伊藤参入~変若水
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(さてと)
桜は伸びをするとふらりと歩き出す。
一旦自室へ寄り、隊服を羽織ると門へと向かう。
「あれ?雪風、巡察?」
「うん。巡察」
桜は声を掛けてきた隊士にそう言って町へ繰り出した。
本来なら巡察は隊ごとに複数人で行うが、桜はどこの隊にも所属していなかった。
先陣をきって戦い、医者として働き、間者として潜入し、参謀の様に知恵を働かせる。
自由に動いてもらう為に、敢えて隊には所属させなかったのだ。
基本的には他の隊に付いて巡察を行うが、たまにこうして1人で行う時がある。
(さてさて、何もなければいいけど)
屯所で動きがあったからといって、町で何かあるわけじゃないけど…
色々と考えていると、前方から「あっ!」と大きな声が聞こえた。
「雪風さん!」
「へっ?あ、相馬君」
笑顔で駆け寄ってきたのは相馬だった。
「巡察ですか?」
「そ、巡察」
ニコリと答えながら、疑問が頭に浮かぶ。
(相馬君って…新選組にいい思いなかった気がしたんだけど…)
会話をしながら考えていると、そうかと合点がいった。
確か、左之さんが巡察してる時に会って、考えを改める様な感じのイベントがあった気もする…
それならそれでいいやと思いながら、相馬を見る。
「あ、そういえば相馬君、此処で何してんの?」
「え、いや、その…」
言葉を濁す相馬に、首を傾げる。
何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか。
相馬はキョロキョロと視線を動かした後、恥ずかしそうに口を開いた。
「町の様子を…見て回ってました」
「町の様子を?」
「はい。困ってる人がいないか、とか…俺が力になれなくても、貴方達に相談すれば解決出来る事があるかもしれないし」
相馬君、なんていい子なんだ。
桜は思わず撫でたくなる衝動を抑えて微笑んだ。
「助かるよ。僕達だけじゃ全ての問題を把握しきれるわけじゃないから、気にかけてくれるだけで本当に助かる」
頼りにしているよと伝えると、相馬は照れ臭そうに頬を掻いた。
「あ、そうだ。また気が向いたら屯所においで」
「屯所に…ですか?」
「うん。龍と鈴ちゃん、相馬君の話とか色々聞きたいし」
そう告げると、相馬は少し考えた後、笑顔を浮かべる。
「勿論です。またお伺いしますね」
「待ってるよ!」
桜はにっこりと笑った。
相馬と別れた後、いくつかの小さい問題を解決しながら巡察をしていると、今度は後ろから声を掛けられた。
「桜!」
「ん?」
くるりと振り返ると、そこには手を振る坂本がいた。
「坂本さん、こんにちは」
「おう。何をしちゅう?」
「ぼっち巡察」
「なんだそれ」
近づいてきた坂本にそう返事をすると、周りを見渡す。
「今日は1人なんですか?」
「おうよ」
ニッと笑った坂本に笑い返す。
「そういえば、僕に何かご用ですか?」
「ん?いや、なんも。敢えてゆうなら見かけたからだな」
「え」
一応こっちは新選組なんだからそんな気軽に来るなんて…まあ、いいけど。
そのまま坂本と話しながら歩いていると、天気が悪くなってきた。
「雨、降りそうですね」
「というか、降ってきたぞ」
ポツポツと、降ってきた雨はすぐに激しくなった。
「うわ、ちょ、坂本さん走って!」
「おう」
近くの軒下は同様に雨に降られた人達で埋まっている為、雨宿り出来そうな場所を探して走る。
「桜!あこの木の下に行くぞ!」
「はい!」
坂本が見つけた大きい木の下に駆け込むと、空を見上げる。
「通り雨みたいですね」
「確かに。ざんじに止みそうだな」
桜は水分を含んだ羽織を脱ぐと、軽く絞る。
その姿を、坂本はジッと見ていた。
「あーあ、雨に降られるなら屯所でジッとしておけばよかったな。坂本さんは大丈夫ですか?」
「…………」
「坂本さん?」
反応のない坂本を不思議に思い羽織から視線を外して顔を上げると、こちらを無言で見ていた。
「どうしたんですか?」
「おまん…」
「え?」
木に手をついて距離を近づけてきた坂本に、一歩下がる。
(なんだこれは…なぜ私は壁ドンなるものに合っている)
背中には木、目の前には坂本という今の状況に少しパニックになる。
「おまん、やっぱり女か」
「………え」
(やっぱり、とは)
いや、まあ女である事を疑っているような様子はたまにあったけど、何故このタイミングで。
そう思ったが、すぐにある事を思い出した。
以前、水をかぶった時に体の線が出ていると永倉に言われた、もしかしたら…
そう考えながらチラリと視線を下に向けて、あちゃーっと頭を抱えたくなった。
体の線が、確かに出ている。
(羽織を脱いだのは、失敗だったな…)
羽織を着ていたら誤魔化せそうだったが、もう今からは無理そうだ。
今回は運が悪い事に、胸潰しも雨のせいで上手く機能していない。
桜は少し息を吐くと、目の前の坂本を見た。
「確かに…僕は女ですよ」
「なんや、誤魔化さないがか?」
「今から誤魔化せる状況でもないでしょう」
桜が笑うと、坂本も確かにと笑った。
「さて、坂本さん。僕が女である事は、隊の中でも最高機密なんです。黙っててもらえません?」
「ほう、最高機密か」
「隊の中に女がいるなんて、風紀が乱れるからね。僕は、僕の目的の為にまだ彼処を離れるわけにはいかないんだ」
見下ろしてくる坂本をジッと見つめ返す。
そんな状況が少し続いた後、坂本は笑って離れた。
「別に、言いふらしたりしやーせん。おんしの困る事はしやーせんよ」
「………ありがとう。でも、なんでですか?」
「俺はおまんが気に入っちゅうからな」
ほう、なんだかわからないけど気に入られてるのか。
言いふらされないのはかなり助かる。
「おっ、雨も止んだみたいだな」
「本当だ。今日は帰りますね」
「おう。またな」
笑う坂本にお辞儀をすると、屯所へと向かい走り出した。
その後ろ姿を、坂本は楽しそうに見ていた。
屯所に戻り、手早く風呂を済ませて食事の用意をし、いつも通りに過ごしながら今日の事を考えていた。
(………やっぱり、バレた事言わなきゃダメだよね)
悩んでいても仕方ないか、と食事を終えた後の団欒の時間に口を開く。
「あのさ、近藤さん、歳さん、それに皆も聞いて欲しいんだけど」
「ん?どうしたんだ雪風君」
近藤は笑みを浮かべながら返事をする。
「あの、兄様。私は外した方がいいでしょうか」
「いや、いても大丈夫だよ」
不安げな千鶴に微笑み、改めて近藤達を見る。
「あのさ、坂本さんに女ってバレちゃった」
いつもより茶目っ気増し増しで伝えると、皆はぽかんとしていた。
その後すぐ、土方の地を這う様な声が広間に響く。
「てめえ…今なんて言いやがった」
「え?だから、坂本さんにバレた」
鬼の形相を浮かべた土方は、近づいて来ると頭目掛けて拳を振り下ろしてきた(勿論避けた)
「あれほど気をつけろと言っただろうが‼」
「いや、わざとじゃ無いんだよ?ほんとほんと、歳さん、僕のこと信じて?そんなワザとバラすわけないじゃん」
土方から逃げながら何度も謝りつつ、近藤の後ろに逃げ込む。
「ちゃ、ちゃんと黙ってくれるって言ってたし、僕の困る事はしないって言ってたし」
「口だけかも知れねえだろうが!」
「まあ、そうだけど、このことに関しては多分大丈夫だから。僕も定期的に坂本さん含め周りを警戒するし、今後はもっと気をつけるから、許してください。お願いします…」
「まあまあトシ。雪風君もこう言ってる事だし」
「近藤さん…!」
ああ、近藤さんが神に見える。
「ったく…余計な敵増やしやがって」
呆れた様子でそう言ったのは、原田だった。
「ま、何かあっても俺らがしっかりしてたら大丈夫だろ。なっ、新八、平助」
「おう!勿論だ」
「オレ達に任せておけ!」
三人の言葉に、皆は頷いた。
「…………暫く外に出るのは控えろ」
「歳さん…!勿論!」
許してくれた様子の土方にそう返事をし、援護してくれた皆にも礼を言った。
(左之さんの言う余計な敵ってのはよくわからなかったけど、そこまで大きなお咎めなくてよかった)
桜はホッと胸を撫で下ろした。
(いやー、まさか許してくれるとは思わなかったから、ラッキーだな)
笑みを浮かべながら部屋に戻り、周りに誰もいない事を確認すると、部屋の棚の奥から二通の手紙を取り出した。
一通は薫からのものだ。
内容としては、里の復興は順調との事だ。
(皆も元気そうでよかった…)
桜は笑みを浮かべて薫からの手紙を読み終わると、もう一通の手紙を手にした。
「……………」
無言で手紙を開くと、緊張した面持ちで内容を確認していく。
(まじか…)
え、いいの?本当にいいの?信じるよ?
何度も何度も手紙を読み返した後、笑みを浮かべた。
(信じて、いいなら…)
返事を書こう、そして………
(貴方に千鶴を預けて、里で過ごしてほしい)
人間に対する恨みが消えるわけでは無いとは思うけれど、どうか、千鶴の優しい父親として過ごしてほしい。
そう願いを込め、紙に筆を滑らせた。
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