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「主、今いいかい?………おや?」
燭台切が桜の部屋に来ると、真剣に向き合う桜と薬研がいた。
「ん?光忠。どうした?」
気付いて桜が顔を上げると、燭台切は手にしていた本を見せた。
「少し聞きたいことがあったんだけど…後の方がいいかな?」
「いや、今でいいよ。薬研、休憩しよう。詰めすぎは良くない」
「ん、りょーかい」
薬研は見ていた本から顔を上げた。
「で、光忠が聞きたいのはどれ?」
「えっと、これなんだけど」
本を開くと、これはまた難しそうな料理のレシピがあった。
「この調理の仕方がわからないんだ」
「中々難しいのを見てるね…」
桜はそう言いながらも調理の仕方を燭台切に伝える。
「なるほど、そうすればいいんだね!」
「今度実際に作ってみようか」
桜はそう伝えて微笑んだ。
「ああ、ここにいたのか」
新たに聞こえてきた声に視線を向けると歌仙が立っていた。
「そろそろ食事の用意をする時間じゃないのかい?」
「あ、本当だ。ごめん、薬研。今日はここまでだ。本は自由に持っていてくれていいから」
「ありがとよ、大将。それより俺は近侍なんだから、食事の用意も手伝うぜ」
皆は部屋を出ると台所へ向かう。
薬研の言葉に首を傾げたのは、歌仙だった。
「薬研君、近侍なのかい?」
「ああ。俺がやりたいって言ったんだ」
「僕としては、折角の好意を無碍にしたくないから」
ちびっ子達もやるって言ってくれて、もう僕は感激と癒しがやばい。
そう言う桜に燭台切と歌仙は少し考えた後、ニコリと笑った。
「なら、僕達が近侍をしたいと言っても問題ないよね?」
「え?まあ、問題はないけど…」
桜の返事に、2人は満足そうに笑った。
(……距離が近づいているのか、監視のつもりなのか)
まだ判断はつかないが、別にいいかと笑った。
「…………なんだこれ」
その夜、桜は自室で政府支給のタブレットを触っていた。
神山への報告もあったが、この本丸にいる皆の確認を行っていたのだ。
誰がいるのか、練度はどうなのか。
誰がいるかに関しては兎も角、練度を見て驚いた。
(おかしい、こんのすけは江戸城は現在の最高難度の場所だと言っていた。なのに、この練度は…おかしい気がする)
最高練度を誇る刀でも、レベルで言うと50前後で、掲示板などから情報収集をした時は70以上の練度があってもキツイなどの情報があったのだ。
頭を捻る桜だったが、答えは出ない。
「………こんのすけ、いる?」
「はい、主さま!」
ひょこっと現れたこんのすけに、質問をする。
「前の審神者、どうやって江戸城まで来たの。正直言って、今の皆の練度で行けそうにない気がするんだけど」
「そ、それは…」
口をもごもごとして言葉を濁らせるこんのすけに詰め寄ると、ポロリと吐かれた言葉に怒りが込み上げてくる。
『同じ刀が手に入った場合、一番はじめに手にした刀以外を適当に育て、練度の低い方を幾度も送り出し、折れても気にせずに同じように送り出しておりました…勿論、無茶な事でしたが、あの方は江戸城まで到達したようです』
こんのすけの言葉を聞いた桜は、教えてくれてありがとう、とこんのすけの頭を撫で部屋を出た。
怒りの感情を押し殺し、足早に向かった先は鍛刀部屋の前の庭。
ここに来た時、折れた刀を埋めた場所だ。
桜はしゃがんで刀が埋まっている場所をそっと撫でると、手を合わせた。
(私も人の事は言えないが、なんて人間は強欲で醜い生き物なんだろう)
自分の欲しいものを手に入れるために弱者が苦しむのを見ずに無理を強いる。
勿論、全員がそうではない。
私が出会った人達は、皆素晴らしい人ばかりだった。
それでも、醜い人間の方が圧倒的に多いのだ。
桜はこの本丸で二度と悲劇は起こさせないと、1人胸に誓った。
「…………何をしているんだい?」
その時、突然聞こえて来た声に少し驚いて振り返る。
「貴方は…石切丸さんですか」
「さん、なんて付けなくても結構だよ」
にっこりと笑ったのは、夜着に身を包んだ石切丸だった。
「して、何をしていたんだい?」
「…………僕がもっと早く来ていたなら、彼らが折れることも無かったのかな、とか。人間は醜い奴が多いな、とか。なんか色々考えてました」
桜は立ち上がると、縁側へと近付き腰を下ろした。
その少し後ろに、石切丸は座った。
「僕も同じ醜い人間なのに、何言ってるんだって感じですよね」
「ふむ、君も同じ…か。そうだね、君も同じだね。しかし…全く同じではないだろう?」
「……?」
不思議そうにする桜に石切丸は笑う。
「君は、ここの前任者と同じ醜い人間という種族だ。しかし、前任者とは違い私達を大切にしようとしてくれている。それだけでも違いがあるんじゃないかい?」
その言葉に、桜は一瞬目を見開いた後、 微笑んだ。
「そう言ってもらえると、ありがたいな」
「うん。君はもっと自信を持って、この本丸の皆に接するといいよ。中にはまだぎこちない者もいるが…まあ、君なら大丈夫だよ。その清らかな気を皆は感じ取り、危険は無いと判断しているからね。距離を詰めるのが下手な者には、手を差し伸べてやってくれないかい?」
その言葉に、頷いた。
「石切丸、ありがとう。僕は僕なりに皆と距離を詰めてみようかな」
(皆の生活環境も整えないといけないし)
「よろしく頼むよ」
さて、冷えて来たし部屋に戻ろうと言った石切丸に桜は再度頷き、自室へと戻った。
「さて、とりあえず歩くか」
朝の鍛錬を終え、今日の近侍を行ってくれるという秋田に燭台切と歌仙のお手伝いをお願いし、桜は本丸内を探索することにした。
相手から来ないならこちらから行かないとね。
フラフラと歩いていると、とある部屋から溜息が聞こえて来た。
誰かいると思い中を覗くと、自分の両手を見つめて溜息を吐く青年がいた。
「はぁ…」
「どうした?」
「いやー折角マトモそうな新しい主が来たのにさ、こんなに爪紅も剥がれて身形が整えていない状態だったらさ、可愛がってもらえないじゃん?」
「んー爪紅は兎も角…それ以外はちゃんと身形は整ってるから、大丈夫だと思うけど?加州さん」
「本当に?」
くるりと振り返った青年、加州清光は桜の姿を見てピタリと止まった。
「……………」
「……………」
「おーい、加州さーん」
「………はっ⁉」
驚いた加州は後退りすると、両手を背に回して隠した。
「な、な、なんでここに」
「フラフラしてたら、溜息が聞こえたから気になって」
「そ、そうなんだ…」
居心地悪そうにする加州に近寄り前に座ると、手を差し出す。
「………な、なに?」
「両手、出してみて」
「嫌なんだけど」
「いいから」
桜は加州の手を取ると、爪を見る。
(んー大分傷んでるから、一回落として新しく塗り直した方がいいな)
居心地悪そうな加州を無視して、巾着を漁ると爪のお手入れグッズを次々取り出す。
「ちょっと、なにする気?」
「お手入れ、かな」
桜は殆ど付いていないに等しい爪紅をそっと落とすと、ハンドクリームなどを使って手のケアを先ず行い、その後爪が痛まないように手入れを行なってからマニキュアを塗ってやる。
流れる様な動作と綺麗になる自分の爪に加州が目を輝かせているうちに、マニキュアを全て塗り終えた。
「後は乾くのを待とうか」
「……………」
「………余計な事、したかな?」
動かない加州に桜が尋ねると、ハッとした様子で加州は首を振った。
「ち、違う!まさか…お手入れしてもらえるなんて思ってなかったから………」
そう言って自分の手を見て嬉しそうに笑う加州に、桜はホッとする。
「なら良かった」
「俺、可愛い?」
そう尋ねる加州に微笑む。
「勿論、可愛いよ」
そう返答すると、加州は照れ臭そうに笑った。
うん、可愛い。
「そうだ、これ加州さんにあげるよ」
「え?いいの?」
「うん」
お手入れセットを渡すと、加州の目が輝いた。
マニキュアがまだ乾いていないので、セットに触る事はしないが視線がキョロキョロと動いている。
一通りの確認をした後、そうだと加州は桜を見た。
「俺の事、さん付けで呼ばなくてもいいよ。好きに呼んで」
「本当?じゃあ清光って呼ぼうかな。僕の事も、好きに呼んでね」
「うん」
互いに見合ってまた笑った。
こんな健気な彼をあの沖田総司が所持していたなんて…
いや、自分の知ってる沖田総司と彼の持ち主は別の沖田総司である事は分かっているが、自分が知っているアイツも加州清光という刀は所持していた。
だから、ついついあの男が…と考えてしまう事を、どうか許してほしい。
「………主?」
「…ごめん、ちょっと飛んでた」
桜はそう返事をした後、改めて加州を見る。
「清光、お願いがあるんだけどいい?」
「お願い…?」
不安そうな表情に変わった加州に微笑み、頷いた。
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