伊藤参入~変若水
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元治元年 十月
秋も次第に深まり、高くなった空に綺麗なうろこ雲が浮かぶようになった頃……。
昼食の膳を広間に運んでいると、藤堂や永倉が話をしているのが聞こえた。
話をしていたのは、今年の夏に明保野亭という料亭で起きた事件。
新選組の巡察中、明保野亭での捕り物を切っ掛けに土佐藩と会津藩が一触即発になった事件だ。
新選組と行動していた会津藩が、手違いで土佐藩士を傷つけた事が両藩の間で問題となり、一時は両藩が険悪になっていたのだ。
その時、巡察を行なっていたのは武田観柳斎。
ある意味問題児である彼にため息が出そうになる。
グッと飲み込み、話に巻き込まれないようにセコセコと膳を運ぶ事に専念した。
(なんかねーこの話、坂本龍馬のイベントに繋がる流れだよね…?)
あれは本来、千鶴のイベントであって、私が行うべきイベントじゃ無いんだ。
それなりに時間をかけて膳を運んだが、逃れることは出来なかった。
「桜」
「ん?」
呼ばれて振り返ると、広間にいた藤堂、永倉、原田、斎藤だけではなく、千鶴もこちらを見ていた。
「どしたの?」
「先日、綱道さんの情報を探りに行った時に桜が出会った男だが…土佐の脱藩浪人ではないかと今話していたのだ」
「うんうん、それで?」
「素性が知れないなんて怪しいからよー探りを入れたほうがいいんじゃねえのかなって」
藤堂の言葉に、我慢していたため息が漏れた。
「あーうん。察した。僕に探れと?」
「まあ、半分冗談だが半分本気だ」
永倉の言葉に苦笑して。
「………偶々出会ったら、聞いてみるよ」
「すまねえな」
申し訳なさそうにする原田に肩を竦めると、とりあえず食事をとる事にした。
「あっ」
「おお!桜!」
町の巡察中、偶々出会ったのは渦中の男の坂本龍馬だった。
「丁度いいところに!」
「ん?」
首を傾げる坂本の後ろに視線を向け、一緒に巡察をしていた斎藤を見た。
頷いた斎藤から視線を外し、坂本を見る。
「俺に何か用か?」
「いやー上の人達から、坂本さんの素性を探れって言われて。なんか情報くれません?」
率直な桜の言葉に、坂本は目を丸くした後笑った。
「急に何をゆうかと思えば、ほがなことか」
「教えてくれます?」
「おう。ええよ」
そう言って、坂本は自分の話をした。
今は神戸に開いている海軍操練所というところにいること、京にはその関係でよく来ていること、自分は幕府の味方だということ。
海軍操練所で、漁船のような小さな船ではなく、黒船と言われる蒸気船の操縦を学んでいると言った。
船の話をする坂本は目をキラキラさせており、少年のようだった。
思わず微笑ましくて、笑みが浮かぶ。
「何笑っちゅうだ?」
「んー別に?坂本さんのやることが、上手くいけばいいね」
そう言った桜の言葉に、坂本は目を丸くする。
「………おまえは新選組の人間なのに、本当に変わっちゅうな」
「そう?」
「おう。おまえが女やったら、惚れてただろうな」
「………変わってる人が好きなの?」
桜の言葉に坂本は笑うだけだった。
「おい才谷、何新選組と話ゆうがな?………知り合いかえ?」
聞こえて来た声に視線を動かすと、浪人風の男が油断のない視線を注ぎながら話しかけて来た。
「ああ、ちょっとした知り合いよ」
坂本はそう返答すると、桜を見た。
「こいつは中岡ゆうて……、まあ、俺の相棒みたいなモンよ」
「ちょっと待てぇ。俺は石川やろうが?にゃあ、才谷」
不機嫌そうに言った男に、坂本は苦笑する。
「いや、俺の正体ははじめからバレとったし、おまんだけ伏せちょっても意味ないがよ」
「はあ?」
中岡と呼ばれた男に、桜は苦笑する。
「ごめんなさい、僕が一方的にですが坂本さんの事は知ってました。彼が故意にバラしたわけじゃないので、怒らないであげてください」
桜の言葉に、中岡は顰めっ面をした。
「流石、新選組とゆうべきか」
「あー大丈夫ですよ?僕しか坂本さんの事知らなかったし。情報を探ってこいって言われるくらいなんで」
桜の言葉に、中岡は渋い顔をする。
「………知っちゅうと思うが、俺は中岡慎太郎だ」
「此方こそ、知ってると思いますが。僕は雪風桜だ」
桜はニコリと笑った。
「さて、そろそろ僕は行きますね。引き止めてすみません」
「いや、構わん。おまんはおもろいし、気に入ったぜよ。次に京に来るがはいつになるかわからんけんど…また会えるとえいにゃあ」
そう言った坂本と隣の中岡に手を振ると、その場を離れる。
少し先にいる隊に合流すると、斎藤に坂本の話をする。
「幕府の海軍、か…」
坂本達がいた方を鋭い眼差しで見る斎藤に苦笑する。
「一ちゃん、そんなに怖い顔してないで、巡察に戻ろう」
「ああ。その前に1つ聞きたいことがある」
「ん?」
斎藤の方を見ると、襟巻きに顔を隠していた。
「性別の方は…バレていないか?」
「うん。大丈夫だよ」
桜がそう言うと、斎藤は少しホッとしたようだった。
桜はよくわからないと首を傾げたが、歩き出した斎藤に続いて自分も歩き出した。
「ごめんあそばせ」
「はい?」
屯所前を掃除していると、後ろから声をかけられた。
くるりと振り返ると、そこには微笑む男性、不機嫌そうな男性とその他諸々がいた。
「新選組の屯所は此方でよろしくって?」
「はい。そうです」
「藤堂平助君にお誘い頂きまして参りました、伊藤甲子太郎といいますわ」
「あ、僕は雪風桜です。遠路遥々お越し頂きありがとうございます。直ぐに局長の元へご案内致します」
桜はニコリと笑うと、伊藤達を屯所内へ招き入れた。
今、藤堂は新選組の隊士を募るため江戸へと行っている。
近藤も江戸へ行っていたが、一足先に戻っていた。
(伊藤さん、来たかー。とりあえず…弟の方は千鶴にあまり近付かせたくないなぁ…)
桜は溜息を何とか飲み込み、広間にいる近藤の元へ伊藤達を案内した。
「近藤さん、入隊希望者の方々です。以前平助から聞いていた、伊藤甲子太郎さんが来てくださいました」
「おお!伊藤さん!態々お越し頂きありがとうございます!」
笑顔になる近藤に、伊藤も笑い返す。
自分の役目は終わったと、その場を後にした。
「おい」
「はい?」
掃除の続きで廊下を拭いていると、低い声が聞こえ振り返る。
(うお…弟…)
そこにいたのは伊藤の弟だった。
「えっと…その…」
「なんだ?」
「すみません、僕お名前聞いてなかったなと思いまして」
申し訳なさそうに伝えると、三木三郎と彼は名乗った。
「三木さんですね。どうされました?」
「厠はどこだ?」
そう聞かれ、場所を教えると彼は去って行った。
(クソォ…千鶴のお相手にはならないが、イケメンだな…悔しい)
謎の対抗心を桜が燃やしていると、再び後ろから声をかけられた。
「おい」
「はい…?」
振り返ると、厠から戻ってきたのか三木が立っていた。
「あの、僕に何かご用ですか…?」
ジーッとこちらを見てくる三木に、冷や汗が出る。
「お前、昔江戸にいたよな?」
「はい…いましたよ?」
桜の言葉に、三木は不機嫌そうな表情へ変わる。
(え、なに)
内心焦りながらも、ジッと相手を見る。
「お前、俺のこと覚えてねえのか?」
「……………あっ。もしかして…桜田門外の時の?」
頷いた三木に、桜はパッと笑顔になる。
「三木さん、貴方だったのですね!お久しぶりです!」
まだ新選組が出来る前、桜田門外の変という事件があった。
その頃は里の復興のため、江戸の自宅と里をよく行き来していた。
ある日の道中、傷付いた男を道から外れた茂みで見つけたのだ。
警戒する男を何とか説き伏せ、身を隠せそうな小屋に男を連れて行き、怪我が治るまで通って治療をしていた。
名前も事情も聞かずに治療をしてくれる桜に、はじめは警戒していた男も、最後にはなんとか警戒を解いてくれた。
怪我が治った後は、別れを告げてそれぞれの生活に戻っていたのだが……
(まさか、あの時の男が三木三郎だったなんて)
桜は動揺を悟られないように微笑む。
「お元気そうですね」
「おう。この通りだ」
笑う三木に、桜もホッとする。
彼は敵と認識している相手にはかなりキツイが、仲の良い相手にはそれなりに優しい。
「まさか、お前が新選組にいるなんてな…」
「僕も、まさか此処でお会いするなんて思わなかったです」
笑う桜の頭を、三木が撫でる。
彼は自分を弟か何かのように扱ってくるのだ。
「そういえば」
「あ?」
「此処には僕の弟もいるので、仲良くしてやってください。千鶴っていうんですけど、その…」
もごもごと口籠る桜を、三木は訝しげに見る。
「何だよ」
「えっと、僕も偶に女顔って言われますけど、僕以上の女顔で…本人もそれなりに気にしているので、あまりその辺りの事を突かないでやってください。後、あの子はお風呂を1人かもしくは僕とだけ一緒に入っているのですが、その辺りも突かないでやってください」
「理由は?」
「昔、男色の男に襲われました。僕が間に合わなければと考えると……」
顔を真っ青にさせる桜に、三木は困ったように眉を下げる。
「新選組の人は勿論信じてますし、あの子も大分落ち着いてますが、僕が不安なのと昔のことを思い出させたくないので、突かないで欲しいのです…」
「………弟想いなんだな」
「はい。大切な家族ですから」
桜が微笑むと、三木も笑った。
その後少し話をして、兄の元へ戻っていく彼を見送った後、息をソッと吐いた。
(後で千鶴達に設定を話しておかなきゃ)
とりあえず、先手を取って千鶴にちょっかいを出さないように釘を打てたと思う。
効果があるかないかは別にして。
それにしても、昔出会ったのが彼とは思ってなかった。
(普通にしてたらいい人なのになぁ)
桜は苦笑すると、掃除用具を片付けるために立ち上がった。
数日後、廊下を歩いていると伊藤と会った。
「あら?雪風君」
「おはようございます。伊藤さん」
ニコリと微笑む伊藤に頭を下げる。
「……今、少しよろしくって?」
「勿論、大丈夫ですよ」
桜の返答に伊藤は微笑む。
「昔、三郎がお世話になったみたいね。兄としてお礼を申し上げますわ。ありがとうね」
「そんな、お礼なんて。僕が勝手にしたことですから」
「あら、謙虚なのね」
伊藤が機嫌良さそうに笑う。
「三郎ったら、大体の人には態度が悪いからおやめなさいと言っているのだけど、あなたには随分と気を許しているみたいだわ」
「そうなのですか?」
「ええ。これからも三郎と仲良くしてあげてちょうだいね」
「勿論です!」
桜はにっこりと微笑んだ。
「………あなたが女性なら、三郎のお嫁に来ていただいたのに」
「ええっ!」
「ふふっ。冗談ですわよ」
伊藤はそう言った後、ごめんあそばせとその場を去って行った。
(…………嵐のような人だ)
悪い人ではないと思う。
個人的に、彼は嫌いなタイプでは決してない。
色々と問題はあるが、身内にはとても優しい人なのだ。
(………この先のこと考えたら、気が重いな)
いつか訪ずれる永遠の別れ。
流れを変えることは、きっと出来ない。
私は欲張りだから、この新選組のメイン幹部以外の幹部や隊士も助けたい。
だけれど、私は神じゃない、限界がある。
桜は唇をキュッと噛んだ後にクルリと振り返ると、廊下の角からこちらを見ていた人物と目があった。
「おはようございます。三木さん」
「おう」
ばつが悪そうに近づいて来た三木に微笑む。
「その……兄貴が変なこと言って悪いな」
「変な事?」
「その、女ならとか。嫁に…とか」
視線を外しながら言う三木に、桜は笑う。
彼は桜の話を信じており、千鶴に対しても当たりはキツくなく、そこまでギスギスはしていない。
だから千鶴や自分に女みたいと言葉がかけられると、彼は不機嫌になって怒りを露わにしてくれる。
だから、兄である伊藤の言葉を悪く思っているのだろう。
「大丈夫ですよ。気になさらないでください」
「……おう」
笑う桜につられ、三木も笑みを浮かべた。
「三木さんは…」
「なんだ?」
「僕が女だったら、嫁に貰ってくれます?」
桜はふざけながらそう言った。
沈黙が二人を包み込み、返事がないことを不思議に思い三木を見ると、頭をわしわしと撫でられた。
「わわっ」
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」
稽古行くぞーっと言い歩き出した三木を追いかけ、桜も歩き出した。
(女なら嫁に…か)
三木は少し考えた後、頭を振った。
その後は稽古等に勤しみ、1日は過ぎ去っていった。
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