5部
名前変更
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“時空は、時間と空間を合わせて表現する物理学の用語、または、時間と空間を同時に、場合によっては相互に関連したものとして扱う概念である。”
これは某辞書サイトに書かれていた一文だ。
私は時間と空間、要するに時空というものを操れるらしい。
時間と空間を操る。
私は、この力を使いこなして…
「皆を、助けたい」
私がこう強く思うのは何故か、皆とは誰なのか。
まずは皆との出会いを話しましょうか。
穏やかな陽気につられて昼寝をしていた少女はゆっくりと目覚める。
机に突っ伏して眠っていた少女は体を起こすと、固まった体を伸ばした。
体を伸ばした後、目の前の課題をやるのに疲れてパタンとノートを閉じると、自分の名前が目に入った。
昏季亜柚美
日本名だが純日本人ではない。
母親が日本人で父親がイタリア人、所謂ハーフだ。
父親が婿入りした形になり姓は母方の姓、名前は2人の希望で日本名だった。
今いるこの家はイタリアの家だが、つい最近までは日本に住んでいた。
その間にも日本とイタリアを行き来していたから言葉に不自由はしない。
日本からイタリアに引っ越したのはお父さんの母親、要するに私のおばあちゃんの体調があまり良くなく、直ぐに会いに行けない不憫さがあったからだ。(母親の両親はまだ元気でそこまで不安は無いとのことで今回の引越しは了承された)
イタリアに住んで約2年。
日本の小学校を卒業後に、イタリアの中学校へと転入し今は高校へと進学している。(日本とイタリアでは学校制度が違うのだ)
いきなり勉強についていけるわけもなくはじめは困ったが、周りの協力で今では皆と同じレベルまでには追いついてきている…とは思う。
そして昨晩、電話していたのはこのイタリアでの友人である。
街で迷っていた所を助けてもらい友人となった彼女とついつい色々なことを話していると夜遅くまで話し込んでしまっていたのだ。
ふぅ、と息を吐き少し水でも飲もうと部屋を出ようとして扉を開き、そっと閉じた。
(課題のやりすぎかもしれない、そうに決まっている)
扉の向こうが自分の家じゃなくて、更には男が2人もいるなんて、疲れて見えた幻覚に決まっている。
亜柚美は目頭を押さえて、ゆっくり息を吐く。
(気のせい、気のせい。幻覚だよ、うん)
そう思いながらドアノブを掴む手に力を入れると、バッと扉を開いた。
そこに見えたのは我が家の廊下で、やはりさっきのは幻覚だったと息を吐くと部屋を出た。
キッチンでペットボトルの水を手にすると、部屋に戻る。
ベッドへと腰掛けると、先程のことを思い出す。
幻覚だったとして…なんで男の人なんか見えたんだろう。
しかも2人も。
黒髪おかっぱと金髪の男…金髪の方は少年というのがぴったしかもしれない。
彼らも驚いたようにこちらを見ていた……気がする。
まあ、幻覚なんだし忘れようと思ったが…やはり気になる。
チラリと扉を見ると、手にしていた水をベッドサイドへと置いて立ち上がる。
(少し、少し覗くだけなら…)
そう思い、ドアノブを握りそっと引いて、ピシリと固まった。
「やっぱりいましたよ!」
「何っ!?」
先ほど見た2人の男が、扉の前にいた。
「うわっ……!」
驚いてドアノブから手を離してしまい、その場へと尻餅をつく。
冷たい表情でこっちを見る2人の男に、ガタガタと体が震えだす。
(え?幻覚じゃないの?てかそもそも、さっきは家の廊下だったのに、あれ?)
パニックになり考えが纏まらなくて目を回していると、ガンッと音がした。
「ひっ…!」
「なんだこれは…」
「コイツもぼくたちと同じスタンド使いか!?」
音が聞こえたのは扉の方からで、扉が殴られたのかと思ったらそうではなかった。
部屋の入口でおかっぱの男が叩くような仕草をすると、何もない空間からはコンコンと音がした。
「見えない壁があるようだ」
その言葉通り、男は何かに阻まれているようでこちらへは入って来れないようだった。
先程の大きな音は、この見えない壁と何かがぶつかった音のようだった。
「仕方ない…スティッキィ・フィンガーズ!」
おかっぱの男がそう叫ぶが、何も起きなかった。
「くそっ、ジッパーが取り付けれない」
「なんですって…!?」
2人で顔を見合わせ何かを話す男たちだが、亜柚美はちんぷんかんぷんだった。
(能力者って何?ジッパー?てかこの人たち何?そこどこ!?)
キョロキョロと自分がいる場所を見れば、やはりそこは自室で、でも男たちがいる場所は見たこともない部屋だった。
「どこの刺客だ!」
「しかく……?」
しかくとは、どのしかくの事だ。
資格…ではなさそうだし、話の流れからして刺客だろう。
そう考えながら男達を見て体をビクリと震わせた。
その鋭い眼光に、改めて恐怖が込み上げてきたのだ。
震えだした体を守るように、亜柚美は自分の体をギュッと抱きしめた。
「や、やだ…」
殺されるかもしれない、そう本能が悟ったのだ。
彼らは一般人じゃない、纏う空気がそこらへんの人と違う。
「フーゴ、様子が変だ」
怯える亜柚美に気付いたおかっぱの男が、フーゴと呼んだもう1人の少年を見て後ろに下がるように手で合図する。
フーゴと呼ばれた少年は亜柚美を見ながら、少し下がった。
おかっぱの男はそれを見ると、部屋の前へとしゃがみこちらと視線の高さを合わせて口を開く。
「君は…オレ達を殺しにきたのか?」
「こ、殺し……?なんで…?」
「いや、聞かれても困るのだが…とりあえず、殺しに来たわけではないんだな?」
その言葉に何度も頷く。
そもそも、私は家にいただけなのだから。
亜柚美の返答を聞いた男は少し考えると、先程よりは柔らかい眼差しで亜柚美を見る。
「オレの名前はブローノ・ブチャラティ。君は?」
名乗ったブチャラティという男をジッと見つめる。
(ブローノ・ブチャラティ…どこかで聞いた事がある)
買い物をしに出掛けた時に教えてもらった気がする。
ギャングなのにとても温厚で人柄もよく、頼りになる男が現れたと。
丁度…彼と同じ名前だった気がする。
(ギャング…?ギャング……!?)
亜柚美は目を見開くと、少し後ろへと下がる。
(もし、本当に教えてもらったギャングなら…私がイタリアにいる事がバレるのはちょっと…いやかなり…やばい気がする)
探されてしまったら終わりだ。
いやまあ既にイタリア語で話してしまっているからなんとも言えないのだけれど。
黙り込む亜柚美をジッと見つめるブチャラティと目が合い、亜柚美はゆっくりと口を開いた。
「亜柚美。昏季…亜柚美です」
ここは、イタリア語が話せる日本に住む人間だと思わせよう。
それが私にできる、精一杯の抵抗だ。
「ふむ、ジャッポネーゼか?その割にはイタリア語が流暢だな」
「父がイタリア人で、私はハーフなんです。イタリアと日本を行き来してました」
なるほどとブチャラティは頷くと、何もない部屋の入口に手を当てた。
「君は…スタンド使いか?この透明な壁は君が作り出しているのか?」
「あの…スタンド使いってなんですか…?」
さっきも言ってた気がするけど、スタンド使いとはなんなのだろうか。
本当に分かっていない様子の亜柚美にブチャラティは顎に手を当てて何かを考えている様子だった。
「アユミ、オレとフーゴ以外に何か見えるか?」
「……?」
少し落ち着きを取り戻した亜柚美は首を傾げながら彼らがいる部屋を見るが、2人の姿以外は特に何も見えない。
「いえ…その、ブチャラティさんとフーゴさん?しか見えませんが…」
「スタンドは見えてないんですか」
そう言いながら近づいてきたフーゴはブチャラティの隣に立つと、亜柚美の部屋の中を覗き込む。
「この部屋の中にもスタンドがいるようには見えませんね…それじゃあこの人以外の何かが隠れているんでしょうか」
「可能性はあるな。彼女は巻き込まれただけかもしれない」
そう言いながら話す2人が不躾に部屋の中を見回すものだから、亜柚美は恥ずかしくなって思わず声を上げた。
「じょ、女子の部屋をジロジロと見ないでください…!」
流石に恥ずかしいと、顔を隠せば「す、すまない」とブチャラティの焦る声がした。
先程よりは落ち着きを取り戻した亜柚美は恐る恐ると部屋の入口へと近付く。
「あの、質問なのですが…」
「ん?」
律儀に視線を逸らしてくれていた2人に声をかけると、ブチャラティがこちらを見る。
「先程からお伺いしたかったのですが…本当にそこに壁があるのですか…?」
彼らの言う見えない壁というものが本当にあるのか気になりそう声をかけると、ブチャラティは指で空中を叩く。
そこからはコンコンと音がした。
「この通りさ」
亜柚美はその様子を見て、ブチャラティの指がある場所へと恐る恐る手を伸ばす。
その手はブチャラティの指に触れる事なく、ピタリと見えない何かに触れた。
「……本当だ」
確かに、見えない壁がある。
一体何が起きているというのか。
恐怖より不思議が勝り、ペタペタと壁に触れる。
とりあえず、この壁がある限り向こうからこちらへ何かすることは不可能だという事がわかり少しホッとした。
「アユミ」
少ししてブチャラティが口を開いたので視線を向けると、真剣な表情をしていたので思わず正座した。
「なぜこうなったのか、お互いに少し話してみないか?」
その提案に、ゆっくりと頷いた。
私の身に起きた出来事を伝えた後、ブチャラティから聞いたのはこうだ。
フーゴと2人で今いる部屋へ入ると、少しして扉が開く音がした。
侵入者かと思い振り返ると私が立っていた。
すぐに扉は閉められたので駆け寄って扉を開けたが、そこはただの物置部屋で誰もいなかった。
不可解な現象について2人で話をしていると再び扉が開く音がして、私がまた立っていた。
との事だ。
「君の部屋とオレ達がいるこの場所が何故か繋がったというわけか」
「この状況を作り出したスタンド使いは何がしたかったんだろうか」
再び出た“スタンド使い”という言葉が気になり、フーゴを見る。
「あの…その、スタンド使いっていうのはなんなのでしょうか…?」
ビクビクしながら先程は無視された問いかけを再度行うと、フーゴの鋭い眼光と視線が合い、更に体をびくつかせていたらブチャラティが口を開いた。
「一種の超能力みたいなものだと思っていればいい。そして、知らないならば知ろうとしないほうがいい。わかったか?」
真剣な表情で言われて、何度も頷く。
知る事が危険に繋がるならば私は知らなくていい。
「とりあえず、君を元いた場所に届けたいのだが…イタリア語は話しているが住まいはジャッポーネ、だろう?」
住まいに関しては特に何も言ってないが、日本のものが多い部屋を見て日本に暮らしていると思ったのか、ブチャラティは亜柚美の家は日本にあると考えていたようだ。
「扉を閉めたら一度は自分の家に繋がったみたいです。ならもう一度閉めてみては?」
フーゴの言葉にブチャラティは頷くと亜柚美を見る。
「どういう原理かはわからないし、君がスタンド使いの何かしらに巻き込まれている可能性もゼロではないが…一度は家に戻ったということは再び戻れる可能性もある。君が扉を閉めてくれ」
その言葉に頷くと、ドアノブを握りチラリとブチャラティを見る。
「もう、ここには繋がらないことを願っている」
ここは危険だからなという不安にさせるような言葉は飲み込み、ブチャラティは笑った。
「はい…」
亜柚美は頷くと、一度会釈をして扉を閉めた。
(家に戻ってますように、家に戻ってますように)
そう願いながら閉めた扉を開くと、そこは見慣れた廊下だった。
(戻った…)
我が家に戻ってきた安心からか、力が抜けて座り込む。
(ブチャラティさんにフーゴさん。話が出来る人だったからよかったものの…)
もし話が通じないような人の場所に繋がっていたら、自分はどうなっていたのだろうか。
考えた途端に襲いかかる悪寒に自分の肩を抱きしめると、ベッドへと駆け寄りバフっと埋まる。
(もう、こんな事が起きませんように)
その願いは叶わないのだが、そんな事は知らない亜柚美は急な疲労感に目を閉じるのだった。
ブチャラティとフーゴは目の前で閉じられた扉をジッと見ていた。
少しして人の気配が無くなったのを感じて扉を開くと、そこは見慣れた物置部屋だった。
「ブチャラティ…さっきのは一体何だったんでしょうか」
「オレにも見当は付かない。が…彼女は恐らく危険な人物ではないだろう」
「演技かもしれませんよ」
フーゴの言葉にブチャラティは首を振った。
「彼女の目に嘘はなかった」
フーゴはその言葉に口を閉じる。
「……今は信じておきます」
フーゴはそう言って溜息を吐いたのだった。
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