gift
夢と希望を背負ったニンゲンが何度も挑んでくるのを、歯噛みしながら、キラキラしたまなざしで、アズリエルはずっと見つめていた。ギャラクティックブレイジングや、ショッカーブレーカーで散っていくタマシイが、少しの時間ののちに、必ずふっかつする。なんど倒しても、なんど罵倒しても。
諦めてしまえ。この時間軸はもうしょうめつするんだ。おれが消滅させるんだ。
──このままボクが負けたら、どんな終わりになるだろう。
さまざまなものが混ざり合ったタマシイのなかで、苛立ちとともにニンゲンを睨む声と、久しく感じる未知への好奇心が綯い交ぜとなって、アズリエルは立ち尽くした。
真っ暗闇のなか。
ここにはなにもない。時間軸から外れた、ちいさな休憩所。フラウィーのすがたでセーブとロードを繰り返していたころ、息をつく間もなく生き返るのが嫌だったときに見つけた亜空間。「ケツイ」の力を持つフラウィーは簡単にここを訪れることができたし、今でも訪れ方を覚えているので足を踏み入れることができた。
ときどきぶきみな顔をしたはかせや、はかせを探している複数人の白衣の男たち、ウザいイヌ、ムスメを探す知らないおばさんなどとすれ違うけれど、今やこの世界の神として君臨するアズリエルの前を通る存在はいない。
ちょっとひとりで考えをまとめたい。
結局おれはあのニンゲンをどうしたいんだ?
ケツイをし直してから、あの時間軸に戻ろう。
亜空間なだけあって、ここでどれだけ思考を回したって、現実じゃあ一秒も経たない。そういう場所に、アズリエルは逃げ込んだ。
だってあいつが──ニンゲンが、何度も何度も立ち向かってくるから。
ほだされちゃあ意味がないのに。終わらせたってろくなことにはならないのに。どんなに幸せな終わりを迎えたって、おれは置いて行かれるだけなのに。
「……キャラ……」
「キャラ?」
アズリエルが呟きながら視線を落とすと、暗闇が広がるはずのそこには、知らないニンゲンが立っていた。幼い少女だ。あのニンゲンとは違う、ぽってりした頬とつぶらな瞳。首を傾げるとふたつに結ばれた黒い髪が揺れる。
「だ……っ、だれだよ、オマエ。もうここには、誰もこないはずなのに……」
「かなしそう……だいじょうぶ?」
少女はアズリエルの問いに答えず、ゆったりと腕をの伸ばした。小さな手が、成長したアズリエルの胸元に添えられる。本当は頬を触れたかったらしく、一生懸命背伸びをしていた。
知らないニンゲンなのに、なぜだか胸がしめつけられた。肉体がないからだろうか。死んでいると、感覚で感じ取れる。もう死んだニンゲンだから、この空間でだけ形を保てるのだろうと直感的に理解する。
「だいじょうぶじゃないから、ここに来てるんだよ。もう放っておいて。おれは、少し休んで、あっちに戻るんだから。ひとりにしてよ」
「でも……さみしそう」
「さみしくなんかない。さみしいわけあるもんか」
「わたしは、さみしいよ。暗いところでひとりだったら……わたし、だったら」
「うるさいな!」
アズリエルは少女の手を払った。少女は、払われた手を見て、ぱちりと瞬きをする。ぽかんとした顔はどうして拒絶されたか分かっていないような顔だったけど、アズリエルは少しだけ焦る。咄嗟に自分よりも幼い存在を無碍に扱ったことに罪悪感を覚えたから。
少女が泣き出してしまわないかという心配も頭によぎるが、少女はじっとこちらを見上げるだけで、特に泣いたりしなかった。
「なんなんだよ、オマエ……」
「ひとりじゃ、ないよ」
少女がそう言って、アズリエルはかっと自分の頬に熱がのぼるのを感じた。
「おれは、ひとりだ!」
「ひとりじゃ、ないよ。だいじょうぶだよ」
「ひとりになるんだ、これから。あのニンゲン、なんども立ち向かってくる。そのうち、ボクは負けるかもしれない。そうしたら、タマシイがバラバラになって、何もかももとにもどるだろう。みんなはあの太陽の下へ。ボクはカラッポなお花のフラウィーに──だれも愛せない存在に! 誰も愛せないボクが、たいせつなものをたいせつにできないボクが、ひとりじゃないわけがない!」
アズリエルは激昂しながら、なぜこんなことを、見知らぬニンゲンに言っているのだろうと思った。でも、すぐに思い直す。この空間に時間のながれはない。夢のようなものだ。
夢は、醒めたら消えてしまう。なかったことになるのなら、べつにいいや、と心の奥底で思った。
「わたしは、ついていくよ……」
「……え?」
「ずっと、あなたをみてた。あなたが犯したつみも、くるしみも、ぜつぼうも、ちかくでみてたよ」
「……なんで……」
「わたしも、わるいことしたの。わるいことをしたらね、あやまらないといけないんだよ。いっしょに、ごめんなさいって言う、おてつだいするよ」
「……わるいこと?」
善性の塊みたいな見た目とふるまいをしているくせに、自分と同じだけの罪を犯しているとでもいうのか。アズリエルが少し興味を持って少女に聞き返すと、少女はことさら真剣なまなざしと声で言った。
「…………ママの、いいつけをやぶったの」
「は?」
「ママの、いいつけをやぶって、ひとりで山に行ったの。それで……おちて、そのまましんじゃった。すごくわるいことをしたの……だから、だいじょうぶだよ、いっしょにあやまりにいこう」
「は?? いや、すごくしょうもないじゃん。そんなことなら、ひとりであやまってきなよ」
「あなたが一人になっちゃうよ。だから、いっしょにあやまりにいこう」
「なんでおれがオマエの母親にあやまるんだよ……」
トリエルの暖かい横顔を思い出す。たしかに、親より先に死んでしまったという意味では同じ罪を犯しているし、トリエルになら謝りたいと思うけれども、幼い少女の言葉は幼いだけあって筋が通っていないというか、むちゃくちゃだ。なにもだいじょうぶではないように思える。
それにしても、あの花畑の上でひとりでひっそり死んだのか、とアズリエルは少女を見る。愛されて育ったのだろう。容姿は小綺麗にされているし、細すぎず太すぎずの体格は、きちんとした食事を与えられた子どもに違いなかった。
「ぜったい、いっしょにいるよ、あのお花さんになっても」
「……なんで、そこまでいうの」
「お花さんが、わたしを埋めてくれたから」
「……花の、ボクが?」
そんなことをしただろうか。
どんなに思い出そうとしても、長く、長く、何度も同じ時を繰り返して長生きをしているアズリエルの記憶には、少女の姿は残っていなかった。
フラウィーが気紛れに埋葬したのなら尚更だ。またニンゲンが死んだのか、くだらないな……と、そんなふうに思いながら、邪魔だから埋めたくらいの関心だったに違いない。そんな記憶が、アズリエルとなった自分に残っているわけもない。
「覚えてないよ」
アズリエルが素直に言った。
「いいの。土のうえは、寒くて……うまく眠れなくて……だから、うれしかったから……」
でも、少女にとってアズリエルが覚えているかいないかなんて関係ないみたいだった。
「ありがとう……」
そう言われて、アズリエルの心の奥で、なにかが砕け散る音が聞こえた。それは意地のような、やけっぱちにくすぶっていた怒りや癇癪のようななにかで、それがすんなりと消えてなくなるのを感じて目を見開く。
白い眼球が細まり、数歩後退る。
名前も知らない女の子は、そんなアズリエルに近づいて、しっかりと手を握った。
「ありがとうね」
繰り返されるお礼に、すべてのモンスターと6人のニンゲンが作ってくれた”ココロ”が揺さぶられる。──せっかく、ニンゲンに気持ちが負けてしまわないようにここへ逃げて来たのに、別のニンゲンにほだされるなんてばからしかった。
アズリエルは、細く長く、溜息を吐いた。
「……もう、いいや」
「?」
「もういい。おれは、全力でやる。それで負けたら……そのときに、オマエがほんとうにそばにいるんなら、そのときに、話をきく」
「おはなししてくれるの?」
「なんでちょっと、うれしそうなんだよ……」
アズリエルは心底居心地の悪そうな顔をして、それから少女に背を向ける。あのニンゲンに勝って、またはじめから遊んでもらいたくて、えいえんに一緒にいたいという気持ちは変わらない。
でも、打ち負かされたとしても、置いて行かれたとしても。どうやら自分には、まったくべつの話し相手がいるらしいということが分かって、アズリエルはなんだか靄がかっていた視界が晴れたような心地だった。
──遠くから、「いやだ。こわれるもんか」と、ケツイに満ちた声がする。
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諦めてしまえ。この時間軸はもうしょうめつするんだ。おれが消滅させるんだ。
──このままボクが負けたら、どんな終わりになるだろう。
さまざまなものが混ざり合ったタマシイのなかで、苛立ちとともにニンゲンを睨む声と、久しく感じる未知への好奇心が綯い交ぜとなって、アズリエルは立ち尽くした。
真っ暗闇のなか。
ここにはなにもない。時間軸から外れた、ちいさな休憩所。フラウィーのすがたでセーブとロードを繰り返していたころ、息をつく間もなく生き返るのが嫌だったときに見つけた亜空間。「ケツイ」の力を持つフラウィーは簡単にここを訪れることができたし、今でも訪れ方を覚えているので足を踏み入れることができた。
ときどきぶきみな顔をしたはかせや、はかせを探している複数人の白衣の男たち、ウザいイヌ、ムスメを探す知らないおばさんなどとすれ違うけれど、今やこの世界の神として君臨するアズリエルの前を通る存在はいない。
ちょっとひとりで考えをまとめたい。
結局おれはあのニンゲンをどうしたいんだ?
ケツイをし直してから、あの時間軸に戻ろう。
亜空間なだけあって、ここでどれだけ思考を回したって、現実じゃあ一秒も経たない。そういう場所に、アズリエルは逃げ込んだ。
だってあいつが──ニンゲンが、何度も何度も立ち向かってくるから。
ほだされちゃあ意味がないのに。終わらせたってろくなことにはならないのに。どんなに幸せな終わりを迎えたって、おれは置いて行かれるだけなのに。
「……キャラ……」
「キャラ?」
アズリエルが呟きながら視線を落とすと、暗闇が広がるはずのそこには、知らないニンゲンが立っていた。幼い少女だ。あのニンゲンとは違う、ぽってりした頬とつぶらな瞳。首を傾げるとふたつに結ばれた黒い髪が揺れる。
「だ……っ、だれだよ、オマエ。もうここには、誰もこないはずなのに……」
「かなしそう……だいじょうぶ?」
少女はアズリエルの問いに答えず、ゆったりと腕をの伸ばした。小さな手が、成長したアズリエルの胸元に添えられる。本当は頬を触れたかったらしく、一生懸命背伸びをしていた。
知らないニンゲンなのに、なぜだか胸がしめつけられた。肉体がないからだろうか。死んでいると、感覚で感じ取れる。もう死んだニンゲンだから、この空間でだけ形を保てるのだろうと直感的に理解する。
「だいじょうぶじゃないから、ここに来てるんだよ。もう放っておいて。おれは、少し休んで、あっちに戻るんだから。ひとりにしてよ」
「でも……さみしそう」
「さみしくなんかない。さみしいわけあるもんか」
「わたしは、さみしいよ。暗いところでひとりだったら……わたし、だったら」
「うるさいな!」
アズリエルは少女の手を払った。少女は、払われた手を見て、ぱちりと瞬きをする。ぽかんとした顔はどうして拒絶されたか分かっていないような顔だったけど、アズリエルは少しだけ焦る。咄嗟に自分よりも幼い存在を無碍に扱ったことに罪悪感を覚えたから。
少女が泣き出してしまわないかという心配も頭によぎるが、少女はじっとこちらを見上げるだけで、特に泣いたりしなかった。
「なんなんだよ、オマエ……」
「ひとりじゃ、ないよ」
少女がそう言って、アズリエルはかっと自分の頬に熱がのぼるのを感じた。
「おれは、ひとりだ!」
「ひとりじゃ、ないよ。だいじょうぶだよ」
「ひとりになるんだ、これから。あのニンゲン、なんども立ち向かってくる。そのうち、ボクは負けるかもしれない。そうしたら、タマシイがバラバラになって、何もかももとにもどるだろう。みんなはあの太陽の下へ。ボクはカラッポなお花のフラウィーに──だれも愛せない存在に! 誰も愛せないボクが、たいせつなものをたいせつにできないボクが、ひとりじゃないわけがない!」
アズリエルは激昂しながら、なぜこんなことを、見知らぬニンゲンに言っているのだろうと思った。でも、すぐに思い直す。この空間に時間のながれはない。夢のようなものだ。
夢は、醒めたら消えてしまう。なかったことになるのなら、べつにいいや、と心の奥底で思った。
「わたしは、ついていくよ……」
「……え?」
「ずっと、あなたをみてた。あなたが犯したつみも、くるしみも、ぜつぼうも、ちかくでみてたよ」
「……なんで……」
「わたしも、わるいことしたの。わるいことをしたらね、あやまらないといけないんだよ。いっしょに、ごめんなさいって言う、おてつだいするよ」
「……わるいこと?」
善性の塊みたいな見た目とふるまいをしているくせに、自分と同じだけの罪を犯しているとでもいうのか。アズリエルが少し興味を持って少女に聞き返すと、少女はことさら真剣なまなざしと声で言った。
「…………ママの、いいつけをやぶったの」
「は?」
「ママの、いいつけをやぶって、ひとりで山に行ったの。それで……おちて、そのまましんじゃった。すごくわるいことをしたの……だから、だいじょうぶだよ、いっしょにあやまりにいこう」
「は?? いや、すごくしょうもないじゃん。そんなことなら、ひとりであやまってきなよ」
「あなたが一人になっちゃうよ。だから、いっしょにあやまりにいこう」
「なんでおれがオマエの母親にあやまるんだよ……」
トリエルの暖かい横顔を思い出す。たしかに、親より先に死んでしまったという意味では同じ罪を犯しているし、トリエルになら謝りたいと思うけれども、幼い少女の言葉は幼いだけあって筋が通っていないというか、むちゃくちゃだ。なにもだいじょうぶではないように思える。
それにしても、あの花畑の上でひとりでひっそり死んだのか、とアズリエルは少女を見る。愛されて育ったのだろう。容姿は小綺麗にされているし、細すぎず太すぎずの体格は、きちんとした食事を与えられた子どもに違いなかった。
「ぜったい、いっしょにいるよ、あのお花さんになっても」
「……なんで、そこまでいうの」
「お花さんが、わたしを埋めてくれたから」
「……花の、ボクが?」
そんなことをしただろうか。
どんなに思い出そうとしても、長く、長く、何度も同じ時を繰り返して長生きをしているアズリエルの記憶には、少女の姿は残っていなかった。
フラウィーが気紛れに埋葬したのなら尚更だ。またニンゲンが死んだのか、くだらないな……と、そんなふうに思いながら、邪魔だから埋めたくらいの関心だったに違いない。そんな記憶が、アズリエルとなった自分に残っているわけもない。
「覚えてないよ」
アズリエルが素直に言った。
「いいの。土のうえは、寒くて……うまく眠れなくて……だから、うれしかったから……」
でも、少女にとってアズリエルが覚えているかいないかなんて関係ないみたいだった。
「ありがとう……」
そう言われて、アズリエルの心の奥で、なにかが砕け散る音が聞こえた。それは意地のような、やけっぱちにくすぶっていた怒りや癇癪のようななにかで、それがすんなりと消えてなくなるのを感じて目を見開く。
白い眼球が細まり、数歩後退る。
名前も知らない女の子は、そんなアズリエルに近づいて、しっかりと手を握った。
「ありがとうね」
繰り返されるお礼に、すべてのモンスターと6人のニンゲンが作ってくれた”ココロ”が揺さぶられる。──せっかく、ニンゲンに気持ちが負けてしまわないようにここへ逃げて来たのに、別のニンゲンにほだされるなんてばからしかった。
アズリエルは、細く長く、溜息を吐いた。
「……もう、いいや」
「?」
「もういい。おれは、全力でやる。それで負けたら……そのときに、オマエがほんとうにそばにいるんなら、そのときに、話をきく」
「おはなししてくれるの?」
「なんでちょっと、うれしそうなんだよ……」
アズリエルは心底居心地の悪そうな顔をして、それから少女に背を向ける。あのニンゲンに勝って、またはじめから遊んでもらいたくて、えいえんに一緒にいたいという気持ちは変わらない。
でも、打ち負かされたとしても、置いて行かれたとしても。どうやら自分には、まったくべつの話し相手がいるらしいということが分かって、アズリエルはなんだか靄がかっていた視界が晴れたような心地だった。
──遠くから、「いやだ。こわれるもんか」と、ケツイに満ちた声がする。
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