池田屋事件~禁門の変
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あの後、新選組は九条河原で待機することが許された。
今後の動きについて、会津側と相談を終えた近藤達は随分と疲れた様子だった。
桜はちらりと周りの様子を見た後、溜息を吐いた。
ここ、九条河原に待機している藩兵は予備兵だった筈。
主戦力となる主だった兵達は蛤御門を守っていた筈だ。
要するに、新選組も予備兵扱いだ。
(あーあ、新八さんかなり苛立っているなぁ)
どうにかしたいが、今はただ待つしかない。
今晩はここで待機になるだろう。
んーっと伸びをしていると、原田の言葉が耳に入った。
「千鶴、休むなら言えよ?俺の膝くらいなら貸してやる」
「あ、いえ、大丈夫ですっ」
笑って言った原田に千鶴はあわてて首を横に振る。
「左之さん、千鶴に手を出したら…ちょん切りますよ?」
「なっ⁉おま、冗談でもそんなこと言うんじゃねえよ」
困った様に笑う原田にニコリと微笑む。
「千鶴、危ないからこっちおいで」
「は、はい!」
ぱたぱたと駆け寄ってきた千鶴の頭を撫でる。
「今日は此処で待機になる。無理はしないように」
「はい、兄様」
微笑んだ千鶴に微笑み返す。
「体調が優れないものがいたらすぐに僕に言ってくれ。すぐに診察をするから」
桜の言葉に、面々は頷いた。
時刻は明け方。
うたた寝をしていた千鶴が目を覚ました時、砲声が空に響き渡った。
遠く町中から、争う人々の声が聞こえてくる。
新選組の隊士達は互いに顔を見合わせると頷いた。
「千鶴、行くよ」
半ば呆然としていた千鶴に声をかける。
「まだ寝ぼけてるの?」
「だ、大丈夫です!」
からかうように笑う沖田に千鶴は返事をすると、駆け出そうとした時ーー
「待たんか、新選組!我々は待機を命じられているのだぞ⁉」
会津藩士が横槍を入れてきた。
行軍の最中、あまり怒らなかった歳さん。
声を荒げるのは周りの新八さんたちに任せ、役人相手に辛抱強い説得を繰り返していた歳さん。
(よく我慢したよねー)
でもまあ、もう限界でしょ。
桜が笑った時、土方の怒声が響いた。
「てめえらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねえのか!長州の野郎どもが攻め込んできたら、援軍に行くための待機だろうが!」
「し、しかし出動命令は、まだ……」
役人は言い訳を始めたが、半ばまでも聞かずに土方はぴしゃりと言い放つ。
「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」
「ぬ……!」
土方は役人の返事を待たずに風を切るように歩み始めた。
それに続いて歩き出す。
「平助」
「ん?」
近くにいた藤堂に声をかける。
「蛤御門…激しい戦闘が始まってるよねえ…」
「まあ…そりゃそうだろうな」
始まって、終わった後だろうか…どちらにせよ、今から向かう蛤御門はどこまで荒れているのだろうか、少しばかり緊張する。
「緊張しているのですか?」
藤堂の向こうから声をかけて来た山南に頷く。
「まあ、少しばかり…千鶴もいるし。それに僕はほら、弱いですから」
そう告げると、平助が鼻で笑った。解せぬ。
「なーにが弱いだ。桜は十分強いじゃねえか!」
「まあ、あれ以来平助には負けてないし?」
「今ここでその話出すなよー」
不貞腐れる平助になんだか気持ちが和らいだ。
「平助、ありがと。緊張解れた」
「お、おう」
平助と山南さんに笑いかけると、よしっと気合いを入れた。
あの後、結局待機していた予備兵も一緒に蛤御門へと来た。
激しい戦闘が行われていると予想していた千鶴は、蛤御門の様子を見て「あれ?」と間抜けな声を洩らしていた。
蛤御門には金属の弾を打ち込まれたようで、あちこちに傷が刻まれていた。
御門の周囲には負傷者も倒れていて、辺りには焼けたような臭いまで漂っている。
既に戦闘は終わっていたようで、その様子を見た数人の隊士たちが情報を集めるためにあちこちへ散開する。
その時、近藤の溜息が響いた。
「しかし……。天子様の御所に討ち入るなど、長州は一体何を考えているのだ」
「長州は尊王派のはずなんだがなあ……」
井上も同調して首を傾けた。
深い溜息が漏れた時、情報を持った隊士から話を聞く。
朝方、蛤御門へ押しかけた長州勢は、会津と薩摩により退けられた模様との事だ。
(うん。まあ知ってはいたけど…)
情報を聞いた土方は皮肉げな笑みを洩らす。
「薩摩が会津の手助けねぇ……。世の中、変われば変わるもんだな」
(また変わるんだけどねえ…)
そんな事は言えない為、言葉を飲み込む。
「土方さん。公家御門のほうには、まだ、長州の奴らが残ってるそうですが」
原田の言葉に土方は少しばかり表情を変えた。
続いて山崎が駆け込んで来た。
「副長。今回の御所襲撃を扇動したと見られる、過激派の中心人物らが天王山に向かっています」
京と大阪の間にある天王山。
(僕はどこに参加になるのかなぁ…)
この後、ルートは別れるはずだ。
どうなんだろうと考えながら土方に視線を向けると、淡く笑みを浮かべていた。
「……忙しくなるぞ」
ただ、それだけの短い言葉で、隊士たちは鼓舞されたように湧き上がった。
「左之助。平助。隊を率いて公家御門へ向かい、長州の残党どもを追い返せ」
「あいよ」
「おう!」
「斎藤と山崎には状況の確認を頼む。当初の予定通り、蛤御門の守備に当たれ」
「御意」
「それから大将、あんたには大仕事がある。手間だろうか会津の上層部に掛け合ってくれ」
次々と指示を出した後、近藤に向けられた言葉に近藤自身は不思議そうに首を傾げた。
「天王山に向かった奴ら以外にも敗残兵はいる。商家に押し借りしながら落ち延びるんだろうよ。追討するなら、俺らも京を離れることになる。その許可をもらいに行けるのは、あんただけだ」
その言葉に、近藤は頷いた、
「なるほどな。局長である俺が行けば、きっと守護職も取り合ってくれるだろう」
そう簡単な話ではないが、近藤が行かなければ先ず話を聞いてもらえないだろう。そう考えての人選だ。
「源さんと山南さんも守護職邸に行く近藤さんと同行してくれ、大将が暴走しないように見張っておいてくれ」
「はいよ、任されました」
「任されましたよ」
そのやりとりに近藤は眉尻を下げていた。
「残りの者は、俺と共に天王山へ向かう。それからーー」
土方はちらりと千鶴を見る。
「千鶴は近藤さん以外だったら、好きなところに同行しても問題ないんじゃない?」
「……ああ、そうだな」
桜の言葉に土方は頷いた。
「あっ、はい!」
千鶴は頷き、少し考えた後に公家御門に行くと告げた。
気をつけるように告げると、自分は歳さんや総司、新八さん達と共に天王山を目指した。
(天王山って、アイツ出て来た気がするんだよなあ…)
考え事しながらも、走る速度を緩めずにただ走り続ける。
暫くして、駆け抜けていた新選組の前に、とある人影が立ちふさがった。
それまで先陣を切って走っていた土方は、人影の異様な空気を感じてか足を止め、他の隊士達にも止まるように合図をした。
血気にはやる一人の隊士が無視して駆け続けようとしたが、鳩尾を殴ってとりあえず止めておいた。
「なんだ、お前は……」
訝しげにする土方の影から、様子を窺う。
「段だら模様か……その羽織、新選組だな。忠臣蔵の真似事とは、相変わらず野暮な風体をしている」
からかうような言葉に、隊士の怒気が高まる。
「あの夜も池田屋に乗り込んで来たかと思えば、今日もまた戦場で手柄探しとは……田舎侍には餌が足りんと見える。……いや、貴様らは【侍】ですらなかったな」
挑発的な言葉を次々と吐く男に、ため息が出る。
「君、池田屋で桜に怪我させた奴だね…」
刀に手をかける沖田を見て、男は鼻で笑う。
「【腕だけは確かな百姓集団】と聞いていたが、この有様を見るにそれも作り話だったようだな」
その言葉に、我慢していた殺気を放って、沖田や永倉が刀を抜く。
「そこ、どいてくれる?」
「ふん……武士の誇りも知らず、手柄を得ることしか頭に無い幕府の犬が…敗北を知り戦場を去った連中を、何のために追い立てようと言うのだ。腹を切る時間と場所を求め天王山を目指した、長州侍の誇りを何ゆえに理解できぬ?」
男の言葉に、土方が前に出る。
「偉そうに話し出すから何かと思えば……。戦いを舐めんじゃねえぞ、この甘ったれが!身勝手な理由で喧嘩を吹っかけたくせに、討ち死にする覚悟もなく尻尾巻いた連中が、武士らしく綺麗に死ねるわけねえだろうが!罪人は斬首刑で充分だ。……自ら腹を切る名誉なんざ、御所に弓引いた逆賊には不要のもんだろ?」
そう言った土方の言葉に男は目を細める。
桜は少しだけ、胸が切なくなったが、息を吐くと刀を抜いて前に出た。
「いつ迄もお話している場合じゃ無いよ」
「桜も一緒にいたのか」
睨みつける桜に対して笑みを浮かべる男は、風間だった。
「歳さん、ここは僕が。早く長州の人達を追ってください」
「何言ってやがる。てめえ一人を置いて、俺が追いかけるわけにいかねえだろ」
その様子に、風間はため息を吐いた。
「愚かな連中だ…」
「総司、新八。長州の連中を追ってくれ。ここは俺と桜が引き受ける」
「……わかりました」
沖田と永倉は不服そうだったが、桜と土方の様子を見た後に互いに目を合わせると、刀をおさめる。
「総司、新八さん。任せたよ!」
「おう!土方さんよ。この部隊の指揮権限、今だけ俺が預かっておくぜ!」
「言うじゃねえか……任せたぜ、新八!総司も、頼りにしてるぜ」
「当たり前でしょ」
隊を引き連れて走り出した新選組に、風間が刀を向けたが桜が受け止める。
「風間、ごめん。僕たちにも譲れないものがあるんだ」
桜は力なく微笑むと、一気に気を引き締める。
そこから始まる激しい攻防戦。
(ほんと、風間は強いなあ…)
西の鬼の頭領だけあって、その力は桁違いだ。
だけど、私だって負けるわけにはいかない。
「ふんっ…!」
「おらっ!」
「くっ…」
土方と桜相手に、さすがの風間も押され気味だ。
「風間!何をしている!」
突然響いた声に視線を向けると、数人の男達がいた。
「ちっ…邪魔が入ったか」
顔を顰める風間から距離を取る。
「風間、今日のところはこれぐらいにしない?」
桜の言葉に、風間は不服そうだったが刀をおさめた。
「歳さん、行こう」
「……おう」
土方は刀をおさめると、桜と共に駆け出した。
辿り着いた天王山では、長州の奴らは全員切腹していたと報告を受けた。
どこか清々しい表情の土方に、桜は天王山の頂上へと視線を向けた。
今回起きた長州の過激派浪士たちが御所に討ち入った事件は、後に【禁門の変】と呼ばれるようになる。
新選組の動きは後手に回り、活躍らしい活躍は出来なかった。
味方同士の間で情報の伝達が上手くいかず、無駄に時間を浪費してしまったのだ。
(困ったものだね…)
自分は途中から負傷者の手当てに回っていたからあまり周りの状況を把握していなかったが、千鶴が色々と教えてくれた。
天王山で遭遇した風間千景は薩摩藩に所属している事、蛤御門で遭遇した天霧九寿も薩摩藩に所属している事、そして長州浪士たちと共に戦っていた不知火匡ーー
新選組の味方ではない彼らは、強大な敵となるだろう。
ともかく、長州の指導者たちは戦死し、また、自ら腹を切って息絶えた。
けれど、中には逃げ延びた者もいる。
彼らは逃げながらも、京の都に火を放ったのだ。
運悪く北から吹いていた風は、御所の南方を焼け野原に変えてしまう。
この騒ぎが原因で、尊王攘夷の国事犯たちが一斉に処刑されたとも聞く。
そして……京から離れることを許された新選組は大阪から兵庫にかけてを警衛した。
乱暴を働く浪士たちを取り締まり、周辺に住まう人々の生活を守ったのだ。
(私と山崎さんと千鶴は医者の手伝いだね)
この【禁門の変】の後、長州藩は御所に向けて発砲したことを理由に、朝廷に歯向かう逆賊として扱われていった。
この事件がきっかけとなり、長州藩は【朝敵】とされたのだ。
(匡さん、元気そうで良かった)
あれから一ヶ月、ちょっとやそっとじゃ彼ら鬼一族がどうにかなるとは思っていないが、朝敵とされる長州藩に肩入れする匡さんが気になってこっそり手紙を出してみた。
返事の内容は、元気にしている問題ないとの旨が記載されていてホッとした。
(返事が来たことにも驚いたけど…風間の手紙が付いて来たのも予想外だ)
バレないように匡さんだけに届くように慎重に出したのになぁ…
ため息を吐きながら風間の手紙に目を通す。
(ん?)
手紙の内容は何時もの理解不能な内容かと思ったが、私の体を心配している旨が書かれていて、少し面食らった。
(まあ、悪いやつではないからなぁ…)
桜はため息を吐くと、微笑んで筆を手にした。
仕方ないから返事を書いてやろう。
そう決めて紙に筆を走らせた。
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今後の動きについて、会津側と相談を終えた近藤達は随分と疲れた様子だった。
桜はちらりと周りの様子を見た後、溜息を吐いた。
ここ、九条河原に待機している藩兵は予備兵だった筈。
主戦力となる主だった兵達は蛤御門を守っていた筈だ。
要するに、新選組も予備兵扱いだ。
(あーあ、新八さんかなり苛立っているなぁ)
どうにかしたいが、今はただ待つしかない。
今晩はここで待機になるだろう。
んーっと伸びをしていると、原田の言葉が耳に入った。
「千鶴、休むなら言えよ?俺の膝くらいなら貸してやる」
「あ、いえ、大丈夫ですっ」
笑って言った原田に千鶴はあわてて首を横に振る。
「左之さん、千鶴に手を出したら…ちょん切りますよ?」
「なっ⁉おま、冗談でもそんなこと言うんじゃねえよ」
困った様に笑う原田にニコリと微笑む。
「千鶴、危ないからこっちおいで」
「は、はい!」
ぱたぱたと駆け寄ってきた千鶴の頭を撫でる。
「今日は此処で待機になる。無理はしないように」
「はい、兄様」
微笑んだ千鶴に微笑み返す。
「体調が優れないものがいたらすぐに僕に言ってくれ。すぐに診察をするから」
桜の言葉に、面々は頷いた。
時刻は明け方。
うたた寝をしていた千鶴が目を覚ました時、砲声が空に響き渡った。
遠く町中から、争う人々の声が聞こえてくる。
新選組の隊士達は互いに顔を見合わせると頷いた。
「千鶴、行くよ」
半ば呆然としていた千鶴に声をかける。
「まだ寝ぼけてるの?」
「だ、大丈夫です!」
からかうように笑う沖田に千鶴は返事をすると、駆け出そうとした時ーー
「待たんか、新選組!我々は待機を命じられているのだぞ⁉」
会津藩士が横槍を入れてきた。
行軍の最中、あまり怒らなかった歳さん。
声を荒げるのは周りの新八さんたちに任せ、役人相手に辛抱強い説得を繰り返していた歳さん。
(よく我慢したよねー)
でもまあ、もう限界でしょ。
桜が笑った時、土方の怒声が響いた。
「てめえらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねえのか!長州の野郎どもが攻め込んできたら、援軍に行くための待機だろうが!」
「し、しかし出動命令は、まだ……」
役人は言い訳を始めたが、半ばまでも聞かずに土方はぴしゃりと言い放つ。
「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」
「ぬ……!」
土方は役人の返事を待たずに風を切るように歩み始めた。
それに続いて歩き出す。
「平助」
「ん?」
近くにいた藤堂に声をかける。
「蛤御門…激しい戦闘が始まってるよねえ…」
「まあ…そりゃそうだろうな」
始まって、終わった後だろうか…どちらにせよ、今から向かう蛤御門はどこまで荒れているのだろうか、少しばかり緊張する。
「緊張しているのですか?」
藤堂の向こうから声をかけて来た山南に頷く。
「まあ、少しばかり…千鶴もいるし。それに僕はほら、弱いですから」
そう告げると、平助が鼻で笑った。解せぬ。
「なーにが弱いだ。桜は十分強いじゃねえか!」
「まあ、あれ以来平助には負けてないし?」
「今ここでその話出すなよー」
不貞腐れる平助になんだか気持ちが和らいだ。
「平助、ありがと。緊張解れた」
「お、おう」
平助と山南さんに笑いかけると、よしっと気合いを入れた。
あの後、結局待機していた予備兵も一緒に蛤御門へと来た。
激しい戦闘が行われていると予想していた千鶴は、蛤御門の様子を見て「あれ?」と間抜けな声を洩らしていた。
蛤御門には金属の弾を打ち込まれたようで、あちこちに傷が刻まれていた。
御門の周囲には負傷者も倒れていて、辺りには焼けたような臭いまで漂っている。
既に戦闘は終わっていたようで、その様子を見た数人の隊士たちが情報を集めるためにあちこちへ散開する。
その時、近藤の溜息が響いた。
「しかし……。天子様の御所に討ち入るなど、長州は一体何を考えているのだ」
「長州は尊王派のはずなんだがなあ……」
井上も同調して首を傾けた。
深い溜息が漏れた時、情報を持った隊士から話を聞く。
朝方、蛤御門へ押しかけた長州勢は、会津と薩摩により退けられた模様との事だ。
(うん。まあ知ってはいたけど…)
情報を聞いた土方は皮肉げな笑みを洩らす。
「薩摩が会津の手助けねぇ……。世の中、変われば変わるもんだな」
(また変わるんだけどねえ…)
そんな事は言えない為、言葉を飲み込む。
「土方さん。公家御門のほうには、まだ、長州の奴らが残ってるそうですが」
原田の言葉に土方は少しばかり表情を変えた。
続いて山崎が駆け込んで来た。
「副長。今回の御所襲撃を扇動したと見られる、過激派の中心人物らが天王山に向かっています」
京と大阪の間にある天王山。
(僕はどこに参加になるのかなぁ…)
この後、ルートは別れるはずだ。
どうなんだろうと考えながら土方に視線を向けると、淡く笑みを浮かべていた。
「……忙しくなるぞ」
ただ、それだけの短い言葉で、隊士たちは鼓舞されたように湧き上がった。
「左之助。平助。隊を率いて公家御門へ向かい、長州の残党どもを追い返せ」
「あいよ」
「おう!」
「斎藤と山崎には状況の確認を頼む。当初の予定通り、蛤御門の守備に当たれ」
「御意」
「それから大将、あんたには大仕事がある。手間だろうか会津の上層部に掛け合ってくれ」
次々と指示を出した後、近藤に向けられた言葉に近藤自身は不思議そうに首を傾げた。
「天王山に向かった奴ら以外にも敗残兵はいる。商家に押し借りしながら落ち延びるんだろうよ。追討するなら、俺らも京を離れることになる。その許可をもらいに行けるのは、あんただけだ」
その言葉に、近藤は頷いた、
「なるほどな。局長である俺が行けば、きっと守護職も取り合ってくれるだろう」
そう簡単な話ではないが、近藤が行かなければ先ず話を聞いてもらえないだろう。そう考えての人選だ。
「源さんと山南さんも守護職邸に行く近藤さんと同行してくれ、大将が暴走しないように見張っておいてくれ」
「はいよ、任されました」
「任されましたよ」
そのやりとりに近藤は眉尻を下げていた。
「残りの者は、俺と共に天王山へ向かう。それからーー」
土方はちらりと千鶴を見る。
「千鶴は近藤さん以外だったら、好きなところに同行しても問題ないんじゃない?」
「……ああ、そうだな」
桜の言葉に土方は頷いた。
「あっ、はい!」
千鶴は頷き、少し考えた後に公家御門に行くと告げた。
気をつけるように告げると、自分は歳さんや総司、新八さん達と共に天王山を目指した。
(天王山って、アイツ出て来た気がするんだよなあ…)
考え事しながらも、走る速度を緩めずにただ走り続ける。
暫くして、駆け抜けていた新選組の前に、とある人影が立ちふさがった。
それまで先陣を切って走っていた土方は、人影の異様な空気を感じてか足を止め、他の隊士達にも止まるように合図をした。
血気にはやる一人の隊士が無視して駆け続けようとしたが、鳩尾を殴ってとりあえず止めておいた。
「なんだ、お前は……」
訝しげにする土方の影から、様子を窺う。
「段だら模様か……その羽織、新選組だな。忠臣蔵の真似事とは、相変わらず野暮な風体をしている」
からかうような言葉に、隊士の怒気が高まる。
「あの夜も池田屋に乗り込んで来たかと思えば、今日もまた戦場で手柄探しとは……田舎侍には餌が足りんと見える。……いや、貴様らは【侍】ですらなかったな」
挑発的な言葉を次々と吐く男に、ため息が出る。
「君、池田屋で桜に怪我させた奴だね…」
刀に手をかける沖田を見て、男は鼻で笑う。
「【腕だけは確かな百姓集団】と聞いていたが、この有様を見るにそれも作り話だったようだな」
その言葉に、我慢していた殺気を放って、沖田や永倉が刀を抜く。
「そこ、どいてくれる?」
「ふん……武士の誇りも知らず、手柄を得ることしか頭に無い幕府の犬が…敗北を知り戦場を去った連中を、何のために追い立てようと言うのだ。腹を切る時間と場所を求め天王山を目指した、長州侍の誇りを何ゆえに理解できぬ?」
男の言葉に、土方が前に出る。
「偉そうに話し出すから何かと思えば……。戦いを舐めんじゃねえぞ、この甘ったれが!身勝手な理由で喧嘩を吹っかけたくせに、討ち死にする覚悟もなく尻尾巻いた連中が、武士らしく綺麗に死ねるわけねえだろうが!罪人は斬首刑で充分だ。……自ら腹を切る名誉なんざ、御所に弓引いた逆賊には不要のもんだろ?」
そう言った土方の言葉に男は目を細める。
桜は少しだけ、胸が切なくなったが、息を吐くと刀を抜いて前に出た。
「いつ迄もお話している場合じゃ無いよ」
「桜も一緒にいたのか」
睨みつける桜に対して笑みを浮かべる男は、風間だった。
「歳さん、ここは僕が。早く長州の人達を追ってください」
「何言ってやがる。てめえ一人を置いて、俺が追いかけるわけにいかねえだろ」
その様子に、風間はため息を吐いた。
「愚かな連中だ…」
「総司、新八。長州の連中を追ってくれ。ここは俺と桜が引き受ける」
「……わかりました」
沖田と永倉は不服そうだったが、桜と土方の様子を見た後に互いに目を合わせると、刀をおさめる。
「総司、新八さん。任せたよ!」
「おう!土方さんよ。この部隊の指揮権限、今だけ俺が預かっておくぜ!」
「言うじゃねえか……任せたぜ、新八!総司も、頼りにしてるぜ」
「当たり前でしょ」
隊を引き連れて走り出した新選組に、風間が刀を向けたが桜が受け止める。
「風間、ごめん。僕たちにも譲れないものがあるんだ」
桜は力なく微笑むと、一気に気を引き締める。
そこから始まる激しい攻防戦。
(ほんと、風間は強いなあ…)
西の鬼の頭領だけあって、その力は桁違いだ。
だけど、私だって負けるわけにはいかない。
「ふんっ…!」
「おらっ!」
「くっ…」
土方と桜相手に、さすがの風間も押され気味だ。
「風間!何をしている!」
突然響いた声に視線を向けると、数人の男達がいた。
「ちっ…邪魔が入ったか」
顔を顰める風間から距離を取る。
「風間、今日のところはこれぐらいにしない?」
桜の言葉に、風間は不服そうだったが刀をおさめた。
「歳さん、行こう」
「……おう」
土方は刀をおさめると、桜と共に駆け出した。
辿り着いた天王山では、長州の奴らは全員切腹していたと報告を受けた。
どこか清々しい表情の土方に、桜は天王山の頂上へと視線を向けた。
今回起きた長州の過激派浪士たちが御所に討ち入った事件は、後に【禁門の変】と呼ばれるようになる。
新選組の動きは後手に回り、活躍らしい活躍は出来なかった。
味方同士の間で情報の伝達が上手くいかず、無駄に時間を浪費してしまったのだ。
(困ったものだね…)
自分は途中から負傷者の手当てに回っていたからあまり周りの状況を把握していなかったが、千鶴が色々と教えてくれた。
天王山で遭遇した風間千景は薩摩藩に所属している事、蛤御門で遭遇した天霧九寿も薩摩藩に所属している事、そして長州浪士たちと共に戦っていた不知火匡ーー
新選組の味方ではない彼らは、強大な敵となるだろう。
ともかく、長州の指導者たちは戦死し、また、自ら腹を切って息絶えた。
けれど、中には逃げ延びた者もいる。
彼らは逃げながらも、京の都に火を放ったのだ。
運悪く北から吹いていた風は、御所の南方を焼け野原に変えてしまう。
この騒ぎが原因で、尊王攘夷の国事犯たちが一斉に処刑されたとも聞く。
そして……京から離れることを許された新選組は大阪から兵庫にかけてを警衛した。
乱暴を働く浪士たちを取り締まり、周辺に住まう人々の生活を守ったのだ。
(私と山崎さんと千鶴は医者の手伝いだね)
この【禁門の変】の後、長州藩は御所に向けて発砲したことを理由に、朝廷に歯向かう逆賊として扱われていった。
この事件がきっかけとなり、長州藩は【朝敵】とされたのだ。
(匡さん、元気そうで良かった)
あれから一ヶ月、ちょっとやそっとじゃ彼ら鬼一族がどうにかなるとは思っていないが、朝敵とされる長州藩に肩入れする匡さんが気になってこっそり手紙を出してみた。
返事の内容は、元気にしている問題ないとの旨が記載されていてホッとした。
(返事が来たことにも驚いたけど…風間の手紙が付いて来たのも予想外だ)
バレないように匡さんだけに届くように慎重に出したのになぁ…
ため息を吐きながら風間の手紙に目を通す。
(ん?)
手紙の内容は何時もの理解不能な内容かと思ったが、私の体を心配している旨が書かれていて、少し面食らった。
(まあ、悪いやつではないからなぁ…)
桜はため息を吐くと、微笑んで筆を手にした。
仕方ないから返事を書いてやろう。
そう決めて紙に筆を走らせた。
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