ブラック本丸とその後
名前変更
(さてと…)
夜になり、刀剣達は皆眠りについた。
桜は身支度を整えて、これから向かう先の本丸のIDや住所が書かれたメモを手にした。
本丸の門へと向かうと、扉をそっと開く。
扉の向こうには、先の見えない次元の歪みが広がっていた。
(果たして、ここを通って大丈夫なのか?)
進むのがちょっと嫌になるが、桜は意を決して足を踏み入れた。
(…………着いた)
目的の場所には問題なく着いた。
ブラック本丸と言われるだけあって、かなり空気が淀んでいる。
桜は政府への通信機に1つ連絡を入れると、口元をマスクで隠した。
気付かれないように忍び足で本丸に近付けば、男の怒鳴り声と何かを壊す音、人を殴る鈍い音が鮮明に聞こえてくる。
「お前らはいつになったら三日月宗近を手に入れてくるんだ!!」
「ご、ごめんなさい…!主さん、次こそ必ず…!」
「いつも同じことを言って、一回も手に入れてきてねえじゃねえか!」
耳に届く声に、音に、怒りが沸くのを感じる。
「失礼する」
「なっ…⁉」
突然襖が開き現れた桜に、中にいた面々は目を見開いた。
手を上げている男、手入れもされず、殴られた様子の少年が数名。
「政府の命により、お前を捕縛する」
「政府の命だと…?何わけわかんねえこと言ってやがる!」
声を荒げる男が、行け!と言いながら手を振ると腕に付いた何かが鈍く光った。
「なるほど、それが原因か」
襲いかかってくる刀を避ける。
「はっ!避けてばっかで何してやがる」
薄ら笑いを浮かべる男をちらりと見ると、懐から気を入れた札を取り出す。
刀達の攻撃を避ける際に札を貼り付けると、刀達は元の姿へと戻っていく。
「なっ…⁉」
「悪いね」
桜はその場にいた者達を刀の姿に戻すと、男に近づく。
「呪具と暴力を使って、神様をイイヨウに扱って、楽しかったかい?」
「ひっ…!」
ワザとチラつかせた刀に怯んだのか、男は体勢を崩す。
そのまま取り押さえると、カチャリと手錠をかけて縄で縛る。
「ジッとしてなよ?腕が無くなっても知らないよ」
「やめろ!くそっ、離せ!」
暴れる男の腕にある呪具に札を貼り破壊する。
「はい、暴れたきゃどーぞ」
桜は男から離れると、門に視線を向ける。
丁度政府の人間が着いたようだ。
(思ってたよりも、温い仕事だった…)
今までいた場所が場所なので、呆気なく感じた。
近づいて来た政府の監視官に男の事を伝えると、自分は帰るために門へと近付いた。
「あ、あの!」
自分にかけられた声に振り返ると、そこには人型に戻った堀川国広がいた。
「どうした?」
怖がらせないように声をかけると、キョロキョロと視線を泳がせた後に頭を下げた。
「ありがとう、ございました」
「…………」
礼を言われて少し驚いたが、すぐに微笑む。
「貴方達が堕ちる前に助ける事が出来て良かった。この後については、貴方達神の仲間である奴等がきっといい方へと導いてくれる」
桜はそう言って頭を下げると、門を潜った。
自分の本丸に戻り、ふうっと息を吐く。
マスクを外し、音を立てないように風呂場へと向かう。
サッと体を清めて自室へ戻る為に歩いていると、前方に人の気配を感じた。
「…………」
桜は気配を消して静かに屋根の上に飛び乗ると、隠れていたであろう人物が驚いた様子で姿を現した。
「あ、あれ…?」
夜でも良く目立つ白いソイツに、屋根の上から顔を出して声をかけた。
「何してんの、鶴丸」
「…!!⁉こ、こりゃ驚いた…」
声にならない声を上げて驚いた鶴丸国永は、心臓の辺りを抑えて視線を向けた。
「僕を驚かしたかったの?」
「ま、まあ…」
ポリポリと頬を掻く鶴丸に、桜は笑う。
「僕の方が一枚上手だったね」
そう言って屋根の上から降りると、ニッと笑った。
「彼はちゃんと気配を消して隠れていたのに、どうして気付いたんだい?」
近くの襖が開き、声をかけてきたのはにっかり青江だった。
「どうしてって…僕はまあ、現役の忍だったからね。通常の人間よりは気配に鋭いよ」
その言葉に、青江は面白そうに笑った。
「現役の忍か…それは色々と凄そうだね。あ、忍術とやらの事だよ?」
「…………色事なら、残念ながら僕は戦忍だったからね、技術はないよ」
青江の言葉に少し考えてそう答えてやると、鶴丸が笑った。
「あ、青江の含みにまともに返すなんて…君は変わっているな」
「まあ、やっぱり聞かれるからね。忍をしてたら」
「そんなものなのかい?」
「そんなものだよ」
桜は伸びをすると、2人を見た。
「夜も遅いんだし、早く寝なよ?僕も寝るし」
「ああ、そうするよ」
桜は2人にそう伝えると、自室に向かって歩き出した。
残された2人は顔を見合わせると、頷いた。
「やっぱり、何処かに行っていたみたいだね」
「少しばかり、他の本丸の気配がしたな」
真剣な顔でそう言うと、桜の部屋の方を見た。
この2人は、桜が何処かに出かけるのを見ていたのだ。
「何をしているのか、素直に教えてくれると思うかい?」
「遊びに行っていたなら、教えてくれるだろう。戦いに関する事なら…」
「まあ、無理だろね」
聞こえてきた第三者の声に振り返る。
「おお、光坊」
声の主は燭台切だった。
「彼…いや、彼女は出陣させるつもりは無いと言っていただろ?戦いに関する事は話してくれないさ」
一緒に家事やらをしていて、少しでもそういった話になりそうな時は必ず逸らされる。
「主は徹底しているよ」
「なるほどな…」
少なくとも自分達は新しい主として彼女を迎え、共に歩もうと思っている。
戦いは避けられない事の1つだ。
しかし、彼女はそれを自分達には行わせないと言う。
「どうしたものか…」
「簡単な事だろう」
更に聞こえてきた声に3人は視線を向けると、大倶利伽羅が立っていた。
「俺達自身が戦いたいと伝えればいい」
「伽羅ちゃん!」
燭台切は突然の登場に驚いたように声を上げた。
「確かに、大倶利伽羅君の言う事は一理あるね。無理を強いられていた僕達を気遣って戦いには出さないと言っているのだし」
「伽羅坊の言う通り、戦いたいと伝えてみるか」
大倶利伽羅は何事も無かったようにその場を後にし、残された3人はニッと笑った。
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