江戸に戻る~動き出した男達
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それから何かが劇的に変わったかと聞かれれば、大きな変化はない。
強いていうならば、一人にさせてくれなくなった、というのが近い。
他に隊士が複数人いるときはどうもないのだが、一人で隊務を行っている時に誰かがやって来ると、その後ろから慌てて別の誰かがやって来る。
そんな事を幹部連中はしているのだ。
これには頭を抱えて流石に怒った。
幹部なのだから自分に構ってないでしっかり仕事をしろと。
怒った事に面々はしゅんと落ち込んでいたが、私は何も間違えたことは言ってない。
「って事があってね……困ったもんだよ」
茶屋でそう愚痴る桜の話を黙って聞いていたのは風間と不知火だった。
何故二人と会っているかというと、千鶴や薫達から手紙を預かったという風間から連絡が来たからだ。
今は女性の姿で町へと繰り出している。
戦いは激化してるが…まあ少しは大丈夫だろう。
そう思って二人と桜は会っていた。
お互いの近状報告を行っていたのだが、桜から話された内容に、聞かされてた二人は静かに怒りに震えていた。
そんな事に気付いていない桜は、そういえばと受け取っていた手紙に目を通す。
里の状態、自分たちの事、坂本達の事が書かれていた。
坂本達が無事に着いていた事に安心し、彼らを匿ってくれている里の皆に感謝した。
「風間、匡さん。返事を書いたらまた二人に預けて良いのかな?」
そう問いかけるが、二人は黙ったまま桜を見ていた。
「……どうしたの?」
「…貴様は、なぜそんな状況になっている事を早く知らせなかった」
「ったく…手を出しやがって……今からでも遅くねえ。殺すか?」
怒りを隠そうとしない二人に桜は驚いて目を丸くしたが、そうだったと思い出す。
自分はこの二人にも不本意ながら好意を寄せられていたと。
聞かせてはいけない話をしてしまった事に慌てて、二人の手を取る。
「ご、ごめん。私が悪かった。とりあえず、殺されたら困るから、落ち着いて欲しい。ね?」
慌てて謝るが、凶悪な表情は元に戻らない。
他の客もそのただならぬ様子を見て、ヒソヒソと何か話している。
「あーもー!とりあえず、出よう!ここは私が払うし」
そう言って支払いをして、二人の手を掴んで店を出る。
一向に良くならない機嫌に桜はソワソワとしながらも町の中を歩く。
「風間も匡さんも、その…怒らないで?」
そう言うと風間は更に不機嫌そうになる。
「怒るな…?我が妻に手を出したのだぞ?殺しても許される」
「いや、妻じゃないし」
「それに、貴様はなぜ不知火の事を名で呼ぶのに俺の事はいつまでも風間なのだ」
急に話が飛躍して桜はパチクリと目を丸くする。
隣で殺気立っていた不知火も、急に話が変わってぽかんとしていた。
「新選組も、貴様の態度も、不知火も、何もかも腹立たしい」
そう言った風間に、桜は溜息を吐いた。
(子供か…)
その気持ちが不知火にも伝わったのだろう、ポンっと肩を叩かれた。
「えっとね…とりあえず、こっち」
二人は薩長から手を引いている。
あまり悠長にしていて見られては困ると思い裏道へと入る。
「うーんと、とりあえず…手紙をありがとう。後、新選組には手を出さないでね?油断していた私にも非がある。今後は気をつける。二人も色々と気をつけてね」
そう言った後、風間をジッと見る。
桜は覚悟を決めると、口を開いた。
「……千景さん、母や千鶴や薫のこと、よろしくね」
自分が里にいない間、守ってくれている風間にそう声をかけると風間は目を丸くした。
少しの沈黙に気まずいなと思っていると、にやりと笑った風間が桜の顎に手をかけた。
「ああ、俺たちの家族だ。しっかりと守ってやろう」
「匡さんもよろしくね」
「ああ、任せな」
「おい、貴様…」
近付いてきた顔を押し返しながら不知火に声をかけると、不知火はいつもの笑みを浮かべて頷いた。
ふんっと鼻を鳴らす風間に苦笑すると、その頭を撫でた。
「気をつけて帰ってね」
「……ああ」
少し機嫌が戻った風間に頷くと、不知火に手を振りその場を離れた。
「………ったく、あいつにはほんと、振り回されるぜ」
「だが……それがあいつらしい」
風間と不知火はそう言って笑うと、町の喧騒へと姿を消した。
「はい、手当終了。稽古中でも怪我には注意するように」
「ありがとうございます!」
そう言って医務室を出て行った隊士を見送ると、桜は溜息を吐いた。
「雪風君、今いいか?」
入れ違いで入って来たのは山崎で、「大丈夫です」と返事をすると手にした紙を山崎は差し出す。
「松本先生からの手紙だ。局長の容体は大分回復しており、近いうちに復帰可能だろうとのことだ」
「本当ですか!よかった…」
そう言いながら手紙に目を通すと、近藤の細かな調子について書かれていた。
「君の処置と迅速な判断のおかげだと、褒めていたよ」
「それは、光栄だな」
嬉しいと微笑むと、山崎も微笑んだ。
「そういえば、丞さん。丁度いいところに来ましたね」
「俺に何か用が?」
首を傾げる山崎に頷くと、目の前の椅子へと座るように促す。
不思議に思いながらも座った山崎の手を取ると、素早く脈を測った。
「雪風君!?」
「脈は…まあ大丈夫か。でも、目は正直だな…隈に、軽い充血…はい、過労気味ですね」
突然の行動に驚いていた山崎だが、言われた言葉に罰が悪そうに視線を逸らす。
「丞さんも中々の仕事人間ですからねぇ…歳さんの補助をするのはいいですが、倒れては元も子もありません。あの上司にしてこの部下ありになっちゃいますよ?」
「その…すまない」
謝る山崎に微笑むと、桜は医務室に設置しているベッドを指差した。
「はい、今からそこで軽く休んでください」
「いや、しかし…」
「今、丞さんが休まないと歳さんに八つ当たりしちゃいそうだなぁ…」
そう言って山崎をチラリと見ると、困ったように笑った。
「それは…困るな」
「はい、休みましょうね」
にっこり微笑むと、山崎は「負けた」と言ってベッドへと横たわった。
桜は山崎に布団をかけると、サラリと山崎の髪を撫でる。
「全く、君は…」
山崎は桜の手を掴むと、優しく微笑んだ。
恥ずかしくなって慌てて手を引っ込める桜に、「そういう事をするから、皆にちょっかいを掛けられるのだぞ」と言って山崎は目を閉じた。
桜はその言葉と行動にぽかんとしていたが、頭を抱えて先ほどまで作業していた場所へと戻った。
(私としては子に接しているのに近い部分もあるのだが……)
精神年齢は、遥かに上だし。
だが実際はそんな事を皆は知らないし、身体的な年齢で言うならば自分は幹部連中の中では下の方だ。
山崎の言う事にも一理あるなと思いながら、今後は少し気を付けようと思うのであった。
「どう?大丈夫?」
「心配しすぎでしょ」
そう言って笑った沖田は、寝間着姿で布団の中から桜を見上げていた。
沖田が軽い風邪かもしれない。
その話を耳にした桜は、話していた隊士に沖田の居場所を聞き、広間で呑気に座っていた沖田の手を掴むと沖田の自室へと連行し、布団を敷いて着替えるように指示すると一度薬を取りに医務室へと向かった。
戻ってきたら薬を飲ませ、布団へと沖田を寝かしてと甲斐甲斐しく世話をしていた。
「そりゃ…普段は何をされても死にそうにない総司が、風邪かもって言われたらねえ」
「それ、なんかムカつく言い方だなぁ」
若干黒い笑みを浮かべる沖田から目を逸らすと、小さく息を吐く。
(酷くなくてよかった)
最悪のフラグは折れたとはいえ、いつどこでそのフラグが復活するかわからない。
風邪を拗らせて労咳になってしまったら…
桜が口を閉ざして神妙な面持ちをするものだから、沖田はフッと笑って桜の服を引っ張った。
「ねえ、桜」
「ん?」
「お腹空いたかも」
「わかった。ちょっと待ってて」
桜は微笑むと、立ち上がって部屋を出て行く。
(大袈裟すぎるけど、確かに少し疲れてたし)
この際、甘えてやろうと沖田は決めると桜が戻ってくるのを待った。
少しして、桜が帰ってくると部屋にいい匂いが漂った。
「総司、お粥だけど作ってきたよ」
膳に乗せられた小さな土鍋にはたまご粥が。
沖田は急激にお腹が空くのがわかった。
もそもそと起き上がると、心配そうに桜が覗き込んでくる。
「食べれる?」
「うん、食欲はあるよ……そうだ、桜が食べさせてよ」
ニヤッと笑い、揶揄う為に沖田がそう言うと桜は「わかった」と言って取り分けようの器にお粥を少しうつし、冷ます為に息を吹きかける。
それを沖田が唖然とした様子で見ていると、「はい、総司」と桜はお粥を掬ったれんげを沖田の口元へと向けた。
「な、なにしてるの…」
「え?総司が食べさせてって言うから…」
病人の看病はしないといけないでしょ?と言った桜に、沖田は頭を抱えた。
(そうだった、こういう時の桜にはこんな揶揄い、きかなかった…)
完全に医者として接してくる桜に、沖田は小さな溜息を吐くと、桜の手かられんげと器を奪った。
「……冗談。自分で食べられるよ」
「そっか。わかった」
沖田が食事をしている間、桜は食後の薬の用意をしていた。
それを横目で見ながらぺろりとお粥を平らげると、サッと薬を出された。
「飲まないと駄目なの?」
「当たり前でしょ」
何を言ってるんだコイツはとでも言いたそうな桜の表情に沖田は笑うと、渋々と薬を受け取り、飲んだ。
沖田が薬を飲み干したのを見届けると、桜はよしっと微笑んだ。
「じゃあ、後はゆっくり寝ておくんだよ」
そう言って出て行こうとした桜の手を、沖田は掴む。
「もう行くの?」
「え?うん」
「…もう少しここにいてよ」
そう言った沖田に、病人は弱るもんね…と桜は隣に座る。
その様子を見て、沖田は笑うとグイッと顔を近づけた。
「ちょ、総司!」
「この前、歳さんに襲われたの覚えてないの?」
そう意地悪な事を言うと、桜の頬に赤みが差した。
「総司…もっと苦い薬でも飲む?」
「ごめんごめん。冗談だよ」
手を離した沖田に桜は溜息を吐くと、ペシっと沖田の額を叩いて布団へと寝転ばせた。
「ふざけてないで、しっかり寝て、明日は隊務に励んでね」
「はいはい」
桜の言葉に沖田は笑いながら返事をすると、目を閉じた。
その様子を見て桜は溜息を吐くと、小さく微笑んだ。
「おっ、ここにいたか」
聞こえてきた声に桜が振り返ると、原田が立っていた。
「左之さん、どうしたんですか?」
医務室の掃除をしていた桜は汗を拭うと、近付いてきた原田を見上げる。
「ほらよ、巡察の土産だ」
そう言って渡されたのは、お団子だった。
「お団子……!」
「朝からずっと掃除してんだろ?少しは休憩しろよ」
「うん!お茶淹れてきますね」
子供のようにぱあっと笑顔を浮かべ、部屋を出て行った桜に原田は笑い、近くの椅子に腰掛ける。
少しして戻ってきた桜は、とりわけ用の皿とお茶を盆に乗せていた。
「左之さんも食べますよね?」
「俺は…いや、一つもらうか」
そう返事をすると、団子とお茶を机に用意する。
「いただきます」
桜は原田に向かってそう言うと、団子を頬張った。
頬を緩めて嬉しそうに食べる桜に、原田の頬も思わず緩む。
「美味いか?」
「うん、美味しい」
「そりゃよかった」
原田は笑いながら自分も団子を口にする。
確かに美味いと味わいながら桜をチラリと見る。
先日、土方さんと山南さんにちょっかいを出されたらしい桜。
本人は至って気にしていない、もしくは気にしないようにしているのかもしれないが、こちらとしては気になって仕方なかった。
自分だって、触れたいと。
そう思ってしまう。
「左之さん?」
黙り込んだ原田を桜が不思議そうに見る。
原田はスッと手を伸ばすと、桜の頬に触れる。
「…!?」
「逃げないでくれ」
驚いて立ち上がろうとする桜に、原田は逃げないでほしいと告げる。
桜はどうするべきか悩んだ後、少し浮かせていた腰を下ろした。
「なあ桜」
「な、なに?」
「お前が…この戦いに真剣に向き合ってて、他の事を考えている余裕がないのはわかっているつもりだ。それでも、言わせてくれ」
頬を撫でながら話す原田に桜はソワソワしていたが、原田の真剣な表情に、ジッと原田の目を見る。
「もし、戦いから離れる時が来たら…俺を選んでくれないか?」
「左之さん…」
「まあ、考えておいてくれよ」
そう言って笑った原田に、胸がキュッとした。
最後まで走り抜けた時、彼と再会できるかなんて分からない。
約束も出来ないし、考えることも難しい。
桜が困っていると、原田は笑った後に机に身を乗り出して桜に口付けた。
「ちょっ…!」
「土方さんと山南さんだけ、ずるいからな」
原田は笑って立ち上がると、「ご馳走さん」と言って去っていった。
残された桜はズキズキと痛む頭を押さえながら、まだ残っていた団子を頬張った。
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