迷っていたけど、黒尾先輩から直々に「おいでよ」ってメッセージが来てしまったし、ミユキが「え?アンタが行かないなら私も行かない」なんて言うので、もう私が連れてきたようなもの。常にバレー部の中心にいた彼女は、こういう場に居なければダメだ。
僅かな期待を持っていたのか、彼の好きなあのスカートを履いてきてしまった。前回から学んでタイツも着用済み。
会場に着くと、彼を含めた男バレメンバーが揃っていた。
『アタシがリエーフから遠い席とっとくから』
ミユキの言葉の通り、座敷で1番離れた対角線上の席に座っている。さすが、昔から有言実行の塊みたいな女だ。
時間が経つにつれてお酒もどんどん進んでいき、やがて男女で半分に分かれていた席を何人かが移動し始める。アルコールがすっかり回ったミユキはご機嫌に男性陣の方へ行ったきり帰ってこない。
「よっ歌音。久しぶり」
黒尾先輩と研磨がお酒を片手にこっちへやって来る。向かいに腰を下ろすと、あっという間に昔話にもつれ込んだ。中学高校時代の思い出、暴露話。周りの女の子数人も混ざってどんどん話は進んでいく。
行き着いた話題はもちろんアレ。
「懐かしいなぁ、歌音ちゃんとリエーフちゃんをくっつけるのに私らが奔走してたの」
「ホント大変だったわあの時は」
「お前がリエーフに興味持たねえからって俺らも手伝ったよな、研磨」
「うん」
「あんた茶化してただけでしょ」
「でも仲良くなったらあっという間でしたよね〜」
「ホント夫婦みたいにラブラブしちゃってさ」
「リエーフ毎時間教室来てたよね...煩くて嫌だった...」
「あはは!」
先輩、同級、後輩、黒尾先輩と研磨の話の中心となった私は、のほほんとした高校時代の日常が鮮明に瞼に映し出される。懐かしいなぁ、研磨はいつもウザがって逃げてたよね。
「そういえばリエーフちゃんのとこ行かないの?」
女先輩からの不意の質問にぎくっとしてしまった。もしかしてリエーフくん別れたこと誰にも言ってないのだろうか。
「あー、大丈夫です」
ヘラヘラ笑う私に先輩達が察したようで、「あぁ〜...」と言葉を濁そうとしている。
気を使わせてしまった罪悪感で「す、すみません」と思わず口から出ると、皆何かが確信に変わったように見えた。
「何かあったんですか!?」
「え、え!?もしかして別れたの!?」
気持ち声は控えめに後輩ちゃんと同級生がずいっと顔を近づけてくる。
このコンビは察して欲しい雰囲気が分かってない。お酒飲んでるから仕方ないけど、勘弁してくれ。
「う、うん...」
「えっ!」
「うそぉ」
「灰羽先輩ぞっこんだったじゃないですか!」
「2週間くらい前、リエーフくんから...」
「「えー!」」
同級生と後輩ちゃんは声を揃えて驚いている。ちょっと大きい声だし、彼に聞かれていたら気まずいだろうなあとお酒を飲みながら視線をさ迷わすと、向こう側の男バレの人と目が合った。
すっと目の前に視点を戻すと、女先輩は口に手を当てているし、研磨や黒尾先輩も目を見開いている。
「それ...マジ?」
「あのリエーフがなぁ...」
「別れた時、なんて言ってたの?」
「...好きな人が出来たって」
「何年も付き合っててそれって...」
「私なら包丁持ち出しちゃいます」
相変わらず後輩ちゃんはバイオレンスだな。
皆リエーフくんに物申したそうにしているが、悪いのは彼だけではない。
「仕方ないよ、大学生になってからは遠距離だったしさ、あっちもモデルの仕事が忙しいから...」
ちらっと盗み見ると、彼は数人の女の子と楽しそうに話していた。どうやら引きずっているのは私だけみたいだ。
「でも私なら許せないな」
「まだ2週間でしょ、しんどいなぁ」
「俺が強制しちまったしなぁ。悪ぃ歌音」
「気にしないでください。黒尾先輩だけじゃないので」
その後間もなく眠くなったと研磨がタクシーでさっさと帰るイベントも攻略し、あっという間に時間が経ってお開きになった。二次会に行く人がはいはーい!と手を挙げている。ベロベロになったミユキは「歌音行こうよ〜」と誘ってくるけど、私はもう帰りたかった。
他に「帰る」と言っていたのはよりによってリエーフくんだけ。賃貸マンションまでそんなに遠くないので歩いて帰ると言えば、誰かが「送ってやれよ」と言った。
別れたこと知らない人なのかな。やっぱタクシー乗るしかないか。
「あー、俺が送るよ。方向一緒だし」
一部で少し重くなった空気が漂う中、そう声を上げたのは黒尾先輩だった。リエーフくんは何とも言えない顔をしていて、気まずそう。多分私も同じ気持ちだよ、なんかごめんね。
二次会組と別れてとぼとぼ歩く。
去り際に彼と目が合ってしまったので、「ばいばい」とぎこちなく手を振る。普通に彼は振り返してくれた。リエーフくんは夜久さんと飲み直すそうだ。
ふと隣の黒尾先輩を見上げれば、近くに顔があって新鮮だ。同じように見下ろしてきた先輩はきょとんとした顔で尋ねてくる。
「ん?どした?」
「思ったより距離が近くて驚いたんです」
「あぁそーいうことな。リエーフは俺よりも高ぇからなぁ」
「首痛いんですよね」
街頭にぼんやり照らされる薄暗い道。いつの間にか人通りはなくなっていた。
ふと会話が止まって、しんみりした空気の中黒尾先輩が口を開いた。
「...お前さ、あいつに未練とかないの」
「...そりゃ、たらたらですよ。今日だってちょっと期待してたし...なのにリエーフくんは女の子と楽しそうに話してて、平気なんだなぁって」
彼は上を向いていて、新しい人と結ばれることを望んでいる。それとは反対に、私はいつまで経ってもリエーフくんの事ばかり考えていた。後悔とまだ好きな気持ち。多分気持ち悪いくらいにずっとずっと彼を想っている。
「あーあ、もう仕方ないのに...」
途端に切なく胸が締め付けられ、目元が潤んだ。抗いようがなくて発散も出来ないこの感情。これからずっと付き纏って来るんだろうな。
「なぁ、ちょっといいか」
堪らず下を向いた。滴が頬を伝っていく。
黒尾先輩に肩を掴まれて、体の向きが変わった。
「ずっと言いたいことがあった」
「...っ」
「俺さ、高校の時からお前がずっと好きだったよ。多分リエーフと付き合う前からな」
「...え、」
黒尾先輩は中学から一緒でバレーで話すようになった優しい人。カッコイイから女関係の噂だって絶えなかった、良くも悪くも先輩後輩止まりの印象。そんな先輩が私を好きだったなんて。
リエーフくんと付き合っている時に「黒尾サンには気をつけてくださいよ」とよく分からない忠告を受けたことがあったけど、あれはそういう事だったんだな。リエーフくんは気づいてたんだ。
「本当は言うつもり無かったんだけどな。別にお前の傷心につけこもうって訳じゃない。ただ、見てられないんだ」
カラッとしたいつもの調子で、少しだけ救われた。気を使ってくれているんだろうな。袖で顔を拭って、「ごめんなさい」と小さく呟いた。
あぁ、リエーフくんの声が聞きたい。今すぐ私を抱きしめて欲しい。それはリエーフくんじゃないとダメだ。
「何してんすか」
1番聞きたくて、今1番居て欲しくない声。
...ほんとタイミングが良いんだか悪いんだか。
黒尾先輩は既に彼を見ていて、目線を向ければ不思議そうな顔をしたリエーフくんが立っていた。
「お前夜久と飲んでたんじゃねえの」
「夜久さんすぐ潰れちゃったんで」
「あぁ、アイツ酒弱かったな」
「...黒尾さんと歌音が仲良さそうで安心しました」
「...え?」
「俺心配してたんすよ。歌音に元気がなくて」
「...」
「...黒尾さんになら幸せにして貰えそうっすね」
「...おい」
そんな事言わないで。
リエーフくんがいいのに、私にはリエーフくんしか居ないのに。
黒尾先輩の腕から抜けて、彼の前に立った。精一杯涙を堪えていたのに、いざ顔を見るとボロボロ溢れる。年下の前で情けないなぁ、止まれ、止まれ。
「リエーフくん、っ、好きだよ、別れたくない」
「...ごめん」
「っ...」
誰も口を開かなかった、無限にも思える時間。実際は多分たった十数秒。
「行くぞ」
お互いの家がある方向へ、黒尾先輩に腕を引っ張られる。リエーフくんはふい、と顔を逸らした。
黒尾先輩も私もリエーフくんも、きっと皆しんどい。
「...悔しいな」
「っ...う、ん」
嗚咽を押し殺した声は震えた。
ねえリエーフくん、やっぱり諦められない。
どんなに遅くなっても良いから、
私のところに帰ってきてよ...。
「っ、ひっく、...っ」
「...」
彼が好きだと言っていたスカートを履いてきたが、期待も虚しく見られることさえなかった気がする。丈が短くて足が冷たい。
『...別れて欲しい』
今から小一時間前にそう告げられた。話があると前から言われており、彼が夜からなら時間があると言われたのが今日。
最近私も彼も忙しかったから会えてなかったけど、予想もしていなかった発言で私の頭は混乱した。
少し高めのヒールを履いた足が痛む。彼の背が高すぎて私の視線が合わないがために最近新調したもの。
『え...な、なんで...私何かした?』
『いや...歌音のせいじゃない』
久々に会えたと思ったら急な別れ話で、ぎゅっとスカートを握った手が震えてくる。私は分かりやすく怯えていた。その先を聞きたくないのに、なのに「どうして」と口からは出てきて、とても後悔した。聞きたくなかった。
『...他に好きな人が出来た』
エメラルドグリーンの瞳が私をしっかり捉えている。馬鹿正直で素直な彼の事だから、二股や浮気なんて絶対しない。だから私が切り捨てられた。
きっとその子のことを本気で愛しているんだろう。私にだってそれが向けられていたはずなのに、今は何故だか敵わないと思った。
『リエーフくんと別れた』
あれこれ話は進んでいたが、余り記憶が無い。促されるままにカフェを出て、気付けば外を歩いていた。
高校からずっと仲が良い親友へメッセージを送る。かつては一緒にバレーに打ち込み、私とリエーフくんの関係を応援してくれたミユキという女。すぐにポンと通知音が鳴って、相変わらず返事が早いなぁとぼんやり考える。別れたって言うだけ言ったけど、返す気にはならなかったのでスマホごとポケットに手を突っ込んだ。
モデルの仕事をしている彼のことだから、相手は素敵な人なんだろうなぁ。私よりもずっと綺麗で女性らしくて、きっと欠点なんてない。...見たこともないのに、何考えてるんだろう。
...はぁ。私がその女の人になりたい。もう一度リエーフくんを独り占めにしたい。
ガチャリと玄関の鍵を開けて、ふと空を見上げる。銀色の満月が去り際の彼の頭みたいだ。
『俺の物全部捨ててくれて良い』
別れ話の後、彼はそう言った。気丈に振舞って「分かった」なんて言ったけど、今のところ捨てるつもりなんてない。
カバンをその辺に置いて、冷たいベッドに飛び込む。
かつて彼と共に夜を過ごした時、ベッドのサイズが小さくて彼の足先がはみ出していた記憶があった。あの時は面白かったなあ、縮こまって無理矢理収まってて、まるで猫みたいだと思ったんだっけ。彼の太陽みたいに笑う姿が目にしみてくる。
『歌音!』
リエーフくんが微笑んだ。
『歌音』
リエーフくんが真剣な顔で呼んだ。どちらも同じリエーフくん。だけど全く違う他人みたい。
思い返せば、前から予兆はあったような気がした。連絡の頻度が遅くなった時点で気づくべきだったのかも。そもそも、私の愛情表現が足りてなかったのかな。もっと時間を作って会っとくべきだった。
ぐるぐると後悔ばかりが頭に渦巻いて、胸が苦しくなってくる。
『別れて欲しい』
少し冴えた頭に響いて、現実を突きつけられた気がした。
「...っ、リエ、フっ、く...ん、」
嫌だ。リエーフくんと離れるのは嫌だ。
大好きなのに、彼はどうして他の人を好きになっちゃったんだろう。私の中では何時でも優しく笑っている彼がいるのに、今日は冷めきった彼しかいなかった。
ああホント、別れたなんて夢だったらいいのに。心にぽっかり穴が空いて苦しい。
涙がボロボロ溢れて枕へ染みていく。前は彼が拭って、背中を摩ってくれてたなぁなんて思い出すと、余計に悲しくなって鼻の奥からツンと込み上げてきた。
☆☆☆
私は小さくため息をついた。
「そいじゃ、カンパーイ!」
あれから間もなく、音駒高校の男女バレー部で忘年会が開かれた。失恋のショックは癒えてなくて出席に迷っていたけど、黒尾先輩から直々に「おいでよ」ってメッセージが来てしまったし、ミユキが「え?アンタが行かないなら私も行かない」なんて言うので、もう私が連れてきたようなもの。常にバレー部の中心にいた彼女は、こういう場に居なければダメだ。
僅かな期待を持っていたのか、彼の好きなあのスカートを履いてきてしまった。前回から学んでタイツも着用済み。
会場に着くと、彼を含めた男バレメンバーが揃っていた。
『アタシがリエーフから遠い席とっとくから』
ミユキの言葉の通り、座敷で1番離れた対角線上の席に座っている。さすが、昔から有言実行の塊みたいな女だ。
時間が経つにつれてお酒もどんどん進んでいき、やがて男女で半分に分かれていた席を何人かが移動し始める。アルコールがすっかり回ったミユキはご機嫌に男性陣の方へ行ったきり帰ってこない。
「よっ歌音。久しぶり」
黒尾先輩と研磨がお酒を片手にこっちへやって来る。向かいに腰を下ろすと、あっという間に昔話にもつれ込んだ。中学高校時代の思い出、暴露話。周りの女の子数人も混ざってどんどん話は進んでいく。
行き着いた話題はもちろんアレ。
「懐かしいなぁ、歌音ちゃんとリエーフちゃんをくっつけるのに私らが奔走してたの」
「ホント大変だったわあの時は」
「お前がリエーフに興味持たねえからって俺らも手伝ったよな、研磨」
「うん」
「あんた茶化してただけでしょ」
「でも仲良くなったらあっという間でしたよね〜」
「ホント夫婦みたいにラブラブしちゃってさ」
「リエーフ毎時間教室来てたよね...煩くて嫌だった...」
「あはは!」
先輩、同級、後輩、黒尾先輩と研磨の話の中心となった私は、のほほんとした高校時代の日常が鮮明に瞼に映し出される。懐かしいなぁ、研磨はいつもウザがって逃げてたよね。
「そういえばリエーフちゃんのとこ行かないの?」
女先輩からの不意の質問にぎくっとしてしまった。もしかしてリエーフくん別れたこと誰にも言ってないのだろうか。
「あー、大丈夫です」
ヘラヘラ笑う私に先輩達が察したようで、「あぁ〜...」と言葉を濁そうとしている。
気を使わせてしまった罪悪感で「す、すみません」と思わず口から出ると、皆何かが確信に変わったように見えた。
「何かあったんですか!?」
「え、え!?もしかして別れたの!?」
気持ち声は控えめに後輩ちゃんと同級生がずいっと顔を近づけてくる。
このコンビは察して欲しい雰囲気が分かってない。お酒飲んでるから仕方ないけど、勘弁してくれ。
「う、うん...」
「えっ!」
「うそぉ」
「灰羽先輩ぞっこんだったじゃないですか!」
「2週間くらい前、リエーフくんから...」
「「えー!」」
同級生と後輩ちゃんは声を揃えて驚いている。ちょっと大きい声だし、彼に聞かれていたら気まずいだろうなあとお酒を飲みながら視線をさ迷わすと、向こう側の男バレの人と目が合った。
すっと目の前に視点を戻すと、女先輩は口に手を当てているし、研磨や黒尾先輩も目を見開いている。
「それ...マジ?」
「あのリエーフがなぁ...」
「別れた時、なんて言ってたの?」
「...好きな人が出来たって」
「何年も付き合っててそれって...」
「私なら包丁持ち出しちゃいます」
相変わらず後輩ちゃんはバイオレンスだな。
皆リエーフくんに物申したそうにしているが、悪いのは彼だけではない。
「仕方ないよ、大学生になってからは遠距離だったしさ、あっちもモデルの仕事が忙しいから...」
ちらっと盗み見ると、彼は数人の女の子と楽しそうに話していた。どうやら引きずっているのは私だけみたいだ。
「でも私なら許せないな」
「まだ2週間でしょ、しんどいなぁ」
「俺が強制しちまったしなぁ。悪ぃ歌音」
「気にしないでください。黒尾先輩だけじゃないので」
その後間もなく眠くなったと研磨がタクシーでさっさと帰るイベントも攻略し、あっという間に時間が経ってお開きになった。二次会に行く人がはいはーい!と手を挙げている。ベロベロになったミユキは「歌音行こうよ〜」と誘ってくるけど、私はもう帰りたかった。
他に「帰る」と言っていたのはよりによってリエーフくんだけ。賃貸マンションまでそんなに遠くないので歩いて帰ると言えば、誰かが「送ってやれよ」と言った。
別れたこと知らない人なのかな。やっぱタクシー乗るしかないか。
「あー、俺が送るよ。方向一緒だし」
一部で少し重くなった空気が漂う中、そう声を上げたのは黒尾先輩だった。リエーフくんは何とも言えない顔をしていて、気まずそう。多分私も同じ気持ちだよ、なんかごめんね。
二次会組と別れてとぼとぼ歩く。
去り際に彼と目が合ってしまったので、「ばいばい」とぎこちなく手を振る。普通に彼は振り返してくれた。リエーフくんは夜久さんと飲み直すそうだ。
ふと隣の黒尾先輩を見上げれば、近くに顔があって新鮮だ。同じように見下ろしてきた先輩はきょとんとした顔で尋ねてくる。
「ん?どした?」
「思ったより距離が近くて驚いたんです」
「あぁそーいうことな。リエーフは俺よりも高ぇからなぁ」
「首痛いんですよね」
街頭にぼんやり照らされる薄暗い道。いつの間にか人通りはなくなっていた。
ふと会話が止まって、しんみりした空気の中黒尾先輩が口を開いた。
「...お前さ、あいつに未練とかないの」
「...そりゃ、たらたらですよ。今日だってちょっと期待してたし...なのにリエーフくんは女の子と楽しそうに話してて、平気なんだなぁって」
彼は上を向いていて、新しい人と結ばれることを望んでいる。それとは反対に、私はいつまで経ってもリエーフくんの事ばかり考えていた。後悔とまだ好きな気持ち。多分気持ち悪いくらいにずっとずっと彼を想っている。
「あーあ、もう仕方ないのに...」
途端に切なく胸が締め付けられ、目元が潤んだ。抗いようがなくて発散も出来ないこの感情。これからずっと付き纏って来るんだろうな。
「なぁ、ちょっといいか」
堪らず下を向いた。滴が頬を伝っていく。
黒尾先輩に肩を掴まれて、体の向きが変わった。
「ずっと言いたいことがあった」
「...っ」
「俺さ、高校の時からお前がずっと好きだったよ。多分リエーフと付き合う前からな」
「...え、」
黒尾先輩は中学から一緒でバレーで話すようになった優しい人。カッコイイから女関係の噂だって絶えなかった、良くも悪くも先輩後輩止まりの印象。そんな先輩が私を好きだったなんて。
リエーフくんと付き合っている時に「黒尾サンには気をつけてくださいよ」とよく分からない忠告を受けたことがあったけど、あれはそういう事だったんだな。リエーフくんは気づいてたんだ。
「本当は言うつもり無かったんだけどな。別にお前の傷心につけこもうって訳じゃない。ただ、見てられないんだ」
カラッとしたいつもの調子で、少しだけ救われた。気を使ってくれているんだろうな。袖で顔を拭って、「ごめんなさい」と小さく呟いた。
あぁ、リエーフくんの声が聞きたい。今すぐ私を抱きしめて欲しい。それはリエーフくんじゃないとダメだ。
「何してんすか」
1番聞きたくて、今1番居て欲しくない声。
...ほんとタイミングが良いんだか悪いんだか。
黒尾先輩は既に彼を見ていて、目線を向ければ不思議そうな顔をしたリエーフくんが立っていた。
「お前夜久と飲んでたんじゃねえの」
「夜久さんすぐ潰れちゃったんで」
「あぁ、アイツ酒弱かったな」
「...黒尾さんと歌音が仲良さそうで安心しました」
「...え?」
「俺心配してたんすよ。歌音に元気がなくて」
「...」
「...黒尾さんになら幸せにして貰えそうっすね」
「...おい」
そんな事言わないで。
リエーフくんがいいのに、私にはリエーフくんしか居ないのに。
黒尾先輩の腕から抜けて、彼の前に立った。精一杯涙を堪えていたのに、いざ顔を見るとボロボロ溢れる。年下の前で情けないなぁ、止まれ、止まれ。
「リエーフくん、っ、好きだよ、別れたくない」
「...ごめん」
「っ...」
誰も口を開かなかった、無限にも思える時間。実際は多分たった十数秒。
「行くぞ」
お互いの家がある方向へ、黒尾先輩に腕を引っ張られる。リエーフくんはふい、と顔を逸らした。
黒尾先輩も私もリエーフくんも、きっと皆しんどい。
「...悔しいな」
「っ...う、ん」
嗚咽を押し殺した声は震えた。
ねえリエーフくん、やっぱり諦められない。
どんなに遅くなっても良いから、
私のところに帰ってきてよ...。
「っ、ひっく、...っ」
「...」