二条城~羅刹について
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慶応元年閏五月末ーー
「はい、次。さっさと並ぶ」
屯所の広間で、桜は隊士たちを次々に捌いていた。
「雪風君は、医学に精通しているだけあって手際がいいな」
「ありがとうございます、松本先生」
桜は隣にいる男性、松本良順にニコリと笑った。
将軍上洛の際、近藤と意気投合した医者・松本良順。
彼は千鶴がはじめに頼ろうとしていた相手。
新選組には桜がいる為、改めて健康診断を行う流れにはなりにくかったが、手が回っていないから是非にと近藤に伝えた結果、彼は快くこの屯所へ来てくれた。
(そして、今に至る)
桜は眼前に広がる上半身裸の男達にため息を吐きそうになった。
(本気で来てもらってよかったかも)
昔に比べたら隊士達も多くなり、定期的に診断は行なっているが簡易なものなので気にはなっていた。
改めて健康診断を行なった結果、微妙な結果の隊士が出て来ている。
(さて、千鶴はいつ来るかなー)
そう思いながら松本と手分けして診察をしていると、松本の方が騒がしくなった。
「はい、次の人」
「おっ!俺の番だな!いっちょ頼んます先生!」
その騒がしい人物に、息を吐く。
「ふんッ!どうすか⁉剣術一筋で、鍛えに鍛えたこの身体!」
「松本先生、その人は飛ばして大丈夫ですよ」
「ふむ、そのようだな。はい、次の人ー」
「ちょ、先生!もっとちゃんと見てくれよ!」
筋肉を松本に見せびらかす男、永倉に桜は溜息を吐いた。
「新八さん、後ろにまだ待ってる人いるからさ、早く終わろっか」
「は、はい…」
桜が黒いオーラを出しながらそう言うと、永倉はそそくさと移動する。
松本が次の隊士の診察を始めたので自分も次の隊士の診察を始める。
「ん、次は平助か」
「おう!頼むぜ」
話を聞いてペタペタと触診も行う。
(特に問題はないかな…感染症が起きそうな傷もないし)
「ん、平助終わり。問題なしかな」
「お、おう」
「?」
気持ち顔の赤い藤堂を不思議に見ていると、ポンっと頭を叩かれた。
「次、頼むぜ」
「はーい」
次の隊士の原田の診察を始める。
「んー左之さんも特に問題はないかなー健康でよろしい」
「そりゃよかったぜ」
ニッと笑う原田に微笑み返すと、松本が沖田の診察をしているのが目に入った。
「ふむ………君も、特に問題なさそうだね」
「どうも」
桜は松本の言葉に一瞬ポカンとした後、満面の笑みを浮かべた。
(よっしゃー!!!!)
とりあえず、総司の労咳は今のところ発症していない……!!これはかなりいい傾向だ!
桜がバレないようにニヤニヤしていると、山崎が近づいて来た。
「松本先生、軽い症状の者なら俺が代わりに診ます。そろそろ休憩してはどうですか?雪風君も」
「ふむ……では、そうさせてもらおうか」
「僕も、甘えようかな」
そう言って松本と共に広間を出ると、パタパタと千鶴が駆け寄って来た。
「ん……?」
松本はマジマジと千鶴を見ると、微笑んだ。
「……薬の補充も兼ねて休憩にしようか。君、ちょっと手伝ってくれるかね」
「あ……は、はい!」
こちらをチラチラと見る千鶴に微笑むと、自分も後で行くと告げて、先に松本と行くように促した。
(この後、千鶴は改めて薬の事聞くのか…)
んーっと先のことを考えながら伸びをする。
色々考えながら、桜が座りっぱなしで固まった筋肉をほぐしながら千鶴達の元へ向かっていると、松本、千鶴、近藤の他に土方、山南、伊庭がいた。
変若水についての話が行われており、松本や伊庭は渋い表情をしていた。
「皆さん、お揃いなんですね」
そんな面々に声をかけながら話に混ざる。
「桜、来たのか」
「はい。松本先生は綱道さんと親しい仲ですからね。色々と気にされてるかと思って」
そう言いながら松本を見る。
「……君も、勿論薬の事は知っているのだね?」
「はい。知っていますよ」
桜の言葉に、松本の表情は更に渋くなる。
「君も、幕命だから仕方ないと……研究を続けるつもりかね?」
松本の言葉に、桜へ皆の視線が集まる。
「……まず、あの薬に関してですが、僕の憶測を聞いてもらえますか?」
新選組の誰にも話していなかった憶測。
(まあ、後に語られるんだけど)
桜の言葉に、松本は頷いた。
「まず、あの薬に関して。山南さんがもう言ったかもですが…あの薬は西洋の鬼の生き血である可能性があります」
「貴方も同じ見解ですか」
山南の言葉に、一つ頷く。
「西洋の鬼と言われるものの中に、吸血鬼、バンパイアと呼ばれる鬼がいます。特徴は日光に弱い、吸血衝動がある、異常な治癒能力等が挙げられます」
桜の言葉に、面々は目を見開く。
「吸血鬼…その鬼の特徴は……」
「まさに、羅刹」
その言葉に、頷く。
「この変若水に関しては、恐らくその鬼の生き血であると、僕は考えています。綱道さんは“何の”までは掴めていなかったですが、生き血である事は掴んでいました」
「父様…」
胸元で手を握る千鶴をチラリと見、松本達に視線を戻す。
「今の変若水は薄められ、改良を加えられたものが利用されてますが、僕の考えとしては………この変若水はどれだけ改良しようと吸血衝動は抑えられません」
「なに…?」
「昼間動けるようになるかもしれませんが…この吸血鬼にとって、生きていく為の糧、僕達にとっての食事が血になるんです。僕達人間が食べるのをやめると餓死するのと同じで、吸血鬼が血を摂取しないのは餓死に繋がる。どれだけ改良を加えようと、根本が吸血鬼の血である限りは衝動は抑えられないんじゃないかと」
桜は、この世界のもう一つの話の事は隠しながら吸血鬼の話を伝えると、改めて周りを見る。
「以上の事から、僕はあの薬を良しとしていません。例え……幕命だとしてもね」
桜の言葉に、近藤は苦笑していた。
「君は随分と詳しいんだな」
「変若水の研究に関しては、僕もある程度関与させて頂いていたので、個人的に調べたりしていたのですよ」
松本の言葉に笑うと、すぐ表情を引き締める。
「だから、幕府の方には悪いですが、ノロノロとしか研究はしていませんよ。新選組の中に、薬を飲んだ隊士はあまりいません」
不本意で飲ませてしまった隊士はいるにはいるが、それも多くはない。
桜の言葉に、土方はため息を吐く。
「ったく……そこまで分かってるなら、その情報も寄越さねえか」
「最近バタバタしてて、ごめんね?歳さん」
桜が謝ると、その場は沈黙に包まれた。
「そういえば先生、健康診断の方はどうでしたかな」
そんな空気を変えるかのように、近藤が口を開いた。
松本はチラリとこちらを見て、苦笑した。
「ああ、それなんだがなあ………少し頭を抱えたよ」
「えっ?それは一体なぜ……」
松本の言葉に、近藤は眉尻を下げる。
「なぜも何も、雪風君のお陰で何とかなっているが、それでも怪我人や病人は少なくない」
「……えっ!?」
「なんと!」
千鶴と近藤は声を上げる。
「なんとじゃないぞ、近藤さん。あんたらは今まで雪風君の手伝いをしていなかったのかい?切り傷から渋り傷まで……この屯所は病の見本市になってしまうぞ」
「僕の力及ばずで……申し訳ない」
「いやいや、君はよくやっている方だと思うよ」
「………面目ない」
落ち込んだ様子の桜を松本がフォローすると、近藤が二人に向かって謝った。
「折角病室があるが、何しろ屯所が清潔ではない。掃除はしているがそこの二人位しか主立ってやっていないそうではないか。それでは駄目だ。こんな広い屯所を二人でやりきるなんて難しいだろう。今すぐにでも清潔にしてもらわんと話にならん」
「承知しました。すぐに取りかかります!」
近藤は松本の言葉に頷いた。
その後、近藤は隊士全員に大掃除に取り掛かるよう指示を下した。
「ったく、何なんだよ大掃除って。俺は掃除とか整理整頓が、この世で一番嫌いなのによ……」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで、さっさとそこの箪笥を持ち上げてくれって。散々自慢してた体力を披露する、いい機会じゃねえか」
「うわああああ!ネズミが出た!」
「落ち着け、大事はない。……どうやら、そこにある握り飯を餌にしていたようだな」
「本当だ!誰だよ、食い残しの握り飯をこんな所に隠してた奴!」
「……まったく、なぜ私がこのような雑務に駆り出さなければならんのだ。そもそも私は、軍略が専門だというのに……」
「いいじゃねえか。いつも自慢してる甲州流なんちゃらで、ぱぱっと終わらせてくれよ」
「黙れ!私の甲州流軍学は、このような下らぬ役目の為にあるものではない!」
「……原田も人が悪いな。こいつが盲信してる時代遅れの兵法なんて、このご時世、掃除の役にも立たないだろ」
「み……、三木君、言葉に気を付けたまえ。確かに洋学には劣るかもしれんが、甲州流軍学は決して時代遅れではなく……」
ワイワイガヤガヤと騒がしいながらも、屯所内の掃除は進んでいく。
千鶴が持ってきていた雑巾を手にして拭き掃除をしながら、桜は黒い笑みを浮かべていた。
「今度、食べ物を粗末にした奴は切腹覚悟で叩き斬ってやる……後、掃除を馬鹿にすると体調崩した時に埃だらけの部屋に放り込むから……」
その言葉に、幹部面々は冷や汗を流した後、更に気合いを入れて掃除を終わらせていくのだった。
翌日。
掃除の成果を確かめる為、松本が再び屯所を訪れた。
普段、二人でやっていて手の回らなかった箇所が綺麗になり、桜は上機嫌だった。
ありがたいことに、本格的に屯所の掃除が隊務の一環に取り入られる事にもなった。
(よかったよかった……さて)
桜は掃き掃除をしながら、周りを見渡す。
今日は、あの男が屯所に侵入してくるはずだ。
千鶴のもとにくるか…私のところへ来るか。
「……こんな所で、何をしている?」
(そうか、私のところですか)
桜は声がした方へ視線を向けた。
「誇り高き鬼の血を引いているおまえが、人間に関わり戦っているだけではなく、使い走りをさせられているとはな」
「よっ、風間。別に、使い走りとかじゃなく、好きでやってる事だから。清潔が一番、だろ?」
呆れたような、馬鹿にするような、そんな目をしている風間にそう返事をすると、鼻で笑われた。許さん。
「で?ワザワザ新選組の屯所に何しにきたんだ?」
「……ふん」
風間は鼻で笑った。
「今日は、戦いに来たわけではない。おまえが……綱道と連絡を取っていると話を聞いたから、確かめに来ただけだ」
「ほう…もう話行ったんだ。早いね」
桜は驚いた様子もなく、持っていた箒を片隅に置く。
「あの女鬼は………綱道の事を知っているのか?」
「知っているとは?」
「まがい物を作り出している事と………血の繋がりがない事だ」
「ああ……知ってるよ。両方とも」
変若水に関しては、侵入者の時に千鶴は知った。
血の繋がりに関しては……彼女がうっすら記憶があったので、ある程度大きくなった時に伝えていた。
それでもなお、千鶴は彼を父親と言い、探している。
「ふん…そうか」
風間は興味ない様子でそう言った後、目を細める。
「さて…改めて聞くが、本当に綱道と連絡を取っているのだな?」
「取ってるっていうか……僕がずっと手紙を送っていただけ。この前、はじめて返事が来たけど…」
桜の言葉に、風間は一歩近づく。
「綱道に、どのような手紙を送っていたのだ?」
そう聞きながらジリジリと風間が桜に近付いていると、第三者の声が聞こえた。
「敵地に単独で飛び入るか。俺たちもなめられたもんだぜ」
「あ、歳さん」
現れたのは、土方だった。
「昼間っから何しに来やがった?女を口説くには、まだ早い時間だぜ」
「こいつに近づくんじゃねえ!」
「兄様!大丈夫ですか!?」
「左之さん、平助、千鶴まで?」
土方の後ろからは、原田、藤堂、千鶴も現れた。
「千鶴が随分焦った様子で走って来たからな。何事かと思えばお前を助けてくれって言うからよ」
「桜、大丈夫か?怪我してねえか?」
「そっか……怪我はしてないよ。千鶴、ありがとう」
まだ肩で息をしている千鶴の頭を撫でると、風間がフッと笑った。
「そうして群れる様は、犬猫の如くーーだな」
「……ほざいてやがれ」
一触即発の闘気が、場を覆いかける。
けれど、それを壊したのは風間だった。
「遊んで欲しければ相手をしてやらぬでもないが……生憎今日は、用事を済ませに来ただけだ。それから…….これは忠告だ。ただの人間を、鬼に作り変えるのはやめておけ。桜の言う事を聞いてな」
風間が言う鬼とは、羅刹の事だろう。
「てめえには関係ねえ」
風間の言葉に、土方は睨みながらそう言った。
「おう。白昼堂々と女を襲うような、下衆の言い分なんざ聞く耳持たねえな」
「……この俺が情けをかけて忠告してやっているというのに、分をわきまえずにいきり立つか。弱い犬ほどよく吠える、とはよく言ったものだな」
「俺様の鬼は、よく話すんだね」
桜が茶々を入れると、風間が睨んで来た。あー怖い怖い。
「とりあえず、その事に関しては言い方が悪いけどちゃんと手綱はとってるつもり。近藤さんや、土方さんには幕命にある程度背けさせてしまってるから、申し訳ないけどね」
「……ふん」
風間は、桜の言葉に興味を失ったように土方達から視線を外し、千鶴を見た後、桜を見据えた。
「雪村千鶴、桜……綱道は、こちら側にいる。意味はわかるな?おまえの父は、幕府を見限ったということだ」
「え……?」
千鶴は風間の言葉に、驚いたように声を漏らした。
桜が風間を睨み付けると、風間は笑って背を向けて去って行った。
千鶴は、鬼であることや、父親のこと、突然明かされた事実を確かめたいのだろう。
彼女は、風間が去って行った方を見ていた。
「鬼って、一体何なんでしょう……?」
「……奴らが何者かはわからねえが、普通の人間じゃねえのは間違いねえな。今まで、それなりの数の相手と斬り合ってきたが……あれほどの強さを持った奴とは、会ったことがねえ。むしろ、鬼だって言われたほうがまだ納得できるぜ」
苦笑しながら言う土方に、原田と藤堂は眉を顰めていた。
「土方さんに鬼呼ばわりされるってことは、こりゃ、本物かもしれねえな」
「だよな。鬼副長が認めた鬼だもんな」
「うるせえ、黙ってろ。俺は、真面目に話してんだよ!」
三人の賑やかなやりとりに、千鶴は安堵したように笑みを浮かべるのだった。
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