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後日、一人朝から素振りを行っていると槇寿郎が現れた。
どこか気まずそうな槇寿郎に暁美は頭を下げる。
「おはようございます」
そう言った暁美に槇寿郎は頭を掻きながら「…おはよう」と返事をした。
暁美は昨日のことを謝るつもりはないし、これ以上話すつもりもなかった。
槇寿郎の中で消化してもらうしかないからだ。
それがわかっているのか、槇寿郎も昨日の事は口にしなかった。
「本日はご指導頂けるのでしょうか」
「…構えろ」
その一言に暁美は頭を上げ、木刀を構えた。
今日も一日、鍛錬が始まる。
今までよりも熱の入った槇寿郎の眼を見て、暁美は木刀を握る手に力を込めた。
あの後、槇寿郎の元に任務が入ったとの事で指導は早々に終わった。
少し遠い場所での任務らしく、槇寿郎は慌てて任務へと向かう準備を始めた。
暁美も瑠火の代わりに槇寿郎の用意を手伝い、隊服や羽織を慌てて持ってくる。
着替えが終わった槇寿郎は刀を腰に差すと、暁美をジッと見た。
「暁美」
「は、はい!」
初めて下の名で呼ばれ、緊張して背筋が伸びる。
その様子を見て槇寿郎はフッと笑うと、ぽんっと頭を撫でた。
「俺がいない間…あいつらを頼む」
「なっ……!?私に任せてはダメでしょう!」
だって、私は…
表情を曇らせた暁美の手を槇寿郎は掴むと、部屋を出る。
「あ、あの…!どこへ?」
「いいからこい」
ズンズンと歩く槇寿郎に困惑しながらも手を引かれて着いていくと、そこは見知った部屋だった。
「瑠火、入るぞ」
そう言って声をかけると、槇寿郎は障子を開く。
起きあがろうとする瑠火を槇寿郎は手で制して、腰を下ろした。
「どうされましたか?」
「俺は任務で暫く家を空ける。その間のことはコイツに任せる」
そう言って暁美を指差す。
「瑠火、こいつは俺たちに狩られる側だ。だが、他の奴らとは何もかもが違う。安心出来るとは言えないが、信頼はできる」
「えっ、ちょっ!」
俺たちに狩られる側、それは暁美が鬼であると言っているようなものだ。
瑠火は告げられた言葉に目を丸くし、暁美は秘密をあっさりと話した槇寿郎に信じられないと目を見開いた。
そんな暁美をチラリと見た後、「お館様から、瑠火には話しておけと言われている」と言った。
瑠火には話しておけ。
どういうつもりで言ったのだろうか。
今回みたいに槇寿郎さんが留守の間に、私が何かをやらかさないようになのか。
とはいえ瑠火さんが鬼の私に叶う筈もないとは思うのだけれど…
(そんなことより)
バレてしまったならばここにはいられないだろう。
暁美が不安気に瞳を揺らしていると、瑠火が暁美へと視線を移した。
「暁美さん。今の話は本当ですか?」
その問いに暁美は肩を揺らし、頷いた。
「……そうですか」
静かに話す瑠火に、心臓がバクバクと音を立てる。
「わかりました。私はこの体です。暁美さんに色々ご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願い致します」
「……へっ?」
瑠火の言葉に、暁美は間抜けな声を出した。
「どうしましたか?」
「わ、私は…本来ならばここに居てはいけない筈なんです。なのに、そんな…お願いだなんて」
その言葉に瑠火はちらりと槇寿郎を見た後、暁美へ視線を戻した。
「暁美さん。ここに居てはいけないなんて事はありません。もしそうならば…いくらお館様から言われたとしても、貴女をここに置いたりしませんよ」
そう言って微笑んだ瑠火に、暁美はポロポロと泣き出した。
槇寿郎は困ったように息を吐いた後、暁美の頭をポンっと撫でた。
「頼んだぞ」
「はい…はい!私が、しっかり、お留守を預かります…!」
泣き続ける暁美に苦笑しながら、瑠火に目配せして槇寿郎は任務へと向かった。
「それ以上泣いては、目が腫れてしまいますよ」
「はい…」
暁美は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、涙をなんとか止めると瑠火を見た。
穏やかな様子に、暁美はキュッと拳を握りしめると頭を下げた。
「出来る事はしますので、何でも仰って下さいね!」
「はい。頼みましたよ」
瑠火の返事に、暁美はよしっと気合を入れた。
後日から、暁美は鍛練に家の事にと走り回っていた。
ふみさんがいるが、ふみさんもそこそこのご高齢だ。
いつも一人であれこれと対応していてくれたが、自分が来てからはたまに手伝いを行うと「とても助かりますよ」と喜んでもらえたので、その手伝いにも力が入る。
そんな日々を過ごしていた今日、ふみさんの手伝いの為に鍛練後に一緒に買い物へと出掛けたのだが…これはヤバいかもしれないとふみさんと顔を見合わせる。
買い物に出かけたのは早い時間であれほど天気もよかったというのに、通り雨が降ってきたのだ。
これは中々にヤバい。
辺りは暗くなって陽が出ていない。
陽が出ていないという事は、鬼が出る可能性があるという事だ。
煉獄家は藤の花が家の周りに咲いているだけではなく、家の中でも香を焚いている。
それに…まだ隊士になっていないとはいえ、煉獄杏寿郎がいる。
安心できる要素はあるが、今はどうだ。
ここは外で藤の花の香り袋を持っているとは言え、完璧に安全とは言えないだろう。
いつまでも木の下で雨宿りをしている場合ではないと、暁美はゴクリと唾を飲み込みふみを見た。
「ふみさん、無礼を承知で失礼します」
「え?あらっ!」
ふみさんの返事を聞く前にひょいっと横抱きにした。
ふみさんは目を丸くしていたが、特段嫌がる様子は無かったのでホッとする。
煉獄家まではまだ少し距離がある。
急いで帰らなければ。
自分が来ていた羽織をふみさんに被せると、地を蹴った。
鬼である事と鍛えている事からか、随分とふみさんを軽く感じる。
いや、実際軽いのだと思うけど。
走る速度も自分が驚くくらいのスピードが出て、ちょっと楽しくなってきた。
心なしかふみさんも楽しそうだ。
そんな事を考えながら走っていると、何かに気付いた暁美は足を止めた。
「……ふみさん、走って家まで行けますか?」
「暁美さん?」
暁美はふみを下ろすと、手にしていた荷物などを端に避ける。
ふみはどうしたのかと首を傾げていたが、暁美がジッと一箇所を見つめながら隠し持っていた日輪刀を取り出したのを見てハッとした。
「暁美さん、あなた一人じゃ…」
「ふみさん」
暁美が名前を呼んでジッと見つめると、ふみはゆっくりと頷いた。
「ご武運を」
そう言って、老体に鞭を打ちながら走るふみに申し訳ないなと思いつつ、槇寿郎から与えられていた鍛練用の日輪刀を鞘から抜いた。
「ババアの方は逃げたか…まあ、食っても不味いだろうからな」
そう言いながら暁美が見つめていた木々の間から姿を表したのは、肌の色が緑色で比較的小柄な鬼だった。
(あれが、鬼…!)
初めて見る本物の鬼に、手が震える。
(私に斬れるだろうか。未熟な私に)
それに、まだ鬼殺隊にも入隊していないのに。
バクバクと心臓が煩い。
「ああ?鬼殺隊か?」
ジロジロと見てくる鬼から目を離さず、刀を握る手に力を込める。
「……いや、それにしては…雰囲気が違うな。まあいい…鬼殺隊でなければ殺すのは簡単だ!」
そう言って飛びかかって来た鬼に、刀の切っ先を向ける。
振り下ろされた鋭い爪を刀で何とか防ぎ、距離を取る。
(やばい、怖い)
けれど…
(力は大したことはない!)
相手の鬼が血鬼術を使わなければだが。
「はっ!これを防いだからといって…次からも防げるとは限らないぜ!」
そう言って、次々と爪が迫り来る。
だが、身体能力が上がっている事、槇寿郎の教えもあり、相手が繰り出してくる爪の攻撃は防げている。
ただ、速いのだ。
この速さの中から隙を突いて攻撃に転じなければいけない。
「ぐっ…」
けれど、隙が見つからない。
(どうすれば…!)
「ったく、いつまで防ぎやがる!!」
そう言った鬼は、少し焦っているようにも見えた。
(何?何に対して焦っているの?)
暁美は鬼を観察していて、ハッと気付いた。
自分の爪が相手に届いていない、全て防がれていることに焦っているのだと。
(…そうか、私、攻撃を防いでいる)
即ち、この鬼について行けているのだ、見えているのだ。
暁美は鬼の爪を弾き返して距離を取ると、深く息を吸って刀を握り直した。
「女ぁ!爪を防いでいるからって、余裕ぶってんじゃねえぞ!」
そう言いながら飛びかかってきた鬼を見据え、暁美は息を吐いた。
「炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天」
暁美は弧を描くように刀を振り上げた。
「……はっ?」
鬼はそう言葉を発した後、地に伏した。
「あ…ああ?」
何が起きたのかわからないと声を上げる鬼を、暁美は見下ろす。
「き、斬れた…」
肩で息をしながら、こちらを見上げる鬼の頭を見返す。
通り雨も止んで、陽が差してきて、鬼の体が塵となってゆく。
「くそくそくそ!俺はまだ!まだ……!!!」
鬼は叫んでいたが、口も塵と化し、声は聞こえなくなった。
その全てが塵になるのをジッと見つめていると、ザッと誰かの足音が聞こえた。
「………斬ったか」
そこにいたのは、槇寿郎だった。
「槇寿郎さん…」
戻られたのですねとか、お帰りなさいとか、言おうと思ったが言葉が出なかった。
そんな暁美に槇寿郎は何も言わずに近寄り、ポンっと肩に手を置いた。
「……よくやった。帰るぞ」
その言葉に、肩の温もりに、暁美はポロリと涙を流しながら頷いた。
煉獄家へ戻ると、杏寿郎や伊黒が駆け寄ってきて怪我が無いか凄く確認された。
それを槇寿郎に怒られ、無事に戻っていたふみが用意した風呂へと入れられた。
(温かい…)
冷え切っていた体が温まっていくのを感じる。
震えていた手も、落ち着いてきた。
(………斬った。鬼を)
暁美は一つ深呼吸をして、一度頭まで湯に潜ると、バッと立ち上がった。
(一歩、進めたと思う。私は、私が出来ることを…やるだけだ)
まずは最終選抜試験を生き抜くこと。
そこに彼がいるならば…命を繋げること。
暁美は冷水で顔を洗って気合いを入れると、風呂を出た。
そして、後日…
「絶対に死ぬんじゃ無いぞ」
「暁美なら出来る!」
「暁美さん、ご無事で」
「ねーね!」
「暁美さん、ご武運を」
「暁美…生きて帰ってこい」
煉獄家の皆と伊黒に見送られ、暁美は選抜試験へと向かった。
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