池田屋事件~禁門の変
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「逃げた……?」
「くそっ…!」
忌々しげにする沖田の隣で、桜は力が抜けたように座り込む。
「桜‼」
藤堂は慌てて駆け寄ると、その体を支えた。
「ごめん、ちょっと疲れたわ」
苦笑を浮かべると、階段を上がる味方の足音が聞こえてきた。
(終わった…)
まじで疲れた……てか、痛い。
鬼だから怪我とかは大丈夫だけど、衝撃がまだ残っている。
スッと目を閉じると、不意に浮遊感に見舞われた。
「え?」
「ほら、帰るよ」
浮遊感を桜に与えていたのは沖田だった。
「………ねえ、平助。この図気持ち悪くない?」
「お、おう…まあ」
所謂お姫様抱っこを何故か私は総司にされていた。
しかし思い出して欲しい、私は男装している、これではただの衆道ではないか。
「なあ、総司…」
「階段降りるまで、下ろさないよ」
ぎろりと睨んでくる沖田に桜はため息を吐くと、力を抜いた。
沖田に連れられて外へ出ると、池田屋の前は人で溢れていた。
「ありがとう総司。僕は怪我人の手当てをするから、総司は近藤さんの手伝いをしてあげて」
「あのね、君も怪我人なんだよ?」
「千鶴に手伝ってもらうから」
ね?と念押しすると、渋々と言った様子で沖田は近藤の元へ向かった。
「怪我人はこっちへ。応急処置ですが行わせていただきます」
そう声をあげると、隊士たちが集まって来る。
千鶴に手伝ってもらい、隊士達の手当てを行なっていると、永倉が近づいて来た。
「こいつも見てやってくれ」
「うん、わかった。新八さんも手当てするから、そこに座って」
「いや俺は…はい、わかりました…」
永倉は去ろうとしたが、桜に睨まれて大人しく座った。
桜は手早く隊士の手当てをすると、永倉の前に座る。
「新八さん、手を見せて」
「おう」
出された左手を見ると、思わず顔を歪めてしまう。
肉がこそげ落ちた様になっているのだ。
「新八さん、痛くない?大丈夫?」
「おう!これくらいだいじょう……いってぇ…!」
大丈夫と言おうとした永倉の手を消毒すると、彼は悲鳴に近い声をあげた。
「桜ちゃん、いきなりは酷いじゃねえか」
「新八さんなら大丈夫でしょう?」
ニッと笑うと、その手に包帯を巻いていく。
「死んでなくて、良かった…」
思わず出た本音に、ポンポンと頭を撫でられた。
「おう、そうだな」
ニカッと笑った永倉に微笑むと、皆と合流した。
ーーそして長い夜が、明けた。
討ち入りは一刻くらいの時間で終えられていた。
池田屋にいた尊王攘夷過激派の浪士は、二十数名。
新選組は七名の浪士を討ち取り、四名の浪士に手傷を負わせた。
それ以外にも会津藩や京都所司代の協力のもと、最終的には二十三名を捕縛することに成功した。
彼らの逃亡を助けようとした池田屋の主も、改めて捕縛された。
少ない人数で倍以上の人数に立ち向かいこれだけの成果を残せたことは目覚しい事だが、新選組の被害も浅いものではすまなかった。
原作と違い沖田は胸部に一撃を受けていないものの、それ以外の斬り傷等はあった。
藤堂も同じく、額を切られはしなかったが、負傷はしていた。
永倉も左手を負傷していた。
裏庭で戦った隊士の一人は戦死した。
他にも二人の隊士が、命に関わるような怪我を負った。
会津藩が担う京都所司代や、桑名藩が担う京都所司代も、それぞれ浪士と戦っていたらしい。
この、【池田屋事件】と呼ばれる騒動での活躍により、新選組は広く名を馳せたのだった。
(京の平和は守られたかのように見えた。そう、見えただけ…)
この後にはさらに大きな事が待ち受けている。
桜は息を吐いた。
「はい、これでいいよ」
「ありがとうございます!」
医務室で隊士の治療を行うと、その背中を見送る。
(覚悟してたけど、やっぱり負傷者は多いなあ)
池田屋に参加していた者の大半は何かしら負傷していた。
桜の処置あって命に関わる負傷をした隊士も一命を取り留めた。
お腹を壊していた隊士たちも今では元気を取り戻し、負傷した隊士に代わりモリモリと隊務をこなしている。
桜も負傷していた隊士の一人だが、鬼なので怪我自体はすでに治っている。
しかし、怪しまれないように千鶴と山崎にちょっとしたことは手伝ってもらいながら他の隊士の治療を行っていた。
「雪風君、今いいか?」
「ん?」
席を外していた山崎が戻ってきたかと思うと、難しそうな顔をしていた、なんだろう。
「副長がお呼びだ」
「歳さんが?」
なんかしたっけな…なんも思いつかないんだけど。
「千鶴、ちょっと行ってくる」
「はい、わかりました」
先日の池田屋での千鶴の働きが認められ、ある程度自由がきくようにはなったので、医務室に居てもらっても問題ないだろう。
桜は微笑むと、山崎と部屋を出た。
「失礼します」
礼儀正しく挨拶をした山崎に続いて入ると、土方だけではなく、近藤をはじめとする(試衛館時代からお馴染みの)幹部メンバーが揃っていた。
「………皆さんお揃いで、何かありました?」
適当な場所に座った桜は土方、近藤、山南に視線を向ける。
「あ、いや、何かというか…」
「…池田屋で、あなたを知る浪士が居たそうですね」
しどろもどろになる近藤の横で、山南が口を開いた。
(風間の事か…)
出そうになるため息を飲み込み、頷く。
「はい、居ましたね」
「総司、平助、雪村に聞いた話だが、その浪士、お前を我が妻なんて言っていたらしいな?」
「……………」
思い出しただけでもゲンナリする。
「………確かに、言ってましたね」
「随分嫌そうな顔をしているところ悪いが…どういう関係だ?」
ギロリと土方の眼光が鋭くなる。
他の面々も桜を見ていた。
「どういう関係って言われても…ただの知り合い?」
「ああ?」
「いや。ほんとほんと。数えるぐらいしか会ったことないし。私の弟分がお世話になってたくらいだけど…」
それ以外は何にも、と両手を広げる。
「………本気で言ってんのか?」
「うん、本気本気」
「お前、ずっと男装してただろ?なんでそいつはお前が実は女だって知ってんだ?」
「んー弟が寝ぼけて“姉様”って言った時にね…居合わせたんだよねえ」
息を吐くと、気を引き締める。
「今、僕は間者か疑われているんですよね?」
桜の言葉に、何人かの表情が更に厳しいものになる。
「………まあ、仕方ないですよね。得体の知れない男が僕の事を我が妻なんてわけわからない事言い出して。やっぱり半殺しにしておけばよかったかなぁ……」
ぶつくさと考え出した桜を周りは見ていたが、原田がおもむろに立ち上がり桜の肩を叩いた。
「土方さん、こいつもここまで言ってるし、間者って線はねえと思うぜ?」
「左之さん…」
「そうそう、桜はいっつも俺達の事を気にしてくれてるし、命を掛けてくれてる。そんな子が俺たちを裏切る間者なわけないぜ!」
「新八さん…」
原田と永倉の言葉に、土方は溜息をつく。
「そんな事、俺だってわかってる」
「え?」
土方の言葉に皆が呆気にとられる。
「俺たちが心配していたのはだな、雪風君が夫婦となる相手がいるのにこの新選組に縛り付けているのは良くないと思ってだな。それで事実確認を行いたかったのだ」
近藤は困った様子でそう言った。
「夫婦……?僕が?」
ないないないない、と早口で否定する桜。
「その様子を見る限り、嘘はついていないみたいですね」
「あったりまえでしょ!なんで!僕が!あんな男と!あり得ない!」
鬼気迫る表情で告げる桜を斎藤はどうどう、と落ち着かせる。
「とにかく……僕は誰かと夫婦になってませんし、今後もなる予定はありません。以上!」
きっぱりと言い捨てた桜に、皆が苦々しい表情をしていた。
「と、とにかく。聞きたかったことは聞けた。急に呼び出してすまなかったな」
「いえ、大丈夫です」
桜はため息を吐くと広間を出た。
広間に残ったのは、なんとも暗い雰囲気だった。
(誰とも夫婦になる予定はない、か…)
誰のものかはわからないが、一つため息が溢れた。
池田屋事件が終わり数週間。
その間にも逃げた浪人の捕縛に動いたり、巡察中に他藩との問題があったりして新選組の雰囲気はピリピリとしていた。
そんな雰囲気も落ち着き、穏やかな日々が戻って来たころ……
(うん、徐々に千鶴への監視も緩くなって来たし、いい感じ)
桜は町へと繰り出していた。
隊務の一環で今日は薬や、自分で調合するために薬の材料を買いに来ていた。
巾着から万能な薬を取り出す事もしているが、怪しまれないためにこうして実際に買いに行くことも大切なのだ。
「あれ?」
「ああ?」
町を歩いていると、凄く偶々だが見知った顔と遭遇した。
「不知火さん、こんにちは」
「おう」
ニッと笑った不知火の後ろを確認し、念のために周りを見渡す。
「何してんだ?」
「今日は1人?」
「ああ…風間の野郎はいねえよ」
「なら良かった」
桜は笑うと、首を傾げる。
「そういや、不知火さんは何してるんですか?」
「特に何もしてねえよ。散歩してるだけだ」
「へぇ…暇なんです?」
そう言うと顔を顰めた不知火に謝る。
「てめえは何してんだよ」
「僕は買い物」
手に持つ荷物を見せると、不知火は片眉をあげた。
「一人で随分な荷物を持ってんだな」
「いつも一緒に買い出しに行く人が今日は来れなくて。仕方ないよ」
桜が困った様に笑うと、不知火は桜から荷物を奪う。
「持ってやる」
「え?本当に?助かるなぁー」
桜はヘラっと笑うと、不知火をジッと見る。
「なんだ?」
「不知火さんが良ければ、僕の買い物、この後も付き合って?」
「ほう…?このオレ様をこき使おうってか?」
「旅は道連れって言うでしょ?」
「旅じゃねえが……暇だし、付き合ってやるよ。物怖じしねえし、お前は何より面白いからな」
「ラッキー!」
ニイッと笑った不知火に、桜が喜ぶと不知火は首を傾げた。
「らっきい?」
「あー西洋の言葉で、幸運って事!」
桜はそう答えると、不知火を連れて買い物へと繰り出した。
しかし、次々と買い物を行う桜によって、不知火の持つ荷物は大量になっていた。
「あーごめんね?不知火さん」
「一回撃たせろ」
青筋を立てる不知火に、桜は申し訳なさそうにする。
「彼処の茶店で休憩しよう!」
「おい!」
不機嫌そうな不知火をよそに、桜は茶店へと入る。
お茶を飲んで一息つくと、桜は不知火を見つめた。
「………何見てんだ」
「不知火さん、いい人だなーって」
「ああ?何言ってんだお前」
「同族だから助けてくれてるのかもしれないけど、優しいなって思ったから」
そう言った桜を、不知火は鼻で笑った。何故。
「お前の頭はお花畑だな」
「んーそれでいいよ、別に」
桜はそう言うと、一緒に頼んでいた団子を頬張る。
「んー美味しい…」
そう言った桜を見て、不知火は笑った。
「お前は…全然似てない筈なのに、どこかアイツを思い出すな」
「アイツ?」
「ああ、長州に面白え奴がいるんだ」
思い出したのか、楽しそうに話す不知火に頬が緩む。
(高杉晋作の事だよね……本当に好きなんだな)
不知火さんは確か、高杉晋作という人間が気に入ったから長州に味方していた筈だ。
そんな彼の話をする不知火は、随分とイキイキとしていた。
「………何笑ってやがる」
「随分、仲がいいんだなって思って」
桜はニコリと笑った。
「気持ち悪い事言うんじゃねえよ」
「はーい、ごめんなさーい」
桜がクスクス笑うと、不知火はムスッとした表情になる。
「ほんと、ごめんなさいって。許して?匡さん」
「なっ⁉」
「ダメ?仲良くなったから良いかなーって思ったんだけど」
「…………ハッ!本当におまえはいい度胸してやがる」
ダメと言わないあたり、名前呼びは許してもらえたんだろう。
桜は笑っていたが、急に真剣な表情を浮かべる。
「もし…」
「あ?」
「もし、優秀な医者が必要になったら、いつでも言ってね。僕がどんな病気も治してみせるから。保証は出来ないけど」
確か、高杉晋作は労咳を発症させる筈だ。
彼は労咳を発症させるなんて、未来の事を匡さんに教える訳にもいかない。
なら、私が出来るのは…発症後の病を治す事だけ。
「あ、やばい。新選組だ」
店の外に新選組を見つけ、不知火を見る。
「匡さん、後は皆に手伝ってもらうから、見つかる前に逃げちゃってください」
「あ?いいのか?このオレを逃しちまって」
「うん。大丈夫。今日はただの知り合いに買い物手伝ってもらっただけだから」
桜がそう言って笑うと、不知火は不敵に笑いその場を去った。
それを確認すると、外にいる隊士たちに声をかけた。
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