鬼の力をつける~坂本暗殺
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門の外まで坂本を連れてくると、くるりと坂本は振り返った。
「おまんは……羅刹に詳しいんか?」
「んー、そこそこ?」
「それはなんでや?」
「なんで…ですか。綱道さんは、私の一族と懇意にしていた一族の人、だからですかね」
「一族?」
その問いかけには答えずにこりと笑う。
答える気がないとわかった坂本はため息を吐くと桜の頭を撫でた。
「おまんはほんま…隠し事ばっかやにゃあ」
「そんなこと…ありますね。まあ、秘密が多い人間って魅力的に見えて良くないですか?」
「……そうやなあ、暴きたくなるな」
耳元に顔を寄せて言われ、バッと耳を押さえながら離れる。
(くそっ…揶揄うつもりが揶揄われた)
笑ってる坂本を睨みつけると、そうだと坂本が声を上げる。
「中岡には、今日のことは内緒にしちょいてくれるか?俺がここに来たちいうことも。あいつはどうにも、肝が小もうて心配性やき。【軽率な行動は控えろ!】だの、青筋立てて説教されるに決まっちゅう」
「…確かに、そうですね」
脳裏に中岡の姿が浮かび、笑みを漏らす。
「ほんなら、頼んだぞ。また今度にゃ、桜」
「はい、お気をつけて」
早足に屯所を去る坂本に手を振ると、ふうっと息を吐く。
屯所内へと戻ると、そこには山南が笑顔を浮かべて桜を待っていた。
「坂本さんは帰られましたか?」
「はい、もう帰られましたよ。それより、どうされました?」
山南へ近付くと、頭に埃が付いていたのかぽんぽんと払われる。
「山南さん?」
「…消毒液をかけるわけにはいけませんからね」
「消毒液?」
なんだなんだと山南を見るが、ただ笑うだけだった。
「さあ、そろそろ寝ましょうか」
「…そうですね」
桜は笑うと、自室へと向けて歩き出した。
「……全く、外からの敵は対処がし辛いですね」
山南はため息を吐き、その背を見送った。
慶応三年九月ーー
紅葉が色づき、秋の気配も深まったある日のこと。
朝食を終えて片付けを行いながら、一つ残されたお膳を見る。
(歳さん、来なかったなぁ。まーた根詰めてるんだろうなあ)
桜はため息を吐きながらお膳を持つと、土方の部屋へと向かう。
「歳さーん、いますか」
「ああ」
部屋へと着いて声をかけると中から返事がしたので起きてはいたようだ。
「入っても良いです?」
「構わねえ。入れ」
許可を貰って襖を開ける。
「失礼しまーす」
「どうした」
こちらを振り返った土方は髪を結っておらず、下ろしている状態だった。
「お仕事もいいけど、ご飯くらい食べてください」
「食う時間が惜しい程、仕事があんだよ」
お膳を一度置き、周りに散らかっている書類を纒める。
「お手伝いしますから、まずはその髪を結って、ご飯食べて下さい」
「だが「ほら、早く。ご飯食べないと力も出ないですよ」
眉間にシワを寄せて何か言おうとした土方の言葉を遮り、髪紐を差し出す。
土方はそれを受け取ろうとしたが手を止め、ニッと笑った。
「飯を食うから、お前がやってくれ」
「えっ?」
土方は自分でお膳を取ると、食事を始めた。
桜は苦笑すると、土方の後ろへと移動して食事の邪魔をしないように髪を纒める。
(相変わらずさらさらだなぁ…ムカつく)
自分もそこまで髪質が悪いわけではないが、歳さんは良すぎる気がする。
「はい、纏めましたよ」
「ああ、悪いな」
「お昼はちゃんと食べに来て下さいね」
そう言うと、土方はまた眉間にシワを寄せた。
「行ってる時間が勿体ねえ」
「もう、歳さん」
「………お前がまた持って来てくれたらいいだろうが」
そう言うと、土方はポリっと漬物を口に含む。
その頬がほんのり赤い気がするが…まあツッコミはしないでおこう。
「持って来たら食べてくれるんですか?」
「そうだな」
「仕方ないですね…じゃあ、お昼にまた来ますので、そのお膳はその時に片します。食べ終わったら置いといて下さい」
「ああ、わかった」
そう言って笑った土方に桜も微笑み返すと、部屋を出る。
(あいつは俺と二人きりの空間であることに気付いたら、どういう反応するんだか)
去りゆく気配を感じながらそう考え、一人笑った。
慶応三年 十一月ーー
ざぁっと落葉を吹き飛ばして一陣の風が吹く。
冷たい木枯しに身を震わせながら、医務室から空を見上げた。
すっかり真冬となったこの時期までに色々な事があった。
直参に取り立てられ少し揉めたり、親王様が新しく天子様になり、龍馬さんの策で大政奉還も行われた。
それにより龍馬さんは薩摩や長州から相当怨まれているが、まあ上手く逃げてはいるらしい。
ここまでは流れ通りだ。
そして今月は重大な事件が起きる。
坂本龍馬暗殺と油小路の変だ。
ふぅ、と溜息を吐くと巾着を開く。
(細かい時期は分からないが、暗殺が先で油小路の変が後に起きたはず。龍馬さんは……死なせずにフェードアウトしてもらう必要がある)
桜は巾着から二つの小瓶を取り出すと、ちゃぽんと揺れる水を見た。
この水は…里の水だ。
自分の血も混ぜてある。
雪風の里に伝わる万能薬というやつだ。
実は地道に調べていた、この万能薬とはどういった効果をしているのか。
あまり気は進まなかったが所謂、動物実験というものを行ったのだ。
野生の鼠を捕まえ、弱らせて水を与える。
自分は鬼だ。
鬼の血が混ざったこの水が新たな羅刹のようにならないか少し不安だった。
そもそも鼠が羅刹になるかは知らないが、調べておく必要はあった。
まずは怪我をした鼠に水を飲ませた、その怪我はみるみるうちに治った。
次は病気になった鼠、その病気は治った。
それらの鼠が死ぬまで調べていたが、追加で傷を負っても羅刹のように瞬時に治る事はなかったので生命を脅かす事がないのがわかり安心した。
また、血を求めたり日に当たると弱るなどそういった事もなかった。
本当に万能薬らしい。
随分といいものをくれたものだと思いつつ、人間にはまだ試していない。
だから…どうなるか分からないが私は龍馬さんにこれを飲んでもらい、死なずにフェードアウトしてもらうつもりだ。
人間に効果がなければそれはそれで原作通りにしなければなくなる。
生き延びてくれれば…私が嬉しい。
桜は瓶をギュッと握って巾着へ直し、再度溜息を吐いた。
「ああ、ここにいたか」
後ろから声が聞こえて振り返ると、そこには山崎が立っていた。
「副長がお呼びだ。他の幹部も集まっている」
「わかりました」
桜は立ち上がると山崎に続き広間へと向かう。
「……随分と浮かない顔だな」
「うーん…そうですね。ちょっと薬の事で色々と」
そう言って肩を竦めると、広間へとついた。
既に皆は揃っており、自分が最後のようだった。
土方は桜が座ったのを確認すると、口を開いた。
「こうやってここに集められた理由は、察しがついていると思うが……坂本の奴が狙われてる。しかも今回は、見廻組も伏見奉公所も本気で奴を捕縛するつもりらしい」
その言葉に、今日だったのかと拳を握った。
たしかに、少し前から見廻組と伏見奉公所は殺気立っていたしね。
「連中は以前、坂本に赤っ恥かかされてるからな」
「あの野郎がどうなろうと知ったこっちゃねえ、と言いてえところだが……奴はこっちの羅刹の存在を知ってやる身だ。って事で桜、寺田屋の時みてえに、狙われてるってことを坂本に伝えに行ってくれるか?」
話を振られ、ニコリと笑う。
「勿論です」
「新八、原田、山崎、おまえらも同行しろ」
「おう、引き受けたぜ!坂本の居場所は?」
「土佐藩邸の向かいにある旅籠、近江屋の二階です」
「相変わらず段取りがいいな。そんじゃ、ちょっくら行ってくることにするか」
原田の言葉を皮切りに、桜はバッと立ち上がると部屋を出る。
「何か、嫌な予感しますね…ちょっと先に行ってますね!」
「え、あ、おい!桜!!」
後ろで慌てる声が聞こえたが無視して走り出す。
ちょこっと鬼の力を使っているけど多めに見て欲しい。
だって…既に襲撃を受けているからだ。
(間に合えば助けられる。間に合わなければ…)
桜はグッと手を握ると、走るスピードをあげた。
あっという間に近江屋に着いたが、建物の中は既に静かだった。
(……もう、終わっているみたいだね)
桜は万が一に備えて顔を布で隠して中へと侵入する。
あまりの静けさにゴクリと唾を飲み込み、二階へと向かう。
(濃い…血の匂い)
入った時から感じていたが、どんどんと強くなる。
二階の部屋へと辿り着くと、桜は顔を顰めた。
障子戸に襖に畳に、まだ乾いていない鮮血がこびりついている。
その部屋の中央にある血溜まりの中に、二人の男が倒れていた。
「っ…龍馬さん、中岡さん!」
分かってはいたが、実際目の当たりにすると中々キツい。
側へ駆け寄り二人の脈を確認する。
(まだ、生きてる)
間に合った事に安心していると、坂本がゆっくりと目を開いた。
「龍馬さん…!」
「……桜か?」
弱々しく話す坂本に頷くと、起き上がろうとするので背に手を回して補助する。
坂本は起き上がると、息を吐いた。
「くそっ……、最後の最後で……、ついてなかったにゃあ。慶喜さんが政権を返上してくれて……、ようやく日本が新しゅう生まれ変わるちゅう時によ…」
虚な目でそう話す龍馬を支えながら、小瓶を巾着から取り出す。
「……さっき倒れていた時…、前におまんと、話したことを思い出しちょった…日本は、俺を見捨てたみたいや………」
「…龍馬さん、それ以上は話さないで下さい」
苦しそうな坂本にそう言うと、桜は坂本の頬に手を当てて視線を合わせた。
「…私にその命…預けてくれますか?中岡さんの事も含めて」
坂本はぼやける視界の中、桜の目に薄らと涙が浮かんでいるのが見えた。
力の入らない手を何とか伸ばしてその涙を拭うと、微笑んで………頷いた。
「おまんに、預ける」
「…ありがとうございます」
返事を聞くとすぐさま小瓶の蓋を外す。
「これを飲んで下さい、助かるかもしれません。私が作った薬です」
そう言って小瓶を口に当てるが、坂本は上手く飲み込めなかった。
(どうしよう…!?早く飲ませないと)
桜は焦るも、坂本の口端から水が流れる。
(………ええい、ままよ!)
桜は覚悟を決めると小瓶の中身を全て口に含んだ。
そのまま坂本の顔を上に向けると、口付けて水を流し込んだ。
坂本は驚いていたが、上を向いている事もあり何とか水を飲む。
全て飲み干したのを確認すると、桜は坂本をそっと横たえさせて中岡に駆け寄った。
「中岡さん、聞こえますか?」
「うっ……」
薄らと目を開けた中岡にホッとして、上半身を少し起こすと口元に瓶を添える。
「これを、飲んで下さい。私は貴方を助けたい」
真剣な表情でそう話す桜を中岡は少し見ていたが、水を流し込まれて少しずつ飲み込んでいく。
全て飲みきったのを確認すると、桜は巾着から一つの風呂敷を取り出して押し入れにさっと隠して二人を見た。
(怪我は……!?)
坂本と中岡の斬られた箇所を見ると、血は止まり怪我は塞がっていた。
二人の息も安定している気がする。
(……助かったの?)
ホッと息を吐いたが、こうはしていられない。
副作用も気になるが、ゆっくりと起き上がった二人を真剣な面持ちで見る。
「桜、これは…」
「詳しい話は後日話します。いいですか、今から言うことを聞いて下さい」
その言葉に、坂本は頷いた。
「今から新選組の人間が何人か来ます。ただ…死んだふりをしていてください」
「なんやて……?」
「おい、どういうことだ」
「詳しい話は後日、と言いました。いいですか?新選組の人間と私がこの場を去ったら押し入れに私が持ってきた荷物があるので、それを取り出してください。変装用の服が入ってます。ついでに地図も入っているのでそれを頼りに…私の隠れ家へと向かってください」
桜はそう話すと戸惑う二人を他所に部屋を見渡す。
落ちていた鞘を見てそれを拾い上げると、巾着へと直して代わりに別の鞘を取り出した。
(犯人は見廻組だったはず。だから…見廻組の鞘を置かせてもらう)
いやぁ、相変わらず巾着は便利だなあと考えていると、外から足音が聞こえた。
「…来たようです。龍馬さん、貴方は私に命を預けました。約束は…破りませんよね?」
桜と坂本はジッと見つめ合った後、坂本が頷いた。
「おまんとの約束は破らん。中岡、桜のいうた通りにせえ。詳しいことは後日や」
「おい坂本…!」
「……俺らは桜に命を助けられた」
坂本の言葉に中岡はグッと唇を噛むと、頷いた。
「………ごめんなさい。必ず後日話しますから。それより…早く!皆がもう入ってくる」
その言葉に坂本と中岡は血溜まりの上に倒れる。
その様子を見た桜は二人から少し離れてその場に座り込む。
服に血がついたが仕方ない。
少ししてドタドタと音が聞こえ、皆が上がってくる音が聞こえた。
「おい、桜…!」
抑えながらもそう叫んだのは原田で、桜の元に来るとガッと肩を掴む。
微動だにしない桜を訝しみながら改めて部屋の中を見回し、ハッと息を飲んだ。
遅れてやってきた永倉と山崎も、同じく部屋の中を見て目を見開く。
「………遅かったんです」
ポツリと口を開いた桜に、視線が集まる。
「実は…朝から嫌な予感はしてました。薬の調合は間違えるし、掃除をしていたら水をぶち撒けるし…なんだか良くないことが起こると思ってました」
「桜…」
「…話を聞いて勝手に飛び出したのに、手遅れでした」
そう話す桜を見て三人は何も言えなかった。
坂本達と仲が悪いわけではなかった、本当に助けたかったのだろう。
そう考えた三人は桜から視線を外す。
「…脈は確認したのか?」
「…はい」
「そうか…」
原田はそれ以上何も言わず桜の頭をぽんっと撫でると、永倉と山崎を見た。
「騒ぎを聞きつけて集まってきた奴らに姿を見られるのはまずい。ここを出よう」
「ああ、そうだな」
「雪風君、歩けますか?」
山崎の問いかけに頷くと、近江屋を皆と出る。
(龍馬さん、中岡さん、見つからずに無事に逃げて下さいね…)
そして騙してごめんなさいと前の三人を見ながら、屯所へと向けて走り出した。
近江屋から戻ると土方からの招集に応じ、広間へと集まる。
「なるほど、よくわかった。一歩遅かったってとこか」
「坂本暗殺の犯人は、見廻組かと思われます。ですが……」
「俺たちがそう触れ回ったところで、信じる奴はいねえだろうな」
そう言って山崎と永倉は苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「……部屋の中に、これが落ちてました」
ポツリと口を開いた桜に視線が集まる。
「……それは?」
「俺の鞘に似てるな」
桜が取り出した鞘を見て、そう言った原田に頷く。
「丞さんが言ったように、犯人は恐らく見廻組で……新選組に罪をなすりつけるのも計画の一つだったみたいです。その通りに行くのは癪なので持って来ちゃいましたが」
「持ってきたって…」
「ったく、アイツらも用意周到ってか」
土方は溜息を吐くと頭を抱えた。
「…とにかく、今日のところはこれで解散だ。ご苦労だったな」
土方の言葉に皆はそれぞれ思いを抱えながら部屋を出る。
桜も部屋を出て自室へと戻ると、汚れた服を脱ぐ。
(さてと、無事に着いてくれたかな)
新選組の給金を貯めて、こっそりと買っていた小さな隠れ家。
小さいと言っても暮らすのに不憫はないくらいの家である。
自分の隠れ家としても使うつもりだったが、今回の事を思い出して彼らに隠れてもらうことにしたのだ。
(明日、様子を見に行こう)
着替えを終えて布団を用意するっとボフッと倒れ込む。
倒れ込んだと同時に、先ほどの光景が浮かんでぎゅっと体を抱きしめる。
(……本当に、間に合ってよかった)
原作では変若水を飲んでいることによって彼らは命を取り留めたが、今回は薫は現れない。
彼らとは全く関わりはないのだ。
他の人間がもしかしたら薫の変わりに現れる可能性もあったが、そうではないようでよかった。
少しして震えも落ち着いてきて、眠気が訪れる。
それに逆らう事なく目を閉じると、余程疲れていたのか深い眠りに入った。
翌日、町は相変わらず坂本龍馬暗殺の話で持ちきりだった。
その中でも“現場に見廻組の鞘が落ちていた”との話が出ており、隠蔽されるかと思ったがされてなかったようでザマアミロと思った。
もう一つ出ている話が、坂本龍馬と中岡慎太郎の死体が消えたとの事。
あの部屋の惨状から、死亡は確実なのに二人の死体はなかった。
この話は町人の間で瞬く間に広がり、殺された二人の怨念がどうたらこうたら…って話になってるらしい。
これには少し笑ってしまった。
そんな事を考えながら隠れ家へと到着すると、トントンと扉を叩く。
「才谷さん、石川さん、いらっしゃいますか?桜です」
猫撫で声でそう問いかけると、ガララと扉が勢いよく開かれてギュッと抱きしめられた。
「待っちょったぞ!」
「ちょ…!」
「おい、先に中に入れ」
抱きしめてきたのは坂本で、驚いている間に中岡の言葉によってハッとした坂本に中に引き込まれる。
「ちょっと、離れてください。斬りますよ」
「ったく…相変わらず、連れんの」
ぶーたれる坂本に溜息を吐き、座っている中岡に近付く。
「うん、お元気そうでよかった」
「ああ、どういう訳かわからんがな。それより…お前のその格好はなんだ」
「変装ですよ」
女の格好をしている桜を見てそう言った中岡に笑うと、二人を改めて見る。
斬られた傷は治っているようで、ホッとした。
彼らはちゃんと……生きている。ここにいる。
「……生きてて、よかった」
そう言った桜に、坂本は微笑み中岡は視線を逸らした。
「……おまんのお陰や。ありがとう」
その言葉に首を振ると俯いた。
目が潤んでいるのを見られたくなくて隠す為に俯いたのだが、それをお見通しだったのか坂本に抱きしめられた。
「泣きなや」
「泣いてないですよ」
「ほんまかえ?」
そう言って顔を覗き込んでくる坂本から逃げようとしてると、ゴホンと咳払いが聞こえた。
咳払いをしたのは中岡で、坂本をバシンと叩くと距離を取る。
「ところで坂本。お前、そっちの趣味があったのか…?」
「そっちとは?」
「…そいつは男だろう」
その言葉に、そういえば中岡は自分の性別知らなかったな、まあ適当に誤魔化そうと思っていたが坂本が「ああ」と桜をチラリと見た。
「桜はほんまは女や。訳あって男装して新選組におるみたいや」
「ちょ、なにしれっとバラしてるんですか!」
そこそこ力を込めて坂本を殴ると、驚いた表情でこちらを見る中岡と視線があった。
「……まっことか?」
「……えと、ですねぇ…そうですね」
話すつもりはなかったのにと思いながら頬を書いていると、立ち上がった中岡が坂本に近付きその頭に拳を落とした。
「痛っ……!!なんや中岡!」
「なんや、やと?おんしは恋仲でもない相手に手を出してなにをしちゅう!」
「桜はもう恋仲や!昨日だって口移しで水を飲ませてもろた!」
「いや、あれは龍馬さんが飲める状態じゃなかったから仕方なく…」
「ほれみい!」
ギャーギャーと騒ぎ出した二人に目を丸くしていたが、それよりも中岡が土佐弁で話しているのを見て少しは気を許してくれたのかと思い少し嬉しかった。
「……なにを笑っている」
「いえ、なんでも」
それに気付いた中岡の言葉に微笑み、そろそろ本題に入るかと居住まいを正す。
「龍馬さん、中岡さん。本題に入って大丈夫ですか?」
「すまない…入ってくれ」
中岡の言葉に頷くと、桜は深呼吸をして口を開く。
「この隠れ家は町とは少し離れていますが、流石に町に出回っている話は知ってますね?」
「ああ、俺らが暗殺されたっちゅう話やな」
「はい。その話を…事実とさせて頂きます」
「…なに?」
桜の言葉に二人の纏う空気が変わる。
それにゴクリと唾を飲み二人を見る。
「大丈夫ですよ。本当に死んで欲しいというわけではございません。ただ…表舞台に出るのは控えてもらう、という事です」
「控えて……?なにを言っちゅう」
「この国は貴方達二人が死んだという状態で回り始めています。だからもう関わらないで下さい」
「何を…俺らには、まだやる事がある!」
そう言った坂本に、桜は覚悟を決める為に頬をパンっと叩いた。
その様子に二人は驚いていたし頬はヒリヒリするが、女は度胸だと二人を見る。
「龍馬さん、貴方は私に命を預けてくれると約束しましたね?その約束を破るという事ですか?」
「何を…」
「私は貴方達を助けたかったから助けました。死にゆく二人を」
そう言った桜の力強い目に、二人は視線を落とす。
「約束がたとえなくても、二人のことは絶対に助けました。これだけは確実に言えます」
「なら、何で約束とやらを出して俺たちを情勢から離そうとする」
「………私には、この国の歴史を、大きく変えてしまった後…どうなるかわからない」
「…どういうことや」
桜は微笑む。
「それは、今はお話出来ません。全てが終わったら…話せるかもしれませんが」
「全てって…」
「もう一度言います。龍馬さんは私に命を預けると約束をしました。それを守ってください」
その言葉に坂本は少し考え、桜を見る。
「約束を守った場合、俺らはどうなるんや。ずっとここにおるんか?」
「そんなわけないじゃないですか。ここは町から離れてるとはいえ京です。すぐに見つかるでしょう。だから…とある場所に向かってもらいます」
「とある場所?」
「はい、私の…里です」
そう言うと懐から二つの手紙を出す。
「ここから先は、新選組の中でも私が信頼を置く幹部の人しか知りません。龍馬さんが約束を守ってくれると私は信じた上で、私の秘密を貴方達に話し、弱点を晒します。これが、貴方達の命を預かり、望まぬ事を押し付けてしまう事への私なりの謝罪と覚悟です」
その言葉に二人はハッとした。
手紙を持つ桜の手が震えている事に。
彼女は今から話す事を知られるのを、本当は恐れていると。
坂本と中岡は顔を見合わせると、息を吐いた。
「桜、おまんの覚悟はわかった。俺らも…死んだままにされるのは納得はしとらんが、おまんとの約束を破るつもりはない」
「お前が相当の覚悟を持っていることは伝わった」
「龍馬さん…中岡さん…」
桜は微笑むと、手紙を二人の前に置いた。
「一つは、里への地図です。誰にも見られないように、知られないように…慎重に向かってください。もう一つは里の人への紹介状です。これを渡せば、私のお客人だと理解して里へ入れてくださると思います」
「随分と用心深いな」
「…それは、これから話す事を聞いて頂ければご理解頂けると思います。また、今から聞くことは……内密にお願いします」
桜はそう言って深呼吸をすると、口を開く。
「私は、鬼です」
そう言った桜を、二人は目を丸くして見ていた。
鬼とは何か、自分はどのような生き物なのか、二人に飲ませた水はなんだったのか。
はじめは驚いていた二人も、桜の話を聞くうちに険しい表情へと変わっていく。
全てを話し終え、少しの沈黙の後に坂本が口を開いた。
「その話を、信じろと言うんか。そんな話を」
「そうですね」
「そもそも、おまんが鬼ってなんや」
「鬼は鬼ですよ。人とは違う生き物です」
「揶揄ってるのか?」
中岡が少し苛立った表情でそう言った。
「…証拠をお見せしましょう」
(あまり見せるのは気乗りしないけれど)
桜は目を瞑ると、自分の中の力を呼ぶ。
二人が息を呑んだのに気付き、目を開く。
「桜、その姿は……」
「羅刹……!」
「むっ、違いますよ。鬼って言ったでしょ!ほら、見てください、この角!わかります?羅刹にはないでしょう?羅刹とは違うんです!!」
「す、すまねえ」
桜が凄い剣幕で言うものだから中岡はすぐに謝り、それを見てフンッと鼻を鳴らすと桜は力を解いた。
「兎に角、これが私の秘密です。これでご理解頂けたと思いますが…私の里は鬼の里です」
人に利用される事を避ける為に、人に斬殺される事を避ける為に、復興した里を二度と壊されない為に、隠れ住んでいる。
「その地図と紹介状、そして私の正体。これを話したことが、貴方達を縛る事に対する、私の覚悟です」
真っ直ぐとした目でそう言った桜に、坂本と中岡は拳を握った。
「………おまんの覚悟、受け取った。約束は守る。なあ中岡」
「……そうだな。そもそも俺たちはお前に助けられたんだ」
少し笑って言った中岡に、桜は笑みを浮かべた。
「ありがとうございます…!」
「桜が礼を言う事やない。礼を言うのはこっちや」
ぽんぽんと坂本は桜の頭を撫でる。
桜はそれを微笑んで受け入れた後、よしっと立ち上がった。
「私はそろそろ屯所に戻ります。お二人が…無事に里に辿り着くことを、祈ってます」
「…色々とすまんにゃあ」
「…これから何があっても、死ぬなよ」
二人の言葉に桜はニコッと笑うと、隠れ家を出た。
(これで二人の事は安心。次は……)
桜はグッと拳を握ると、歩く速度を早めた。
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