5部
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「亜柚美、行くわよー」
「はーい」
両親と出掛けていた亜柚美は、母親に呼ばれてパタパタと駆け出す。
街を一緒に歩き、時には気になったお店に入ってとゆっくりと3人で休日を満喫していた。
「亜柚美、これなんかどうだ?」
「もう、パパったら…またお洋服?」
「仕方ないだろう?愛する娘に色々と買ってやりたいんだ」
「あら、私は?」
「ボクのアモーレにも…勿論、色々と買ってしまうさ」
「もう!パパったら〜」
道中、定期的にイチャイチャしだす二人に苦笑しながらもこのお出かけを亜柚美は楽しんでいた。
(こういうの、久しぶりで楽しいな)
最近はこう…緊張したり不安になるような事が多かったので、こうして家族で出掛けれるのは嬉しい。
「ねえ、ママ、パパ、ちょっとあそこのお店見てきていいかな?」
亜柚美は少し先にある雑貨店を指差した。
「ああ、行っておいで」
「私達はこのお洋服屋さんにいるわね」
「わかった!」
亜柚美は2人に返事をすると、手を振って歩き出した。
(………ん?)
雑貨店へと向かう途中、視界の端に何か映った。
気になってチラリと視線を動かして、後悔した。
(あれ、絶対に絡んだらダメなやつだ)
血を流す、男。
路地に血を流す男がいたのだ。
亜柚美はスッと視線を逸らすと、雑貨店へと急いで入った。
早くなった動悸を落ち着かせるために2、3回ほど深呼吸をすると、店内を見る。
可愛い雑貨に「わぁ…!」と思わず歓喜の声が漏れ、幾つか気に入ったものを手にする。
それらを購入して店を出たが、先程目に入ったものが気になってチラリと視線を動かして、やめておけば良かったと溜息を吐いた。
まだ、男はそこにいたのだ。
気のせいでなければ、ピクリとも動いていない。
(…どうしよう)
いや、どうしようも何も関わらないのがベストなのだが、万が一…死んでいたならば、警察に通報しなければならない。
でも、生きていたら?
絶対に厄介なことになるのは明白だ。
亜柚美はうーんと頭を悩ました後、意を決して男の方へと近付いて行った。
「あ、あの…」
とりあえず生存確認の為に、と声を掛けると「あぁ…?」とドスの効いた声が返ってきた。
「ひっ…あ、えと…」
思わず悲鳴をあげるのを何とか我慢し、ポケットからハンカチを出す。
「ち、血が…出てますよ」
「……どっか行きな嬢ちゃん。オレがまともじゃない事くらい……わかるだろ?」
そう言いながら睨みつけられて亜柚美はビクッと体を硬直させた後、ハッ…と息を吐いてハンカチを男の膝に乗せた。
「と、とりあえず…お大事に!」
亜柚美は踵を返すと、両親の元へ走り出した。
男はその後ろ姿を見送った後、置かれたハンカチを手に取り、鼻で笑った。
(やばい怖いやばい怖い)
生存確認をするだけのつもりだったのに、ハンカチなんか渡しちゃった。
別に名前とかを書いてるわけではないから特定されないと思うけれど、いやそれでも万が一があったら…
頭を抱えながら両親の元へと戻ると「あら、お帰りなさい」と母親に迎えられた。
その顔を見てホッとした亜柚美は、思わず母親の腕に抱きついた。
「もう、どうしたの?」
「ちょっと疲れただけ」
「それじゃあ、休憩でもしようか」
父親の言葉に頷くと、カフェへと向かった。
(神様仏様、助けて…)
亜柚美は身を縮こませながら、目の前の金髪の男を見上げていた。
「よお、やっと見つけたぜ。Bambina」
「ば、バンビーナじゃありません…」
目の前の男を見ながら震えた声でそう言うと、男は「くくっ…」と笑いだした。
(…なんでこんなことに)
先日、倒れているこの男についうっかりハンカチを差し出してしまったのが運の尽きなのはもちろんわかっている。
あれから数日、特に何もなかったのでそんな出来事があったことを忘れていたのだが…今日学校が終わって帰宅前に買い物に行こうとしたら、突然路地から手が伸びてきたのだ。
思わず叫ぼうとしたが口を塞がれたので暴れようとしたら目の前にこの男の顔が現れたのだ。
「叫ばないよな?」という言葉に何度も頷き、口を塞いでいた手を退けた男が言ったのが先ほどの言葉なのだが…
まだ笑っている男を見ながら、恐る恐る口を開く。
「あの、私に何の御用でしょうか…」
「あ?ああ…悪いな。これを渡しにきた」
そう言って目の前に出されたのは、小さな箱だった。
「えっと…」
「いいから受け取れ」
「し、知らない人から物を受け取るのは……!」
「ほう…?いい心掛けだな」
男はニヤッと笑うと「プロシュートだ」と名乗った。
「プロシュート…さん」
「これで知り合いだろ。お前の名前は?」
そう問われたが、簡単に教えられるわけもない。
どう考えても、彼はやばい匂いがぷんぷんするからだ。
だって、血塗れで倒れてたんだよ!!?明らかにやばいよね!
亜柚美は口をグッと閉ざして色々と考える…が、いい案は出て来なかった。
ゆっくり息を吐くと「バンビーナと呼んでください…」とそう呟いた。
「……はッ!いい度胸だ」
プロシュートと名乗った男はそう言って笑うと、グッと顔を近づけて来た。
「ひぇ…」
この男、無駄に顔は整っているし胸元は開いてて目のやり場に困るし、亜柚美が小さく悲鳴をあげるとプロシュートは軽く笑った後、また目の前に先程の箱を出した。
「そこまでの警戒心があるなら、あんなヤバい状態の人間に近付くもんじゃねえ。声をかけるなんてありえねェ。わかったか?」
「わ、わかりました…」
「よし、ならこれを受け取って今日は真っ直ぐ帰れ」
「え、えっと…」
「ヤバい事に巻き込まれたいか?」
その問いに全力で首を横に振ると、ポンっと頭を撫でられて距離が離れた。
「さっさと行きな」
「は、はい!!」
ペコっと頭を下げると、亜柚美は慌ててその場を走り去った。
その後ろ姿を見送ったプロシュートは路地の奥へと消えていった。
家に帰宅した亜柚美は、うるさい心臓を何とか落ち着かせるとチラリと渡された箱を見た。
改めて見ると、女の子が好みそうな可愛い包装がされている。
これをあの男が持っていたのかと考えると少し面白いが、それはそれとして何を渡されたのだろうか。
恐る恐る箱を手にし、じーっと眺める。
(……流石に、爆弾とかはないよね……?)
亜柚美はゴクリと唾を飲み込むと、包装を解いていく。
「これって…」
現れたのは、数枚の可愛いハンカチとメッセージカードだった。
『汚して悪かった』と、ただそれだけが書かれたものだったが、彼はこちらが勝手に渡したハンカチのお礼を渡すために現れたのだと気付いた。
(………かなりヤバい人であることは確定しているが、こういうお礼がちゃんと出来るなんて…)
流石、大人の人だなと少し感心した。
だからといって使う気にはなれないのでそっと箱を手にすると、とりあえず机の引き出しの中へと片付けたのであった。
.