坂本救出~三条大橋の制札

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「あー間に合わなかったか…」

「ったく、感動の再会の最中に土足で踏み込んでくるとは、無粋な奴らやにゃあ」

「黙れ!この日本の財を異国に売り飛ばそうと企む、開国派の狼藉者め!」

役人は、構えた刀の切っ先を無遠慮に坂本に向ける。

刀を抜こうとしたを手で制し、坂本は役人達を見る。

「……それの何が悪いがか、さっぱりわからん。異国と商売することで豊かになるがやったら、それでえいかいや」

「坂本さん、言い過ぎ」

挑発するような言葉を投げる坂本を睨むと、彼は面白そうに笑った。

そして、その次の瞬間、懐から洋銃を取り出して役人達に向け、口元を歪ませながら笑った。

「これが何ながかはわかるろう?……一歩でも近付いたら、撃つぜよ」

「ふん。これだけの近い間合いの中では、刀の方が早い」

「ほう、ほいたら試してみるかえ?」

「ちょっと…西洋の銃は日本の物より威力が高い。撃たれたら……生きていられる確率は低い。そんなもの、急に出さないでくれる?」

「ぬっ……」

坂本にそう言うと、話を聞いていた役人達は怯む。

そして、坂本はにだけ聞こえる声で囁いた。

「後ろの部屋から屋根伝いに外へ逃げるき。ゆっくり後ろに下がって、隣の部屋へ入りや」

「わかった。気をそらす道具があるから、僕がそれを使ったら……一緒に入ってね」

の言葉に、坂本は前を見ながら僅かに頷いた。

その時が来るのを逃さないよう、様子を見ながら坂本の後ろで巾着へと手を入れる。

(初お披露目、かな)

折角なら忍者姿の山崎さんに先に使ってみてもらいたかったけど、いいよね。

はソレを手にすると、隙を見て役人の方へと投げた。

「なっ、なんだこれは!」

ボフっと音がして部屋中が煙に包まれる。

が取り出したのは、煙幕玉と言われるものだった。

「坂本さん、こっちへ」

「なんや今の、部屋が煙じょきけになったやき!」

「いいから、早く!」

「おう」

役人達が躍起になって武器を振る声や音を聞きながら、隣の部屋に入って襖を閉める。

「で、どうする?」

チラリと坂本を見ると、笑っていた。

「こっちや!」

グイッと腕を引かれ、窓から建物の屋根の上へと移動させられる。

「え、まじでここ通るの」

「しょうがないろう、ここしかないがやき。文句は、さっきのあの連中に言うてや!」

「おのれ坂本、どこへ行った!?」

慎重に歩いていると、役人達の声が聞こえてくる。

「あっ、見ろ!屋根の上に人がいるぞ。あれはまさかーー」

「見つかったよ。どうする?」

坂本を見ると、グッと手を掴まれた。

「大丈夫やき。何があっても、おまんの事は守る。……俺を信じや」

「うん、まあ…信じてはいるけど」

揺るぎない坂本の声にそう答えると、坂本は笑った。

「仕方ない、行くか」

後ろから聞こえる役人の声を背に受けながら、足を進める。

雪風君、こっちだ!」

「あ、山崎さん!」

屋根の下から聞こえてきた声に視線を向けると、そこには山崎がいた。

は坂本に合図をすると、屋根から下りた。

「ここは、俺がなんとかする。坂本を連れて逃げろ。そちらの裏道からなら、人目につかずに逃げられる筈だ」

「ありがとう、山崎さん。ほんとイケメン」

「なっ!?こんな時に君は何を巫山戯ているんだ!」

ほんのり赤い顔で怒られても怖くないよ、山崎さん。

それにしても、イケメンの意味覚えてたんだ。

「あ、そういえば千鶴は?」

「ああ、かの…彼なら、永倉さん達と一緒に安全なところへいる」

山崎の言葉に安堵の息を吐くと、坂本を振り返る。

「坂本さん、行こう」

「っつ………」

「…坂本さん、大丈夫?」

苦痛を耐える表情の坂本に心配して声をかけると、彼は首を振った。

「……いや、なんちゃあない。早よお行くぜよ、連中に追いつかれる前ににゃあ」

「……うん、そうしよう」

坂本の声に頷き、その場を離れた。






その後、と坂本は共に夜の裏道を急いでいたが、寺田屋を出た辺りから坂本の足取りは重くなっていた。

(やっぱり……)

は足を止めかけたが、今は安全な場所へ行くのが優先。

「安全なとこへ行ったら…見せてもらいますからね」

そう言いながら坂本に肩を貸す。

「気付いちょったがか…」

「まあね。それより、どこに逃げる?」

の言葉に、坂本は少し考えてから前を見る。

「薩摩藩の伏見屋敷じゃ。あそこやったら、幕府も手がだせん……ろう……」

「ん、わかった」

は頷くと、足を踏み出した。






暫く歩き、とある材木小屋の前を通りかかった所でーー

「うっ……!」

坂本が苦しげにうめきながら、地面へと膝をつく。

「坂本さん!……応急処置しなきゃ」

の言葉に、坂本は苦しそうな表情の中笑った。

「……女の前で、みっともない姿をさらしとうなかったけんど、そろそろ潮時よ。これ以上は、歩けそうにないき……」

「………わかった」

は頷くと、近くの小屋を見る。

「とりあえず、あそこへ」

「いや、おまんだけでも「うるさい」

坂本の言葉を遮って小屋に入ると、苦笑する彼を壁に凭れさせる。

「傷、見ますね」

「いや、だから………なんちゃーない」

の剣幕に坂本が黙ると、手早く傷の確認をする。

(腹部に刀傷がある。煙幕で上手く逃げたつもりだったけど……役人が適当に振った刀に当たったのかも)

は渋い顔をすると、手早く医療道具を取り出す。

「おまん、今どっから……」

「内緒」

驚く坂本にそう言いながら、刀傷の周りの血を拭う。

(医療具と清潔さが足りていないここで縫うわけにはいかないし…ほんと、応急処置しかできないなぁ)

は色々考えながら応急処置を手早く行う。

その様子を、坂本は感心した様子で見ていた。

「流石の手際だな」

「ん、どうも」

は処置を終えると、ホッとして笑った。

「傷はそこまで深くないけど、暫くは安静にしてね」

そう言い坂本を見ると、何故か坂本は微笑んでいた。

「………何笑ってるの?」

「ん?別嬪に甲斐甲斐しく世話やってもろーて、役得だなって」

「……何馬鹿なこと言ってるんです?」

はそう言うと、立ち上がる。

「とりあえず、薩摩藩の伏見屋敷に僕が行ってきますね。中岡さんは居ます?」

「多分、おると思う」

「ん、わかりました。じゃあ、ここで待っててください。見つかる可能性は無いとは言い切れないけど……坂本さんは運がいいでしょ?」

そう言いながらニッと笑ったが小屋から出ようとすると、グイッと腕を引かれた。

「!?」

が驚いていると、額に熱い何かが触れた。

(………でこチューは千鶴相手じゃないの?)

がプチパニックに陥っていると、額から坂本の唇が離れた。

「……西洋じゃ恋仲の男女が別れる時、こうするそうやき。ホンマやったら、唇にしたいところやけんど……、それは次の機会に取っちょくか」

笑う坂本には頭を抱える。

「あのね、僕は西洋の人間じゃないから、こういうのはしません。それと、恋仲じゃないでしょうが」

「何だ、もっと怒られると思っちょったが」

「次の機会とやらの時に、また似たようなことしたら、問答無用で叩っ斬るかもね」

は笑うと、材木小屋の戸を閉めた。

「兎に角、大人しくしていてね」

「おう」

坂本の返事を聞くと、薩摩藩邸へ急いだ。







少し走り、薩摩藩邸へと着いた。

「すみません!中岡様はいらっしゃいますでしょうか」

藩邸の戸を叩きながら、中岡を呼ぶ。

「いたら顔を見せてください!早急にお伝えせねばならぬ事がございます!!」

何度か呼びかけていると、藩邸の戸が開いた。

中から出てきた中岡は、刀を持つ女に不審な視線を向けながら口を開いた。

「お前は誰だ?」

警戒して標準語で話す中岡に、正体を明かす。

「新選組の雪風です。今は訳あってこの様な格好をしています」

雪風だと……⁉」

驚いた様子の中岡に頷くと、彼の表情は怪訝そうなものに変わる。

「新選組が、ここに一体何の用ぜよ」

「詳しい事情は目的の場所へ向かいながら話します。今は兎に角…僕に着いてきてください。怪我をした坂本さんを助けるために」

「何やと……⁉」

中岡は言葉の真意を確かめる為に目を細め、少しして頷いた。

「坂本は、どこにおるがな?案内せぇ!」

中岡の言葉に頷くと、坂本がいる材木小屋に走る。

少し走り、材木小屋に着いて声を掛けると戸が開いた。

「中岡……、来てくれたがか。今回ばかりは、さすがに死を覚悟したぜよ」

「何を言いゆう。まだ、おまんに死んでもらうわけにはいかんがよ」

軽口を交わし合った後、中岡はぶっきらぼうな仕草でへと視線を投げる。

「……俺は、そいつについてきただけやき。礼を言うなら、そいつに言いや」

「そうだ、恥を忍んでこんな格好をしている僕に、礼を言うといい。そして、僕を信じてくれた中岡さんにもね」

そう言うと、坂本は笑った。

「……、ありがとう。おまんのお陰で、もう少し生き延びられそうやき」

「ん、どういたしまして。とりあえず、応急処置はしたけど、藩邸に戻ったら傷の手当てをしてくださいね。傷口から毒が入ったりしたら、命に関わるし」

「心配は要らん。どんだけこいつが泣き喚こうが、無理んでも治療を受けされるき」

「お~、怖いにゃあ。やっぱり途中で死んだ方が良かったかもしれん……」

「さっすが中岡さん!頼りになります!それと坂本さん、次僕の前で冗談でも死んだらとか言ったら、ちょん切りますよ」

何をとは言わないけどね。

の言葉に、坂本は笑った。

「さて、そろそろ僕は行かないとね」

「……そうやな。俺らあと一緒におる所を見られたら、おまんの立場がまずうなるろう」

「まっ、その辺はこの格好のお陰で気付かれる事は無いだろうけど……念には念を、ってね」

は中岡の言葉に頷いた。

「……さあ、坂本、俺の肩につかまれ」

中岡は坂本に肩を貸しながら、優しい表情でを見る。

「坂本を助けてくれたことに、礼を言う。……ありがとう」

「どういたしまして」

「ほいたら、またにゃあ。今度逢引する時は、邪魔が入らん場所を選ぶことにしようぜよ。後、その可愛らしい格好で来いや」

「……坂本、いつから衆道に…」

「いや、中岡。そういうことがやない!」

慌てて否定する坂本に笑いながら、二人の背を見送った。

(……帰るか)

がひと段落して落ち着いたことにホッとしていると、後ろから声をかけられる。

雪風君!こんなところにいたのか!」

「あ、山崎さん!それに、皆も!」

「大事ないようだな。……坂本の姿が見当たらぬようだが、かの者は一体どこに?」

声をかけて来た山崎以外に、今回の対応に回っていた面々が揃っていた。

「坂本さんなら、お仲間に預けて、無事薩摩藩邸に行ったよ」

斎藤の言葉に、そう伝えると藤堂が残念そうに口を開く。

「なんだよ。手柄、立て損なっちまったな」

「ま、最善の結末ってわけじゃねえが……とりあえず会津や勝さんの意向に反しちゃいねえ。上出来だ。よくやったな、

「僕だけの力じゃないですよ。新八さん達の“迷”演技や、山崎さんの助力でなんとかなったし」

「なあ、ちゃん。何か別の意味合いが含まれてるように感じたんだが、気のせいか?」

「ん、気のせい気のせい」

疑う永倉を適当にあしらうと、土方を見る。

「帰りましょっか」

「ああ、そうだな」

の言葉に、土方は笑う。

「……姉様、もう脱がれるのですか?」

「まあ、こんな格好で帰れないしね」

千鶴の言葉にそう答えると、悲しげな表情をされ、ウッと胸が苦しくなる。

「その、えっと…ちょっとだけゆっくり帰ろっか」

「は、はい!」

若干土方さんが睨んでる気もしたけど、私は千鶴が第一だ。

千鶴の手を取りぎゅっと握ると、ゆっくりと歩き出した。






坂本の件から一月程経ち、春の花の香りが風に乗って運ばれてくるようになった頃。

が巡察を終えて屯所に帰ってくると、後ろから声をかけられた。

「おい、雪風

「ん?あ、中岡さん。こんなところに、どうしたんです?」

「……声を出すな。他の奴らに見つかると、面倒なことになる」

そう言って声をかけてきた中岡は、少し眉を顰めた。

「んーじゃあ、少し向こうに移動しましょう」

周りを警戒しているのか、土佐弁じゃない中岡にそう言って、屯所から少し離れた木の下へ移動する。

「で、どうしたんてす?」

改めて問いかけると、中岡は紙を取り出す。

「坂本からの手紙だ。どうしてもおまえに届けてほしいということでな」

「ほう、僕にですか」

手紙を受け取り、中岡を見る。

「そういえば、彼は元気です?怪我の具合は?」

「元気が有り余っていて、大変らしい。詳しいことは、その手紙に書いてある筈だ……手紙ならば、飛脚にでも頼めと言ったんだがな。どうしてもおまえに直接渡してほしいと言って聞かないんだ。怪我人という立場を笠に着て……」

「坂本さんらしいな」

そう言って手紙を受け取る。

「それでは、俺は失礼させてもらう。確かに渡したからな」

「はい。確かに受け取りました。ありがとうございます。お気をつけてお帰りください」

そう言って手を振ると、可笑しそうに笑われた。何故。

中岡が去っていくのを見送った後、自室へと戻る。

隊服を脱いで一息つくと、手紙を開いた。

手紙の中には、“元気にしているか”、“あの晩は世話になった”、“薩摩で湯治をしながら傷療養をしているが、西洋じゃ結婚したばかりの男女が一緒に旅に出る習いがあり、を連れてこなかった事を物凄く後悔している”、“俺に会えなくて寂しいだろうけど、元気にしていろよ”などの坂本らしい内容となっていた。

(まあ……随分元気そうで)

坂本からの冗談は適当に流し、微笑む。

(一応、返事でも書こうかな)

そう決めると、すぐに机へと向かった。






とある月、は近藤と土方の許可を得て里へと戻って来ていた。(二人には実家の母の様子を見ると伝えている)

「母様ー!薫ー!」

里の入口で出迎いてくれた二人に手を振ると、その傍に見かけぬ少女が2人いる事に気付いた。

(あれは……)

は目の前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。

「はじめまして、八瀬の千姫様」

「あら、私の事知ってるのね」

「まあ、有名ですから。そちらはお付きの君菊様ですね」

「はじめまして。私に“様”など、付けなくても大丈夫ですよ」

にこりと笑い挨拶をすると、目の前の2人、千姫と君菊も笑った。

「あなたが、この里の頭領の雪風さん?」

「確かに、僕が雪風です。ですが、頭領というか…そのような立場になった覚えは個人的には無いんですよね…」

そう言いながらチラリと母親を見ると、彼女はニコニコと笑っていた。

「“僕”?」

「あ、いえ、私…」

母親の前で僕って言うと怒られるようになったの忘れてたーと思いながら、薫を見る。

「あの、いつから私は雪風の里の頭領になったのかな?」

が江戸に戻ってすぐくらいじゃないかな?」

(おーまじか)

頭を抱えたいのを我慢し、息を吐く。

「とりあえず……ここで立ち話もなんですし、家に戻りませんか?」

そう言うと、面々はの家へと向かった。






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