1日目
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秋色に色付いた並木道は冷たい空気で満ちていた。耳まで凍えそうな肌寒い風と、散った木の葉が一層寒さを助長して、思わずポケットに突っ込んだままの懐炉に手が伸びた。
ぽつぽつと並ぶ街灯が照らす道には、足を止めて空を見上げるひとたちが多い。倣うように視線を持ち上げると、そこに浮かんでいるのは月だ。普段よりも大きく見える。
そう言えば、今日は皆既月食だと朝のニュースで見た気がする。職場の皆も話していたような。
まだ欠けた様子はないが、恐らくこれからすこしずつ月食が始まるのだろう。
幻想的な天体の神秘。今年は皆既月食に加えてほかの……なんだったっけな、数百年振りの現象も起こるとか。記憶を呼び起こしても思い出せないけれど、あとでニュースを見ればわかることだろう。
それより何よりも。友人が喜びそうな話題だ、と頬が緩む。
最近はめっきり連絡をとっていないから、ちょうど良い話題だ。話のついでに近況も聞こう。それから、私の部屋に放置していった望遠鏡をいつ取りに来るのか聞いてみるのもいいかもしれない。置いてる間は好きに使っていいよ、と言われていても、心得のない素人が使うわけにはいかないだろう。
歩きスマホをするわけにはいかないので、頭の中で文面をまとめながら、いつもより早足で帰路を歩く。送る前から返ってくるメッセージに思いを馳せ、足取りは軽かった。
すこし重たい玄関の扉は、背後でゆっくりと閉まる。
下の階に響きそうな床の軋みを気にしながら、外よりマシな室温の包囲網を抜ける。電気とエアコンのスイッチを操作して、人恋しさからテレビの電源を入れた。温まりきらない部屋に、私以外の音声が満ちる。ちょうど、皆既月食が始まるニュースが中継されているようだ。肉眼で見るよりも大きく、とてもうつくしい月が映し出されている。
映像はあとでじっくり見るとして、まずは手洗い。それから気休め程度のうがいを済ませる。季節の変わり目は体調を崩しやすいので、自己管理を怠るわけにはいかない。手早く着替えも済ませ、ベッドのそばのクッションに手を伸ばす。
ああそうだ、友人にメッセージを送るんだった。
「…………、へ……?」
手早くロックを解除したスマートフォンは、しかし私の手から滑り落ちて絨毯に吸い込まれる。幸か不幸か、大きな物音は発生しない。
視界の端っこに映ったのは、私の部屋には馴染みのない色彩。だからこそ、スマホを取りこぼしてしまった。改めて視線を向けると、視界に飛び込んできたのは、思いもよらない――ここにいるはずのない存在だった。
いや、一人暮らしなのだから、他人がいるなんて想像できるはずもないのだけれど。しかし、泥棒や空き巣と判断することは躊躇われた。
なぜなら、そこにいたのは、私が一方的に知る存在だったからだ。
「……………………まって…………」
ただ、頭の整理が追いつかない。
情報を、なるべく整理していこう。
着衣は乱れていない。目立ったほつれのない緑色のセーターには黄色いボーダーが二本走っている。それを着ているのは、ヤギに似た……ええっと、どこかしらイヌにも似た風貌にも思える獣人。いや、モンスターが、そこにはいた。
「どうして、アズリエルがここに……?」
叫びたい気持ちを必死に抑えて、小さく震える声で囁く。大声なんて出したら近所迷惑だ。スマホを落としたのも大概だが、挙句の果てに騒音を立ててしまったら、文句を言われる可能性が高い。あとで管理会社経由でお叱りをもらうなんて真っ平御免だ。
まあ、理由は他にもある。未だに固く閉ざされたその眼を、私の大声なんかで開かせるのは忍びないだろう。
呟きは当然のように誰にも届かず、謎は謎のまま解けない。
「本当に、どういうこと……?」
私の感情は空気中に伝わってしまったのだろうか。
直後、彼の目蓋が微かに震える。漏れ聞こえる声は覚醒の合図。
何を話すべきか。いや、そもそも対面して大丈夫だろうか。状況はわからないが、少なくとも種族の違いは明確だ。
彼が本当に『アズリエル』だった場合、ニンゲン……それも大人である私との対面は歓迎されないのではないだろうか。恐らく、地上に出た彼に捨て身で襲いかかったのは、ニンゲンの大人たち。彼の死に関わる要因のひとつだ。元を正せば、モンスターたちを地下へ閉じ込めたのはニンゲンたちの所業。同い年くらいのニンゲンの子どもが相手ならいざ知れず、大人に対してはまず身構えられてしまうのでは? かと言って子どもの知り合いがいるわけでもなく、最善策は一向に浮かばない。
目まぐるしく思考は続く。されど、時間は待ってはくれない。
「あれ? キミは…………」
覚悟も定まらないまま、目が合った。
ここで目を逸らしたら不審人物確定だ。ただでさえ、モンスターとニンゲンという種族の違いを抱えている。ここで悪い第一印象を植え付けるのは得策じゃない。
緊張感を飲み下す。喉が痛みを発したが、おくびにも出さずに相対する。
彼が地上に出た年と享年は重なり合うため、外見からは得られる情報はほとんどないに等しい。そもそも、目の前の彼はどうしてここにいるのだろうか。ゲーム世界から、この現実世界にやってきた……なんて、そんな現実離れした事実がありえるのだろうか?
「ハロー!」
「……やあ、はじめまして。具合はどう?」
父親の口癖を継いだ彼の言葉を受け、努めて冷静に、笑顔を取り繕って問いかける。疑われた様子はない。ほんの僅かでも構わないから考える時間を稼ぐ。できる限り、判断は先延ばしにしたかった。
彼は自然な動作で周囲を見渡し、馴染みのない部屋に首を傾げる。
彼がゲーム世界からここにやってきたと仮定して、一体どこまで話していいものか。思考を回転させながら、当たり障りのない会話を続ける。
ここは私の部屋であること。気が付いたらキミがいたこと。何が起きたのか、私にもわからないこと。
相槌を打ちながら聞いていた彼は、悩む素振りを見せ、不安げに瞳を揺らす。けれど、すぐに気を取り直して自己紹介がまだだったね、と話した。
「ボクはアズリエル。キミは……?」
「私は……、」
予想に違わず、彼はそう名乗った。これでこの場にサンズがいたのならば明らかに見咎めるだろうが、幸いなことにアズリエルは追及しなかった。
さて。聞かれたことには答えないと不自然だ。
「私は玲。あー、呼びにくいかな? レイだよ」
どのくらいの情報を伝えて良いのかわからないが、少なくとも名前を教えて不都合はないだろう。
「レイって言うんだ? いい名前だね」
「そう……かな? ありがとう、アズリエル」
「ここは地上……、なんだね?」
私は、知らない振りをするべきだろうか。『知っている』ことを、隠すべきだろうか?
結論が出せないまま、機械的に頷く。
「私も確認していい? キミは……、モンスターで合ってる?」
「あ、うん。そうだよ」
彼の人柄……いや、この場合はモンスター柄と言うべきだろうか。温厚なのは知っていたつもりだが、やはりお人好しらしい。この場には彼と私しかいないとは言え、嘘をつかずに接してくれている。
話すべきか、話さざるべきか。
悩んで、考えて、未だに確信は持てないけれど。明確な答えも出ないけれども。
「――大事な話が、あるんだ」
覚悟を決める。これは、どこまでも自己満足に過ぎない。ただ、記憶の中のアズリエルと変わりない彼の実直さに、報いたいと思った。
果たして、方法が正しいのかどうかは、わからないけれど。
「えっと……、大事な話……だけど、突然のことで驚くのも無理はないと思うから……、キミのペースで、聞いてもらえる?」
「え? う、うん。わかったよ」
「まず、ここはたぶんキミのいた場所とは随分違う場所……だと思う。地上に違いはないんだけど、この国ではキミのような子、……モンスターを見ことがない」
「……うん」
「だから、ええっと……、あそこ。玄関の扉の向こう側には、出来れば出ないほうがいいと思う」
玄関を振り返り、わかりやすいように指差して伝える。いままでは私が目の前にいた影響でアズリエルの視界は遮られていたため、彼は扉に驚いたようだ。事情を説明するためとは言え、いきなり外の話をするのは早かっただろうか。順序を間違えたかもしれない。
自分の失態を誤魔化すように言葉を畳み掛ける。
「それから、……すこしややこしい話になるんだけど。私は……、キミを知ってる」
「ボクを?」
「うん。この世界では……キミが住んでいた世界のお話が物語として伝わっていて……、大体の流れを知ってるんだ」
真っ直ぐに私を見つめる瞳から、目を逸らせない。どうしてこんなことになっているのかはわからない。それでも、どうか信じてほしい、と想いを言葉に乗せる。
アズリエルは、どこか悟ったような表情を見せて目を伏せた。
「アズリエル。キミは……、ここで目を覚ます前はどこにいたの?」
ゲームの中のアズリエルは、本編が始まるずっとずっと前に亡くなってしまったキャラクターだ。だが、プレイヤーの選択に応じて、復活を遂げる場合がある。
目の前の彼は、生きていた頃の彼なのか。それとも、復活を果たしたあとの彼なのだろうか。
彼が持ち合わせる記憶は、もしかしたら、この世界に迷い込んでしまった原因に結びつくかもしれない。
「……ボク、は…………、キャラとずっと遊んでいたくて……でも……、フリスクを巻き込んで……時間軸を消滅させようとして……、それから…………」
「……っ、無理に話さなくていいよ!」
小刻みに震えるアズリエルの背を優しく撫でる。彼は拒むこともなく、そのまま甘受してくれた。
「えっと……、レイ……」
気恥ずかしそうに、アズリエルは言葉を途切らせる。顔色を窺えば、落ち着きを取り戻したらしいアズリエルが、戸惑いがちに私を見上げていた。
「もう、大丈夫」
「そっか。それなら良かった」
「……、…………」
「もし、アズリエルがいいなら、ここに……住まない?」
「えっ?」
「無理にとは言わないよ!? ただ、その……、さっきも話したけどこの国にはモンスターがいないから……、キミたちの物語を知ってるひとならともかく、知らない人もそれなりにいて……、外が安全な場所とは言えないんだ」
神妙な面持ちで、アズリエルは話を聞いてくれている。
「私が事情を知ってる……っていうのも、アズリエルにはこそばゆいかもしれないけど、……色々と整理がつくまで、ここで自由にしてくれていいよ」
「……いいの?」
「うん。話した通り、無理にとは言わないから、好きに過ごしてくれていいよ」
「……ううん、うれしいよ。ありがとう、レイ。……ボク、どうしてここにいるのかわからないけど……、自分がしたことについて、考えてみるよ」
弱々しいながらも、アズリエルは笑ってみせた。
だから、私はそれ以上を聞くことを止め、夕飯についての提案を始めることにする。
アズリエルは記憶が曖昧らしい。フリスクの名前は知っているようだけど、記憶が前後している様子から、なんとなく察した。もしエンディングを見てしまったら、彼は花の姿に戻る。いまの姿のままということは、まだエンディングを迎えていない状態で、なぜかここにやって来てしまったのだろうか。
口には出さず推理を続ける。作業をしながら思考を回転させるつもりだったが、アズリエルは健気にも手伝いを申し出てくれた。地下とは勝手が違うだろうから、一緒に暮らすのなら早いうちに見て覚えてもらったほうがいいだろう。
快諾して、まずは鍋を手に取る。だが、次の瞬間、アズリエルが火の魔法を使おうとしたので、慌てて制止する羽目になった。
この世界では魔法が一般的ではないこと。それから火災報知器の説明を先にする必要がありそうだ。
ぽつぽつと並ぶ街灯が照らす道には、足を止めて空を見上げるひとたちが多い。倣うように視線を持ち上げると、そこに浮かんでいるのは月だ。普段よりも大きく見える。
そう言えば、今日は皆既月食だと朝のニュースで見た気がする。職場の皆も話していたような。
まだ欠けた様子はないが、恐らくこれからすこしずつ月食が始まるのだろう。
幻想的な天体の神秘。今年は皆既月食に加えてほかの……なんだったっけな、数百年振りの現象も起こるとか。記憶を呼び起こしても思い出せないけれど、あとでニュースを見ればわかることだろう。
それより何よりも。友人が喜びそうな話題だ、と頬が緩む。
最近はめっきり連絡をとっていないから、ちょうど良い話題だ。話のついでに近況も聞こう。それから、私の部屋に放置していった望遠鏡をいつ取りに来るのか聞いてみるのもいいかもしれない。置いてる間は好きに使っていいよ、と言われていても、心得のない素人が使うわけにはいかないだろう。
歩きスマホをするわけにはいかないので、頭の中で文面をまとめながら、いつもより早足で帰路を歩く。送る前から返ってくるメッセージに思いを馳せ、足取りは軽かった。
すこし重たい玄関の扉は、背後でゆっくりと閉まる。
下の階に響きそうな床の軋みを気にしながら、外よりマシな室温の包囲網を抜ける。電気とエアコンのスイッチを操作して、人恋しさからテレビの電源を入れた。温まりきらない部屋に、私以外の音声が満ちる。ちょうど、皆既月食が始まるニュースが中継されているようだ。肉眼で見るよりも大きく、とてもうつくしい月が映し出されている。
映像はあとでじっくり見るとして、まずは手洗い。それから気休め程度のうがいを済ませる。季節の変わり目は体調を崩しやすいので、自己管理を怠るわけにはいかない。手早く着替えも済ませ、ベッドのそばのクッションに手を伸ばす。
ああそうだ、友人にメッセージを送るんだった。
「…………、へ……?」
手早くロックを解除したスマートフォンは、しかし私の手から滑り落ちて絨毯に吸い込まれる。幸か不幸か、大きな物音は発生しない。
視界の端っこに映ったのは、私の部屋には馴染みのない色彩。だからこそ、スマホを取りこぼしてしまった。改めて視線を向けると、視界に飛び込んできたのは、思いもよらない――ここにいるはずのない存在だった。
いや、一人暮らしなのだから、他人がいるなんて想像できるはずもないのだけれど。しかし、泥棒や空き巣と判断することは躊躇われた。
なぜなら、そこにいたのは、私が一方的に知る存在だったからだ。
「……………………まって…………」
ただ、頭の整理が追いつかない。
情報を、なるべく整理していこう。
着衣は乱れていない。目立ったほつれのない緑色のセーターには黄色いボーダーが二本走っている。それを着ているのは、ヤギに似た……ええっと、どこかしらイヌにも似た風貌にも思える獣人。いや、モンスターが、そこにはいた。
「どうして、アズリエルがここに……?」
叫びたい気持ちを必死に抑えて、小さく震える声で囁く。大声なんて出したら近所迷惑だ。スマホを落としたのも大概だが、挙句の果てに騒音を立ててしまったら、文句を言われる可能性が高い。あとで管理会社経由でお叱りをもらうなんて真っ平御免だ。
まあ、理由は他にもある。未だに固く閉ざされたその眼を、私の大声なんかで開かせるのは忍びないだろう。
呟きは当然のように誰にも届かず、謎は謎のまま解けない。
「本当に、どういうこと……?」
私の感情は空気中に伝わってしまったのだろうか。
直後、彼の目蓋が微かに震える。漏れ聞こえる声は覚醒の合図。
何を話すべきか。いや、そもそも対面して大丈夫だろうか。状況はわからないが、少なくとも種族の違いは明確だ。
彼が本当に『アズリエル』だった場合、ニンゲン……それも大人である私との対面は歓迎されないのではないだろうか。恐らく、地上に出た彼に捨て身で襲いかかったのは、ニンゲンの大人たち。彼の死に関わる要因のひとつだ。元を正せば、モンスターたちを地下へ閉じ込めたのはニンゲンたちの所業。同い年くらいのニンゲンの子どもが相手ならいざ知れず、大人に対してはまず身構えられてしまうのでは? かと言って子どもの知り合いがいるわけでもなく、最善策は一向に浮かばない。
目まぐるしく思考は続く。されど、時間は待ってはくれない。
「あれ? キミは…………」
覚悟も定まらないまま、目が合った。
ここで目を逸らしたら不審人物確定だ。ただでさえ、モンスターとニンゲンという種族の違いを抱えている。ここで悪い第一印象を植え付けるのは得策じゃない。
緊張感を飲み下す。喉が痛みを発したが、おくびにも出さずに相対する。
彼が地上に出た年と享年は重なり合うため、外見からは得られる情報はほとんどないに等しい。そもそも、目の前の彼はどうしてここにいるのだろうか。ゲーム世界から、この現実世界にやってきた……なんて、そんな現実離れした事実がありえるのだろうか?
「ハロー!」
「……やあ、はじめまして。具合はどう?」
父親の口癖を継いだ彼の言葉を受け、努めて冷静に、笑顔を取り繕って問いかける。疑われた様子はない。ほんの僅かでも構わないから考える時間を稼ぐ。できる限り、判断は先延ばしにしたかった。
彼は自然な動作で周囲を見渡し、馴染みのない部屋に首を傾げる。
彼がゲーム世界からここにやってきたと仮定して、一体どこまで話していいものか。思考を回転させながら、当たり障りのない会話を続ける。
ここは私の部屋であること。気が付いたらキミがいたこと。何が起きたのか、私にもわからないこと。
相槌を打ちながら聞いていた彼は、悩む素振りを見せ、不安げに瞳を揺らす。けれど、すぐに気を取り直して自己紹介がまだだったね、と話した。
「ボクはアズリエル。キミは……?」
「私は……、」
予想に違わず、彼はそう名乗った。これでこの場にサンズがいたのならば明らかに見咎めるだろうが、幸いなことにアズリエルは追及しなかった。
さて。聞かれたことには答えないと不自然だ。
「私は玲。あー、呼びにくいかな? レイだよ」
どのくらいの情報を伝えて良いのかわからないが、少なくとも名前を教えて不都合はないだろう。
「レイって言うんだ? いい名前だね」
「そう……かな? ありがとう、アズリエル」
「ここは地上……、なんだね?」
私は、知らない振りをするべきだろうか。『知っている』ことを、隠すべきだろうか?
結論が出せないまま、機械的に頷く。
「私も確認していい? キミは……、モンスターで合ってる?」
「あ、うん。そうだよ」
彼の人柄……いや、この場合はモンスター柄と言うべきだろうか。温厚なのは知っていたつもりだが、やはりお人好しらしい。この場には彼と私しかいないとは言え、嘘をつかずに接してくれている。
話すべきか、話さざるべきか。
悩んで、考えて、未だに確信は持てないけれど。明確な答えも出ないけれども。
「――大事な話が、あるんだ」
覚悟を決める。これは、どこまでも自己満足に過ぎない。ただ、記憶の中のアズリエルと変わりない彼の実直さに、報いたいと思った。
果たして、方法が正しいのかどうかは、わからないけれど。
「えっと……、大事な話……だけど、突然のことで驚くのも無理はないと思うから……、キミのペースで、聞いてもらえる?」
「え? う、うん。わかったよ」
「まず、ここはたぶんキミのいた場所とは随分違う場所……だと思う。地上に違いはないんだけど、この国ではキミのような子、……モンスターを見ことがない」
「……うん」
「だから、ええっと……、あそこ。玄関の扉の向こう側には、出来れば出ないほうがいいと思う」
玄関を振り返り、わかりやすいように指差して伝える。いままでは私が目の前にいた影響でアズリエルの視界は遮られていたため、彼は扉に驚いたようだ。事情を説明するためとは言え、いきなり外の話をするのは早かっただろうか。順序を間違えたかもしれない。
自分の失態を誤魔化すように言葉を畳み掛ける。
「それから、……すこしややこしい話になるんだけど。私は……、キミを知ってる」
「ボクを?」
「うん。この世界では……キミが住んでいた世界のお話が物語として伝わっていて……、大体の流れを知ってるんだ」
真っ直ぐに私を見つめる瞳から、目を逸らせない。どうしてこんなことになっているのかはわからない。それでも、どうか信じてほしい、と想いを言葉に乗せる。
アズリエルは、どこか悟ったような表情を見せて目を伏せた。
「アズリエル。キミは……、ここで目を覚ます前はどこにいたの?」
ゲームの中のアズリエルは、本編が始まるずっとずっと前に亡くなってしまったキャラクターだ。だが、プレイヤーの選択に応じて、復活を遂げる場合がある。
目の前の彼は、生きていた頃の彼なのか。それとも、復活を果たしたあとの彼なのだろうか。
彼が持ち合わせる記憶は、もしかしたら、この世界に迷い込んでしまった原因に結びつくかもしれない。
「……ボク、は…………、キャラとずっと遊んでいたくて……でも……、フリスクを巻き込んで……時間軸を消滅させようとして……、それから…………」
「……っ、無理に話さなくていいよ!」
小刻みに震えるアズリエルの背を優しく撫でる。彼は拒むこともなく、そのまま甘受してくれた。
「えっと……、レイ……」
気恥ずかしそうに、アズリエルは言葉を途切らせる。顔色を窺えば、落ち着きを取り戻したらしいアズリエルが、戸惑いがちに私を見上げていた。
「もう、大丈夫」
「そっか。それなら良かった」
「……、…………」
「もし、アズリエルがいいなら、ここに……住まない?」
「えっ?」
「無理にとは言わないよ!? ただ、その……、さっきも話したけどこの国にはモンスターがいないから……、キミたちの物語を知ってるひとならともかく、知らない人もそれなりにいて……、外が安全な場所とは言えないんだ」
神妙な面持ちで、アズリエルは話を聞いてくれている。
「私が事情を知ってる……っていうのも、アズリエルにはこそばゆいかもしれないけど、……色々と整理がつくまで、ここで自由にしてくれていいよ」
「……いいの?」
「うん。話した通り、無理にとは言わないから、好きに過ごしてくれていいよ」
「……ううん、うれしいよ。ありがとう、レイ。……ボク、どうしてここにいるのかわからないけど……、自分がしたことについて、考えてみるよ」
弱々しいながらも、アズリエルは笑ってみせた。
だから、私はそれ以上を聞くことを止め、夕飯についての提案を始めることにする。
アズリエルは記憶が曖昧らしい。フリスクの名前は知っているようだけど、記憶が前後している様子から、なんとなく察した。もしエンディングを見てしまったら、彼は花の姿に戻る。いまの姿のままということは、まだエンディングを迎えていない状態で、なぜかここにやって来てしまったのだろうか。
口には出さず推理を続ける。作業をしながら思考を回転させるつもりだったが、アズリエルは健気にも手伝いを申し出てくれた。地下とは勝手が違うだろうから、一緒に暮らすのなら早いうちに見て覚えてもらったほうがいいだろう。
快諾して、まずは鍋を手に取る。だが、次の瞬間、アズリエルが火の魔法を使おうとしたので、慌てて制止する羽目になった。
この世界では魔法が一般的ではないこと。それから火災報知器の説明を先にする必要がありそうだ。
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