伏見奉公所~鳥羽伏見の戦い
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それから少し月日は流れー
慶応三年 十二月
王政復古の大号令が下された。
王政が復古する。
それは、武士の時代が始まる前の姿--
朝廷が政治を行なっていた時代に還るということだ。
幕府が、将軍職が廃止され、京都守護職、京都所司代までなくなってしまう。
新選組が信じてきていたものが、大きく音を立てて崩れ始めようとしていた。
そして--桜の本当の戦いが、始まろうとしていた。
十二月中旬
王政復古の大号令を切っ掛けに、薩摩と長州の軍が京に集まりだしていた。
それと同時に、徳川幕府に関わる人たちは朝廷や京から閉め出され始める。
それが不満だったのだろうか、江戸から徳川幕府の大勢の軍勢が京に上ってきているらしい。
その軍勢を迎え撃つために、薩摩長州も軍勢を京に集め始め……幕府と関係は一触即発となっていた。
新選組は幕府の軍勢を補佐するために、京都守護職の要請により伏見奉公所に入ることになった。
桜は奉公所の片隅で、溜息を吐いていた。
(我慢、我慢だ……ここからが私の本当の戦いなんだから)
ゆっくりと目を閉じて、自分の胸元をギュッと握りしめる。
数日以内に、近藤さんは狙撃されるだろう。
まずはそれを……手を出さずに、見届けなければならない。
歴史の流れに沿って、彼を救う為に。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら過ごしていたある日。
「おい、大変だ!近藤局長が、何者かに狙撃されたぞ!」
その一報が、届けられた。
目撃者はおらず、犯人の正体や目的も明らかになっていないとの事。
その内容に、永倉の苛立った声が響く。
「ふざけんじゃねえ!誰が撃ちやがったんだ!行くぞ!手の空いてる奴は俺についてこい!」
「僕も行く」
多くの隊士を連れて出ようとした永倉に声を掛けたのは、怒りを隠そうともしない沖田だ。
「わかった。急ぐぞ、総司」
永倉は頷くと、近藤が狙撃されたという場所に向かったのだった。
「……新八さんと総司が、近藤さんを連れて戻ったら医務室へ。まずは僕が見ます」
「わかった、戻ってきたらすぐに向かわせる」
頷いたのは平助で、桜は力無く笑うと医務室へと向かった。
(始まってしまった…上手く行くかどうかはわからない、けれど…出来る限りはやらなければ)
自分の頬をパチンと叩くと、医務室の戸を開いた。
途中、手伝いに来てくれた山崎と共に薬などを用意していると屯所が騒がしくなった。
「桜!!近藤さんを診てくれ!」
「ここに寝かせてください!」
駆け込んできた永倉に、意識を失っている近藤を寝台に寝かせるように伝える。
「僕と丞さんで対応します。他の人は一度外へ」
「僕はいるよ」
「総司、外へ。万が一にも服についた菌が移って悪化したら困る」
そう伝えると、沖田は悔しそうな顔をして医務室を出た。
原作通り、右肩を撃たれていた。
弾は貫通していたが、骨は砕かれていて屯所での応急処置ではすまない有様だ。
桜はある程度の道具を持ってきている為、治療は可能だろうがこのままここに居ては治るものも治らない。
「……丞さん、近藤さんの治療は僕にも可能でしょうが…ここではいつ何がどうなるかわからない、落ち着いている事なんかできない。治るものも治らない。申し訳ないが……治療に専念する為に、ここを一度離れてもらった方がいいと思う。そう…歳さんに伝えて欲しいです」
「雪風君…わかった。すぐに伝えてこよう」
山崎が部屋を出ていく。
桜は小さく息を吐いて、近藤の治療を行いながら「ごめんなさい…」と呟いた。
一通りの治療を終えると、部屋を出る。
部屋の外では、沖田が立っていた。
「近藤さんは?」
「…命に別状はないよ。ただ、ここにいては療養出来ないから、離れてもらったほうが良いと思ってる」
「…そう。一先ずは命に別状がないなら…よかった」
沖田はそう言ったが、表情はとても悔しそうだった。
「総司…」
「……君までそんな顔しないでよ」
「そんな顔?」
「……悔しそうな顔」
沖田は苦笑しながら桜の頬に触れた。
(そんな顔してたんだ…)
自分でも気付かなかったが、思ったより自分は堪えているのかもしれない。
「二人とも、ここにいましたか」
声が聞こえて振り返ると、そこには山南が立っていた。
「広間へと来ていただけますか?少し話がありまして」
「わかりました」
山南の言葉に頷くと、山南は踵を返した。
「……総司、行こう」
「うん」
沖田と共に広間へと向かうと、土方と山南以外は揃っていた。
少しして…土方と山南も現れ、皆の視線が向けられる。
「……皆、揃ってるみてえだな」
総司も来てるのかとぽそりと呟いていたが、当の沖田には聞こえてなかったようだ。
「俺たちに、一体何の用なんだ?」
集められたことに対し、原田が声を上げる。
「いつ戦が始まるかもわからねえ今、わざわざ呼び出したってことは、まさか--」
「その、まさかですよ」
微笑んだ山南に、桜はゴクリと唾を飲み込む。
(……ここで、私も提示しなければ)
彼らを生かす為の、一つの方法を。
どうしても渡すものがあると言った山南は、傍に置いてあった風呂敷を開いた。
そこにあったのは、勿論、変若水。
知っている内容通り、永倉が憤慨して広間を出ようとする。
「……新八さん、待って」
そんな永倉を止めたのは、桜の静かな声だった。
「新八さん、座って」
「でもよ…」
「僕の話を、少し聞いて欲しい」
桜のその言葉に、永倉は元の場所へと座る。
「……この先、多分誰もが死にかける。もしかしたら本当に死ぬかもしれない。だからこそ、変若水は必要なのかもしれない。勿論、飲まないで済むならば飲まない方がいい。新八さんが言う通り、飲むくらいなら死ぬという道を選んでも良い。でも、私は皆に生きていてほしい」
一人称が変わった桜に、皆はハッとする。
「だから、私からは……この薬を皆に渡したいと思います」
桜は懐から巾着を出すと、複数の小瓶を取り出した。
中身はそう…桜の血が混ざった水だ。
「桜、なんだそれは」
訝しげな目で見てくる土方をチラリと見た後、小瓶を手にする。
「これは、私の…雪風の里に伝わる万能薬です。死にかけていても、命尽きる前にこれを飲めば副作用もなく怪我は癒えて助かる筈です。病気は試したことないけれど……怪我に関しては一度だけ実証済みです」
「実証済みだと…?」
「はい」
桜は深呼吸をすると、ギュッと拳を握る。
「龍馬さんと中岡さんに、飲んでいただきました」
「…………何?」
「坂本龍馬が暗殺されたというあの日、屯所を出た後に近江屋へと着いた私が見たのは、もう助からないような怪我をした二人でした」
そう言って話したのは、あの日に自分がした行動。
(とはいえ、そのまま全てを伝えると色々と支障が出そうなので、少し内容は変えたが)
死にかけている二人に了承を得て、以前から研究していた里の万能薬を飲ませた事、失敗したと思っていたが翌日に二人が現れて万能薬の効果があった事、死んだとされている二人を説得して自分達の里へと身を隠してもらっている事。
桜の口から紡がれる内容に、面々の表情は厳しいものになっていった。
「私の勝手な行動に、皆が不信感を覚えても仕方ないと思う。けれど…この薬は今のところ副作用もないみたい。だから、何かあった時のために持っていて欲しい。試した事はないけど…万が一、羅刹になったとしても元に戻れる可能性がある」
桜は小瓶を手に取ると、指で撫でる。
「とはいえ大量に飲めばどうなるかわからないし、多くは作れないから渡せるのは一人一つ。最終的に飲むかどうかは個人の判断に任せます。変若水は戦う為に、この万能薬は生きる為に、どうか手にしてはもらえないでしょうか」
そう言って桜は深く頭を下げた。
(お願い、皆…どうか)
「桜、聞きたいんだけど」
声をかけてきたのは沖田で、顔を上げると小瓶をじっと見つめていた。
「コレ、なんで多く作れないの?それとも実は余ってる?」
「おい総司、何言ってんだ」
「だって桜の話が本当ならば、これで近藤さんの怪我もすぐに治せるかもしれないし」
沖田の言葉に、面々はハッとした表情を浮かべて桜を見る。
「…一つ余ってるよ。勿論、近藤さんの分。でも今の近藤さんに飲ませるのは早い」
「早いって、どういうこと?」
「…さっきも言ったけど多くは作れない。それに龍馬さんと中岡さんは“偶々”上手くいっただけかもしれない。実証済みとはいえ一度しか試してないのだから。要するに…こっちと同じ」
桜は変若水を指さす。
「血に狂うかどうかは一か八。それと同じでこの薬も一か八かのところはある。近藤さんがこの先もっと危険な容体になったら?その度にこれを飲ませる?副作用があるかもしれないのに、そんな危険な事させる?だから…私は一人に一つしか渡せない」
そう伝えると沖田は悔しそうに唇を噛んだ。
「……それで?多く作れない理由はなんですか?」
逃してくれなかったかと山南をチラリと見た後、周りを見る。
「これの材料の一つは…私の血です」
その言葉に、面々が騒めく。
「おまっ…!血ってどういう事だよ!!」
「説明するから、落ち着いてください」
桜が息を吐くと、面々は静かになる。
「これは本当は門外不出なんだけど…皆を信じて話します。雪風の里の水と血は特殊なようで、二つを合わせると万能薬が作られる」
「里の水と…」
「とはいえ、私たち鬼は多少の怪我なら治るから使った事はないって感じかな。だから、龍馬さん達が助かるかどうかも賭けのところがあったし」
「…………頼むから、俺に言ってから行動に移してくれ」
頭を抱える土方にニコリと笑う。
「今お話ししたように、この薬は大量に作れません。だから使えるのは一度きり。そして今まで試したのはただの一度だけ、確実に自分を助けてくれるとは限らないが、助かる可能性もあります。だから…持っててくれませんか?」
永倉を見て微笑む。
その場は沈黙に包まれていたが、永倉の大きな溜息に皆の視線が集まる。
「桜ちゃんにそこまで言われて…断るわけにはいかねえな」
「新八さん…」
「俺は変若水は受け取らねえ。受け取るのはこっちだけだ」
永倉はそう言って万能薬を手にすると、部屋を出て行った。
「ったく…新八は。悪いな、山南さん」
「いえ、彼ならば至極当然の反応です」
「…俺はどちらも受け取っておこう」
「お、俺も…」
面々が両方の薬を手に取ったり、万能薬だけを手に取ったり。
反応は様々だったが、少なくとも万能薬を皆は受け取ってくれた。
これが、まずは第一歩になる。
人に万能薬を与えたのは、何度も言ったが坂本龍馬暗殺事件の時のみ。
幾ら神が与えてくれた万能薬とはいえ、たった一度しか試していないのだから不安は残る。
でも、無いよりは絶対にマシだ。
自分の事情を知っている相馬と野村にも渡してほしいと土方に伝えると、かなり険しい顔をされたが山南さんが言いくるめてくれたので助かった。
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