伊藤参入~変若水
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「んー…これで大丈夫かな?」
勝手場から聞こえてきた声に、斎藤は立ち止まる。
この時間、勝手場に人が居ることは無い。
斎藤が勝手場を覗くと、そこに居たのは桜だった。
「桜…?」
「あれ?一ちゃん。どしたの?」
「いや、声が聞こえたのでな」
桜に近づくと、水の張られた桶の中に白いものが二つ。
「それは…豆腐か?」
「うん、豆腐」
「なら、今日は豆腐料理があるのだな」
どこか嬉しそうな斎藤に、桜は眉尻を下げる。
「いや。そうじゃないんだ」
「どういうことだ?」
斎藤が頭を傾げると、桜は苦笑した。
「これさ、僕が初めて作ってみたんだ…」
「桜が?」
「うん。まあ、なんていうか…味に自信がなくて」
桜の言葉に、斎藤はジーッと豆腐を見つめた。
「ならば、俺が味を確かめてやろう」
「え?一ちゃんが?やだ」
「な、何故!」
嫌だと言った桜を、斎藤は驚いた顔で見つめる。
「だって、豆腐好きの一ちゃんに不味いって言われたら、立ち直れないよー」
「………そのようなこと、ない」
「え?」
「桜が作るものは、全て俺の口に合う」
そう言って微笑んだ斎藤に、気恥ずかしくなる。
(さらっとこんな事いうなんて、この子も天然タラシか…)
桜はため息を吐くと、桶に入った豆腐を一つ取り出した。
「冷やしておいたから、冷奴として食べて」
「ああ」
皿に豆腐を移すと、斎藤にわたす。
箸を手にした斎藤は豆腐を一口サイズに切り分けると、口に含んだ。
「…………」
「…………」
無言で食す斎藤をジッと見つめていると、目が合って彼は微笑んだ。
「悪くない」
「え?ほんと?」
予想外の答えに目が丸くなる。
(結構上手く出来たってこと…?)
ならば嬉しい限りだ。
「俺は料理の事に関して口出しできる腕前ではないが、初めて作ったとは思えない」
「うわ…ありがとう」
桜が微笑むと、斎藤は慌てたように豆腐をもう一口食べた。
「一ちゃん?」
「この豆腐は…俺が全て食べても問題ないか?」
「勿論!」
桜が嬉しそうに笑うと、斎藤もつられて笑った。
「山南さーん、居ますかー?定期検診ですよー」
「居ますよ。どうぞ」
部屋の中から返事が聞こえたのを確認し、襖を開く。
「こんにちは、山南さん」
「こんにちは」
部屋の中に入ると、山南の前に座る。
「もう大丈夫だと思いますけど、腕の具合はどうです?最近の戦いで傷開いてません?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ちょっと失礼しますねー」
桜は山南の左半身の着物を脱がすと、傷の痕をジッと見つめる。
「…………………うん、大丈夫そうですね」
傷痕はまだ残っているが、開いた様子は無い。
普段の隊務も問題なくこなしているし、傷跡残ってたから心配してたけど、完治していると判断した私に間違いはなかった!
桜が満足そうに笑うと、山南も笑う。
「大丈夫と言ったでしょう?」
「山南さん、さらっと嘘つくからこの目で見ておかないと!ですよ。山南さんも意外と無茶しますからー」
「心配してくださっているのですか?」
「そんなの、勿論ですよ!」
山南の言葉に桜は目を見開く。
「僕は、新選組の皆さんが大切です。勿論、山南さんも。山南さんは、たまーに自虐的なことを言うの、ダメですよ」
桜はそう言うと、山南に着物を着せる。
「新選組の皆さん…ですか」
「はい。皆さんです」
にっこり笑う桜に山南も笑う。
「あなたは、優しいのですね」
「僕が?んー何も優しくないですよ?」
目的があるから、尽くしてるだけ。
私は自分のエゴのために動いているのだから。
「山南さんこそ、とっても優しいじゃないですか」
「………私がですか?」
「はい」
「……あなたは変わってますね」
苦笑する山南に微笑む。
(私、知ってますよ?)
変若水の研究をやめて欲しいと言った私の願いを聞いて、幕府には適当な結果を話していること。
研究を進めていないことが幕府にバレたらどうなるかもわからないのに。
他にも、私が悩んでいればそっと手を差し伸べ、なんだかんだ言いながらも私が大切にしている千鶴の事を気にかけてくれている。
「山南さんは、優しいです」
再びそう言うと、頭を撫でられた。
(んー幾つになっても頭を撫でられるのは良いものだ~)
桜が目を細める様子を見て、山南は微笑んだ。
「ふぅ…」
縁側で干し終わった洗濯物を眺めていると、近くの草むらが動いた。
ジーッと見ていると、そこから出てきたのは猫だった。
「………君、春に来た子だね」
ニャーと返事をした猫に微笑み、そっと手を伸ばす。
大人しく抱き上げられる猫を膝に乗せると、ソッと頭を撫でた。
「また此処に来てしまったのかい?またおっかない男達に追いかけられるよ?」
「ニャー」
わかっているのか分かってないのか、呑気に鳴く猫に苦笑する。
「とりあえず、屯所の外にでも逃がそうか」
そう思って抱き上げると、何かを察知したのかガシッと着物に爪を立てて来た。
(どうしたものか…)
無理に引き剥がせば着物が破けてしまう。それは嫌だな。
「………一旦部屋に戻ろうか」
桜はそう言うと立ち上がり、自室へと戻ることにした。
部屋に戻ると、猫は当たり前のように再び膝の上に乗って来た。
「おい、お前。また寝るのか?」
声をかけた時にはもう眠りに入った猫に苦笑する。
(身動き出来ない…)
弱ったな…と溜息を吐くと、廊下を誰かが歩く音がした。
「桜、いる?」
「うん、いるよ」
聞こえて来た声に返事をすると、襖が開き沖田が入って来た。
「あのさ、さっき猫の鳴き……声が…」
桜の膝の上をジッと見る沖田に苦笑する。
「また迷い込んで来たみたい」
「そうなんだ」
沖田は襖を閉めると、桜の前に座る。
「早く逃がさないと、土方さんに怒られるよ?」
「うん、分かってるんだけどさーさっき着物に爪を立てられて、無理やり引き剥がせなかったんだよねー」
「ふーん。でも、今ならいけるんじゃない?」
「……………無理かも」
沖田の言葉に反応して起きた猫は、再び桜の着物に爪を立てていた。
「良いじゃん、引き剥がしたら」
「ちょ、総司!やめんか!」
ペシっと総司の頭を軽く叩くと、黒い笑みを向けられた、負けないぞ!
「痛いなあ…」
「全く。それぐらい痛くないでしょ?てか、無理やり引き剥がして、着物だけだったら良いけど、猫の爪が肌に当たって引っかき傷できたら痛いでしょうが」
「まあ、痛いけど…軽い傷なんてすぐ治るでしょ?」
そう言った沖田に、溜息を吐く。
「あのね、猫が小動物だからって甘く見ちゃダメだよ?猫だけじゃないけど、野生の動物って菌を持ってることが多いから、感染症になったら大変だよ?」
「……そうだね。それは困るや」
沖田は苦笑すると、その場に寝転んだ。
「ねえ、そこどいてよ」
猫に話しかける沖田に、桜は思わず笑みが浮かぶ。
「何笑ってるの?斬られたいの?」
「こんな事ですぐに斬るとか言わないの」
「はいはい。で?なんで笑ってるの?」
「総司が猫に話しかけてるから。てか、なんでどけようとするの?」
折角寝てるんだし、良いじゃん。
そう思って総司をジッと見つめると、なんだか妖しい笑みを向けられた。なんだなんだ。
「聞きたい?」
「いや、どっちでも…」
「なにそれ」
クスッと笑うと沖田は猫の隙をついてソッと抱き上げ、桜の膝に自分の頭を乗せ、猫は仰向けになった自身の腹部へ乗せた。
「………なにしてんの」
「ん?寝転んでるの」
総司の言葉に溜息を思わず吐いた私は悪くない。
「いや、まあ…寝転んでるのは分かるけど」
「……………そうだね。あえて言うなら…君の膝を一人占めしたい、かな」
(ほう、またよくわからないことを…)
幼馴染的な存在に対する独占欲か?
(総司はまだ子供じみたところあるからなあ…)
「ねえ、何か馬鹿にしてるでしょ?」
「そんな事ないよ」
桜は笑うと、沖田の頭をソッと撫でた。
「今だけ、僕の膝貸してやるよ」
「どうも」
笑う二人を見て、猫は一つ鳴いた。
(んー眠い)
夜の巡察が終わり、屯所に帰ってきた。
眠気がかなりあるが、夏なので汗も流したい。
(お風呂…入ろう)
他の巡察をしていた隊士たちがお風呂を出たら自分も入ろう。
そう決めて一旦自室に戻る。
着替えを用意して適当に時間を潰してから風呂場へ向かうと、そこはもうもぬけの殻だった。
(んー何時もなら千鶴がいるから寂しくないのに、偶に一人で入ったら寂しいなー)
そんなことを考えながら手早く入浴を済ませると、寝巻きにしている着物へと着替える。
髪は部屋に戻ってから乾かそうと思い、巾着から取り出していたタオルを肩に掛ける(ちなみに千鶴にもタオルを渡している。手拭いとかより吸収率いいでしょ?)
ペタペタと部屋を目指していると、角から見知った顔が見えた。
「あれ?歳さん?」
「ああ?………桜か」
眠そうな土方は桜を見て、目を細めた。
「おまえ…何してやがる」
「巡察終わったから、お風呂に入ってました」
「そうか」
土方は返事をすると、フと桜の髪を見た。
「早く乾かさねえと、風邪ひくぞ」
「歳さんが乾かしてくれる?」
桜が冗談でそう言うと、土方はニヤッと笑った。
「ほう。鬼副長に髪を乾かさせるのか」
「やだなー冗談に決まってるじゃないですかー」
あははーと笑って隣を通り過ぎて部屋に戻ろうとすると、腕をガシッと掴まれた。
「仕方ねえな。乾かしてやるよ」
「え?」
歩き出した土方に腕を引かれて自室に戻ると、ポンっと座らされる。
「えっと、歳さん?」
「あ?なんだ?」
「僕、冗談で言ったんだけど」
タオルを使って髪を乾かし始めた土方に声をかける。
「おう。分かってる」
「じゃあ…」
「…………偶にはいいだろうが」
(ほう。何がいいのだろうか?)
よくわからないが、どことなく歳さんが楽しそうだ。
(妹でも相手にしている気分なのかな?)
ならば、好きにしてもらって構わない。
髪を乾かす手付きもなんだか気持ちいし。
「おまえ…随分と髪が伸びたな」
「んーまあ、そうだねー。歳さん達と会ってから、多分切ってないから。そういう歳さんも随分と伸びたね」
上を向いて、今は下ろされている土方の髪に手を伸ばす。
男の人なのにサラサラなの羨ましい。
「くすぐってえだろ」
「えー少しぐらいいいじゃんー」
「あんまり戯れてると…」
「戯れてると?」
土方は何かを言いかけてやめた。
「いや、なんでもねえ。それより前向いてろ。拭き辛えだろ」
「はーい」
ワシャワシャと髪を拭いてくれる手付きが、先ほども思ったが気持ちい。
(ああ、ダメだ……眠い)
「よし。終わったぜ」
「………」
「桜?」
返事の無い桜を覗き込むと、眠っていた。
「ったく…しょうがねえ奴だな」
土方は苦笑すると、布団を用意してやり、桜を寝かせる。
「あんまり警戒心がねえのも、考えものだな…」
土方は桜の頭を撫で、一つ溜息を吐いた。
「山崎さーん。いらっしゃいますかー?」
「ああ。居るぞ」
「失礼しまーす」
襖を開けて山崎の部屋に入る。
「今月の検診結果出揃ったんで、共有しますねー」
「すまない、頼む」
私と一緒に隊士達の健康を気遣ってくれて居る山崎さんと検診結果の共有を行うのは、毎月の事。
今回の結果は…中々に微妙だ。
「先月に比べたら病人も減って、怪我人も少なくなりました」
「ふむ…しかし、暑さに参っている隊士もいるみたいだな…」
「うん、そうなんですよー。熱中症はなんとか発症してないけど、水分不足が気になるところですね…」
「こまめに水分を補給してもらってはいるが、それでも厳しいものだな」
2人は難しい顔をしながら隊士達の健康に関して話を進める。
あーでもない、こーでもないと話している山崎をチラリと見た時、思わず見つめてしまった。
(………睫毛、なっがい)
なんだこのイケメン、辛い。
いやまあ、千鶴という(個人的に)史上最強のヒロインのお相手ばかりの世界なのだから、皆イケメンなのは分かっているが、改めて見れば見るほどイケメンばかりだ。
「………どうせなら私もイケメンにしてほしかったな…」
「……どうした?いけめんとはなんだ?」
「…………今、僕、口に出してました?」
コクリと頷く山崎に、あちゃーっと頭を抱える。
「気にしないでください」
「………」
「無理ですよねぇー」
桜は誤魔化そうとしたが無理だった。
「イケメンっていうのは、格好良い人の事ですよ」
「なっ…⁉」
頬を赤くして口をパクパクさせる山崎に首を傾げる。
「どうしました?山崎さん」
「き、君は…すぐにそういう事を言うものじゃない。勘違いをする輩が出るぞ」
「んー…いないと思うけど…あーわかりました!やめますからー」
睨んでくる山崎にそう返事する。
「でも、山崎さん勘違いしてますよ」
「勘違いだと?」
「はい。僕は、本当に格好いいと思った人にしか言いませんから」
にっこり笑った桜に山崎は固まった。
「久しいな、我が妻よ」
「…………風間、僕は男色と思われたくないから、名前で呼んでもらっていい?」
「…………」
ムッとした表情になる風間を、とりあえず座らせる。
なぜこの男は、毎回私が茶店で一休みしているときに現れるのだろうか、別にいいけど。
「風間、あんたさ…風間家の頭首様なんでしょ?」
「ふん!何を今更…」
「ならさ、毎回僕が男装しているときに我が妻とか言うのは本当にやめたほうがいいよ。頭首様の気が触れたと思われるよ。それに僕は妻じゃないし」
言いたい事をとりあえず伝える。
「……考えておこう」
(え?考えるの?やめないの?)
出そうになる溜息を飲み込むと、風間をジッと見る。
「風間さ、僕は貴方と祝言をあげる気も無いし、他の人探したら?女鬼ってだけならばもっと血筋のいい女性、沢山いるでしょ?」
正直、雪風の鬼がどこまで血筋の強い鬼かは知らないが、風間の相手に相応しい人ならもっと他にも沢山いるはずだ、僕じゃなくても。
千鶴のいる雪村家は東の鬼の中でとても強い力を持つ一族だから、狙われるのはなんとなくわかるけど…
「貴様は何も分かっていないのだな」
「え?」
「雪風の鬼の力は、東では一番の力を持つ」
「…………は?」
「東で滅んだ一族も含め、数々の鬼の一族がいるが、貴様の所が一番だ」
ほう、中々に面倒ではないか。
(僕の所が一番だなんて…聞いてないよ)
桜は溜息を吐くと、お茶を飲む。
「とりあえずさ、僕は祝言をあげる気は無いの」
「貴様にその気は無くても、我が妻になる運命は変わらん」
「変わるよ?例えば…祝言なんてあげたく無いって僕が死んだらどうする?」
その言葉に、風間の表情が歪む。
「何故そうまでして拒む」
「僕、もう年増だし……ってのもあるけど、どうせするなら、好きな人と結ばれたいでしょ?」
にっこり微笑むと、風間が鼻で笑った、何故。
「何も問題ないでは無いか」
「………どこが?」
「俺は、貴様なら歳など気にしない。それに、貴様も俺を好きになれば問題ないだろう?」
(………貴様も?)
なんか、今ドキッとする一言を聞いたような気がする。
風間は気づいていないようだ。
「どうした」
「風間さ、貴様“も”って言ったけどさ、それって風間は僕の事を好きみたいに聞こえるよ?」
「……………」
黙り込む風間をジッと見つめる。
「帰る」
「ん?そう?気をつけてねー」
ニコリと笑ってそう告げると、風間は一瞬目を見開いた後、ニヤリと笑った。
「また会いにくる」
「あー…そっか」
来なくても良いと告げる間も無く、風間は去って行った。
複雑そうな表情を浮かべていた桜だったが、フと笑みを浮かべるとお茶を飲んだ。
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