伊藤参入~変若水
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元治二年 二月
伊藤さんが入隊してから、年が明けた。
まだ肌寒さも残るこの季節、ある日の朝食後に千鶴から受け取ったお茶を飲みながら、ちらりと土方達を見る。
(あー眉間のシワがすごい)
ポツリと、土方はこの屯所が狭くなったと呟いた。
それに皆は同意し、屯所の移転の話が出たのだが…
(原作通り、伊藤さんが西本願寺を提案して、それに山南さんや武田さんが反発して…)
ふぅ、とため息が出る。
長州浪士を匿っていた事のある西本願寺を抑える事で、長州浪士の隠れ蓑を1つ潰すことが出来ると言う伊藤さん。
武力で僧侶を抑えつけるのは如何なものかと、と言う山南さん。
(空気が…)
桜は思わず頭を抑えた。
山南さんは左腕を怪我していない、変若水を飲むこともない分、どう動くのか検討もつかない。
ピリピリとした空気が漂う中、耐えられないと桜は手を挙げた。
「近藤さん、とりあえず別室で話し合いしませんか?僕、此処の掃除したいんです」
突拍子な事を言い出した桜に、近藤は笑った。
「おお、それはすまないな。伊藤さん、この後お付き合いを願えますかな?山南君も、いいかね?」
ニコニコと笑う近藤に、2人は頷いた(約1名は渋々だったが)
すぐに武田も声をあげ、一緒に広間を後にした。
「さて…」
立ち上がると、ポンと頭を撫でられた。
上を見ると、三木が笑っていた。
「掃除すんなら、手伝うぞ」
「三木さん、気持ちは嬉しいけどこの後巡察でしょ?」
「あー忘れてた」
三木は頭を掻くと、面倒臭そうに広間を出ていった。
「……まったく。誰なのさ?あんな人たちを連れてきたのは」
不機嫌な声が聞こえ、視線を向けると顰めっ面をした沖田が目に入る。
「犯人は、まだ江戸にいるだろ。……平助の野郎、帰ってきたらとっちめてやる」
「伊藤さんは、尊攘派なんだろ?長州の奴らと同じ考えの奴が、よく新選組に入る気になったもんだな」
原田の言葉に、土方は口を開く。
「尊王攘夷だからって長州と同一視されるのは心外らしい。そもそも尊王とは……とか何とか、わけのわからねえことを抜かしてやがったんだよ。近藤さんも近藤さんで、あっさり丸め込まれやがって」
「まあまあ、近藤さんもお人好しだから」
桜はそう言って苦笑した。
「その伊藤さんが参謀で、弟が九番組組長か……。面倒くさいことになったぜ」
原田は呆れたように、そう言った。
「千鶴、あの人達の愚痴が止まらなさそうだから、別の部屋の掃除手伝ってくれる?」
「はい!」
まだ何かを言っている面々を見た後に千鶴に声をかけ、一緒に広間を出た。
(さて、と)
山南さんが今のところ変若水を飲む確率は低い筈。
正直言って、変若水の改良は進められてはいるものの、皆本心ではやりたくない為研究は殆ど進んでいない。
そんな変若水を飲む事を、山南さんはしない筈。
結果、千鶴が変若水の存在を知るというイベントが無くなるはず。
別に、千鶴が変若水の存在を知らなくても話は進んでいくから、大丈夫な筈。
ただ…何かしらの変化があったら?
山南さん以外の人が、変若水を…
そこまで考え、桜は首を振った。
(そもそも、実験自体していないに等しい。大丈夫だよね…)
桜は息を吐くと、自分の頬を叩いた。
(取り敢えず、暫くの間は警戒しておこう)
そう決めると、掃除に意識を向けた。
月が空に上り辺りが闇に包まれた夜、何だか嫌な予感がした桜は、刀を手に縁側へ座っていた。
(この嫌な感じはなんだろう…)
気持ちがザワザワする。
落ち着くためにもお茶でも沸かそうと思い、立ち上がると何処からか声が聞こえた。
「誰か…!」
「………千鶴?」
聞こえてきた声に、直ぐに駆け出す。
声は離れから聞こえた。
嫌な汗が流れる。
「千鶴……!」
離れに駆け込むと、恐怖に顔を歪める千鶴と、白髪の理性をなくした男がいた。
「兄様…!」
「千鶴、下がって。僕がいいと言うまで、目を閉じてなさい」
桜はスッと目を細めると、刀を抜いた。
千鶴が言われた通り後ろに下がり目を閉じたのを確認すると、目の前の男を見た。
「お前、隊士ではないな…盗人か」
「が…血を……血を寄越せえぇええ!」
刀を抜いて襲いかかってきた男の動きは、変若水を飲んだ者の動きだった。
「くっ…」
羅刹となった男が振った刀を受け止める。
次々と刀を振り下ろす男の刀を見極め、キィンと弾くとその隙を突いた。
「ーーごめん」
桜は悲しそうな表情を浮かべた後、一気に心臓を貫いた。
羅刹が膝をついたのを確認すると、刀を抜いて血を払う。
「なんの騒ぎだ!」
聞こえてきた声に振り向くと、そこには土方を筆頭に変若水の存在を知る幹部の人達がいた。
桜は力なく微笑むと、平助を見た。
「平助ごめん。一旦千鶴を外に出したげて」
「お、おう」
いまだ目を閉じている千鶴は、平助に触れられ一瞬ビクついていたが、会話を聞いていたので直ぐに力を抜いて彼について広間を出た。
「桜、何があった」
「………正直、わからない。ただ1つ言えるのは、羅刹を斬った」
感情のこもっていない声でそう伝えると、しゃがんで今は事切れた男を見る。
「顔を見る限り、新選組の隊士ではないみたい。近くに小瓶が落ちてるから、変若水を盗んで屯所を物色している時に千鶴が出くわしたのかもしれない。追い詰められた男は変若水を飲んだのかも…。ま、詳しいことは千鶴に聞かないとわからないけど」
桜は立ち上がると、振り返る。
「取り敢えず、ここの処理をして千鶴に話を聞きましょう」
「………そうだな。左之助、新八。すまねえが頼む」
土方が2人にそう言うと、2人は頷いた。
桜は外の空気を吸おうと広間を出たところで、腕を掴まれた。
「………山南さん?」
「………汚れてますよ」
そう言って山南は桜の頬を拭いた。
返り血が付いていたみたいだ。
「ありがとうございます」
「……すみません。私の管理不行き届きですね」
「そんなこと無いですよ。山南さんはいつも厳重に管理されてるじゃ無いですか」
桜はそう言って、にこりと笑った。
「兄様…!」
別室にいた千鶴に会いに行くと、彼女は目に涙を溜めて振り返った。
安心させるように頭を撫でると、共に来ていた土方が鋭い視線で千鶴を見る。
「雪村。何があったか教えろ」
「はい…」
千鶴は返事をすると、口を開く。
眠る支度をしていると、何処からか物音が聞こえて来た。
隊士の人かと思ったが、どこか怪しい…何かを物色しているような物音に聞こえ、心配して部屋を出て音の聞こえる方に向かうと、見知らぬ男がいた。
何をしているのかと問いかけると、男は突然襲いかかって来た。
何とか避けて男に再度問いかけると、新選組が持っている貴重な物を盗みに来たと、千鶴を始末する自信があるのか男は笑いながら言った。
男が手にしていた薬を見て、千鶴はその正体はわからないものの、新選組がひた隠しにしている薬だと感じ思わず声をあげると、男はこれは貴重な薬なのか?と言って飲んだという。
その後は…桜が見た通りだ。
「そっか…怖い思いさせてごめんな」
千鶴の頭を撫でると、土方を見る。
「歳さん、もう千鶴にお話しましょう。綱道さんの事も引っくるめて」
「俺も賛成だ。トシ、俺からも頼む」
近藤の言葉に、土方は眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。
綱道の名前が出たことに驚いている千鶴の頭を再び撫でると、もう一度土方を見た。
諦めた様子の土方は、厳しい面持ちで千鶴を見た。
「……先に言っておく。おまえは、新選組という組織に必要ねえ人間だ。もしおかしな真似をすれば、即座に殺す。……あくまで組織としてだ。それに、秘密を話すんだ…仕方ねえだろ。だから一々睨んでくんじゃねえ」
土方を睨む桜にそう言うと、再び口を開く。
「……さっき言ったこと、てめえの肝にしっかり銘じてから話を聞け」
土方の言葉に、千鶴は緊張した面持ちで口を開いた。
「私……、殺されるんですか?」
「そんな事、僕がさせないから。そんな顔しないの」
桜は千鶴に微笑んだ。
咳払いをした近藤から、千鶴へと変若水の話がされた。
話を聞くにつれて、千鶴の顔はどんどん青くなっていく。
「……父が」
呆然とした様子で呟いた千鶴の頭を撫でる。
「……千鶴、だいぶ顔色が悪い」
「だ、大丈夫…」
「無理すんな。こんな話を聞かされりゃ、気分も悪くなるよな」
原田も心配そうに千鶴を見た。
桜は少し微笑んだ後、土方を見た。
「とにかく周りを見て回りましょう。他にも怪しい輩がいないか確認は必要かと」
「……そうだな。各自邸内を見て回れ。それと雪村。おまえも、今夜は幹部のそばにいろ」
「……はい」
浮かない顔の目を見ると、微笑む。
「安全なところにいるんだよ。後、裏の南部邸には近づかないように。夜は…気が立っているからね」
「はい…」
力なく頷いた千鶴の頭を撫で、その場を離れた。
そして、長い夜が明けた。
新選組の幹部は既に広間に集まっていた。
「…皆、おはよう。よく休めたかい?」
「まあ、それなりに…かな」
あの後、邸内を見て回ったが怪しい人物はいなかった。
一先ず皆休み、こうして朝を迎えたのだ。
和やかに話をしていると、不意に襖が開いた。
現れたのはーーーー
「おはようございます、皆さん。ご機嫌いかがかしら?」
伊東さんだった。
「うげっ、伊東さん……」
「【うげ】とはご挨拶ですのね。皆さん、お顔の色がすぐれない様子ですけど」
「そりゃ、朝っぱらからあんたの顔を見たせいに決まってるだろうが」
「まあ、永倉君ったら。冗談がお上手ですこと」
永倉の言葉を軽く受け流した伊東は、居並ぶ隊士を見回してから言った。
「……皆さんの顔色がよろしくないのは、もしかして、昨晩の騒ぎと関わりがあるのかしら?」
「あ、いや、その、だな…」
しどろもどろに話し出した近藤さんは周りに助けを求めるように視線を巡らす。
永倉が原田に誤魔化せと伝えるが生憎彼等はこういう時大根役者だ。
沖田、斎藤と目配せした桜は口を開く。
「伊藤さんが御察しの通り、昨晩、屯所内にて事件が発生しました」
「まあ、事件ですって?」
桜の言葉に伊藤は目を丸くする。
「はい。ですが我々もまだ、全容を把握できてはいない状況です。今の時点での説明は、余計な誤解を招くばかりかと。ですので今夜にでも場を設け、詳しくお伝えさせて頂きたく存じます」
「……そういうことですの。事情はわかりましてよ。今夜のお呼ばれ、心待ちにしていますわ。では、ごめんあそばせ」
斎藤が続けて伝えると、伊藤は2人の説明をあっさり受け入れ、その場を後にした。
「……なんとか見逃してもらえたみたいだね」
「え?見逃して?」
頭にハテナを浮かべる千鶴に、土方は息を吐く。
「……伊藤さんは何だかんだで、頭が回る人だからな。幹部が勢ぞろいしている場に、山南さんだけいねえんだ、あの人絡みで何かあったってことぐらい、すぐ勘付くだろ」
「あ……」
「詳しくは、山南さんが管理しているもの絡みだね」
あえて何も聞かずに引いた伊藤の事を考えていると、襖が開いた。
「あ、山南さん」
疲れた様子の山南は部屋に入ってくると息を吐いて座った。
「…………で?どうだったんだ?」
「確認したところ、薬が1瓶と資料が荒らされていましたね。薬は無くなってしまいましたが…資料は雪風君が確保してくれましたので、無くなったものはなかったですよ」
「本当ですか?よかった…」
ホッとした様子の桜に、山南は笑った。
「今回は運良く伊藤さんたちを誤魔化せそうだが…薬を隠すにしろ、今回のような事が起こった時にバレないようにするにせよ、やっぱり此処は狭いな…」
「移転の話、冗談じゃ済まなくなってきましたね…」
苦虫を噛み潰したような表情の土方に、桜はそう言った。
「……近藤さんに話をしてくる。雪村、お前はあんまり寝てねえんだ、休んでろ」
「はい」
頷いた千鶴は頭を下げて部屋を出た。
「お前らも、それぞれ休むなり仕事に戻るなりしておけ」
その言葉に、集まっていた面々は解散した。
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