伊藤参入~変若水
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あっつい…」
蝉の声がうるさい、日差しが暑い、いつもよりやる気が失われる。
しかし、そうも言っていられない。
今でも夏バテを起こす隊士がいるから、やる気を出して体調を崩さないように目を光らせなければならない。
「甘い物が食べたいな…ところてんとか、食べたいなあ…あるのかなぁ…」
掃除を行いながらそんなことを呟いていると、ぽんっと肩を叩かれた。
「ん?」
「よう」
肩を叩いて来たのは原田だった。
「あれ?左之さん。今日は平助や新八さんと一緒じゃないの?」
「俺だって偶には一人で行動するさ」
「まあ…そうだよね」
桜が笑うと、原田も笑った。
「ところでよ、今時間あるか?」
「ん?ありますよ?」
「よし。ならちょっと付き合ってくれ」
そう言った原田に頷くと、箒を片付ける。
「どこに行くの?」
「なに、付いてくりゃわかるさ」
ニカッと笑う原田が眩しい、イケメンズルい。
不思議に思いながら原田と後について行くと、屯所の外に出かけるようだった。
「あれ?稽古とかじゃないんですか?」
「今日は非番だからな。偶にはゆっくりしてえだろ?」
笑う原田にまあ、そうだよねと頷くと京の町へ繰り出す。
「相変わらず、人が多いねー」
「活気があって良いじゃねえか」
「まあね」
桜が微笑むと、目的地を見つけたのか原田は桜の手を引く。
「いらっしゃいませ!」
原田が入ったのは甘味が美味しい何時も行く茶店だった。
案内されて席に着くと、原田は茶店の娘に何かを注文した。
「左之さん、此処に何か用でもあったの?」
「ん?いいや?」
出されたお茶を飲みながら笑う原田に桜は頭を傾げる。
「ないの?」
「おう。まあ、強いて言うなら…俺はおまえとゆっくりしたい。おまえは甘い物が食べたい。それなら此処が1番だろ?」
笑みを浮かべた原田に、目を丸くする。
「聞いてたの?」
「偶々な」
(この男、相変わらずやりおるな…)
ジト目で見ていると、娘さんが何かを持って来た。
視線を向けると、それはところてんだった。
「……ところてんだ」
「食いたかったんだろ?」
「うん…食べたかった」
桜は笑みを浮かべると、一口食べる。
「うん、美味しい…。左之さん、ありがと!」
「いいってことよ」
微笑む桜に原田も微笑み返す。
「ほら、左之さんもどうぞ」
「えっ?いや、俺は…」
「いいからいいから。ほら!」
ところてんを口元に持ってくる桜に戸惑いながら、原田は口を開く。
ところてんを食べた原田に桜は満足そうに微笑むと、自分も再び食べる。
(こいつ…間接的になってんのわかってるのか?無意識か?)
内心気が気でない原田の事に気付かず、桜はところてんを平らげた。
「美味しかったー」
「そりゃ良かったな。って…」
「………?」
笑って手を伸ばして来た原田に桜は首をかしげる。
「口元に餡が付いてんぞ」
「えっ?」
オマケで貰ったお団子の餡が付いていたみたいだ。
原田は桜の口元の餡を拭うと、拭った指をペロリと舐めた。
「⁉」
「やっぱ、甘いな…」
(ったく、この男は…)
平気でこんな甘ったるい事をしてのける原田左之助、恐ろしい男だ。
少し気恥ずかしくなってしまうのは仕方ない、許せ。
「ん?どうした?」
「左之さん、気の無い相手に今みたいな事したらダメですよ?僕だから大丈夫だけど、他の子なら勘違いするよ?」
真面目な顔して言ってくる桜に、原田は目を丸くする。
その後、甘ったるい笑みを浮かべると桜の頭を撫でた。
「お前にしかしねえよ」
「え?………よくわかんないけど、わかった」
(いや。まあ、わかってはいるけど)
左之さんが偶に見せてくる好意は困ったものだ。
妹としてなのか、女としてなのか偶にわからなくなる。
桜は少し困ってお茶を飲むと、ふうっと息を吐く。
「左之さん、今日は本当に連れて来てくれてありがとう!そろそろ帰りましょっか?」
「ああ、そうだな」
原田は笑うと桜の頭をもう一度撫でた。
「………失敗した、かも?」
桜はため息を吐いた。
自分の給金で用意した食材を使い、創作料理を作っていた。
(お肉が食べたいだけなのに…)
この時代、魚以外に獣肉と呼ばれるものは基本食べられていない。
猪は食べるところもあるみたいだが、豚と牛は食用としては基本考えられていない。
なんというか、今だに獣肉を食べる行為は受け入れられていないのだ。
だが、元現代人の私としてはお肉が、食べたい!
そう思い続けていた今日、町を歩いていたら鶏肉を売っている商人がいたのだ。
誰が見てもわかる新鮮なその鶏肉を、私はもちろん購入した。
甘辛いタレを作って、野菜を用意して、なんちゃってどんぶりを作ろうとしたのだが、火加減や諸々が上手くいかなくて、思ったよりも濃い味付けになってしまった。
食べれない事はないし、不味いわけではないが想像していた味ではない。
(まあ、いっか)
不慣れな事をした割には上手くいった方だと信じよう。
こっそり部屋に持ち帰り、いざ食べようとした時、襖の向こうに人の気配を感じた。
「誰?」
「うわっ…⁉」
襖を勢いよく開けると、藤堂が倒れこんで来た。
「あー…よっ!」
「うん。平助か新八さんはなにかしらを嗅ぎつけるとは思ってたよ」
桜はため息を吐くと、藤堂を部屋に引き入れて襖を閉めた。
「わ、悪い。なんかいい匂いがしたからよ…」
「うん。まあ、別に怒ってないから」
桜は苦笑すると、どんぶりを引き寄せる。
「これの匂い?」
「そう!この匂い!」
目を輝かす藤堂に桜は笑う。
「平助、鶏肉食べれるの?」
「へっ?鶏肉?」
キョトンとする藤堂に向けて鶏肉を見せる。
あ、ちょっと顔引きつってる。
やっぱり習慣的に食べないものは抵抗あるよねー
桜は笑うと、パクッと鶏肉とご飯を口に入れた。
(やっぱり、味濃いなー)
しかし、それを上回る肉を食べている事に対する歓喜の方が強い。
(お肉、美味い!)
パクパクとどんぶりを食べる桜に、藤堂の喉が鳴る。
「……食べる?」
「えっ⁉」
「食べてみたいんでしょ?」
意地悪く笑う桜に、藤堂は「あーもー」と叫んで頭を掻き毟る。
「食いてえ」
「ん、どうぞ」
桜から藤堂はどんぶりを受け取ると、恐る恐ると口に含んだ。
「うっ…」
「う?」
「美味え…」
目をパチクリとさせる藤堂に、桜は笑う。
「それでも味付けちょっと失敗してるんだよね」
「いや、それでも美味い。圧倒的に美味い、これ美味いよ!」
藤堂はニカッと笑うと、残りを全て食べた。
(あ、私のお肉…)
まあ、いいかと微笑むとお茶を渡してやる。
「鶏肉、どうだった?」
「抵抗はあったけど…美味かった。実は過去に食った事あったんだけどよ、あまりにも不味くてよ…」
げんなりとした表情を見せる藤堂に苦笑する。
「お口に合って良かったよ」
「桜の飯は何でも美味いからな!これからは苦手意識があるもんでも、桜が作ったものならなんでも食えそうだぜ」
「でもさ、僕がいなくなったらどうすんの?」
里に戻ったり、死んだり…無いとは思うけど嫁いだ時とか。
その辺りは口に出さず、平助の様子を伺ってみる。
「…………桜は、いなくならせない」
「え?」
「桜が危険に陥っても、オレが守る」
凛々しい顔をして言う藤堂に、桜は目を丸くする。
「あ、ありがとう…」
「おう!」
「でもさ、僕がなんかの間違いで所帯を持ったらどうすんの?」
「えっ⁉」
桜の言葉に今度は藤堂が目を丸くした。
「そ、その時は…その時に考える」
視線をキョロキョロとさせる藤堂に、思わず笑ってしまった。
「汗が気持ち悪い…」
ぺったりと肌に纏わりつく着物が気持ち悪い。
ついでに胸潰しが蒸れて気持ち悪い。
熱い日差しの中、多少の汗が流れるのは仕方ないし、それだけでここまで汗は流れないのだが、私はついつい屯所内の掃除を一人でやってしまった。
そりゃ汗も流れてベッタベタになる訳だ。
(やりすぎたなぁ…)
汗を拭いながら歩いていると、井戸の近くにたどり着いた。
「………よし」
桜は何かを決めたように井戸に近づくと、水の沢山入った桶を頭から被った。
「んー気持ちい…」
水も冷たくて、汗も流せて一石二鳥だ。
日差しもいいから服もすぐに乾くだろう。
そう思ってもう一度水を被ると、誰かが歩いてきた。
「あれ?桜ちゃん、なにしてんだ?」
「新八さん!」
(また“ちゃん”付けして…まあ、もう諦めたけど)
「えっとね、水浴び」
ニカッと笑うと、永倉も笑った。
「気持ち良さそうだな。ちょっと俺も水でも浴びるかな」
「おっ?新八さんも浴びる?水かけよっか?」
「おう!頼んだ!」
「あ、その前に…」
永倉の頭の布を外し畳んで置いておく。
「じゃ、行きますよー」
声をかけ、頭から水をかける。
「かーっ!気持ちいな!」
「でしょ?」
桜は笑うと、髪紐を解く。
水を含んだ髪から水分を少しでも減らすためにキュッと握る。
「暑い時に水浴びるのって良いものだねー」
「お、おう。そうだな」
歯切れの悪くなった永倉を不思議に思い、振り返る。
頬の赤い永倉が心配になり顔を覗き込むと、ふいっと逸らされた。
「新八さん?」
「あーいや、その…なんと言うか…とりあえず、これ着ろ!」
「え?うわっ」
バサっと目の前に出されたのは、永倉の服だった。
「………?」
「あんまり意味ないかも知れねえけどよ…体の線くらい隠せるだろ」
(体の…線?)
なんの事だと思って自分の体を見ると、水に濡れた着物がぴったりと肌に付いていた。
その結果、男とは違う女としての体の線が浮き上がっていた。
「うわ…ごめん、新八さん」
「いや、構わねえ」
渡された服を着ると、顔を逸らす永倉の腕を掴む。
「新八さん、ごめんね?ちょっと危機感なくなってた」
「いや、良いってことよ」
一度だけこちらを見て笑った永倉に微笑むと、着替えるために部屋へ向かった。
去っていく桜を見送ると、永倉はしゃがみこんだ。
「全く…もう少し危機感持ってもらわねえとな…」
思わず手が出ちまっても知らねえぞ。
永倉は一つ、深いため息を吐いた。
→