花魁少年
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翌日、紅杏が向かったのは斎藤一のもとだった。
一番古い顧客でもある彼のもとへ、一番に訪れた。
そうしないと失礼だと思ったからだ。
「斎藤様、此度は身請けの話ありがとうございます」
「………」
黙ったまま此方をジッと見る彼にふぅ、と溜め息を吐いた。
「一さん、此度は何故私に身請けの話など?」
「……面倒」
「はい?」
「面倒が起きる前に身を固めようと思っただけだ」
煙草を吸う彼に杏は頭上にハテナを浮かべた。
「面倒…とは?」
「俺と時尾が嘘の関係だとバレた」
斎藤の言葉に杏は驚いた。
彼ら斎藤夫婦は表面上は夫婦として過ごしているが、実は結婚も何もしていない。
彼が言うには互いの利害が一致した為、一緒にいたのだと言う。
しかし、その嘘の関係がバレた。
ということは、彼に何かしらの面倒が起きるという事だ。
「嘘がバレた翌日から婚約しろだのと上の奴から次々と話が回ってくる。しかし、そんな奴ら俺はいらん」
煙草を消すと、斎藤はその鋭い眼差しで杏を見た。
「今俺が欲しいのはお前だけだ」
ストレートな言い方に頬が熱くなるのがわかった。
「紅杏」
本名を呼ばれ、その目をジッと見る。
「俺はもうすぐ異動する。一緒に来い」
紅杏はその言葉に、ただ不敵な笑みを浮かべただけだった。
次に訪れたのは、四乃森蒼紫のもと。
彼が泊まっている宿屋へと足を運ぶと、何も言わずに彼に抱き締められた。
「四乃森様?」
「蒼紫でいい。話し方も普通に話せ」
「蒼紫…これでいいか?」
頷いた彼にふぅと溜め息を吐いた。
「蒼紫はなんで俺に身請けの話を?」
少し体を離した彼を見る。
「葵屋へ戻ると、いつもお前の事を思い出す」
「……」
「今ここにお前がいたら…いつもそう思う。傍に居て欲しいんだ」
ギュッと再び抱き締めてくる彼を抱き締め返す。
「蒼紫は俺の事余り好きじゃないと思っていた」
「何故だ?」
「俺の客として足を運び、一緒に過ごしても俺の事を抱かない」
ジッと此方を見る紅杏から、蒼紫は目を反らした。
「俺は…他の奴と紅杏を共有したくなかった。俺だけのお前になった時に…思う存分抱きたい」
それに、俺は精一杯好意を示していたつもりだ。
そう言って照れ臭そうにする彼に紅杏は笑った。
「失礼します」
「あぁ」
次に訪れたのは志々雄のもとだった。
「………」
「………」
お互いに見つめ合うが言葉は発せられない。
志々雄は紅杏が口を開くのを待ち、紅杏は何を言おうか考えていた。
(なぜ身請けしたいのか。いや、それよりも…)
「由美さんは?」
「…京都で帰りを待っている」
「そうではなく、今回の事は…?」
「知っている」
志々雄は真っ直ぐに紅杏を見ていた。
「俺は由美よりもお前が欲しいんだ」
そう彼女に言ったと、志々雄は呟いた。
「何故…あんた、由美さんがどんだけ…!!」
「わかっている。だけど俺が欲しいのはお前だ」
グイッと引き寄せられ、クイッと顎を掴まれ上に向けられる。
「俺が体も心も欲しいと、強く望むのは…お前だけだ」
唇が触れそうな程至近距離で囁かれ、思わず頬を染めた。
「それだけは…覚えておけ」
顔から手を離され、抱き締められる。
いつもより少し早い志々雄の鼓動に、紅杏は目を閉じた。
「失礼し「紅杏さん!!」
呼ばれた宿屋の一室に入ろうとすれば、いきなり飛び付かれた。
「!!」
「お久しぶりです!!」
なんとか倒れるのを耐えて飛び付いてきた彼を受け止めた。
「宗次郎、いきなり飛び付いてくるなよ!危ねーだろうが!!」
「紅杏さんに会えたのが嬉しくて…」
照れた様子の彼に溜め息を吐きながら部屋の中へ移動する。
「あのなー…いや、いい」
ニコニコと笑う宗次郎に溜め息を吐いた。
「それよりも、お前が身請けの話しに来るとは全然思わなかった」
「やっぱりですか?これでも僕、ずっと紅杏さんの事好きだったんだけどな…」
座る紅杏の顔を宗次郎は覗き込む。
「ずっと?」
「はい。志々雄さんと初めて貴方のもとへ来てから…」
恥ずかしそうに話す彼に紅杏は溜め息を吐いた。
「とりあえず、落ち着け」
気分が高まる彼にそう告げると、彼は口を閉ざして嬉しそうに笑った。
次に訪れたのは神谷道場だった。
以前訪れたその道場に向かっていると、道場の前で出迎える様に剣心と左之助が立っていた。
「出迎え?」
「そうだ」
ニッと笑った左之助に、剣心は苦笑した。
「二人纏めてで悪いでござるな」
「いや、ウロウロするよりは纏めていてくれた方が楽だ」
微笑む紅杏に2人はホッと安堵の息を吐いた。
「で?後ろでこっちを見てる2人も混ぜて話し合いでもするか?」
紅杏が指差し、剣心達が振り返ると此方を伺う薫と弥彦が目に入った。
「左之…茶屋に行くでござる」
「そうだな」
ガシッと両脇を掴まれたが、紅杏は動かなかった。
「別にやましい事をするわけじゃねぇんだ。別にここでもいいじゃねぇか」
そう言って神谷道場内に足を進める。
「どっか一室貸してくれね?」
「え?えぇ…いいわよ」
薫に連れられ、歩き出した。
「どうぞ」
「ありがと」
通された部屋に入り、座ると目の前の男2人を見た。
「剣心はともかく…左之助と俺は接点が少ないはず。なんで身請けになんか来たんだ?」
「俺はお前の強さに惹かれたんだ!!店の主としての立ち振舞い、思わず惚れ惚れしちまったぜ」
所謂、一目惚れさ。
そう言って笑った左之助に紅杏は少し唖然とした。
「拙者は…その…」
モジモジと話す剣心に今度はククッと笑う。
「わかったから、2人とも落ち着け」
少し興奮気味の2人を落ち着けようと、紅杏は苦笑した。
最後に訪れたのは雪代縁のもと。
呼ばれた宿屋へと向かうと、縁は宿屋の前に立っていた。
「ゆき…縁様」
「ヤア、待ってたよ」
そう言って彼は笑うとゆっくり近づいてき、紅杏の手をとった。
「縁様?」
「もう、敬語じゃなくて普段の紅杏の話し方でいいヨ」
そう言いながら歩き出す縁を見上げる。
「何処に行くんだ?」
「只の散歩だ」
前より幾分か自然に、そして少し優しく笑った彼に紅杏も笑った。
「あんたは何で身請けなんか?」
「何でだろうナ。俺にもよくワカラナイ」
でも…と続け、縁は繋いだ手に力を込めた。
「全て終わったラ迎えにこようって、紅杏の気持ちも関係無くそう思ってイタ」
今までのぎこちない感じではなく、本当に自然な笑みを浮かべた彼に紅杏は少し驚いた。
「そんな顔も出来るんだな」
「そんな顔?」
「何かを慈しむ様な優しい顔」
悪戯に紅杏が笑うと、縁は照れ臭そうにかけていた小さな丸眼鏡を少し上にあげた。
「ただいま、爺、胡桃」
「お帰りなさいませ」
「兄様、お帰りなさい!」
髪を結っていた紐を解き、胡桃へと渡す。
「皆様と会われてどうでしたか?」
「……爺、俺は…私は此処が、ここにいる皆が好きだ」
紅杏は胡桃を抱き上げ、爺を見た。
「しかし…それと同じくらい、大切に思うやつが出来てしまった、みたいだ」
眉間に皺を寄せる紅杏を見て、爺と胡桃は顔を見合わせて笑った。
「それはよう御座いました」
「兄様、此処は私達が守りますから!」
安心して、幸せになってください。
そう言って笑う2人に少し涙が出た。
END 一週間