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『お兄ちゃん!ねえ、どうにかしてよ!が!が!!』

『…堕姫ちゃん、ごめんなさい。そんなに泣かないでください』

そう言って力無く微笑んだソイツを、俺はただ黙って見ているしかなかった。

『妓夫太郎さんも、そんな悲しそうな顔しないでくださいな。私…待ってますから。お二人を待ってますから』

泣きじゃくる妹の腕の中から消えて行く女は、そう言って微笑んだ。






「……くそっ」

授業をサボって眠っていた妓夫太郎は嫌な夢を見たと頭を押さえながら起き上がる。

大正時代、自分が…自分達兄妹が鬼として生きていた時代の夢だ。

前世からの記憶は元々持ち合わせていたが、このキメツ学園に入学してからは前世のことを夢で見る回数が増えた。

それもこれも…あの女のせいだろう。

高等部2年、柿組の

俺の…

そこまで考えて、妓夫太郎は首を振った。

このキメツ学園には前世で鬼だった者や鬼を狩る鬼狩りだった人間がほとんどだ。

ちなみに記憶も持ち合わせている。

そんな中、あの女は記憶を持ってはいなかった。

妹はその事実に泣きじゃくっていたが、自分達にはどうにもすることは出来ない。

前世で鬼となった俺たちを追いかけてきて、自分も鬼になり、俺たちを置いて先に死んだ女。

妹の梅は「とりあえずどうにかして思い出させる!」と意気込み、何かと理由をつけて絡みにいっているが…まあまだ兆しはなかった。

自分としても思い出して欲しいところだが…あの辛い記憶を思い出させるのかと考えたら少し躊躇するところもある。

そう色々と考えていると頭が痛くなり、妓夫太郎は溜息を吐いた。






「あ、!」

「梅ちゃん、こんにちは」

廊下を歩いていたが呼ばれて振り返ると、そこにはキメツ学園三大美女(かつ問題児の)謝花梅が駆け寄ってきていた。

「梅ちゃん、廊下は走っては駄目です。それにボタンもちゃんと上まで留めてください」

「もー、いいからそんなの。それより来て!」

「あ、ちょっと…」

腕を引かれてパタパタと連れられる。

強引なところに困りつつも、嫌ではない。

どこか懐かしさも感じる。

この懐かしさがなんなのかは自分でもよくわからないが、一度梅ちゃんに話したら「前世からの繋がりだからね!」と良い笑顔で言われたことは覚えている。

そんな事を考えているうちに目的の場所に着いたようで、梅は足を止めた。

「お兄ちゃん!」

着いたのは空き教室で、梅が扉を勢いよく開けると中にいた兄の妓夫太郎は気怠そうに視線を動かした。

「おー、どうした梅。って…また連れてきたのか」

「うん!」

「こ、こんにちは」

妓夫太郎が挨拶に片手を上げて反応すると、その様子を見ていた梅はニヤニヤしながら妓夫太郎のもとへ向かい、隣にを座らせた。

「ほら、桜!今日も綺麗でしょ」

窓を開けてそう言った梅に、なんでお前が自慢げなんだと突っ込みそうになったが、その言葉を飲み込んで外を見る。

この学園の桜は、いつも綺麗に咲いてる。

こいつが好きな…桜の花。

チラリとを見た妓夫太郎は、今日も髪にある桜の髪留めを見て口角が上がった。

「昔から桜が好きなのは変わんねぇな…」

「…え?昔からですか?」

そう言って、妓夫太郎はしまったと口を閉ざした。

こいつが前世の事を覚えていないことをつい忘れてしまう。

「う、梅のことだ」

「あ、梅ちゃんですか」

そう言うと、その場は沈黙に包まれる。

梅がニヤニヤしていたので軽く睨んでおいたが効果はなかった。

「アタシ、やることあるんだった。そんじゃね!」

「梅ちゃん!?」

勝手に連れてきて勝手に去っていった梅にぽかんとしていると、隣にいた妓夫太郎が声を出さずに笑っていることに気付いた。

それが恥ずかしくて何となく髪を触り、立ち上がった。

「わ、私も失礼しますね」

「おう」

妓夫太郎にペコリと頭を下げるとはそそくさとその場を去っていった。

その後ろ姿を優しい目で見送った妓夫太郎は、窓の外を眺めた後に目を閉じた。






(はー、緊張しました…)

はドキドキする胸を抑えて深呼吸をする。

謝花兄妹。

自分が所属する風紀委員の中で…だけではなく学園中から問題児と言われている二人だ。

素行は確かによくないかもしれないけれども、私はどこか…懐かしくも愛おしい気持ちになる。

これが何なのかはよくわからないけれど、特にお兄さんの方は緊張する。

(…夢に出てくるあの人に、どことなく似ている)

幸せで、切なくて、何か大切な約束をして…胸が温かくなる人。

顔ははっきりとわからないが、その人に雰囲気がとても似ているのだ。

そんなことを考えて歩いていたらいつの間にか自分の教室に着いたので自席に戻り、授業の用意をしながら先ほどの事を思い出す。

『昔から桜が好きなのは変わんねぇな…』

その言葉を聞いた時、胸がドクッと震えた。

それが何故なのかということに気を取られていると、授業が始まり気付かないうちに終わっていた。

「珍しく上の空だったな。すまないがノートを頼んだぞ」

「はい」

授業が身に入っていなかった事が先生にバレていたようで、ノートを職員室まで運ぶようにと指示された。

仕方がない事だとノートを手に教室を出たが…まあなかなか重い。

トコトコと歩いていると、ひょいっと横から伸びてきた腕がノートの大半を持っていった。

驚いて顔を上げると、そこには妓夫太郎がいた。

「ぎゅ、妓夫太郎さん」

「これ、どこに持って行くんだぁ?」

「職員室です」

そうか、と返事した妓夫太郎は歩き出した。

「あの、手伝ってくださるのですか?」

「…まぁな」

そう返事をした妓夫太郎に嬉しく思ったが、この状況は緊張してしまう。

上手く話せないまま歩いていると、あっという間に職員室に着いた。

「ありがとうございました」

そう言って頭を下げると、ポンっと頭を撫でられた。

それに驚いてバッと顔を上げると、妓夫太郎は頬を掻いて「あー」と視線を逸らした。

「気にすんなぁ。なんか困った事あったら俺に言え」

(優しくしてやれって狛治も言ってたしな)

その妓夫太郎の言葉には「ありがとうございます」と礼を言って頭を下げた。

妓夫太郎は「じゃあな」と言って踵を返すと、その場を去っていった。






先日の事(ノート運びの手伝い)をしていただいてから、以前よりも妓夫太郎さんを見かけるようになった。

先生に嫌な事を頼まれても嫌だと言えずに引き受けようとすると、どこからともなく現れて代わりに断ってくれたり、何でも自分でしようとしているとさり気なく手伝ってくれたり…本当に優しい人で何故問題児と呼ばれる素行をしているのか不思議なくらいだった。

そんな風に日々を過ごしていると、学生の嫌いなアレが近づいて来ていた。

そう…アレです。テストです。

テスト勉強、今回もしっかりしないといけないなと気合を入れていると、「ー!」と大きな声と共に教室の扉が開かれた。

「は、はい!」

思わず大きな声で返事をすると、駆け寄って来たのは梅で、その目はキラキラとしていた。

「ね、今週末、ウチに泊まりに来なよ!」

「え?泊まりですか?」

「うん!」

テスト勉強しよう!と言う梅に、は目を瞬かせる。

「テスト勉強…ですか?」

「うん!」

「梅ちゃん…ちゃんと勉強しますか?」

以前にも梅に誘われたことはあるが、彼女を知っている人ならすぐにわかるだろう。

勉強をしないということを。

が少し悩んでいると、ガシッと手を掴まれる。

「ねー、いいでしょ?ウチに来てよ。お泊まり会しよ!」

「勉強をするのでは?」

「勉強もして、そのままお泊まり会!良いでしょ?ね?ね?」

いいでしょーーー!と騒ぎ出した梅に苦笑すると、手を握り返す。

「わかりました。それではお邪魔させていただきますね」

「よしっ!じゃあ、お兄ちゃんにも言ってくるね!」

「あ、梅ちゃん…」

パタパタとかけて行った梅を見つめた後、ある事に気付く。

泊まりに行くということは、一晩、兄である妓夫太郎と同じ屋根の下で過ごす事になると。

早まったかもしれない…と思ったが、あんなにも嬉しそうな梅の顔を見ては今更断ることも出来ない。

は一つ深呼吸をし、次の授業の準備を始めた。






あっという間に週末になり、勉強用具とお泊まりセットを持ったは謝花家に来ていた。

「お邪魔します」

「よぉ」

「こっちこっち!」

挨拶もそこそこに梅に手を引かれてリビングへと連れていかれる。

お茶とお菓子を持ってきたものの教科書を開かない梅に、は咳払いをすると「梅ちゃん?」と声をかけた。

梅は「喋ろうよ〜」と駄々をこねていたが、妓夫太郎に「少しは勉強しろ」と言われて渋々教科書を開いた。

そこからは休憩を(かなり回数多く)とりつつ、勉強を行っていると夕方になっていた。

「おい、梅。夕飯どうすんだあ?」

「うんー」

勉強も切り上げて夕飯の相談を行なっていると、梅はぽちぽちと携帯を触り始めた。

「梅ちゃん?」

兄の話も聞かずに携帯を触り続けていた梅はバッと立ち上がると、くるっと二人を見た。

「ごめん、晩御飯約束してるの忘れてた!ちょっと二人で食べてて」

「は?」

「あ、ちょっと梅ちゃん…!」

「じゃあよろしく〜」

いい笑顔を浮かべて梅は手を振ると、タタタッと部屋を出て行った。

玄関の開ける音もしたから、本当に出て行ったのだろう。

残された二人はぽかんとしていたが、ハッと我に帰ると顔を見合わせた。

「あの…どうしましょうか?」

「………とりあえず、飯、考えるかあ」

ポリポリと頭を掻きながら言った妓夫太郎に頷くと、うーんと頭を捻る。

「あの、何か材料とかありますか?よければ作らせていただきます」

「……お前が?」

コクリと頷いたを、妓夫太郎はジッと見る。

(こいつの手料理…また食べれるのか)

人間だった頃に、数回程度だが作ってもらったことがあった。

子供ながらにテキパキと大人顔負けの動きをするの料理は、絶品だった……ような気がする。

正直に言うと、鬼だった月日の方が長いからしっかりと味を覚えてないのだが…

「あの?」

「ああ、悪い…それじゃあ、頼めるか?」

つい先日、食材を色々と買い込んだ記憶はあるので冷蔵庫の中には色々とあるだろう。

は「それでは失礼しますね」と言うと、キッチンへと向かった。

冷蔵庫を見たあとテキパキと料理を作り始めたを、妓夫太郎はボーッと見ていた。

前世でも色々と世話を焼いてもらった記憶は、今でも覚えている。

胸にむずむずした気持ちを抱えながら、料理が出来上がるのを眺めていると、動きを止めたと目が合った。

「妓夫太郎さん?」

「……なんだ」

見ていたのを誤魔化すように少し不機嫌そうに返事をすると、はお皿を持って近づいて来た。

「簡単なものですが、どうぞ」

そう言って並べられたのは、和食だった。

「なんでか、昔から和食は得意なんです」との言葉に、あの頃は基本和食だからなと思いつつ、料理に手をつける。

「……うまい」

そう感想を告げると、は嬉しそうに笑った。

その笑顔が前世を思い出させ、思わず抱きしめそうになったがなんとか我慢する。

その後も少し気まずい雰囲気の中、梅はいつ帰ってくるんだと二人して思っていたらそれぞれの携帯に連絡が入った。

には『ごめん、帰るの遅くなるね』、妓夫太郎には『今日、決めてねお兄ちゃん!』と。

二人して深いため息を吐くと、食事もそこそこにどうしたものかとチラリとお互いを見る。

「梅のやつよ…」

「は、はい!」

突然話し出した妓夫太郎には緊張して背筋を伸ばす。

その様子に笑いそうになりながらも、言葉を続ける。

「あー、帰ってくるの遅いみたいだ…先に風呂でも入って梅の部屋にでも行ってろ」

「そうなのですね。それでは…お先にお風呂いただきます」

そう言ってリビングを出て行ったを見送り、妓夫太郎はため息を吐く。

(決めろってなんだ、梅のやつ…)

いや、言いたいことはわかっている。

前世のようにを自分のものにしろと言いたいのだろう。

ただ、相手は記憶も何もない。

今日、急に決めれるわけないだろうが…と頭を抱えた。

しばらくそうしていると、ガチャリと扉が開く音がした。

梅が帰って来たのかと顔を上げたが、そこにはが立っていた。

「お風呂、ありがとうございました」

「……あぁ」

頭を下げたに返事をすると、妓夫太郎はスッと視線を逸らす。

は特に気にした様子もなく、お茶をもらおうと冷蔵庫へと向かった。

隣をが通ったときに、ふと懐かしい香りがした。

の持つ、優しい香り。

妓夫太郎はパッと顔を上げると、に近づいた。

「……妓夫太郎さん?」

その様子に気づいたはお茶を淹れようとしていたコップを机に置くと、黙って立つ妓夫太郎を見上げた。

(ああ、くそっ…なんでお前には記憶がないんだ)

こんなにも、そのままなのに。

外見も、性格も、話し方も、香りも、何もかもそのままなのに記憶だけがない。

こちらを見上げるに、たまらなくなった妓夫太郎は手を伸ばすとグイッと引き寄せて抱きしめた。

「…!!?」

突然のことに驚くを妓夫太郎は強く抱きしめる。

「あの、妓夫太郎さん?」

無言で抱きしめてくる妓夫太郎に戸惑っていると、耳元で「…」と、聞いたことないような、切ない声で呼ばれて胸がギュッと締め付けられる。

そして、どこか温かくて安心した気持ちになる。

そっと目を閉じれば、思い浮かぶのは夢で見る顔もわからない人。

その人に対する気持ちを、この人にも感じる。

は恐る恐る腕を上げると、妓夫太郎を抱きしめ返した。

「…お前……」

妓夫太郎は驚いたあと、をジッと見る。

(ああ、その目を)

私はよく知っている。

そう感じたとき、の頭に痛みが走った。

「っ、痛い…」

「おい、!」

突然、頭の痛みを訴えてしゃがみ込んだに、妓夫太郎は慌てる。

私は、知っている…貴方のことも、梅ちゃんのことも。

が顔を上げると、心配そうな表情の妓夫太郎と目があった。

「…妓夫太郎さん」

「お、おう」

「妓夫太郎さん……!」

「…!?」

が勢いよく抱きついて来たせいで、支えきれなかった妓夫太郎は後ろに尻餅をつく。

「ああ…またあなたに、梅ちゃんに、会えたのですね」

「またって…お前、まさか記憶が…!」

「はい、記憶が戻りました。妓夫太郎さん」

そう言って、涙を流しながら笑ったを、妓夫太郎は抱き締めた。

「ったく…遅え」

「ごめんなさい、妓夫太郎さん」

「お前のせいで、中々約束を果たせなくて…梅がずっとうるさかったんだぞ」

「ごめんなさい。でもこれで、約束、果たせますね」

来世では幸せになろう。

そう、自分達は約束していた。

「ああ…やっと、果たせるな」

「はい」

目に浮かぶ涙を拭ってやりながら、妓夫太郎はの手を取る。

「死ぬまで、一緒にいてくれるか?」

「勿論です」

ギュッと手を握り返したに笑うと、妓夫太郎はそっと顔を近づけた。






その後、帰ってきた梅に思い出したことを話すと「やっと!もー!遅いよ!」と怒られた。

ただその顔はとても嬉しそうで、妓夫太郎とも顔を見合わせて笑った。






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