坂本救出~三条大橋の制札
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千姫を居間へと案内した後にお茶を用意し、居間へ戻る。
「粗茶ですが」
「ありがとう」
お茶へ手を伸ばす千姫をチラリと見た後、自分もお茶を飲む。
「改めまして、雪風桜です。この度はこの里へどうされました?」
「あなたの事で話があってきたの」
「私の?」
「正確にはあなたが今いる場所について、かしら」
千姫がここへ来た理由に、桜の片眉がピクリと動く。
「……母様、申し訳ございませんが席を外して頂けませんでしょうか」
「……………わかりました」
母親は何か言いたげだったが、桜の表情に何かを察して席を外した。
(千姫が何を話すのか…新選組だけならともかく、薬の事まで話されたら困る)
母親は、綱道さんが幕命の為に連れていかれ、変若水に関わっている事は知っているが、あまり血生臭い話はしたくない。
羅刹の倒し方の話とかになったら困るのだ。
「……さて、千姫様。この私の今いる場所についてのお話とは?」
「そう畏まらなくて良いわよ。私のことは普通に千って呼んで。話し方も崩してくれていいわよ」
「なら…お千ちゃん。話って?」
許可を得たので砕けた話し方で問いかける。
お千は笑った後、表情を引き締めた。
「あなたは、何の為に新選組にいるの?」
「何の為に、ですか」
お千は頷く。
「そうですね…とりあえずは強くなりたかった。それが第一かな」
薫を見て微笑みながらそう言うと、視線に気付いた薫は少しむすっと口を尖らせた。
「俺はもう、弱くないけど」
「わかってる」
拗ねる薫の頭を撫でると、お千を見る。
「二つ目は、彼らの行く末を見たい。彼らを守りたいと思ったから」
「………行く末を、見る?守る?」
お千の表情は、少し厳しくなる。
「鬼は……人に関わるものではないわ。鬼の力を奮って、人の中にいるなんて、言語道断よ」
怒った様子のお千に、桜は眉を下げる。
「………薫、席を外してもらえるかな」
「なんで」
「お願い」
桜の言葉に、薫は渋々といった様子で部屋を出た。
「さて……お千ちゃん、勘違いしないでください」
「勘違い?」
「鬼が人と関わるべきではない事は重々承知しています。その力を使うべきではない事も。だから私は鬼としての力は使ったことありません。もちろん、多少は人より運動神経がいいとか、自分で制御出来ないものもありますけど、鬼の力を使わない事は徹底しているつもりですよ」
桜はお茶を一口飲むと、一息つく。
「彼らの行く末を見たい、守りたいとは言いましたが、鬼の力を使って何かを捻じ曲げるつもりはありません。私がそんな事をした時は、首を切ってくださって構いません」
そう、人に対して鬼の力は使わない。巾着はフル活用するかもだけどね。
あ、薫に首切り発言聞かれないようにしなきゃ…一応席は外してもらったけど。
「斬り合いは……最低限必要な時は刀を振るいました。それ以外は峰打ちや適当にあしらって終わり、ですね。私は戦闘員でもありますが新選組の医師であると、自分で思っています。実際任せられる仕事は医療関係のことが多いので。ですから、無闇矢鱈に刀を振るう事はしていませんよ」
「……たとえ、鬼の力を使っていなくても、いつまでも人間と共にいるなら、あなたは、あなたの一族は掟破りとしてはぐれ鬼となるわよ」
お千の厳しい言葉に、桜は苦笑する。
「困ったな…私は、一人の女として、男として………人として、あの人達に惚れてしまっているから、離れるのは難しいな」
頬を掻き、視線を落とす。
「まあ、最悪……私がはぐれ鬼となっても、雪風の一族がはぐれ鬼になるような事にはならないですよ。私じゃなくて、立派に纏めてくれる人がいますから。それに、はぐれ鬼となる前に私は斬られちゃうかもしれませんし」
可笑しそうに桜は笑うと、すぐに表情を引き締める。
「後、羅刹もどうにかしないといけないですしね。はじまりに私も関わっていたから、終わらせないと。なので、全てが終わるまで、離れないと思いますよ」
「………」
お千は目を閉じて何かを考えた後、パチリと開いて微笑んだ。
「あなたが……鬼の力を使って何かをしようとしていたなら、厳しい処分を下そうと思っていたけど、そこまで真剣に言われたら出来ないわ」
お千はお茶を飲み、君菊を見る。
「あなたがしていた事は、実はお菊から聞いていたの。本当なら、人間に関わり続けている時点で厳しい処分を与えるのがいいのかもしれないけれど………他の鬼の後始末もしてくれているし、今は……大目に見るわ」
「…ありがとう」
お千の言葉にお礼を言うと、彼女は笑った。
「さっ、重い話は終わりっ!女の子らしいお話でもしましょ?」
「で、出来るかな……」
真剣な表情から一変して女の子の表情を浮かべたお千に、苦笑した。
慶応二年 八月
幕府と長州藩との間に、深い亀裂が走った禁門の変の後。
幕府は長州藩へ制裁を加えるために、征伐軍を派遣することになった。
その時は長州藩がすぐに退いたおかげで、互いに大きな被害は出なかったものの……。
その長州征伐から二年の時を経た、慶応二年八月。
幕府は再び長州藩に制裁を下すべく、多くの兵士を京に集結させていたーー。
「ーーと、いうことで。俺が軍を視察してきたところ、幕府側の兵力は十分のようだ。少なくとも、長州の兵力を大きく上回っているのは間違いない」
「そりゃ、戦をするなら兵が多いに越したことはねえが……かといって、数だけ多くても仕方ねえ。今回の戦には不満な奴も多いんだろ?」
「うむ……嘆かわしいことに兵の士気は高くないようだった。それが弱点にならなければいいのだが……」
まとわりつくような暑さに、思わず汗がにじんでしまう夏の盛り。
土方の部屋で千鶴が持ってきてくれたお茶を飲みつつ、征伐軍の視察を終えて戻った近藤の話に耳を傾けていた。
「あの……今回の戦には、新選組も参加することになるんですか?」
「いや、僕たちの役割は京の治安警護だよ。京を離れて戦をするのは他の奴らの仕事だってさ」
「残念な話ですよね。手柄を立てるいい機会なのに」
千鶴の質問に桜が答え、沖田が近藤を見ながら残念だと言った。
「そう逸らなくていい。機会なんざこれからいくらでもある」
そう言った土方に見えないよう、千鶴がホッと息を吐いていた。
「ともかく、近日中にもどこかで衝突が起きることは間違いない。何かあればお呼びがかかるだろうし、心構えだけはしておくべきだろう」
厳しい表情で近藤はそう告げた後、思い出したかのように口を開く。
「……おお、そういえば。その際に色々と見てきたのだが……幕府の陸軍隊を視察している途中で、相馬君とばったり再会したんだ」
「ほう、相馬君と」
「誰ですか、それ。そんなの知り合いにいましたっけ?」
近藤の言葉に沖田が首を傾げる。
「ほら、平助君たちが屯所に連れてきて、錦絵の件で揉めてた人です」
「ああ、いたねそんなのも。印象薄いから覚えてなかったけど」
千鶴が教えると、沖田は思い出したかのようにそう言った。
「でも、どうして相馬さんが陸軍隊にいたんですか?以前の話だと、どこかの藩にお仕えしていたはずですよね?」
「脱藩したって事だろ。あいつ、自分の藩に不満があったみてえだが……馬鹿な奴だ、自分から侍を捨てるなんてよ」
千鶴の言葉に、土方がそう答えた。
「それは…違うんじゃないかな、歳さん」
「そうだぞ。いくら自分の藩に不満があろうとも、脱藩を選ぶことのできる人間は少ない。道を変えるには大きな決意がいるものだ。相馬君は言っていたよ。自分の藩は幕府のために戦おうという気概がない。だからこそ、自分は去ったのだと」
そう言って近藤は笑った。
「……今時、なかなか見どころのある若者じゃないか」
「剣の腕は大したこと無さそうですけどね。平助たちの話だと、浪人に殴られて倒されたらしいし」
「総司の基準で言ったら、世の中の大半は【大したことない】に分類されちゃうけど?」
沖田の言葉に桜は苦笑した。
「……んで、近藤さん。相馬はその後どうしたんだ?」
「うむ。立派な志の若者だったし、改めて新選組に誘ってみたよ。幕府に仕えるという意味では陸軍隊も新選組も変わらない。君さえよければ、新選組に来てはどうかと」
「それで、お返事は?」
「残念ながら悩んでいる様子だった」
「まあ、目前に戦も迫ってますしね…」
長州との戦が迫っている今、簡単には返事は出来ないだろう。
(そして戦も…そう簡単にいくものじゃないしね)
桜達がそんな話をしていた後日、巻き起こった第二次長州征伐は幕府の敗北という結果に終わってしまう。
失敗の要因はいくつかあったらしい。
戦の途中で徳川家茂公が亡くなり、幕府方の指揮系統が混乱してしまったこと。
最新式の銃を持った長州とは、武器に大きな差があったこと。
そしてそれ以上に大きな要因は、幕府の求心力が低下しつつあるところにあった。
強大な力を持つはずの幕府が、地方の一藩に敗北を喫する事態。
(それは、暗雲のように、幕府の先行きに不穏な影を落としていた、ってね)
長州征伐が終わってから暫く経った夏のある日、桜は食事の用意を一人で行っていた。
この時期は、伊藤さんの勉強会とやらに参加するものが増えてきた。
知ってはいたから大して驚いていないけれど、私にだってやる事があるから当番くらい守ってほしい、と少しは思う。
(まあ、伊藤さんとかにちゃんと説明したら注意くらいしてくれると思うけれど…)
なんだかんだ言いつつ、1人の方が楽だから個人的には今の方がやりやすい部分もある。
(だけど、新八さんも他の皆も不満が募って来たしなぁ…)
考え事をしながら食事の準備を行っていると、パタパタと誰かが走って来る音がした。
「兄様!」
「ん?千鶴?」
食事の準備も大体終わっていたので、鍋に蓋をして振り返る。
「相馬さんが来ています。兄様も是非広間に来てください!」
「相馬君が?」
(そっか、そんな時期か)
千鶴と共に広間へと向かうと、中から和気あいあいとした声が聞こえて来た。
「相馬君」
「あっ、雪風さん!」
振り返った相馬に手を振ると近付く。
「ああ、雪風君。彼が新選組に入隊してくれることになった!」
「本当ですか⁉一緒に頑張ろうね」
桜は微笑んで相馬の手を握った。
「まずは俺の小姓見習いとして仕事を覚えてもらうつもりだ。そこでなんだが、雪村君にトシの小姓として彼に仕事を教えてやってほしいんだ」
「私が、ですか……⁉」
驚く千鶴に、近藤は頷く。
「局長、よろしいのですか?局長付ともなれば、よほど信頼のおける者でなければ……」
「彼なら大丈夫だろう。俺も最近忙しくなって、身の回りを見てくれる者が欲しいと思っていたんだ」
斎藤の言葉に、近藤は笑った。
「それに彼ならば、いずれは雪村君の事情も分かってくれるとは思う」
「近藤さんがそう仰るなら…私は特に言うことはないですよ」
「ああ、俺からも文句はねえ」
山南と土方は、近藤の言葉にそう言った。
「ええと……」
「これからは先輩と呼ばせていただきます。よろしくお願いします!」
「せ、先輩……⁉」
慣れない響きに照れくさそうにする千鶴、可愛い。
桜がニコニコしていると、そういえばと近藤が、再び口を開く。
「先日入隊した野村君という隊士がいる。彼共々、雪村君に小姓としての心得を、いろいろ教わるといい」
「ま、待ってください!相馬さんも本当に私から教わる形で、いいんですか……⁉」
「もちろんです。それと先輩なんですから、敬語も、さん付けもいりません」
「相馬ーー君?」
恐る恐ると相馬の名前を千鶴が呼ぶと、相馬は嬉しそうに笑った。
「はい、よろしくお願いします。ーー雪村先輩!」
そんな微笑ましい光景に、桜は笑っていた。
慶応二年 九月
うだるような暑さでバテる隊士達を診つつ、2人の後輩が出来てワタワタしている千鶴を見守りつつ桜はいつも通り過ごしていた。
後、お千ちゃんとも会ったらしい。
千鶴は女の子の友達が出来たのが嬉しかったのか、かなり上機嫌だった。
(千鶴もすっかり新選組に馴染んだし……)
私が多少離れていても、もうすっかり大丈夫そうだし。
(そろそろあの人に本題を切り出すか)
あれから何度か手紙のやり取りを行い、彼の行いたかった一族の再興などは順調である事を伝えた。
はじめは信じていなかったが、実際に見に行ったのだろう。
ある時届いた手紙には再興に関する感謝、薫に対する謝罪などが書かれていた。
だけれど、肝心の……復讐を諦めるとの言葉は聞いていない。
今は狂ってしまっていても、きっと復讐を諦めて千鶴と…皆と里で暮らしてくれる筈だと私は信じている。
その為にも…千鶴を連れて里に戻らないかと、本題を切り出すことにした。
決して手紙の返事が来る頻度が高いわけではないので、今回も返答が来るかは不明だが、とりあえず伝えないといけない。
(伝えた結果、迎えに来てくれても……千鶴が離れたくないって言ったらどうしよう)
桜は悩んだが、まあなるようになれと手紙を出しに行った。
そしてその帰り、適当な手土産を購入して屯所に戻ると何処からか野村の悲鳴が聞こえて来た。
(ああ……新八さんに扱かれてるのか)
桜は苦笑すると、一度厨へと向かいお茶を用意して、手土産である饅頭を取り出した。
それをお盆に乗せると庭へと向かう。
(ん、いたいた)
そこには目的の人物、近藤さんがいた。
(…トシさんと山南さんもいるけど……)
私の手元のお盆には近藤さんの分しかない。
桜は少し考えた後、まあいいかと3人に近付いた。
「お話中すみませーん」
「おや?雪風君。どうしたんだ?」
「近藤さんにお茶を持って来ました!最近お疲れみたいですし、甘いものでもと思って。お二人の分は……後で用意しますね」
そう言って縁側に座る近藤にお茶と饅頭を渡すと、近藤は申し訳なさそうに眉を下げた。
その表情を見て、土方はフッと笑った。
「近藤さん、俺たちには気にせず受け取ってやってくれ」
「我々の分は後で用意してくれるみたいですしね」
2人の言葉に、近藤は笑みを浮かべた。
「すまないな、ありがとう。頂くとするよ」
そう言って近藤はお茶を飲んだ。
「そういや桜、三条大橋の制札のこと知ってるか?」
「もちろん、引き抜いて鴨川に捨ててる人がいるってやつでしょ?」
長州の罪状が記された札が三条大橋に立てられているのだが、それが引き抜かれる事件があった。
「立て直しても後日抜かれていたそうなので……そろそろ新選組に声がかかるかもしれないと、話をしていたのですよ」
「んー確かに」
この出来事は、左之さんが犯人を捕まえるんだけど、女装した薫に邪魔をされる。
……本当だったらだけど。
今は私が色々動いてる事もあって、薫が長州の手伝いをしているわけではないから、別の誰かが現れなければ何事もなく終わるはず。
桜はそう考えながら、3人と今後に関しての話を続けた。
数日後、新選組に制札警護命令が届いた。
通常の巡察以外の組が、交代で見張りにあたることになる。
幸いなことに、警護を始めた1日目は特に何も起こらなかった。
桜はどこの組にも所属していない事から、てっきり毎夜参加させられるかと思っていたら今回の見張り役はやらなくてもいいとの事だった。
それもこれも、最近仲間を集めて勉強会という名で議論を行っている伊藤の対応のせいだ。
まあ、対応と言っても直接何かするわけではないが、自分が屯所にいるのといないのとでは彼らの態度が変わるらしい。
吐かれる嫌味が9割は減少するとの事で、他の隊士のストレスがマシになるらしい。
まあ、それくらい気に入ってもらえているのはありがたいが、流石にずっといるわけにもいかない。
その時は皆に我慢してもらっている。
桜は隣で浮かない顔をしている千鶴を盗み見ながらそんな事を考えていた。
今日も今日とて、伊東派と呼ばれる面々は新論を題材に議論を行うとのことだった。
(私も誘われたけど、流石になぁ…)
桜は千鶴から原田と永倉に視線を動かし、苦笑した。
そろそろ頃合いだと出て行こうとする原田の肩を永倉が叩き、手伝いをしように出来ない千鶴がもどかしそうに見送っていた。
そしてその晩、事件は起こった。
原田達が待機していたところへ土佐藩士八名がやって来て、立て札を引き抜こうとしたのだ。
その後、原田達は土佐藩士と激しい斬り合いになり、全員を生け捕りにしたとの事だった。
その功績が認められる、原田は会津藩から報奨金を受け取ることになったのだ。
原田の話を聞いた桜は、原作と違った流れになっている事に、少し安堵した。
薫が、関わっていない事が判明したからだ。
そんな気分が良い夜を過ごした数日後、新選組は島原の「角屋」へと来ていた。
「いや~!左之、おまえは本当によくやった!まさか、【報奨金で皆にご馳走したい】なんて言ってくれるとはな!」
「新八さん、褒めるならそこじゃなくて制札を守りきったってところじゃない?」
永倉の言葉に、沖田が呆れたようにそう言った。
「いや、そこはもちろん褒めるけどな。それ以上に、ここの勘定を左之が持ってくれるってことに感激して、涙がちょちょ切れそうで……!」
永倉はそう言って泣き真似をした後、満面の笑みを浮かべた。
「皆、今夜は左之のおごりだ!目一杯呑んで日頃の憂さを晴らしてくれ!」
「それ、新八さんが言う台詞じゃないでしょ」
桜は呆れた様子でそう言い、騒ぎ出した面々の中に紛れて楽しんでいる千鶴を見て微笑む。
「おおきに、お頼申します」
ふと聞こえてきた声に視線を向けると、豪華な着物を着た芸妓さんが、艶のある笑みを浮かべながら挨拶をする。
思わず面々が見惚れる中、桜と目が合った芸妓は柔らかく微笑み、すぐに周りを見た。
「今晩、お相手させて頂きます。君菊どす」
そう、彼女はお千ちゃんに仕えている君菊さんだ。
「すぐにお料理もできますよって、存分に楽しんでいってください」
程なくして膳に載せられた料理が運び込まれ、宴会が始まった。
皆が、届いた料理と酒にはしゃぎ出すのを見て明日は死屍累々になりそうだと考えながら、徳利を手にする。
(んー皆、それぞれ勝手に呑んでるし、歳さんには君菊さんがついてるし…)
まあ、良いかと手酌で飲もうとすると目の前に杯が現れた。
「………」
杯を持っている手の主を確認すると、それは沖田だった。
「注いでくれないの?」
「……仕方ないなぁ」
桜は少し笑うと、沖田の杯へお酒を注ぐ。
「ご飯は?ちゃんと食べてる?」
「それなりに」
「……ならいいや」
今日はとやかく言わないであげようと、そう言って酒を飲む為に自分の杯に注ごうとすると、再び目の前に杯が現れた。
「………」
「私も、よろしいですか?」
「…山南さんなら、喜んでって言うしかないじゃないですか」
にっこりと笑う山南にそう答えると、その杯に酒を注いだ。
普段飲まない山南さんが飲むなんて、相当気分が良いんだろう。
よし今度こそと、徳利を手にするとその徳利を奪われた。
「えっ」
「…注いでやろう」
そう言ったのは、斎藤だった。
「ありがとう」
桜は素直に自分の杯を差し出すと、酒を注いでもらう。
桜は微笑むと、酒を煽った。
「ふう…美味しい」
久しぶりのお酒に、桜が気の抜けた笑みを浮かべる。
その様子を見て、周りの面々が視線を逸らしていたが桜は特に気付いていなかった。
「なんかさ」
「?」
話し出した桜に、視線が集まる。
「楽しいね」
素直に言葉を述べると、三人は微笑んで頷いた。
宴会が進み、久し振りに呑んだ桜は酔って頬が熱くなっているのがわかった。
涼む為に隣の部屋へ移動して風に当たっていると、誰かが入ってくるのがわかった。
「姿が見えねえと思ったら……、こんな所にいたのか」
「歳さん」
(こっちの部屋に入ってくるなんて)
部屋に入ってきたのは土方だった。
反対隣の部屋には千鶴がいるから、てっきりそっちの部屋に行くと思っていた。
「どうしたんだ?こんなところで」
「少し酔ったから、涼んでたんです」
「そうか」
窓際に座る桜から少し離れた所に座った土方も、同じように風に当たる。
ふう、っと息を吐くと隣から原田の腹芸が始まった声がした。
酔ったら毎回するんだから…
桜がそんな事を想像して微笑んでいると、土方がポツリと話し出す。
「……変わらねえな、あいつらは」
「……そうだね」
試衛館にいた頃から、ちょっとお金が入るとこんな風に遅くまで呑んでいた。
二人は懐かしい思い出話しに、柔らかな笑みを浮かべた。
「しかし、薬箱抱えて行商していた俺が、大小差して幕府に仕えてるなんて。もしかしたら、長くて幸せな夢をずっと見続けてるんじゃねえかってな」
その呟きに、胸が締め付けられる。
(ああ、私はどこまで出来るのだろうか)
この先の事を考えて、胸元でギュッと手を握ると、静かに空を見上げた。
「おい」
「え?」
声をかけられてそちらを見ると、土方がこちらを見ていた。
「何て顔をしてやがる」
「………どんな顔?」
「どんなって……そうだな。泣きそうな、というのが一番近いな」
土方の言葉に、桜はただ力無く微笑んだ。
土方は体を動かし、桜へと手を伸ばすとその頭を撫でた。
「歳さん…?」
「…………なんだ」
「頭…」
「…気にするな」
不器用ながらも気にかけてくれている土方に、桜は笑った。
「……何笑ってやがる」
「んー?別にー何でもないですよ」
桜の言葉に、土方はフッと笑った。
隣から聞こえてくる賑やかな声を耳にしながら、今後に想いを馳せて目を閉じた。
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