最終章
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そして、蝦夷地にも遅い春の気配が近付き始めた三月後半のこと。
新政府軍の艦隊がとうとう、蝦夷へとやってきた。
その艦隊は、宮古湾に停泊するらしい。
多くの艦隊を持たない蝦夷共和国は、その旗艦を奪い取る作戦を立て始めた。
作戦の実行には、土方と桜も参加した。
原作では、作戦は失敗し野村の死という悲劇が起きたが今回は野村はいない。
作戦は原作同様に失敗してしまったが…皆は無事に五稜郭へと帰還した。
それだけでも、上々だろう。
この先どうなるか分からないからこそ、一つ一つ、成功したことに関しては喜びを噛み締めておこうと思う。
明治二年 四月
新政府軍は、この蝦夷を目指して集結しているという。
土方が予想した通り、乙部から上陸し、今は松前口と二股口に兵を進めているとのことだ。
松前口に詰めている部隊は、大鳥が。
二股口の部隊は土方が率いていた。
桜は土方の部隊で待機をしていた。
まだまだ冷え込む時期で、野営をするのはかなり辛いものだ。
そんな隊士達を労るように、一人一人に声をかけて酒を振る舞う土方を、桜は少し離れたところで見ていた。
(近藤さんみたい)
その様子に笑みを浮かべた後、はぁっと息を吐いた。
(後、約一ヶ月でこの戦いは終わる)
その時に私がしようとしている行動を知ったら、歳さんは怒るだろうな。
桜は胸元から小袋を取り出して、ジッと眺めた。
(まあ、止められてもやるんだけどね)
小袋を懐に入れると、嬉しそうな様子の隊士達を見て、もう一度微笑んだ。
そして、朝晩の冷え込みもずいぶんと緩くなり始めた、四月末のこと。
松前口を守っていた、大鳥の部隊が破られた。
土方の部隊も二股口の防衛を切り上げ、五稜郭まで撤退するよう命令を受けた。
決戦の地は、函館になる。
事態は、以前に土方、大鳥、桜が予想した通りに動いていた。
明治二年 五月
二股口から函館に戻った後、土方は弁天台場を訪れた。
そこには、大鳥や島田がいる。
島田達の様子を見に行き、大鳥と今後の事を話しに行ったのだ。
桜も来るかと言われたが…行かなかった。
今はこの五稜郭で色々と仕込まないといけない。(主に医療品系だけれど)
自室で深呼吸していた桜は、ノックの音に目を開いた。
「どうぞ」
そう声をかけると、中に入ってきたのは山南、井上、山崎、伊庭だった。
「やあ、君が呼ぶなんて珍しいね」
「わざわざありがとうございます」
笑った井上に笑い返すと、四人を椅子へと促す。
「突然お呼び立てしてすみません」
「いえ、こうやって呼ぶという事は、大切な話でもあるんでしょう?」
山南の言葉に頷き、最早恒例となっている手紙を四人の前にそれぞれ置く。
「これは?」
山崎はちらりと手紙を見た後、桜を見る。
「私の里への行き方が書いています」
「桜さんの?」
伊庭に頷くと、手紙に視線を落とす。
「はい。実は…私は皆と別れる時、常にこの手紙を渡していました。全てが終えた時…生きていたら、また会いましょうという気持ちを込めて」
実は島田さんにも既に渡しているんです、と言って自分の胸に手を当てた桜を、四人は見詰める。
「本当は、新選組の皆を迎える事が出来ればいいんだけど…それは難しいから。だから私の勝手で、特に親しい人には、渡してます」
なので、受け取ってもらえませんか?
そう言って微笑んだ桜。
四人は黙っていたが、やがて井上が手紙を受け取った。
「ありがとう、雪風君。君の気持ちはとても嬉しいよ。確かに、受け取ったよ」
笑った井上に続き、山南と山崎と伊庭も手に取る。
「三人も、ありがとうございます。千鶴も待ってるんで、死んだら駄目ですよ」
そう言った桜に四人は笑うと、部屋を出た。
(さて、後は…)
桜は最後に残った一通の手紙を見て、目を瞑った。
そして、五月十日の夜も更けた頃。
ここ数日、バタついていて中々土方と話せなかったのだが、仕事を手伝えと呼ばれて部屋に向かい、あれこれしていたら夜も遅い時間になっていた。
(これぐらいでいいかな)
来客用の机で作業をしていた桜は目の前に広げた紙を纏めた後、ちらりと土方を見る。
(明日には、新政府軍が来る)
だから、早く話したいのに中々手を止めないな…この仕事人間め!
そんな気持ちを込めて恨めしそうに見ていると、土方が呟いた。
「仕掛けてくるなら、明日だろうな」
「…そうだね」
その呟きに頷くと、執務机に座っていた土方が近付いてきて、隣に座った。
「桜…頼りにしている」
「ん、任せてよ」
ニッと笑うと、ぽんっと頭を撫でられた。
「…歳さん」
桜は今だと思い、手紙を出すと土方に渡す。
「これは?」
「私の里への行き方が書いてるの。皆が皆ってわけじゃないけど…別れた皆には、渡してる」
「桜の…里?」
頷くと、土方の手を握る。
「歳さん、この戦で最後には生きてるか死んでるかなんて分からない。生きてたとしても…歳さんは、戦が終われば自分の役割も終わりだと、自分の道は途絶えたと、そう考えてるかもしれない。でも…私は、そんなの悲しいから、歳さんに新しい道を歩んで欲しいな」
「新しい…」
「うん。私は、皆とまた会いたいって願ってる。再会して、また皆と生きていきたいって。だから、歳さんも生き残る事が出来たら…里に来て。他の皆はわからないけど、少なくとも千鶴はいる。私も生きて帰るつもり。皆で、一緒に生きよう」
ねっ?と微笑むと、土方は少し固まった後、「はあぁあ」と盛大な溜息を吐いた。何故。
「ったく、お前ってやつは…つくづく俺の気持ちを持っていきやがる」
「え?そんなつもりはないんですけど…」
「無自覚か。更に達が悪いな」
どこか楽しそうに話す土方に桜は笑った。
「達が悪いかは置いといて…とりあえず、そういう事だから。私の願いを叶える為にも、頑張って生きてね」
「…善処する」
きっと内心では無理だと考えているのだろうけど、それでも善処すると、言ってくれただけでも嬉しいもんだ。
最後の戦いは、明日。
桜は小さく息を吐いて立ち上がると、手伝いを切り上げて部屋を出た。
翌日……。
弁天台場が集中砲火を浴びていると、土方のところに知らせが届いた。
新政府軍の総攻撃が始まったのだ。
弁天台場の戦況が厳しい事を聞くと、土方は援軍を送ることを即断した。
「俺は、弁天台場の援護に向かう。……桜、お前も来てくれるな?」
「勿論」
桜の返事に、土方は満足そうに笑った。
二人はそれぞれ馬へと乗ると、駆け出した。
風を切って森の中を走り抜け、弁天台場を目指す途中。
突然に--
一発の銃声が鳴り響いた。
「ぐっ……!」
強い衝撃に、土方の身体が揺れる。
銃声に驚いた馬が棹立ちになり、土方は派手に放り出された。
「歳さん!」
土方が乗っていた馬はそのまま走り去ってしまい、自分が乗る馬もかなり興奮していたので何とか落ち着かせる。
新政府軍からの追撃が無かったことに安堵し、落ち着いた馬から降りると倒れる土方へと駆け寄った。
「っ…歳さん!」
土方の身体や地面は、真っ赤に染まっていた。
「ん…ぐっ…」
原作では羅刹の身体だったから耐えれたであろう傷だが、生身の土方だと耐えられない事はすぐにわかった。
声に反応して薄らと開いた瞳からは、光が失われかけていた。
「歳さん、駄目!少し踏ん張って!!」
そう声をかけながら土方の服を漁り、渡していた薬を手にすると迷わずに自分の口に含んだ。
そのまま土方に顔を寄せると、唇を合わして水を流し込んだ。
なんとか飲み込んだ様子にホッとしながら、土方の手をぎゅっと握る。
(わかっていても、心臓に悪い…)
土方歳三は撃たれて亡くなり、弁天台場には辿り着けなかった。
それは知っていたが、やはりこんな…怪我をする所を目の当たりにするのは辛かった。
それならば事前に防げば良かったのかもしれないと考える人もいるかもしれないが、それでは土方が弁天台場に辿り着いてしまう。
歴史が変わってしまった場合、どうなるかわからない。
それが怖かったから、事前に手は打たなかった。
桜が心の中で謝罪をしていると、土方の呼吸が先程より落ち着いたことに気付いた。
(…よかった)
一命は取り留めたみたいだ。
桜は安堵の表情を浮かべた後、懐から小袋を取り出した。
(この後は、歳さんが起きないようにしないとね)
中に入っていたのは睡眠薬で、土方の口を開いて薬を含ませた後、水を流し込む。
「歳さん、飲んで」
意識が朦朧としながらも、薬と水を飲んだ土方をぎゅっと抱きしめた後、茂みにその身体を隠した。
(……またね、歳さん)
桜は周りに敵がいない事を確認すると、馬に飛び乗り弁天台場を目指した。
「榎本さん!!」
弁天台場に辿り着いた桜は、激しい戦場を掻い潜り、榎本の元へと向かった。
「雪風君!」
笑みを浮かべた榎本だったが、桜の険しい表情を見て笑みを引っ込めた。
「榎本さん、歳さんは…」
その後に続いた言葉に、榎本は目を見開いた後、悔しそうに拳を握りしめた。
「……大鳥君を、探してきてくれないか」
「はい」
桜は榎本の言葉に頷き、大鳥を探しに出た。
→