洋装~近藤の処刑
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頭を下げた後、周囲に注意をしながら去っていく二人を見送ると、桜は息を吐いた。
(つっかれた…)
少し休憩しようと、家の中へと戻る。
自分が使っていた部屋へと向かうと、部屋にバタンと倒れ込んだ。
近藤さんが捕まり、相馬君がやってきて…新選組の本隊の方は宇都宮城での戦いを行い、そして…先日、近藤さんの処刑が行われた。
桜は、この処刑で近藤を助けたかった。
無事、助けられたのかどうかというと…
桜は目を瞑った。
新政府軍の本陣へと向かった相馬を見送った後、桜は自分の隠れ家へと向かった。
そこに入ると、目に入ったのは…近藤勇だ。
といっても、今目の前にいるのは本物ではない。
高性能な人形だ。
例の巾着をフルで活用して取り出したのだ。
この人形には血糊も仕込まれており、傷付けると血が流れる。
要するに、この人形を処刑される近藤と入れ替えるのだ。
ただ、入れ替えるのは容易ではない。
人が多いのは大前提だが、処刑場は民衆が入れないよう仕切られている。
まずはその中へ入らないといけない。
そして入れ替えた後は近藤を連れて仕切りを超えて逃げなければならない。
一番の難所だ。
桜は頭を抱える。
(危険…危険だけど……)
一瞬のうちに処刑場の中へ入り、入れ替え、逃げる。
その為には、使うしかない…鬼の力を。
通常でも普通の人よりは強い力を持っているが、更に強さを増すならば鬼の本来の力を出すしかない。
ずっと、悩みに悩んだ事だった。
でも…
(背に腹は変えられない)
桜は目の前の身代わりを見ると、ぎゅっと手を握りしめた。
その後は、命懸けだった。
いや、いつも命懸けではあるのだけれども。
顔を隠して処刑場へと向かうと、まずは警備の隙間を探した。
押し寄せる民衆を鋭い目で見る警備の数はそこそこ多かったが…一点だけ、警備の隙間を見つけた。
そこから攻めるしかない。
処刑場の周りには高い建物はないが、唯一見張台があった。
素早く移動し、見張りの男の気を失わせると息を吐いた。
そして桜は処刑場の様子を見ながら取り出した風呂敷にいくつもの煙玉を包む。
これでもか、これでもかと包んでいると下が騒がしくなった。
チラリと視線を向けると、近藤が連れられてきたようだ。
(近藤さん……)
桜は深く息を吐くと、スッと立ち上がる。
罪状が読み上げられ、近藤が首を前に出す。
(今だ!!)
桜は手にしていた包みを処刑場の中へと投げ込んだ。
「何だ!!」
「おいっ!煙が!」
混乱に陥っているのを見て深呼吸した後、鬼の力を使うように意識する。
湧いてきた力を使い地を蹴ると、眼下へと飛び降りた。
煙の中を駆け、近藤の元へと向かう。
「な、何だこれは…」
驚いた様子の近藤の声が聞こえ、更に足に力を入れると目の前に近藤が見えた。
慌てふためく処刑人は桜に気付いていないようで、桜は近藤の口を塞ぐとサッとその場から下がらせる。
そして用意していた例の物を代わりに置くと、驚いている近藤へと近付いた。
口を塞がれている為、近藤は声を上げることは叶わなかったが、その目を驚きで大きく見開いた。
桜はしーっと指を口へと当てると、煙玉をいくつか追加し、近藤を抱き上げ、その場を離れて再び見張り台へと飛び乗った。
(……鬼の力を出していても、やっぱり男性は重い…)
少し疲れたなと思いつつ、処刑場を見る。
煙幕も消え、皆は相変わらず何だったのか、曲者を探せと騒いでいた。
(……偽物だとは、気付かれていないようだね)
桜が良かったと目を細めた時、処刑人が刀を上げた。
誰かの悲痛な叫び声を耳にしつつ、刀は降ろされた。
今日、この日、近藤勇はーー死んだ。
桜は行われた近藤勇の処刑を見届けた後、後ろを見る。
戸惑いを隠しきれない近藤に苦笑した後、スッと近藤を抱き上げた。
「近藤さん、説明の前に…場所を移動します」
そう告げると、周りを警戒しながらその場を離れた。
向かうのは勿論、例の隠れ家。
近藤を降ろすと、拘束を解く。
「雪風君…」
「近藤さん……」
「君は…」
困ったように眉尻を下げる近藤に、桜の目からは涙が流れた。
「近藤さん……近藤さん……!!!」
近藤の胸へと飛び込むと、わんわんと声を上げて泣く。
年甲斐ないとか、知らない。
だって、こうして目の前に、近藤さんが息をして生きているのだから。
助けることができたのだと、やっと実感できた。
優しく背を撫でる手は、泣きやむまで止められなかった。
その優しさにまた涙が溢れて、やっと泣き止んだのは約一時間後だった。
「うっ…うっ……ごめんなさい、近藤さん」
「いや、気にしなくていい」
そう言って笑う近藤に、また涙が出そうになったがグッと堪えた。
「雪風君、その…さっきのは一体…?」
「はい、ご説明しますね…」
とは言ったものの、巾着の話なんか出来るわけもない。
とりあえず、高性能な人形である事と、元々死なせるつもりはなかった事を話した。
近藤は話される内容にずっと驚きっぱなしだったが、再び泣き出した桜を優しく抱きしめた。
「こ、近藤さん…本当は、助けられる必要なかったと思っているかもしれません。でも、私は…生きてて欲しかった。貴方に、生きてて欲しかった…!」
「……ああ。ありがとう。雪風君」
頭を撫でる手に、桜は目の前の近藤の服をぎゅうっと握りしめた後、顔を上げた。
「近藤さん。これからのお話を聞いていただいていいですか…?」
「勿論だ」
微笑んだ近藤から体を離し、口を開く。
私の里へ、行きませんか。
その提案に、近藤は目を丸くした。
「新選組の近藤勇は死にました。今ここにいるのは…ただの近藤さんです。ただ、お顔がそっくりなので、色々と落ち着くまでは身を隠した方が良いかと思いましてね」
そう話す桜を、近藤は目に涙を溜めながら見つめた。
「君には…本当に助けられてばかりだな」
「…私がやりたくて、やっているだけです」
私のご提案、受けていただけますか?
その問いかけに、近藤は頷いた。
というのが、つい先日の近藤勇処刑の日にあった出来事だ。
そう、私は彼を助けることに成功したのだ。
ついでに言うならば、あの後は近藤さんのご家族を迎えに行って、隠れ家には家族揃っている筈だ。
奥様は大変涙を流されていた。
桜は再会した時の皆の様子を思い出し、微笑んだ。
相馬と野村が近藤や家族を守りながら無事に里に行けるかは少し不安な部分もあるが、風間達に手紙を送ったから多少は気にかけてくれているだろうし、もしかしたら助けてくれるかもしれないと淡い期待を持っている。
今回のことで、近藤勇の処刑という歴史の流れを守りつつ、相馬と野村をこの先に待ち構える死から逃すことも出来るだろう。
きっと、二人は新選組に戻るために里に近藤さんを送った後に里を出ようとするだろうがその辺は千鶴の腕に掛かっている。
手紙で絶対に里から出さないでほしい、頑張ってと適当なお願いをしたことは、心の中で謝っておこう。
桜は起き上がると、頬をぺちっと叩いた。
「……よしっ、ここでやるべき事はやった」
今度は、猛ダッシュで皆を追いかけなければ。
スッと立ち上がると、深呼吸をして部屋を出た。
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