最終章

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明治元年十二月ーー

新選組が蝦夷地へ渡った後は、松前藩を制し苦労の末に蝦夷地を制圧。

そして【蝦夷共和国】を立ち上げた。

蝦夷地は冬になると雪に覆われてしまう、極寒の地だ。

その為、春までは新政府軍が本格的に仕掛けてくる事はないだろう。

そんなある日、蝦夷共和国で【選挙】が行われた。

現代人ならよく知る、投票によって一番偉い人を決めるアレだ。

投票の結果、総裁は榎本さん、歳さんは陸軍奉行並などそれぞれ役職が付けられた。

僕?僕は…役職なんてごめんだと我儘を言ったからね、役職はないよ。人の上に立つのは得意じゃないからね。

そして、選挙の結果が出て酒でも飲もうという榎本の提案を苦笑しながら聞いていると、ぽんっと肩を叩かれた。

さん、お久しぶりです」

「八郎!」

振り返ると、そこには笑顔を浮かべる伊庭がいた。

「元気そうで、ほっとしました」

「八郎も…元気そうでよかった」

も微笑むと、伊庭の左手を見た。

「怪我したの?」

「新政府軍との戦いで…」

左手に包帯を巻いた伊庭。

頬を掻く伊庭をジッと見ると、は周りをチラリと見た後に伊庭の耳元に口を寄せる。

「八郎、後で僕の部屋に来て」

「え?」

「多分知ってるでしょ?部屋の場所。よろしくね」

ニコリと笑うと、はお酒を飲む面々へと近付いた。

一方、残された伊庭は言われた事を理解すると顔を赤くして口元を手で覆った。

(も、もしかして…)

伊庭はチラリとを見た後、落ち着けと息を吐いて皆の元へと向かった。

その後、お酒を酌み交わすのもそこそこには伊庭をチラリと見た後、その場を離れた。

伊庭も少し時間を空けてからその場を抜け出すと、の部屋へと向かった。

部屋の前に着いた伊庭は、深呼吸をすると扉をノックする。

さん、僕です」

そう声をかけると、扉が開かれた。

「どうぞ」

は周りを警戒しながら伊庭を招き入れる。

「どうぞ、座って」

部屋に置かれたテーブルへと案内され、伊庭はドキドキしながら椅子へと座ると、向かいにも座る。

「急にごめんね、八郎。もっと飲みたかったんじゃない?」

「いえ、それなりに楽しみましたし、大丈夫ですよ」

その返事を聞いてはホッと息を吐いた。

「じゃあ、早速で申し訳ないけど…ここに呼んだ本題に入って良い?」

「はい」

緊張して伊庭が背筋を伸ばすと、目の前に一つの瓶が置かれた。

が近藤用に取っておいた薬だ。

使うことが無かったこれを、伊庭のために活用出来ると考えたのだ。

「……これは?」

不思議そうに瓶を見る伊庭に、は緊張した面持ちで口を開く。

「これはね…どんな怪我でも治す薬ってところかな」

「…どんな怪我でも?」

伊庭が視線を上げると、は頷いた。

「八郎。今から話すことは新選組でも一部の人しか知らないくらい重要な話。それを八郎には…伝えておこうと思うんだ」

「僕に?」

「うん。八郎は誰かに言いふらしたりしないって信じてるし」

でしょ?とが笑うと、伊庭も笑う。

「勿論です。さんを裏切ったりはしませんよ」

「…ありがとう」

は感謝を述べると、小さく息を吐いた。

「実は、私はねーー」

鬼なんだ。

そう言ったに、伊庭は目を丸くした。

鬼であること、薬のことなどを話すを、伊庭はジッと見ていた。

全てを話し終えた後も、口を開かない伊庭を不安に思い、はチラリと視線を向ける。

「八郎?その…急に言われても、信じられないよね」

ごめんねと言いながら瓶を引っ込めようと伸ばしたの手を、伊庭は握りしめた。

さん。信じますよ」

そう言って微笑んだ伊庭に、は嬉しそうに笑った。

「ありがとう、八郎。改めて…この薬、受け取ってくれる?」

「勿論です」

伊庭は頷くと、瓶を受け取った。

「ここぞって時に使ってね」

「わかりました」

瓶を懐へと入れる伊庭を、はぼーっと見ていた。

(確か、伊庭八郎という男は…)

戦いが終わる時に、モルヒネを使用して自決した筈だ。

(そんな事には…なって欲しくない)

彼のプライドを踏み躙るかもしれない。

それでも、死んで欲しくないのだ。

「ねえ、八郎」

「はい?」

首を傾げる伊庭の手を取ると、ギュッと握りしめる。

「何があっても…自ら命は捨てないで。どうか、生きて」

その言葉に伊庭は少し驚いた様子を見せた後、手を握り返した。

「わかりました。戦いの中で死ぬことはあっても…自らこの命を断つことはしないと、さんに約束します」

伊庭の言葉に、は「ありがとう、八郎。でも、なるべく戦いの中でも死なないでね」と微笑んだ。

その笑みを受けて伊庭は頬を赤く染めると、何かを決意した表情で手を握る力を強めた。

「八郎?」

さん…この先、何が起きるか分からないので伝えさせてください」

「うん?」

「…貴方が、好きです」

「………へっ?」

言われた言葉に、は目を丸くする。

固まってしまったに、伊庭は苦笑すると握っていた手を撫でた。

さん?」

「…あっ、ごめっ、えっと…」

声をかけられてハッとしたは、頬を赤くして視線をキョロキョロと世話しなく動かす。

(急にストレートにきたから)

上手く処理ができない。というか普通に恥ずかしい。

挙動不審になるに伊庭は笑うと、手の甲に唇を落とした。

「必ず、生き残ります。貴方と生きたいから」

そう言った伊庭にはなんとか頷いた。






ある日、は土方に呼ばれて彼の部屋で仕事の手伝いをしていた。

いつでもどこでも仕事人間のこの男に苦笑しながらも筆を走らせていると、扉を叩く音がした。

「はい」

「大鳥です」

その声に扉を開くと、微笑む大鳥が立っていた。

「どうぞ」

土方に聞かずに中へと大鳥を招く。

特に咎められないから、問題ないだろう。

来客用の椅子へと案内すると、土方も執務机から立ち上がり大鳥の向かいへと座る。

はお茶を用意して大鳥と土方に出すと、どうしようか悩んで土方の隣に座った。

「急にすまないね。雪風君、お茶をありがとう」

「お口に合えばいいですが」

ニコリと微笑むと、大鳥も笑ってお茶を飲む。

「土方君の側には優秀な人材が揃っているんだね。羨ましいよ」

「…ああ、俺は色んな奴に助けられてるよ。特に、こいつにはな」

ぽんっと頭に手を置いて、恥ずかしくなりそうなほど甘さを含んだ目でこちらを見る土方に、は苦笑する。

大鳥達には性別を明かしてないのだ。

衆道に思われるぞ。

「……そうみたいだね」

少し間が空いた後に頷いた大鳥に(ほら勘違いされた)と思ったが、もういいやと溜息を吐いた。

「本題に入るけど……」

口を開いた大鳥の言葉に、表情を引き締める。

「奴ら、来ると思うかい?」

「来るさ。雪が溶ければ、すぐにでもな」

雪風君はどうだい?」

「僕も同じ考えですよ。今頃、万全の準備をと、忙しなく動いてることでしょ」

大鳥の言う奴ら、それは新政府軍のこと。

年が明け、雪も溶けた春先…新政府軍はくる。

「二人が言うなら、間違いないな。実はね、僕も同じように考えていたんだ。榎本さんは話し合いで解決したいらしい。でも、僕はまず戦争になると思ってる」

「ああ……戦いになるだろうな。新政府軍が俺たちを見逃すとは思えねえ」

「…榎本さんは反対されると思いますが、春までに戦支度を済ませておくのが最善でしょう」

「その辺りは、心配しないでくれ。根回しは済ませておくよ」

大鳥がそういう時、土方はフッと笑った。

「しかし……、この蝦夷に来てあんたと意見が合うとは思わなかったな」

「そうだね。今だから言うけど、最初に会った時は面食らったよ」

「そりゃ、こっちの台詞だ。いきなりシェイクハンドがどうのって言われた時は、どうしようかと思ったぜ」

雪風君にはすぐに通じたのになあ」

話し始めた二人に笑うと、はお茶のおかわりを用意するために立ち上がる。

(そうだね、こんなイベントもあったね)

は目を閉じる。

最後まで走り抜けた時、彼らは無事に生きているのだろうか。

私は、生きているのだろうか。

胸元でギュッと手を握りしめると、ふわりと後ろから抱きしめられた。

「ちょ、歳さん!?」

はハッとして目を開き、自分に巻きついていた土方の腕を剥がそうとするが、土方は笑うだけだった。

「大鳥さんならもういねえよ。お前がぼーっとしてる間に帰った」

「…ぼーっとしてました?僕」

「ああ、してた」

そう言われて苦笑すると、首を振った。

「すみません」

「いや、気にするな。それより、何を考えていた?」

「普通に、この先のことですよ。…戦の事」

その言葉に、土方は回した腕に力を入れる。

「……厳しい戦いになるだろうな」

「ですね。……歳さん、死なないでね。皆にも…死んで欲しくない」

出来る限り死なせないように、頑張るから。

その言葉は飲み込み目を閉じると、くるっと向きを変えられた。

驚いて目を開くと、真剣な表情の土方がジッとこちらを見ていた。

「死なねえと約束は出来ねえが、これだけは言える」

「なんです?」

「……お前だけは、死なせない」

熱を帯びた視線に、頬が赤くなる。

…」

名前を呼ばれて「なんです?」と土方を見ると、徐々に顔が近付いて来た…ので、両手で土方の顔を抑えた。

「てめぇ……」

「そういうのは、お付き合いされてる方や好いた方としてくださーい」

そう言って土方の腕から抜け出すと、慌てて離れる。

「ったく…お前はなあ」

呆れた様子の土方に、呆れたいのはこっちだと思いながらも扉へ近付く。

「もうお手伝いは要らなさそうなので、僕は別の仕事して来ますね」

「あ、おい!」

なんか呼び止められてたけど、しーらない。

はそそくさと部屋を出ると、その場から離れた。






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