お嫁さんになりたい
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結局、最終日までヒスイは街に出ずに船に残っていた。
誘ってはみたものの、相変わらず「用事がある」の一点張りだった。
宝の礼もしたかったのだが、ヒスイが街に出ないのならばお礼のしようがない。
エースはそう考えて溜息を吐いた。
「お、どうした青年」
ぽんっと肩を叩きながら声をかけてきたのはサッチだった。
「…おっさんくさいぞ」
「なんだとこのやろ!」
頭をガシガシと撫でてくるサッチの手を振り払うと、エースは船内の方を見た。
「いや…ヒスイによ、宝の礼もしたかったし、昨日も一昨日も船に籠ってたみたいだから街に行かないかって誘ったんだが…用事があるって言い張って逃げられたんだよ」
「あ〜街ねェ…」
サッチもマルコ同様に心当たりがあるようで、エースはサッチを見る。
「何かあんのか?マルコも知ってるみたいだったけど、教えてくんなくてよ」
「うーーーん、まァ…。でも、ヒスイちゃん個人の話だから、おれが言うのはな」
サッチはそう言って、エースの頭にポンっと手を置いた。
「ヒスイちゃん、エースの嫁になりたいって言うくらいだから、聞けば答えてくれると思うぜ?」
サッチはそう言うと、手をヒラヒラと振って去って行った。
(……どいつもこいつも)
教えてくれてもいいじゃねェかと思うが、2人はヒスイを気遣っているのだろう。
その気持ちも分からなくはないので、エースはどうしようも無い気持ちを誤魔化すように息を吐いた。
「エース隊長」
とりあえず街に行くかと下船しようとしたら、後ろから声をかけられる。
振り返ると、そこにはジェシーがいた。
「街までご一緒しても?」
そう言いながらジェシーはチラリと視線を動かす。
その視線の先には例のナースがいて、絡まれたくない一心で頷いた。
2人で下船して街へと向かう道中、エースは頬をポリポリと掻く。
「悪い、助かった。最近やたらと絡んでくるんだよな…」
「いえ。先日、お困りのようだったので」
ジェシーはそう言って笑った後、何かを思い出したかのようにエースを見る。
「そういえば…盗み聞きするつもりじゃなかったんですけど、ヒスイにお礼をしたいんですよね?」
「ん?あァ。何か礼がしたかったんだけど…あの調子じゃな」
溜息を吐いたエースに、ジェシーは微笑む。
「ヒスイを連れ出さなくてもお礼は出来ますよ。プレゼントをすればいいんです」
「プレゼント…」
繰り返したエースに、ジェシーは頷いた。
「エース隊長が選んだものならば、あの子は何でも喜びますよ。ただ強いて言うならば…アクセサリーなんかどうでしょうか?」
「アクセサリー?」
「はい。あの子、アクセサリーとか付けないんですよ。自分にはアクセサリーとか似合わないって思ってるらしくて。実はアタシ、ヒスイにアクセサリーを買う予定だったんですけど…今ならエース隊長にお譲りしますよ?」
ニコリと笑ったジェシーに、エースは目を丸くする。
「いいのか?」
「ええ、勿論。エース隊長からの方があの子もより喜ぶでしょうし」
「悪いな!」
エースはニカっと笑うと、腕を組んで首を傾げる。
「アクセサリー…アクセサリーなァ……」
「ここから先はエース隊長が選ぶ事に意味があるのでアタシは勿論、他の人の意見じゃなくてエース隊長自身で選んであげてくださいね」
街に到着し、ジェシーはそう言うと微笑んで去っていった。
残されたエースはヨシっと気合を入れると、とりあえず街を見て回る事にした。
この街にはアクセサリーショップは勿論、露店なども多くて賑わっていた。
エースは女性への贈り物をした経験は殆ど無く、何がいいかとあちこちに視線を向ける。
髪留め、ブレスレット、指輪、ネックレス。
女性受けが良さそうな物は多く売っているが、いまいちピンとくるものがなかった。
(うーん…これってやつがねェな)
どうしたもんかと頭を掻いた時、視界の端に入った店に視線を止めた。
フラフラと近付き、ディスプレイされているネックレスを見る。
小さな雫型の淡いピンクの宝石が付いたネックレス。
シンプルだが、ヒスイにとても似合いそうだった。
「お兄さん、それが気になるかい?」
声をかけてきた店の親父に、首を縦に振る。
「それは特に透明度の高いローズクォーツを使ってる特別品だ!淡い色が女性をより魅力的に見せてくれる一品で、恋愛運も上がるぞ。女性へのプレゼントにぴったりだ!」
親父の売り込みはエースの耳にあまり入っていなかった。
もう決めたからだ。
「親父、これくれよ!!」
「毎度あり!」
エースは丁寧に包装された箱を受け取ると、それを見てニッと笑った。
(多分これなら、あいつも喜ぶだろ)
今日は早めに戻ろうと決めると、モビーへと向かった。
ネックレスを買った日、ヒスイは白ひげと過ごしており、それを邪魔するわけにもいかなかったエースはネックレスを渡せなかった。
船が出港してからも中々2人になるタイミングがなく、自室の机の上に置きっぱなしだ。
(あー、くそっ)
上手くいかないもんだとエースは溜息を吐くと食堂へと向かう。
食堂はいつもより人が多く、何だ何だとエースは驚く。
とりあえず自分の食事を手にしてキョロキョロと辺りを見渡すと、端の方に隊長連中を見つけて近寄る。
エースに気付いた面々に適当に挨拶をすると、ドサッと席に着いた。
「何で今日はこんなに人が多いんだ?」
パンを手にしながら問いかけると、ビスタが窓を指さした。
「ああ。もうすぐしたら嵐が来るそうだ」
「マジか!」
だから皆、船内に移動してきていたのかと納得すると、エースは次々と食べ物を胃に収めていく。
「………ん?」
「どうしたエース」
「…いや、ヒスイがいねえなと思って」
いつもなら自分がこうして食事をしていたら、隣で食べていいかとヒスイがやってくる。
それが今日は中々現れないし、食堂にも姿は無いようだった。
「なんだなんだ、寂しいのか?」
「そんなんじゃねェよ」
ニヤニヤする面々にぶっきらぼうに答えると、エースは肉にかぶりつく。
「ヒスイは…」
静かに煙管を吹かしていたイゾウが話し出したので視線を向ける。
窓の外を見ているイゾウの表情はどこか暗かった。
「ヒスイは今日は部屋から出て来ないんじゃねェかな。嵐だし」
「え?なんで?」
聞き返すも、イゾウは答えなかった。
他の面々も何か知っている様だったが、口を開かなかった。
その態度にモヤモヤして水を飲むと、コップをダンっと机に置いた。
「マルコもサッチもお前らも…なんか知ってんなら教えてくれよ!すっげーモヤモヤすんだよ」
そう言って面々を睨みつけるエースに、ビスタ達は肩を竦める。
「こらエース。でっかい声を出してんじゃねェよ」
ゴンっと覇気を纏った拳で頭を殴られ「痛ってー!」と振り返ると、そこには呆れた様子のマルコがいた。
「そりゃデカい声も出したくなるだろ!知ってる雰囲気出しといて教えてくれないとか、気になって仕方ねェじゃねえか!」
立ち上がったエースの肩を掴んで座らせると、マルコも隣に座る。
「なあエース。誰にでも触れられたくない部分ってのはあるはずだ。ヒスイにとっては街や嵐がそうだ。ヒスイ自身がお前に話すならともかく、おれ達が言うわけにもいかねェだろ?匂わせたおれ達も悪いが、そこは理解してくれ」
そう言ってコーヒーを飲んだマルコに、エースは項垂れる。
「言ってる事は、わかるけどよ…」
「大体、なんでそんな気になんだ?ついに惚れたか?」
そう言われて、エースはボッと体を燃やした。
すぐに元に戻したが時既に遅く、その反応を見た面々はニヤニヤと笑っていた。
「ほー…」
「そうかそうか」
「み、見んじゃねェ!」
エースは周りの面々を睨むが、ニヤニヤとした表情は更に増すばかりだった。
「おれらのヒスイちゃんも、ついに嫁に行くのか…」
オロロと泣き真似をしながら現れたのはサッチだった。
「よ、嫁は……まだ早いだろ」
そう言ってそっぽ向いたエースの前に、サッチは手にしていたトレイを差し出す。
「惚れた女に持ってってくれないか?何も食べてないはずだからよ」
トレイにはサンドイッチとココアが乗せられていた。
「頼めるか?」
「……おう!」
サッチに頷いてトレイを受け取ると、エースはそそくさと食堂を出て行った。
それを微笑ましく見送ると、エースが残して行った食事を見て溜息を吐き、後片付けを始めた。
一方、食堂を出たエースはヒスイの部屋に向かう前に一度自室に戻ると、ネックレスを手にした。
自室を出ると、移動している間に嵐が来たのか船の揺れが激しくなり出した。
「おっと…」
トレイを落とさない様に気をつけながらヒスイの部屋に辿り着くと、コンコンっとノックする。
「……はい」
「ヒスイ、おれだ」
聞こえてきた元気のない返事に心配になりつつ声をかけると、中で慌ただしく人が動く気配がした。
「え、エース君……?」
さっきよりも近くで声が聞こえたので、扉の方へ移動してきたのだろう。
「おう。なんも食ってねェんだろ?サッチがサンドイッチ作ってくれてんぞ。食おうぜ!」
そう声をかけるも「えっと…」と戸惑う声がして扉は開かない。
「そんなに具合悪いのか?」
「ち、違うの!その…」
言い淀むヒスイに、エースは首を傾げる。
「今…人前に出れる様な顔じゃ無くて…」
「おれしかいねェから、大丈夫だ」
「え、エース君だから余計にダメ!……恥ずかしいじゃない」
その言葉に、フッと笑うと優しく声をかける。
「お前、おれの嫁になるんだろ?だったら、どんな顔でも見せろよ」
らしくない言葉に自分で恥ずかしくなって、体から少し火が出た。
「あう…」
中でヒスイの声がしたかと思うと、少しして扉が少し開いた。
扉の隙間からは頭にシーツを被ったヒスイがこちらを見上げていた。
「あの…笑わないでね?」
「笑わねェよ」
そう返事をすると、ヒスイはやっと扉を全て開き、エースを招き入れた。
カーテンは締め切られており、ベッド横のサイドテーブルに置かれたランプの灯りだけが部屋を照らしていた。
「あの、椅子とかないから…ベッドにどうぞ」
そう言われてエースはサイドテーブルにトレイを置くと、ベッドへと腰掛ける。
自分はどこに座ろうかとうろうろしているヒスイの腕を掴むと「お前の部屋だろ」と笑ってベッドへと座らせた。
「……別に、普通じゃねえか。ちょっと顔色は悪いかも知んねえけどな」
座ったヒスイの顔を見ると、エースはそう言って笑った。
「とりあえず、サッチが折角作ってくれたんだからよ。食べてやれよ」
わしゃわしゃとヒスイの頭を撫でると、ヒスイは「うんっ」と頷いてサンドイッチへと手を伸ばした。
その様子を見てエースはよしっと笑うと、部屋を見渡す。
最低限の物しか置いておらず、かなりシンプルだ。
元々船に乗っていた訳ではないとはいえ、物が無さすぎる、少し心配になるくらいだ。
「エース君?」
部屋を見渡している間にヒスイはサンドイッチを食べ終えた様で、手にはココアの入ったマグカップを持っていた。
「…さっきよりは顔色が良くなったな」
そう言って、頭から被っているシーツを脱がせる。
顔色にも赤みが差し、先程よりは血色が良くなっていた。
「サッチさんのご飯食べたからね。それに…エース君も来てくれたし」
ヒスイがそう言って笑うと、エースは気恥ずかしくて目を逸らした。
「心配かけてごめんね?」
謝ったヒスイの頭に、ポンっと手を置く。
「気にすんな」
ニカっと笑うエースにヒスイも微笑み返すと、ココアを口にする。
その様子を見ていたエースは、食堂でのことを思い出していた。
(嵐だから部屋を出てこない…か)
それに、街に対しても何かあるようだった。
聞いていいのかどうか、エースは考える。
それに気付いたのか、ヒスイは首を傾げながらエースを見た。
「エース君、どうしたの?」
「いや…その、よ」
すごく聞きたい、気になる…が、ああやって皆が隠すくらいなのだから、コイツにとって嫌な事なのは間違いない。
そう考えたが、エースはヒスイの事を知りたかった。
「……嫌だったら言わなくていいんだけどよ」
「うん」
「……街とか、嵐に対して……なんかあんのか?」
エースの問いかけに、ヒスイは少し強張った顔をした後、困ったように笑った。
エースはしまった!と思い慌てて「やっぱり言わなくていい!」と言ったが、ヒスイは首を振った。
「お嫁さんになるなら、エース君には知っておいて欲しいから」
いつか聞いたようなセリフを、今度は否定せずに頷いた。
ヒスイはその様子に嬉しそうに笑った後、ココアをテーブルへ置いて自分の足を抱え込むように座った。
「……前にね、人攫いの話をしたの覚えてる?」
出会った当初、どこでオヤジと知り合ったのか聞いた時に教えてもらった話だ。
それに頷くと、ヒスイは続きを話し出す。
「……私たち家族が襲われたのは、家族で旅行に出かけた大きな街だったの。旅行の途中で嵐が来て……宿で待機している時に。人攫いは、どこからか…母や私が人魚だって知ったみたいで…」
“街”に“嵐”
出て来た単語にエースは目を見開いた。
「ありきたりだけど…そこからね、怖いの……小さな街や村も怖いけど、まだ頑張れる。でも、大きな街や嵐の日は…怖いの」
街に出るのが怖い。
明かりをつけるのが怖い。
人攫いに見つかってしまいそうだから。
そう言って小さくなるヒスイに、エースは拳を握った。
「ヒスイ」
名前を呼ばれ、ヒスイは顔をあげる。
「話してくれて、ありがとな」
「ううん…こっちこそ、聞いてくれて…ありがとう」
そう言って笑ったヒスイが意地らしくて、エースは思わず抱き締めた。
「え、エース君!?」
突然の行動と目の前に広がるエースの胸板に、ヒスイは顔を真っ赤にする。
ワタワタと暴れるヒスイを更にぎゅっと抱きしめると、エースは口を開いた。
「無理にとは言わねェ…もしお前の勇気が出たら、おれと街に行こう。何があっても守ってやる。それに…こうした嵐の日は楽しいことしようぜ!そしたら、嫌な記憶も塗り替えられていくだろ?」
少し体を離してニカっと笑ったエースにヒスイは目を見開いた後、その目に涙を滲ませた。
「わ、悪い…嫌だったか?」
「ううん…嬉しくて」
ヒスイはそう言って、ニコリと笑った。
その様子にホッとして座り直した時、カサッと音がした事にネックレスの箱を持っていたと思い出して、ズボンに入れていた箱を取り出した。
「そうだ、これ」
渡された箱を、ヒスイは不思議そうに見る。
「これは…?」
「この前、宝を譲ってくれただろ?それの…礼」
頬を掻いて視線を逸らすエースに、ヒスイは目を丸くする。
「そんな…気にしなくてよかったのに」
「いいから。受け取ってくれよ」
その言葉にヒスイは頷くと、嬉しそうに笑う。
「開けてもいい?」
「いいぜ」
返事を聞いてヒスイは丁寧に包装を解いてゆく。
包装を全て剥がし箱を開くと、現れたネックレスにヒスイは目を輝かせた。
「わぁ…!可愛い」
「……それ見た時によ、お前に似合いそうだなと思って」
「私に?」
頷くと、エースはネックレスを手に取る。
そのままヒスイの首へと手を回すと、ネックレスをつけた。
「…よしっ、思った通りだ」
エースがニカっと笑うと、ヒスイは頬を赤らめた。
「エース君……色々とありがとう」
そう言って微笑んだヒスイに、エースは胸がドキッとするのを感じた。
(あー、くそっ!)
エースは改めて自分の気持ちを理解して、ヒスイの肩を掴む。
「ヒスイ。大事な話がある」
「どうしたの?」
首をこてんと傾けて問いかけるヒスイに頬を赤らめながら、エースは口を開いた。
「その……いきなり嫁は無理だけど…おれの……か、か、彼女にならないか…!」
ギュッと目を瞑りながら言ったエースの言葉に、ヒスイは目を丸くした。
「彼女……?」
ポツリと呟かれた言葉にエースが目を開くと、ジッとこちらを見るヒスイと目があった。
「お、おう。その…まずは段階的にだな」
「…彼女にしてくれるってことは、エース君……私のこと、好きになってくれたの………?」
不安そうに問いかけてくるヒスイに、大事なことを言えてなかったと思い出してエースは慌てて口を開く。
「わ、悪い。肝心な事が抜けてた……ヒスイ、お前の事が好きだ。側で笑ってて欲しい」
そう言ってエースが微笑むと、ヒスイの顔は真っ赤に染まる。
頬に手を当てて視線をキョロキョロとさせるヒスイが面白くて、エースは思わず笑った。
「で?彼女になってくれるか?」
「はぅ……あの、あの……して、ください。エース君の、彼女に」
しどろもどろになりながらヒスイが返事をすると「よしっ!」とエースはガッツポーズをしてヒスイを抱き締めた。
「ありがとうな!ヒスイ」
「こ、こちらこそ…!エース君、ありがとう。お嫁さんへ一歩近付いたね」
えへへと笑うヒスイが愛おしくて、エースはヒスイの両頬を包み込むと顔を近付ける。
「なあ、ヒスイ」
「は、はひ…」
「なんて返事だ」
至近距離のエースにテンパるヒスイに笑うと、スリッと親指で唇を撫でた。
「キスしてもいいか?」
そう問われヒスイは益々顔を赤くしたが、少しして「うん」と返事をし、目を瞑った。
それを見てエースは微笑むと、自分の唇をそっと重ねた。
(柔らけぇ)
ヒスイの唇が柔らかく、離したがまた引っ付けたくなる。
「エース君…?」
何も話さないエースに不安になったのか、目を開いたヒスイがエースの名前を呼んだ。
「ヒスイ、嫌になったら…叩いてくれ」
「えっ?んっ…!」
エースはそう言うと、再びキスをした。
それにヒスイはビクリと肩を震わせた後、エースの膝に手を置いてギュッとズボンを握りしめた。
その行為が可愛くて、エースは何度もキスをする。
唇を合わせるだけの軽いものだが、ヒスイはいっぱいいっぱいのようだった。
「エース君、ちょっ、待って…」
キスの合間にぺちぺちと腕を叩きながらそう言われ、ハッとしてエースは顔を離す。
「わ、悪い。嫌だったか…?」
そう問いかけると、目を潤ませたヒスイが首を横に振った。
「ち、違うの…その、苦しくって」
「苦しい?」
そう聞き返すと、ヒスイは頷いた後に恥ずかしそうに俯いた。
「その…こんな年齢だし、本とか人の話とかで何となく聞いた事はあるけど…いつ息をしたらいいか分からなくって…私、エース君が初恋で、他の人とこういう事、経験ないし…」
モジモジとするヒスイと“初恋”の単語にマルコが言ってた事は本当だったんだなと考えた後、エースはぎゅうっとヒスイを抱きしめる。
「いや、こっちこそ悪い。その…少しずつ慣れてくれたらいいさ」
そう言って笑うと、ヒスイも嬉しそうに笑った。
(…ヤバい)
またキスをしてしまいそうになり、エースは何とか我慢するとヒスイの手を握った。
「嵐が怖くなったら…今日のこと思い出してくれ。そしたら…少しは怖さも薄れるだろ?」
「うん!」
ニコリと笑ったヒスイの頭を撫でると、エースは「よしっ」と言ってトレイを手にした。
「おれが一緒にいるから、部屋出ないか?」
エースの言葉と差し出された手にヒスイは体を強張らせたが、ギュッと胸元で手を握って頷いた。
「サッチさんに…ごちそうさまって言いたい」
「なら、行くか!」
エースの言葉にヒスイは頷くと、手を取り共に部屋を出た。
食堂へと向かうと、ヒスイが現れたことにサッチやマルコが目を丸くしていた。
ヒスイがエースにトレイを貸して欲しいと言うから渡すと、サッチの元へと行き「サッチさん、とても美味しかった!ありがとう」と礼を言った。
それにサッチはブワッと涙を流しながらトレイを受け取ると、ヒスイの頭をワシワシと撫でた。
ヒスイはえへへと笑った後、エースの隣に戻ると再び自分の手をエースの手と重ねて微笑んだ。
エースもまた手をギュッと握ると、ニッと笑った。
そんな様子を見て、いつもなら揶揄う面々もただただ微笑ましくその光景を見ているだけだった。
「泣かすなよ」
誰かが言ったその言葉に、エースは「あったりまえだろ」と笑った。
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