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おはよう(仁王)

 休日。目を覚ますと、いつもと違う感覚がした。ベッドの硬さも、枕の柔らかさも、空気の匂いも。ふと、背中に感じる暖かさと、お腹に巻き付いている腕、すうすうと聞こえる寝息に気がついた。そこでようやく、昨日から雅治との同棲がはじまったことを、わたしは思い出した。

 お互い社会人になって数年、ようやく仕事も手についてきた、収入も上がったので同棲しよう、という話を彼から提案してきたときは、わたしは嬉しくてちょこっと泣いてしまった。彼がそんなことを言ってくれるとは思っていなかったからだ。今までずっと、プランを立てるのはわたしの役目、それに着いてくるのが彼、というのが当たり前になっていたから、まさに目から鱗だった。泣いている私を見て狼狽えていたのも、「泣かんで」と弱々しく言いながら、くたびれたスウェットの袖で涙を拭ってくれたこともよく覚えている。
 それからしばらくの間、私たちの不動産屋さん巡りの日々が始まった。条件は、駅から歩いて15分以内、2階以上、独立洗面台、コンロ2口以上、南向き。広めのお風呂もあれば尚良し。その条件を言うたびに、不動産屋さんは難しそうな顔をしていたけど、どれも譲れなかったので根気よく探した。ふたりであーだこーだ言い合いもよくしたね。結局、理想の部屋を見つけるのに3ヶ月もかかった。決まったその日の夜は宅配ピザでパーティーをして、なんだか嬉しくてまた泣いてしまった。彼は食べていたピザを乱雑に皿に置いて、汚れていない指で涙を拭ってくれた。ひどく優しい手つきだった。
 次に待っていたのは家具と家電選びで、これは驚くほどスムーズだった。ふたりとも一人暮らしをしていたので、使えるものはそのまま使う予定だったし、もともと好みが似ていたのでむしろ楽しんでいた。引越しの手続きだけはギリギリになってしまって、そこだけ喧嘩の原因になってしまったけど、丸く収まったので良しとしたい。

 ここまでたった半年だけど、長いような短いような、名残惜しいような。不思議な感覚だった。なんだか無性に彼の顔が見たくなって体の向きを変えると、お腹にあった腕はもぞもぞと背中へ移動した。彼はまだ気持ちよさそうに寝ている。

「おはよう」

 ささやくように声をかけても反応はない。雅治は寝起きが悪いから、寝ているのか起きているのかわからないときがある。起きていると眉間にしわを寄せて、ん、と短く返事をくれるし、寝ていれば無反応だ。わたしはそれらがすごく好きだ。いつもはかっこいいけど、無防備なときは可愛らしい。いまこの空間には、私と彼のふたりだけ。邪魔するものはなにもない。唯一あるとすれば、カーテンから微かに漏れる光だろうか。だが彼が起きる気配はまだなく、わたしは二度寝をすることにした。しあわせだな、と思いながら目を瞑ると、車の走っていく音が聞こえる。再び訪れた静寂のなかで、いつもと違うベッドと、枕と、匂いと、彼に包まれながら意識が落ちていく。
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