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「違う!脇が開きすぎだ!」
「はい!」
「もっと力を入れろ!呼吸が乱れているぞ!」
煉獄家には槇寿郎の厳しい声とそれに応える暁美の声が響いていた。
杏寿郎はより精度を高めるために別の鍛練を槇寿郎に言われて少し離れたところで行っており、その光景を見ながら、縁側で簡単な柔軟などを行い動ける体にするために奮闘する伊黒がいた。
そのような光景が、一ヶ月は続いていた。
暁美は半月程で刀の持ち方をなんとか覚え、今は全集中の呼吸を行いながらの刀捌きを教えて貰っている。
とはいえ、全集中の呼吸も完璧に会得できているわけではないからすぐに呼吸法が乱れてしまう。
その度に喝を入れられるものだから、杏寿郎が夜にこっそりと呼吸法を教えてくれる日もあった。
自分が鬼ということもありあまり会いたくはなかったので槇寿郎に一度相談したが、好きにさせろとの事で甘える事にした。
「……疲れた」
今日も一日の鍛練を終え、パタリと部屋で倒れ込む。
この先、全集中・常中も会得したいが大丈夫だろうか。
不安を覚えつつも、体を起こす。
(とりあえずは、ご飯食べなきゃ)
暁美は部屋を出ると台所を目指す。
今日は暁美が食事を作る当番だった。
普段は女中のふみさんが食事を用意してくれているが、稀に所用で対応できない場合は槇寿郎と杏寿郎が出来ないなりに四苦八苦して簡単なものを用意していた。
(ちなみにふみさんはとても穏やかなお婆さんだ)
伊黒はさっぱりだが、暁美は元の暮らしや前世のこともあり料理が作れるのでいつしか料理当番に加わっていた。
(確か、お野菜をお裾分けしてもらってた気がするな)
ふみさんから聞いていた事を思い出しつつ、今日は頂いた野菜中心の献立にしようと考えながら台所に着くと、野菜達の前に立つ。
そこからいくつか野菜を選び洗っていると人が近づいて来る気配がした。
「暁美さん」
「…えっ!?」
名を呼ばれて振り返ると、そこには瑠火が立っており、その後ろではソワソワと槇寿郎が心配そうに瑠火を見ていた。
「る、瑠火さん!ご無理をなされては…」
「今日は調子がいいんです。一緒に料理をしても?」
調子がいいと言うわりには、顔色が良いわけではない。
おろおろとしながら槇寿郎を見ると、頷かれたので暁美も頷き返すと、瑠火の手を取った。
「わかりました、お願い致します。ただ、火を起こしたり立って行う作業は私がしますので、座っても出来る野菜の皮剥きや、切り分けをお願いしてもいいですか…?」
「もちろんです」
ホッとして座ってもらうと、目の前に洗った野菜とまな板などを持ってくる。
「今日はお野菜を頂いたので、煮物やお浸しなどを作ろうと思ってます」
「あら、美味しそうですね」
瑠火の言葉に微笑み、自分も調理へと戻る。
後ろで槇寿郎と話しながら野菜を切る瑠火の様子が微笑ましくて、胸の中が暖かくなる。
切ってもらった野菜を受け取り、煮物の味付けや汁物の用意をしていく。
「あの…味見をお願いしてもいいですか?」
小皿に煮物やお浸し、小鉢に味噌汁を一口ずつ程用意して瑠火に渡す。
順番に味見をした後、瑠火は微笑んだ。
「どれも美味しいですよ」
そう言って頭を撫でてくれた瑠火に、思わず頬が緩んだ。
「娘がいたら、こんな感じだったのでしょうか」
「む、娘…!?」
暁美は自分には勿体ない発言に慌てる。
(私が娘だなんて…おこがましい!)
あたふたとする暁美に瑠火は微笑むと、槇寿郎を見た。
「そうは思いませんか?」
その問いに槇寿郎は暁美をジッと見た後、フッと笑った。
「ああ、そうだな」
二人の優しい声色に、暁美は自分の両親を思い出した。
あの日、殺されてしまった今世での両親。
何もなければ、前世など思い出さずに今も幸せに過ごしてきたのだろう。
少し、気が落ちた暁美に気付いた瑠火は、そっと暁美に腕を伸ばした。
「どうぞ、こちらへ」
「えっ…」
どうすればいいのかと槇寿郎を見やると、クイっと顎を動かした。
きっと、その腕に収まれと言っているのだろう。
暁美はおずおずと瑠火に近寄ると、その胸の中に抱かれた。
「そんなに気を張らなくてもいいんですよ。時には甘えてください。私が母の代わりとなりましょう」
その言葉に、暁美の瞳からはぽろりと涙が溢れた。
「す、すみません…」
「いいのですよ」
背を撫でられると、次々と涙が溢れ出る。
そしてやっと気付く。
自分はかなり、気を張って過ごしていたのだと。
いくら前世があろうと、精神が同年代の人に比べて成熟してようと、辛いことは辛い。
それでも、この世界の事に気付いてしまったから、頑張ろうと無理をしていたと。
瑠火の温もりに思わず縋ると、ぽんっと頭を誰かに撫でられた。
顔を上げるとそれは槇寿郎の手で、暁美は更に涙を流した。
普段の厳しい目ではなく、親が子に見せる柔らかな表情。
この人にも色々と思うところはあるだろうに、それでも私自身を見て受け入れてくれたのかもしれない。
そんな温かな気持ちを胸に感じて、その手にすりっと頭を寄せた。
「失礼しました…」
「いいのですよ」
あの後、少しして暁美は涙を拭いて体を離した。
恥ずかしくて謝罪をすると、瑠火は気にするなと首を振った。
気を取り直して食事の用意を行い完成させると、いつも彼らが食事をしている部屋へと膳を運ぶ。
そこにはお腹を空かせた杏寿郎と、杏寿郎の腕の中で大人しくしている千寿郎がいて微笑ましかった。
暁美は槇寿郎と瑠火に礼を言って、伊黒と自分の分の膳を持つと、伊黒が待つ部屋へと向かった。
彼は口のこともあり、一緒に食事をするのを避けている。
だから暁美は伊黒と共に別室で食事を共にしていた。
本当は暁美がそばに居るのも嫌なようだが、そこは暁美が押し切った。
「小芭内さん、お待たせしました」
膳を持って部屋へ入ると、本を読んでいた伊黒が顔を上げた。
「また来たのか…」
「小芭内さん、他は一緒にいても普通なのにご飯の時は嫌がりますね」
そう言いながらいつものように仕切りを用意して、ヒョコッと顔を出す。
「また、食べ終わったら教えてね」
「おい」
にこっと笑って顔を引っ込めようとした暁美を、伊黒は呼び止める。
「ん?」
「……」
無言でジッと見てくる伊黒に、暁美は首を傾げる。
少しして、近付いてきた伊黒をどうしたのかと見ていると、目元を撫でられた。
「泣いたのか?」
「え?あぁ…ちょっと、嬉し泣きを」
暁美はそう言って、瑠火との話をした。
それを黙って聞いた後、「よかったな」と伊黒は優しいような、どこか寂しさを感じるような笑みを浮かべた。
暁美はその顔を見て仕切りから体を出すと伊黒を抱きしめた。
「なっ、何をしている!」
「小芭内さんが甘えたい時は私も胸を貸すからね…!」
そう言ってギュッと抱きしめた腕を離すと、暁美は仕切りの向こう側へと移動して食事を始めた。
(小芭内さんの、彼の光になる彼女に出会うまではまだまだ掛かる。その間…少しでも支えれたらいいな)
そう考えている暁美は顔を真っ赤にして固まる伊黒に気付かず、呑気に味噌汁を飲んだ。
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