坂本救出~三条大橋の制札

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大きな事件も特に起きず、年が明け。

慶応二年 一月

一月も下旬に差し掛かり、朝晩の厳しい冷え込みがずいぶん緩み始めた頃。

が境内で掃除をしていると、巡察帰りの藤堂と永倉が現れた。

「よう。掃除か?」

「今終わったとこ」

「ご苦労なこった!いつもありがとよ」

「二人も、巡察ご苦労さん」

笑顔で言葉を交わしている時、不意に二人の表情が真剣なものに変わる。

「ところでさ、町でちょっとした噂を小耳に挟んでさ……」

「噂?」

が聞き返すと、二人は顔を見合わせ、気まずそうな表情に変わる。

やがて、永倉が慎重に口を開いた。

「……坂本龍馬が、京に現れたらしいんだ」

「坂本さんが?あー………それ、昨日僕も聞いたかも」

んーっと昨日の事を思い出す。

「船を使って、あちこちの藩と商売しているんだっけ?」

「ああ、それだけじゃなく、外国から武器を買い入れたりしてるらしいんだが…」

「薩摩や長州の奴らとも頻繁に連絡を取り合ってるって聞いたぜ」

そう言った後、藤堂と永倉は「きなくせえよな」と声を揃えて言った。

薩摩はともかく、現在朝敵とされている長州とやりとりしているのは、確かにきなくさいと言える。

(まあ、その辺の事は知ってたから、大して驚いたりしないけれど…)

それより、この流れって、私が千鶴の代わりに助けに行くんだよね……

が考えていると、藤堂が頬を掻く。

「おまえの知り合いだし、あんまり悪く言いたくねえけど……坂本って奴、あっちに付いたりこっちに付いたりして、本音が見えなくて信用できねえよな」

「いや、ある意味わかりやすいだろ。金儲けさせてくれる相手は誰でも味方、ってところじゃねえか」

坂本に対してあまりいい印象を持っていない人に、今何かを言っても説得力は無いのでとりあえず笑っておく。

その時、誰かの足音がした。

雪風君、ここにいたのか。ちょっと、一緒に来てくれるかい」

「あ、源さん。どうしました?」

「何でも、坂本の行方がわかったらしい」

「坂本さんの…わかりました」

あーやっぱり、声かかりますよねー

は井上に頷くと、共に広間へ向かった。

広間にはすでに、幹部や千鶴が揃っていた。

「急に呼び出してしまって、すまないな。そこに座ってくれ」

近藤に促され、千鶴の隣に座る。

「で、一体何の用事なんだ?坂本の行方がわかったとか言ってたが」

原田の質問に、土方の表情が険しくなる。

「ああ。何でも京に戻ってきてるらしい。……あいつ一人だけじゃなく、薩摩や長州の舵取りをしてる奴らと一緒にな」

「外様藩の中で一番力がある薩摩と、長州征伐を控えてぴりぴりしてる長州が怪しげな行動を見せてやがる、か……ろくでもねえことを企んでるのは、間違いなさそうだな」

「何にせよ、俺たちの縄張りで好き勝手な真似をさせるわけにゃいかねえだろ。さっさと、とっ捕まえようぜ」

原田の言葉に、近藤は困った表情を浮かべる。

その横に座っていた山南が、ゆっくりと口を開いた。

「それが、会津公は【坂本には手を出すな】と。ご意向を無視して、勝手な行動を取るわけにはいきませんよ」

「……俺たちがやらなくても、伏見奉行所や見廻り組の連中が既に動いてるしな」

山南や土方の言葉に、なんだそれと声が上がる。

「恐らく、坂本さんが山内さんや松平さん、勝さんの後ろ盾を得ているのを知らないんじゃ無いかな?」

「僕たちが坂本といざこざを起こしちゃったら、土佐と会津の間で、また面倒が起きるかもって事か…」

「ああ。会津も、それだけは避けてえと思ってる筈だ」

や沖田の言葉に、土方は頷く。

“また”というのは、二年前、明保野亭事件の事を指しているのだろう。

あの時、会津と土佐は一触即発の状況となっていて、両藩がそれぞれ藩士を切腹させて、ようやく事態が収まったのだ。

新選組としては、今回の件をあの事件の二の舞にしてはならないと、皆考えている。

「……ひとまず、奴らが坂本を捕まえる前に俺たちが奴を助け出して保護するってのが、新選組の方針だ。そうすりゃ、坂本に貸しも作れるし、会津公の面目も立つ。交換条件として、薩摩と長州が何を企んでやがるのかを坂本から聞き出せりゃ、言うことはねえ」

「……なるほど。そりゃ、悪くねえ解決策だな」

土方の言葉に、永倉は笑った。

「本当、悪知恵だけは働きますよね、土方さんって」

沖田はいつもの嫌味を言うが、土方は意に介さない様子でを見る。

、お前に動いてもらいてえ」

「僕でいいんですか?」

「ああ。奴は、俺たちが何を言ったところで信用しねえだろうが、おまえの言うことなら耳を貸すかもしれねえ」

「んーわかった。で?どうゆう算段ですか?」

の言葉に、近藤が口を開く。

「今から俺が、会津藩の公用方に事情を説明してこよう」

「とりあえず、今後どう動くかの割り振りを決めねえとな。屯所を空にするわけにゃいかねえしーー」

土方の言葉に、周りの面々の表情が引き締まる。

「僕は近藤さんに付いて行きますよ」

「おい総司、勝手に決めるんじゃねえ」

勝手に近藤に付いて行くと言った沖田に、土方が眉を顰める。

二人の言い合いを見て息を吐く。

「近藤さん、別邸借りれます?侵入用に着替えます」

「ああ、構わないよ。しかし、侵入用とは?」

「力無い女の方が……警戒は解けやすいじゃないですか?」

はニッと笑うと立ち上がる。

「千鶴、歳さん達の言い合いが終わったら、僕は近藤さんの別邸に行ったって伝えておいて」

「は、はい!」

はそう言うと、広間を出た。






「ったく、の奴、勝手に出て行きやがって…」

近藤の別邸に付いて、門前で文句を言う土方の後ろには、苦笑する千鶴の他に、斎藤、永倉、藤堂がいた。

「歳さん、遅いよ」

「………」

「に、兄様…?」

「うん、そうだよ」

名前を呼ばれて振り返った土方を含み、そこにいた面々はを見て固まった。

普段の男装をしている姿からは想像出来ない、淡い青の着物に身を包んだ、一人の女性…がそこにはいた。

「………歳さん、阿呆面になってるよ」

「………うるせえ」

「ほ、本当にちゃんか?」

「え、そうだよ?」

「おまっ、嘘ついてねえだろうな!」

「なんだ平助、喧嘩売ってんのか?」

「……………」

「一ちゃん、目をカッ開いて無言で見られたら怖いわ」

多種多様な反応に、は困ったように頬を掻く。

「千鶴なら兎も角、接触するのが僕って事だからさ。他の人に新選組幹部ってバレないように変装したんだけど。変?それとも変装になってない?」

「姉様、素敵です!とても、綺麗…」

頬を上気させながら褒めてくれる千鶴に、少し照れくさくなる。

「ありがとう、千鶴。千鶴も今度、女の子の格好して出かけようね」

は微笑むと、千鶴の頭を撫で、傍の壁に立て掛けていた白くて細長い棒状の物を抱えた。

「さて、伏見に急ごっか」

……それは?」

「愛刀を置いて行くわけにはいかないからね」

斎藤の言葉に答えると、土方を見る。

「…いくぞ!」

そう言った土方に頷き、伏見に向け皆動き出した。






程なくして、面々は伏見にある寺田屋に辿り着いた。

建物の影に身を潜めていた山崎が、土方達の姿を目にして、声をかけてくる。

「皆さん、お待ちしていました」

「おう。状況はどうなってるんだ?伏見奉行所や見廻組の奴らはもう来てるのか?」

「今のところはまだですが……、それも時間の問題かと」

淡々と話し始めた二人に、思わず藤堂は突っ込む。

「ちょ、山崎くん、この人見ても何も思わないわけ!?」

そう言って、を指差す。

おいこら、人に指を差すなと教えてもらわなかったのか。

雪風君がなにか…?」

「なんだ、山崎は一発でわかったのか?」

「まあ、山崎さんの潜入を手伝う時、僕、変装するから」

その言葉に、藤堂と永倉は恨めし気な視線を山崎に向けた。

その空気を切るように、土方は咳払いをする。

「斎藤、俺と一緒に来てくれ。奉行所や見廻組の奴らを待ち伏せて、少しでも到着を遅らせる」

「承知しました」

「新八、平助、、それから雪村。俺たちが時間を稼いでいる間に、何としてでもここから坂本を逃せ」

「おう、任しといてくれって!」

「……頼んだぞ。それじゃ、また後でな」

土方は笑みを浮かべると、斎藤を連れて去って行った。

「さて、そんじゃささっと済ませちまうか」

「だね。でも……物陰から誰かが見てるね」

は山崎を見る。

「恐らく、見廻組の手の者かと」

「何だって……!?」

目を凝らすと人影があるのが窺え、その目は寺田屋の様子を見ているのがわかる。

「どうする?正面突破、なんてことをすりゃ、後々面倒なことになるよな」

「いや、正面突破で行くよ」

の言葉に、面々は目を見開く。

「ちょ、何言ってんだよ!」

「僕がこの格好して来た意味、なくなるでしょ」

は頬を掻くと、真剣な表情を浮かべる。

「僕は正面から、女将さんに坂本さんに取り合ってもらえるか聞いてみる。今の格好はただの女だから、ある程度は怪しまれないと思うし。でも見廻組の気も逸らしたいから、そこは新八さんと平助に任せたい。で、山崎さんと千鶴は、僕が中に入れなかった時の為に裏から回って欲しい」

「大丈夫なのかよ」

「僕を信じろよ」

そう言って笑ったに、藤堂や永倉も笑って頷いた。

「それじゃ、一丁やりますか!」

「それでは、後のことはお願いします」

山崎のその言葉で面々は動き出す。

まずは藤堂と永倉が酔っ払いの演技をして、その場の注目を集める。

その隙に山崎と千鶴は裏手へ、は寺田屋の中へ入った。

「ごめんくださーい」

「はい?」

出てきた女の人に、はにっこりと笑う。

「坂本龍馬さんに、取り次いでもらえないでしょうか?が、会いに来たと言ってくださればわかるかと思うのですが……」

訝し気な表情を浮かべる女性に、は笑みを崩さず伝える。

「ちょっと……待っていてください」

女性は建物の二階へと上がって行った。

そして、少しするとーー

「お待たせしました」

女性はニコニコと笑顔を浮かべて戻ってきた。

「坂本さんなら二階にいますから、どうぞ」

「ありがとうございます」

礼を言うと、二階へと向かう。

(それより、なんで急にあんなに笑顔なんだ……)

不思議に思ったが、まあいいかと兎に角上を目指す。

二階に上がると、そこには人気は無かった。

(…部屋の場所教えてくれなかったなー)

何の意地悪だと思いながら、気配を探りつつ歩いていると、唯一人の気配を感じる明かりの漏れる部屋を見つけた。

中の様子を伺いながら襖を開けると、こちらに見慣れた背を向け、肘枕で寝転んでいる男が目に入る。

「坂本さん」

猫撫で声で名を呼びながら中に入り、襖を閉める。

名を呼ばれた男、坂本は振り返ると、目を見開いた。

「…………」

「…………」

「……坂本さん?」

再度の問いかけに坂本はハッとした後、ニッと笑った。

「女将が、って名前の女が会いに来たってゆうから、まさかとは思っちょったがけど……しょうまっことがか?」

「んんっ…そう、僕だよ。ところで女将さんがやたら笑顔だったんだけど、何でだろう」

咳払いをしてからいつものように話しかけると、坂本は嬉しそうに笑った。

「俺の好い人やゆうたんや。それにしても、ほがな格好までして、もしかして、逢引に来てくれたがか?大胆な女は嫌いやないけんど、俺の方にも心の準備いうががーー」

「好い人って…まあ、いいや。坂本さんは女たらしだからその辺は大丈夫でしょ。それより、わけは後で話すから、今すぐここから逃げるよ」

「はあ?何ぜ、逃げるち。一体誰から逃げるがで?」

困惑した様子の坂本をチラリと見て、持って来ていた包みから刀を取り出す。

「伏見奉行所と見廻組が、坂本さんを捕らえに来る」

そう告げると、坂本の顔に緊張の色が走った。

「なんやと?」

低い声で坂本がそう言った時ーー

「神妙にしろ、坂本!御用改めだ!」

武装した役人たちが、部屋に踏み込んで来た。






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