坂本救出~三条大橋の制札
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あー間に合わなかったか…」
「ったく、感動の再会の最中に土足で踏み込んでくるとは、無粋な奴らやにゃあ」
「黙れ!この日本の財を異国に売り飛ばそうと企む、開国派の狼藉者め!」
役人は、構えた刀の切っ先を無遠慮に坂本に向ける。
刀を抜こうとした桜を手で制し、坂本は役人達を見る。
「……それの何が悪いがか、さっぱりわからん。異国と商売することで豊かになるがやったら、それでえいかいや」
「坂本さん、言い過ぎ」
挑発するような言葉を投げる坂本を睨むと、彼は面白そうに笑った。
そして、その次の瞬間、懐から洋銃を取り出して役人達に向け、口元を歪ませながら笑った。
「これが何ながかはわかるろう?……一歩でも近付いたら、撃つぜよ」
「ふん。これだけの近い間合いの中では、刀の方が早い」
「ほう、ほいたら試してみるかえ?」
「ちょっと…西洋の銃は日本の物より威力が高い。撃たれたら……生きていられる確率は低い。そんなもの、急に出さないでくれる?」
「ぬっ……」
坂本にそう言うと、話を聞いていた役人達は怯む。
そして、坂本は桜にだけ聞こえる声で囁いた。
「後ろの部屋から屋根伝いに外へ逃げるき。ゆっくり後ろに下がって、隣の部屋へ入りや」
「わかった。気をそらす道具があるから、僕がそれを使ったら……一緒に入ってね」
桜の言葉に、坂本は前を見ながら僅かに頷いた。
その時が来るのを逃さないよう、様子を見ながら坂本の後ろで巾着へと手を入れる。
(初お披露目、かな)
折角なら忍者姿の山崎さんに先に使ってみてもらいたかったけど、いいよね。
桜はソレを手にすると、隙を見て役人の方へと投げた。
「なっ、なんだこれは!」
ボフっと音がして部屋中が煙に包まれる。
桜が取り出したのは、煙幕玉と言われるものだった。
「坂本さん、こっちへ」
「なんや今の、部屋が煙じょきけになったやき!」
「いいから、早く!」
「おう」
役人達が躍起になって武器を振る声や音を聞きながら、隣の部屋に入って襖を閉める。
「で、どうする?」
チラリと坂本を見ると、笑っていた。
「こっちや!」
グイッと腕を引かれ、窓から建物の屋根の上へと移動させられる。
「え、まじでここ通るの」
「しょうがないろう、ここしかないがやき。文句は、さっきのあの連中に言うてや!」
「おのれ坂本、どこへ行った!?」
慎重に歩いていると、役人達の声が聞こえてくる。
「あっ、見ろ!屋根の上に人がいるぞ。あれはまさかーー」
「見つかったよ。どうする?」
坂本を見ると、グッと手を掴まれた。
「大丈夫やき。何があっても、おまんの事は守る。……俺を信じや」
「うん、まあ…信じてはいるけど」
揺るぎない坂本の声にそう答えると、坂本は笑った。
「仕方ない、行くか」
後ろから聞こえる役人の声を背に受けながら、足を進める。
「雪風君、こっちだ!」
「あ、山崎さん!」
屋根の下から聞こえてきた声に視線を向けると、そこには山崎がいた。
桜は坂本に合図をすると、屋根から下りた。
「ここは、俺がなんとかする。坂本を連れて逃げろ。そちらの裏道からなら、人目につかずに逃げられる筈だ」
「ありがとう、山崎さん。ほんとイケメン」
「なっ!?こんな時に君は何を巫山戯ているんだ!」
ほんのり赤い顔で怒られても怖くないよ、山崎さん。
それにしても、イケメンの意味覚えてたんだ。
「あ、そういえば千鶴は?」
「ああ、かの…彼なら、永倉さん達と一緒に安全なところへいる」
山崎の言葉に安堵の息を吐くと、坂本を振り返る。
「坂本さん、行こう」
「っつ………」
「…坂本さん、大丈夫?」
苦痛を耐える表情の坂本に心配して声をかけると、彼は首を振った。
「……いや、なんちゃあない。早よお行くぜよ、連中に追いつかれる前ににゃあ」
「……うん、そうしよう」
坂本の声に頷き、その場を離れた。
その後、桜と坂本は共に夜の裏道を急いでいたが、寺田屋を出た辺りから坂本の足取りは重くなっていた。
(やっぱり……)
桜は足を止めかけたが、今は安全な場所へ行くのが優先。
「安全なとこへ行ったら…見せてもらいますからね」
そう言いながら坂本に肩を貸す。
「気付いちょったがか…」
「まあね。それより、どこに逃げる?」
桜の言葉に、坂本は少し考えてから前を見る。
「薩摩藩の伏見屋敷じゃ。あそこやったら、幕府も手がだせん……ろう……」
「ん、わかった」
桜は頷くと、足を踏み出した。
暫く歩き、とある材木小屋の前を通りかかった所でーー
「うっ……!」
坂本が苦しげにうめきながら、地面へと膝をつく。
「坂本さん!……応急処置しなきゃ」
桜の言葉に、坂本は苦しそうな表情の中笑った。
「……女の前で、みっともない姿をさらしとうなかったけんど、そろそろ潮時よ。これ以上は、歩けそうにないき……」
「………わかった」
桜は頷くと、近くの小屋を見る。
「とりあえず、あそこへ」
「いや、おまんだけでも「うるさい」
坂本の言葉を遮って小屋に入ると、苦笑する彼を壁に凭れさせる。
「傷、見ますね」
「いや、だから………なんちゃーない」
桜の剣幕に坂本が黙ると、手早く傷の確認をする。
(腹部に刀傷がある。煙幕で上手く逃げたつもりだったけど……役人が適当に振った刀に当たったのかも)
桜は渋い顔をすると、手早く医療道具を取り出す。
「おまん、今どっから……」
「内緒」
驚く坂本にそう言いながら、刀傷の周りの血を拭う。
(医療具と清潔さが足りていないここで縫うわけにはいかないし…ほんと、応急処置しかできないなぁ)
桜は色々考えながら応急処置を手早く行う。
その様子を、坂本は感心した様子で見ていた。
「流石の手際だな」
「ん、どうも」
桜は処置を終えると、ホッとして笑った。
「傷はそこまで深くないけど、暫くは安静にしてね」
そう言い坂本を見ると、何故か坂本は微笑んでいた。
「………何笑ってるの?」
「ん?別嬪に甲斐甲斐しく世話やってもろーて、役得だなって」
「……何馬鹿なこと言ってるんです?」
桜はそう言うと、立ち上がる。
「とりあえず、薩摩藩の伏見屋敷に僕が行ってきますね。中岡さんは居ます?」
「多分、おると思う」
「ん、わかりました。じゃあ、ここで待っててください。見つかる可能性は無いとは言い切れないけど……坂本さんは運がいいでしょ?」
そう言いながらニッと笑った桜が小屋から出ようとすると、グイッと腕を引かれた。
「!?」
桜が驚いていると、額に熱い何かが触れた。
(………でこチューは千鶴相手じゃないの?)
桜がプチパニックに陥っていると、額から坂本の唇が離れた。
「……西洋じゃ恋仲の男女が別れる時、こうするそうやき。ホンマやったら、唇にしたいところやけんど……、それは次の機会に取っちょくか」
笑う坂本に桜は頭を抱える。
「あのね、僕は西洋の人間じゃないから、こういうのはしません。それと、恋仲じゃないでしょうが」
「何だ、もっと怒られると思っちょったが」
「次の機会とやらの時に、また似たようなことしたら、問答無用で叩っ斬るかもね」
桜は笑うと、材木小屋の戸を閉めた。
「兎に角、大人しくしていてね」
「おう」
坂本の返事を聞くと、薩摩藩邸へ急いだ。
少し走り、薩摩藩邸へと着いた。
「すみません!中岡様はいらっしゃいますでしょうか」
藩邸の戸を叩きながら、中岡を呼ぶ。
「いたら顔を見せてください!早急にお伝えせねばならぬ事がございます!!」
何度か呼びかけていると、藩邸の戸が開いた。
中から出てきた中岡は、刀を持つ女に不審な視線を向けながら口を開いた。
「お前は誰だ?」
警戒して標準語で話す中岡に、正体を明かす。
「新選組の雪風桜です。今は訳あってこの様な格好をしています」
「雪風だと……⁉」
驚いた様子の中岡に頷くと、彼の表情は怪訝そうなものに変わる。
「新選組が、ここに一体何の用ぜよ」
「詳しい事情は目的の場所へ向かいながら話します。今は兎に角…僕に着いてきてください。怪我をした坂本さんを助けるために」
「何やと……⁉」
中岡は言葉の真意を確かめる為に目を細め、少しして頷いた。
「坂本は、どこにおるがな?案内せぇ!」
中岡の言葉に頷くと、坂本がいる材木小屋に走る。
少し走り、材木小屋に着いて声を掛けると戸が開いた。
「中岡……、来てくれたがか。今回ばかりは、さすがに死を覚悟したぜよ」
「何を言いゆう。まだ、おまんに死んでもらうわけにはいかんがよ」
軽口を交わし合った後、中岡はぶっきらぼうな仕草で桜へと視線を投げる。
「……俺は、そいつについてきただけやき。礼を言うなら、そいつに言いや」
「そうだ、恥を忍んでこんな格好をしている僕に、礼を言うといい。そして、僕を信じてくれた中岡さんにもね」
そう言うと、坂本は笑った。
「……桜、ありがとう。おまんのお陰で、もう少し生き延びられそうやき」
「ん、どういたしまして。とりあえず、応急処置はしたけど、藩邸に戻ったら傷の手当てをしてくださいね。傷口から毒が入ったりしたら、命に関わるし」
「心配は要らん。どんだけこいつが泣き喚こうが、無理んでも治療を受けされるき」
「お~、怖いにゃあ。やっぱり途中で死んだ方が良かったかもしれん……」
「さっすが中岡さん!頼りになります!それと坂本さん、次僕の前で冗談でも死んだらとか言ったら、ちょん切りますよ」
何をとは言わないけどね。
桜の言葉に、坂本は笑った。
「さて、そろそろ僕は行かないとね」
「……そうやな。俺らあと一緒におる所を見られたら、おまんの立場がまずうなるろう」
「まっ、その辺はこの格好のお陰で気付かれる事は無いだろうけど……念には念を、ってね」
桜は中岡の言葉に頷いた。
「……さあ、坂本、俺の肩につかまれ」
中岡は坂本に肩を貸しながら、優しい表情で桜を見る。
「坂本を助けてくれたことに、礼を言う。……ありがとう」
「どういたしまして」
「ほいたら、またにゃあ桜。今度逢引する時は、邪魔が入らん場所を選ぶことにしようぜよ。後、その可愛らしい格好で来いや」
「……坂本、いつから衆道に…」
「いや、中岡。そういうことがやない!」
慌てて否定する坂本に笑いながら、二人の背を見送った。
(……帰るか)
桜がひと段落して落ち着いたことにホッとしていると、後ろから声をかけられる。
「雪風君!こんなところにいたのか!」
「あ、山崎さん!それに、皆も!」
「大事ないようだな。……坂本の姿が見当たらぬようだが、かの者は一体どこに?」
声をかけて来た山崎以外に、今回の対応に回っていた面々が揃っていた。
「坂本さんなら、お仲間に預けて、無事薩摩藩邸に行ったよ」
斎藤の言葉に、そう伝えると藤堂が残念そうに口を開く。
「なんだよ。手柄、立て損なっちまったな」
「ま、最善の結末ってわけじゃねえが……とりあえず会津や勝さんの意向に反しちゃいねえ。上出来だ。よくやったな、桜」
「僕だけの力じゃないですよ。新八さん達の“迷”演技や、山崎さんの助力でなんとかなったし」
「なあ、桜ちゃん。何か別の意味合いが含まれてるように感じたんだが、気のせいか?」
「ん、気のせい気のせい」
疑う永倉を適当にあしらうと、土方を見る。
「帰りましょっか」
「ああ、そうだな」
桜の言葉に、土方は笑う。
「……姉様、もう脱がれるのですか?」
「まあ、こんな格好で帰れないしね」
千鶴の言葉にそう答えると、悲しげな表情をされ、ウッと胸が苦しくなる。
「その、えっと…ちょっとだけゆっくり帰ろっか」
「は、はい!」
若干土方さんが睨んでる気もしたけど、私は千鶴が第一だ。
千鶴の手を取りぎゅっと握ると、ゆっくりと歩き出した。
坂本の件から一月程経ち、春の花の香りが風に乗って運ばれてくるようになった頃。
桜が巡察を終えて屯所に帰ってくると、後ろから声をかけられた。
「おい、雪風」
「ん?あ、中岡さん。こんなところに、どうしたんです?」
「……声を出すな。他の奴らに見つかると、面倒なことになる」
そう言って声をかけてきた中岡は、少し眉を顰めた。
「んーじゃあ、少し向こうに移動しましょう」
周りを警戒しているのか、土佐弁じゃない中岡にそう言って、屯所から少し離れた木の下へ移動する。
「で、どうしたんてす?」
改めて問いかけると、中岡は紙を取り出す。
「坂本からの手紙だ。どうしてもおまえに届けてほしいということでな」
「ほう、僕にですか」
手紙を受け取り、中岡を見る。
「そういえば、彼は元気です?怪我の具合は?」
「元気が有り余っていて、大変らしい。詳しいことは、その手紙に書いてある筈だ……手紙ならば、飛脚にでも頼めと言ったんだがな。どうしてもおまえに直接渡してほしいと言って聞かないんだ。怪我人という立場を笠に着て……」
「坂本さんらしいな」
そう言って手紙を受け取る。
「それでは、俺は失礼させてもらう。確かに渡したからな」
「はい。確かに受け取りました。ありがとうございます。お気をつけてお帰りください」
そう言って手を振ると、可笑しそうに笑われた。何故。
中岡が去っていくのを見送った後、自室へと戻る。
隊服を脱いで一息つくと、手紙を開いた。
手紙の中には、“元気にしているか”、“あの晩は世話になった”、“薩摩で湯治をしながら傷療養をしているが、西洋じゃ結婚したばかりの男女が一緒に旅に出る習いがあり、桜を連れてこなかった事を物凄く後悔している”、“俺に会えなくて寂しいだろうけど、元気にしていろよ”などの坂本らしい内容となっていた。
(まあ……随分元気そうで)
坂本からの冗談は適当に流し、微笑む。
(一応、返事でも書こうかな)
そう決めると、すぐに机へと向かった。
とある月、桜は近藤と土方の許可を得て里へと戻って来ていた。(二人には実家の母の様子を見ると伝えている)
「母様ー!薫ー!」
里の入口で出迎いてくれた二人に手を振ると、その傍に見かけぬ少女が2人いる事に気付いた。
(あれは……)
桜は目の前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、八瀬の千姫様」
「あら、私の事知ってるのね」
「まあ、有名ですから。そちらはお付きの君菊様ですね」
「はじめまして。私に“様”など、付けなくても大丈夫ですよ」
にこりと笑い挨拶をすると、目の前の2人、千姫と君菊も笑った。
「あなたが、この里の頭領の雪風桜さん?」
「確かに、僕が雪風桜です。ですが、頭領というか…そのような立場になった覚えは個人的には無いんですよね…」
そう言いながらチラリと母親を見ると、彼女はニコニコと笑っていた。
「“僕”?」
「あ、いえ、私…」
母親の前で僕って言うと怒られるようになったの忘れてたーと思いながら、薫を見る。
「あの、いつから私は雪風の里の頭領になったのかな?」
「桜が江戸に戻ってすぐくらいじゃないかな?」
(おーまじか)
頭を抱えたいのを我慢し、息を吐く。
「とりあえず……ここで立ち話もなんですし、家に戻りませんか?」
そう言うと、面々は桜の家へと向かった。
→