千姫の来訪~鬼を告げる
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
残った桜は、なんとも言えない空気に冷や汗を流していた。
(なんで皆こんなに静かなの?質問攻めにでも合うかと思ってたんだけど…)
なんとも言えない心地悪さにソワソワしてると、誰かが近づいて来るのを感じた。
視線を向けると、近付いて来ていたのは山南さんだった。
「…山南さん?」
無言で近付いて来た山南は桜の前に座ると、顎を掴み持ち上げて首回りを確認し、次は腕を持ち上げて腕まわり…と体の観察を始めた。
「さ、山南さん?」
突然の行動に驚いたのは桜だけでなく、他の面々も驚いていた。
「はい?」
「な、何してるの…?」
「いや、貴方も鬼だと言いましたが、どこをどう見ても人だと思いまして」
ニコリと笑いながらそう言った山南に、ああ…と頷いた。
「そうですね。鬼と言っても見た目は人と変わりないです。ですが…基本的な身体能力は人よりは高いでしょう。後…傷の治りもとても早いです」
「なるほど…どれくらい早いのですか?」
「……羅刹と同じと思って頂いて構いません。傷の度合いによっては瞬間的に。多少深い傷でも普通の人よりは早く治ります」
「そうなのですね…実に興味深いです」
「か、解剖は嫌ですよ…」
そんなことしませんよと山南はニコリと笑ったが、興味津々な様子にハハッと乾いた笑いが溢れた。
「ていうか、人より身体能力高いなら新選組で強くなる必要ないんじゃないの?君、何もしなくても強いって事でしょ?」
真顔でそう言った沖田に首を振る。
「身体能力が高くても、戦い方を知らなければ…少し強靭な肉体を持っただけの一般人と変わらないよ。私が戦い方をしらなければ…あっという間に死んじゃうよ?」
「死んじゃうって…傷もすぐ治るのに?」
「すぐ治ると言っても…致命傷を受けたら流石にね」
肩を竦めると、沖田はふーんと返事をした。
「本当に鬼ならよ…なんか、決定的に違うもんとかあるのか?」
そう聞いて来たのは永倉で、桜はうーんと頭を捻る。
「そうだなぁ………私は見た事ないけど、鬼の姿ってのがあるみたい」
「鬼の姿?」
コクリと頷くと、前世の記憶を呼び起こす。
「髪は…白髪、又は銀髪で…瞳の色は金色…になるはず。後、角もあったかな?多分」
「多分って…」
「実際に見た事ないし、私は鬼の姿になった事ないからね」
そう言って笑うと、自分の髪に触れる。
「私は、鬼だよ。鬼だけど…ちゃんと力の使い方を教わる前に、父上は死んでしまった…だから自分で鬼化するにはどうしたらいいかよくわからないんだよね」
そう言うと、面々は少し気まずそうに視線を逸らした。
「あ、ごめんね?なんか暗くさせて」
あはは…と笑った後、咳払いをして近藤を見る。
「とまあ、今話して来たことを踏まえて近藤さん」
「う、うむ!なんだい?」
「私を、引き続き新選組に置いては頂けないでしょうか」
そう伝えると、その場が静かになる。
「得体の知れない者を側に置くのは、あまり気分が良いものではない事は理解してます。ですが、私は新選組に関わったからには最後まで此処にいたい。そう思っています」
桜は床に手を付くと、深々と頭を下げる。
「どうか、お願い致します」
その姿に周りの面々がハッと息を呑んだのがわかった。
「…雪風君、頭を上げてくれ」
少しの沈黙の後、近藤の声に頭を上げると近藤は微笑んでいた。
「私達が今さら君を拒否するわけないだろう?それに…逆にこちらからお願いしたいくらいだ!これからも、ここにいて欲しいと」
優しい声色に、思わず目が潤む。
「近藤さん…!ありがとうございます…!!」
「今、お前に出て行かれたら怪我人の面倒見るのも一苦労するしな」
「それに、桜の美味い飯が食えなくなるのもごめんだな」
面々が微笑む様子に、胸が暖かくなる。
桜が嬉しくて微笑んでいると、広間の外から足音がした。
千鶴達が戻って来たのだろう。
視線を向けると、そこには穏やかな表情をする千鶴がいた。
戻ってきた面々が座り、皆の視線が千鶴に集まる。
「あ、あの…」
注目されて緊張しながら千鶴は口を開く。
「わ、私…父様と、里へと戻ろうかと思います」
そう言った千鶴にホッとして、思わず頬が緩む。
「元々、父様を探して京へと来ました。改めて話して…私は家族と過ごせるならば、家族と過ごしたいと…そう思いました」
「……そうか。君が決めたならば、そうするのがいいだろう」
近藤は、優しく微笑んだ。
「大変、お世話になりました……!!」
涙を浮かべながら深々と頭を下げる千鶴に続き、綱道も頭を下げた。
綱道に対する複雑な思いはあるが、千鶴の様子に面々も優しい眼差しを向けていた。
「早速連れて帰りたいところだけど…」
ちらりとお千は意味ありげに視線を桜に向ける。
桜が首を傾げると、千鶴が頬を赤くしながら口を開いた。
「ね、姉様もいつか里には帰ってくると思うのですが……暫く会えなくなるので、今日は一緒に寝たくて…」
可愛らしいお願いに、桜は口を抑える。
何ともいえない叫びをあげそうだったから。
その様子を近くにいた山南は悟り、ポンポンと背を叩いてくれた。
ふぅ…と息を吐くと、千鶴に手を差し出す。
「勿論、良いに決まってるでしょ?ね?近藤さん!」
「ああ、勿論だ!」
その言葉に千鶴と顔を見合わせて微笑むと、お千達を見た。
「今日は千鶴はここで寝泊りするとして…皆は?」
「私たちは借りてる宿があるから、そこに戻るわ」
「私も、宿を取ってますのでそちらに」
その言葉に頷くと、その場はお開きになった。
屯所を出るお千達を見送ると、千鶴と共に千鶴の部屋へと向かった。
「千鶴、一度着替えてくるから先に寝る用意しててくれる?」
「はい!」
笑顔の千鶴の頭を撫でると、自室へと向かう為に部屋を出る。
(いやぁ…綱道さんが千鶴と帰ることを決めてくれてよかった)
これで、最悪の結末…千鶴と綱道さんが対立する事や、悲しい出来事が起こる事も無いだろう。
小さくガッツポーズをした時、不意に屯所の空気が変わったのを感じた。
バッと周りを見渡すが、そこには何もいない。
(……私、何か忘れてる…ような)
桜は少し考えた後、あっ!と思い出す。
風間の襲撃だとー
(うっかりしてた!)
直後聞こえてきた騒音に、バッと走り出す。
一番案ずるべき千鶴の元へ向かうとそこには誰もおらず、桜はこめかみを抑える。
一足遅かった。
再び走り出した時、千鶴が島田を呼ぶ声が聞こえた。
走る速度を上げて開けた場所へ辿り着くと、倒れる島田と、風間に捕まる千鶴が目に入った。
「千鶴!!」
「兄様!」
「ああ、来たか」
余裕そうに笑う風間にイラッとしたが今は冷静になれと息を吐く。
すぐに駆け寄りたかったが、グッと堪えて風間を見る。
「風間、千鶴の事を離して」
「離さなくても、お前がこちらに来れば良いことだろう?」
千鶴を離す様子の無い風間を睨み付ける。
「風間お願い。千鶴は明日、里に帰るの。その手を離して」
「……そうか、帰るのか」
風間は無表情で千鶴を見つめる。
少しの沈黙が流れ…風間は千鶴から手を離した。
「兄様…!」
こちらへと駆け寄る千鶴を抱き留めると風間を見る。
「風間、引いてくれない?これ以上…他の人を傷付けないで」
「何故そこまでお前は人間に味方する?」
「……私、その考えが好きじゃ無いな」
千鶴を背に隠しながら、ポツリと言葉を溢す。
「私は別に、人間に味方してるつもりはない。私は、私が信じた人達、守りたい人達、大切な家族の味方でありたいだけ。そこに…人や鬼の垣根はない」
そう言うと、風間の眉がピクリと動く。
「お前は…毒されたようだな、ここの人間たちに」
「違うよ、昔から考えは変わってない」
「人間に…里を襲われたのにか?」
その言葉に、目を瞑り綱道にも言った言葉を告げる。
「私が憎いのは…父を殺し、千鶴の両親を殺し、里を滅した人間だけ。そしてそれは、新選組の皆じゃない」
そう告げると風間を見る。
「私が鬼であっても、人であっても、この考えは変わらないよ」
「……少し、目を覚ます必要があるな」
答えが気に入らなかったのか、風間は刀を抜く。
「おいおい風間、桜に刀を抜くのか?」
「あれだけ侮辱されても刀を抜く事はなかったのに」
風間の後ろから現れたのは、不知火と天霧だった。
「人間に毒されすぎたようだからな」
「だから、毒されてないってば」
話を聞かない風間に溜息を吐いた時、背後から複数の足音がした。
「桜!」
土方達がやってきたようで、少し安心して千鶴に向こうへ行くように告げる。
「またぞろぞろと…相変わらず群れることしか出来ないのか」
「まあ、少しは楽しめそうだからいいじゃねえか」
銃を構えた不知火に、面々は戦闘態勢をとる。
「風間、どうするのですか?」
「どうするだと?決まっているだろう…桜の目を覚まさせるために、こいつらを始末するだけだ」
その言葉に、カッと体が熱くなるのがわかった。
それを抑えながら、風間を見る。
「風間、もう一度言う。他の人を傷付けないで。それに、私は毒されていない」
「始末すれば、お前も俺の言ってる事がわかるだろう」
こちらの話を聞く気がない風間に、我慢の限界がきた。
「こんの……相変わらず話を聞かない奴だな!!」
素早く抜刀すると地を蹴り風間へと向かった。
桜の素早さに驚いた風間だが、自身に振られた刀を受け止めた。
「なぜ邪魔をする」
「仲間を傷付けようとする相手を、邪魔しない理由なんてある?」
どんどんと湧き上がる怒りに、桜が刀を振る速さも早くなる。
(というか、昔から話を聞かないとは思ってたけど、彼は立派な鬼の当主で、言ってる事は勿論、私だって理解できたし賛成出来ることもあった)
だからといって仲間を傷つける事は絶対に許せない。
怒りのせいか、体が熱くなってくる。
はじめは涼しい顔で桜の刀を受け止めていた風間だったが、その表情は焦りを見せ始めた。
「桜、貴様…待て、少し落ち着け」
「これが落ち着いてられる?」
焦る風間の様子を不思議に思う。
別に私は彼に致命傷を与えれる程の剣捌きは出来てない。
自分でもわかるくらいに、怒りのせいで剣筋が荒くなっている。
ぷつりと髪紐が切れ、髪が風に靡いて視界に入った時、毛先の色が少し変わってる気がした。
「お、おいアレ…」
「姉様……?」
後ろから皆の声が聞こえたが、刀を振る手はやめない。
「おい、天霧」
「これはいけませんね」
「桜、少し落ち着けと言っているだろう!」
「風間が話を聞いてくれるなら……ねっ!」
金属と金属がぶつかる音が響く。
なぜか風間だけでなく不知火と天霧も焦った様子を見せ始めて、怒りよりも疑問が湧いてきた。
(一体何をそんなに焦っているの?)
それに、皆が私に注目している気もする。
そう考えれるくらいに落ち着いてきた時、風間が舌打ちをして桜の振った刀を握って止め、同時に桜を抱きとめて隠すように新選組の面々に背を向けた。
その姿を更に隠すように、不知火と天霧が風間と新選組の間に立つ。
「ちょ、何して…」
「…お前の神経を逆撫して悪かった。手は出さん。だから……少し落ち着け」
刀を握る風間の手から流れる血を見ながら、桜はハッとして力を抜く。
風間はそれを確認すると、刀から手を離した。
「風間、傷が…」
「これくらいすぐ治る。それより…心配しているのか?」
にやりと笑った風間の腹を殴りながら、刀を収める。
「風間、話をしよう。だから離して」
「駄目だ」
「駄目って…」
こちらを見下ろす風間にムッとしてその目を見つめる。
「…その姿は、人に無闇に見せていいものではない」
「……その姿?」
頭にハテナを浮かべると、風間が天霧に視線を向ける。
天霧は頷くと、サッと胸元から手鏡を出した。
…というか、持ち歩いてるんですね。
「見ろ」
風間は手鏡を受け取ると桜に渡す。
桜は不思議に思いながら鏡を見ると、驚愕した。
そこに映ったのは、銀色の髪に金の瞳、額には中央に大きな角が1つとその両横に小さな角が2つの合計3本の角が生えた…自分の顔があった。
「……え?」
「鬼の姿を、お前のその美しい姿を、あいつらに見せてやる必要はない」
桜はピシリと固まった。
(これが…私の鬼の姿?)
てか、三本角があるって相当な力を持ってる証拠だよね?
風間が四本だし。
え、てかなんでこんな姿になってるの?
わからなくてオロオロしていると、風間が髪を撫でる。
「その姿になったのは、初めてか?」
「うん…そうだね。なんでこうなったんだろ……」
「怒りだろう」
なるほど、怒りが本来の力を呼び覚ますとはよくある話だ。
桜が一人納得していると、風間の後ろから声が飛んでくる。
「おい桜、無事か!」
「お前ら、桜を離しやがれ!」
金属音が聞こえる事から、自分を助ける為に土方達が不知火達と戦っているのだろう。
(どうしよう)
この姿を見られるのは…少し怖いかもしれない。
俯く桜の様子を見て風間は抱きしめていた腕に力を入れた。
「ゆっくり息を吐いて気を鎮めろ」
「う、うん…」
言われた通りに息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
背を撫でる風間の手に不覚にも安心してしまい完全に気持ちが落ち着いた時、ぽんっと頭に手が置かれた。
「……戻ったぞ」
そう言われて目を開けると、視界に入った自分の髪色が黒に戻っているのが確認できた。
額に触っても、角の感触はない。
「…今日のところは引こう。また迎えにくる」
「いや、こっちから手紙送る…だから、ここにはもう来ないで」
お願いと言った桜をジッと見つめた後、風間はその瞼に唇を落として桜を解放した。
「天霧、不知火。引くぞ」
「はぁ?桜は連れて行かねえのかよ」
「今はいい」
風間はチラリとこちらを見た後、いつかのように闇へと消えていった。
突然引いた風間達に新選組も含め皆が驚いていたが、誰かの走り出す音にハッと意識が戻る。
「姉様…!」
走り出したのは千鶴で、桜に駆け寄るとそっと腕を回して抱きしめた。
「無事で、良かった……!」
涙を流す千鶴に桜は優しく微笑むと、その涙を拭う。
「心配させてごめんね。ありがとう、千鶴」
「おい、本当に何ともねえのか?」
「何もされてないか?桜」
「うん、大丈夫。皆、ありがとう」
そう言って心配そうにする面々に微笑むと、風間が消えた方を見た。
「あいつ…また来やがったら今度こそ仕留めてやる!」
「……多分もう来ないよ、新八さん」
桜はそう言って微笑んだ後、土方を見た。
「明日、千鶴が発つ際に私も一緒に行っていいでしょうか。ついでに一ヶ月ほど屯所を離れたいです」
「何…?」
桜の言葉に、土方の片眉が上がる。
「今日、話したように私は鬼の力の扱い方を知りません。でも…さっき風間と向き合って、知る必要があると思いました。だから一度里に戻ってみようと思うのです」
そう伝えると、その場が静寂に包まれた。
暫く土方と見つめ合った後、土方がため息を吐いた。
「力の扱い方がわかったら…ここには戻ってくるのか?」
「勿論」
「…俺からは何も言わねえ。近藤さんに許可もらってこい」
わしゃわしゃと自分の頭を掻きながらそう言った土方に、微笑んだ。
「ありがとう、歳さん」
桜は頭を下げると、千鶴を見た。
「千鶴、近藤さんに許可もらってくるよ。荷造りもしたいから、今日は私の部屋で寝ない?」
「はい!では、支度をしたらお部屋に向かいますね」
ニコニコと笑う千鶴の頭を撫でると、その場を千鶴と離れた。
それを残った面々が見送り少しした際、沖田が口を開いた。
「土方さん、引き留めなくて良かったんですか?」
「…あいつが自分自身の力を扱えるようになる為に戻るっていうのを、止める方が野暮だろ」
「それでもし、戻ってこなかったら?」
沖田の言葉に、土方は振り返る。
「その時は、その時だ」
「…僕はそうなったら土方さんを恨むし、桜を連れ戻そうとしますよ」
「俺は後を追いかけて行くかもな」
沖田に続いて口を開いたのは原田だった。
「お、俺は…とりあえず話をするな…」
永倉もぶつぶつと言い出し、土方は頭を抱える。
「ったく…お前らは面倒くせえな」
「土方さんも、本当は不安なくせに」
桜がちゃんと戻ってくるかどうか。
その場に残っていた男達は口には出さずとも皆が皆、桜を想っている事を知っていた。
桜が一時的にとはいえ里に戻った後、この新選組に本当に戻って来るのか心配だった。
だからこそ、沖田は桜を止めなかった土方に少しの嫌味を言ったのだ。
その事も分かっている土方は再びため息を吐くと、さっさと戻れとその場を後にしたのだった。
.