花魁少年
名前変更
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「ただいま」
「お帰りなさいませ!」
駆け寄ってくる禿に笑いかけながら、目の前の建物に入る。
「お帰りなさいませ」
「爺、ただいま」
頭を下げた老人に、笑いかけながら高く結った髪留めを解く。
重力に従い、長く綺麗な髪はさらりと伸びた。
「すでにお客人が来られておりますよ」
「誰?」
爺に尋ねた彼の表情は、先ほどと違い、艶やかなものだった。
「狼でございます、“杏”様」
杏と呼ばれた彼は、微笑んだ。
「失礼いたします」
胡桃が襖を開け、中にいた男と目が合う。
「お久しぶりですね、斎藤さん」
杏はにっこり微笑み、中に入った。
そして、頭を下げて襖を閉めようとした胡桃を呼び止めた。
「斎藤さん、少しだけ胡桃を中に入れてもよろしいですか?」
「構わん」
返事を聞き、部屋の中に胡桃を招く。
「なんでしょうか?」
きょとんとする胡桃に笑いかけながら、髪に手を伸ばした。
「お誕生日おめでとう」
「あ…」
胡桃の髪には、綺麗な髪飾りが付けられていた。
「これ…」
「朝にね、町に行ってたの。胡桃の誕生日の贈り物を買いに」
嬉しさで涙を目に溜める胡桃の頬に手を添える。
「お前はほんと、よく頑張ってる。これからもその調子で…私の傍でお前の成長を見してね?」
「はい!!」
胡桃は元気よく部屋をすると、2人に頭を下げて部屋を出た。
「さて、大変お待たせしてすみません」
「構わん。その分たっぷりと可愛がってやる」
不敵に笑った斎藤に、杏は視線を逸らした。
「しかし、ほんとに変わった遊廓だな」
「ええ。ルールを大概無視した遊廓も、面白いでしょう?」
そう言って笑う杏の顔は、この遊廓の主の顔だった。
「高いお金もいらない。出身も別に隠す必要はない。性別も関係ない。身請けは互いの気持ちが一致すればいつでも出て行けばいい。そんな変わった遊廓も、いいものでしょう?」
妖艶に笑う杏の肩を、斎藤は引き寄せた。
「現にお前も、男だしな」
「ええ」
にっこりと見せる微笑みは、男のものには見えなかった。
そう、ここは変わっている。
例えば、花魁には、茶屋を通して取り次いでもらわなければならないが、ここではそのようなことはいらない。
茶屋で豪勢に遊び金を落とす必要もない。
初会・裏・馴染みと会う事に関しても規則的なものがあるが、その規則もこの遊廓では特にない。
しかし、床入れに関しては本来の遊廓と同じで3回目からとなっている。
他には…客が他の人のところに通うのは浮気とみなされたり、指名が被った場合新造が相手をするが、床入れはしない。
廓詞も使わないため、親しみやすい点もこの遊廓にはある。
(ただ、訛りを出しすぎるのはダメだが)
胡桃がここに来たとき、訛りが凄すぎてはじめは何を言ってるのかわからなかった。
昔の事を考えていると、斎藤に顎を掴まれた。
「何を考えている?」
「いえ、特には」
ジッとこっちを見る斎藤に、杏は頭を預けた。
「………」
暫く見つめ合い、斎藤は唇を寄せる。
「っ……」
が、杏はフイっとそれを避けた。
「どうした?」
「いえ…貴方から他の方の匂いがしたものですから」
少しムッとしながら、斎藤を見る。
「奥方のものですか?」
「そんなもの…いない」
「また見え透いた嘘を」
クスクスと笑う杏を、黙らすかのように斎藤は口付けた。
「んん…」
杏は一瞬驚いたが、すぐに目を細めて笑った。
(知ってますよ、偽りの夫婦だってこと)
杏は斎藤をこうしてたまにからかうのだ。
口を割られ、舌を入れられる。
「んんっ…」
少し苦しくなって、斎藤の肩を叩いたが、意地悪く笑う斎藤は唇を離さない。
(この…!)
思わず地が出そうになり、慌てて心を落ち着かせた。
大人しくされるがままになっていると、気をよくしたのか、斎藤は唇を離した。
「斎藤様…急は私の心臓によくないですわよ?」
「お前なら大丈夫だろう」
ニッと笑った斎藤に、つられて笑った。
その時、外がなにやら騒がしいのに気づいた。
爺と胡桃、それに男の声がする。
「気になるのか」
ジッと襖を見ていた杏に、斎藤が問いかけた。
「少し…私はここの主でもあるので」
「………」
斎藤は何も言わずに、杏の肩から手を離した。
行け、と。
彼の優しさに頭を下げ、立ち上がった。
「何事ですか?」
「杏様!!」
騒がしいのはどうやらこの遊廓の入り口で、最奥と言っていいほど、入り口から遠い部屋にいた杏達のところまで声が聞こえていたのだ。
まだそこまで人が入っていなかったのも1つの原因だが、あそこまで声が響くことはそうそうない。
(よっぽどデカい声だったんだな)
はぁ…と頭を抱えたくなるが、そんな様子を微塵も見せず、前を見た。
そこには、先程見た顔が。
あえてなにも言わず、爺に顔を向ける。
「爺、彼等は?」
「はぁ…実は…」
耳元でこっそりと告げられたのは、「紅杏に会いに来た」という内容だった。
「なるほど…」
杏は目を細め、眼前の人物達を見た。
「お客人、貴方達は今朝方紅杏に会った者ですね?」
「そうでござる」
目の前にいる4人組の1人が、返事をした。
「生憎ですが、紅杏は今は仕事中でして…すぐにお会いする事は出来ません」
「仕事中?」
「はい。そうですね…」
杏はチラリと時計を見た。
時計は今は6時を指している。
「すみませんが、9時を回ったらまた来ていただいてもよろしいですか?」
その時には、会えるようにしますので、と告げられ、剣心達は頷いた。
「杏様…」
「爺、今の聞いた通り。生憎今日は斎藤様と会うことしか聞いてません。ですので…この後の時間は斎藤様とだけ過ごし、その後に彼等を迎えます。今日はもう客は受けません」
「…わかりました」
爺は頭を下げ、去っていった。
「胡桃」
「はい!」
「彼等が来たら、私の隣の部屋に通してください」
「わかりました!」
胡桃もぺこりと頭を下げ、去っていった。
「さてさて…」
酒でも飲んでいるであろう彼を浮かべ、踵を返した。
END 客と来訪者