遺跡編
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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フロギーたちが並ぶ通路を抜けて、広い部屋に出た。道の果てに視線を投げると、相変わらずトゲが鎮座して行く手を遮っている。
ほぼ一本道だから、恐らくトリエルもこの道を通ったはずだけれど、パズルを解かずにどうやって先に進んだんだろう。すこし考えて、すぐに閃く。私を抱えた状態でのあの跳躍力を誇る彼女だから、この程度のトラップは飛び越えてしまうに違いない。私も、フリスクを抱えて飛び越えられたらいいんだけれど、万が一を考えると難しい。私の手が緊張で滑って、フリスクを支えきれなかったら。フリスクはそのまま落下して、鋭利なトゲで串刺しになってしまうに違いなかった。嫌な想像に身震いが止まらない。ここは堅実にパズルを解いたほうがいい。
入り口付近の壁に埋め込まれた石碑に向かおうとしたところで、行く手を遮ったのは、一列に並んだモンスターだ。目と口がぐるり、ぐるぐると旋回している。頭のてっぺんにはトマトのヘタのように青々とした植物らしきものが咲いていた。顔の両脇にあるのは耳のような、腕のような、不思議なふわふわが備わっていて、それが垂れている様子はすこしトリエルを彷彿させた。
左右に揺れながら舞い落ちるのはまるで雪のような魔法。フリスクが入れ替わる顔に手を加えて直してあげると、相手は満足げに耳を動かす。
私もフリスクを見習ってモンスターの顔に向き合おうとしたけれど、相手との身長差に気が付く。ゆっくりと屈み、それでもまだ視線が合わない。俯せになって見上げようとすると、モンスターはどこかからコケの毛布を取り出してそっとかけてくれた。休んでいると勘違いされたみたい。不思議なことに睡魔に襲われて、そのまま眠りに誘われる。目を開けたときには、ほかのモンスターが退屈そうに身体を捩っている姿が確認できた。
慌てて身体を起こす。すると、気が付いたモンスターたちは、まるでチビカビのように小さくてまあるい雪に似た魔法を降らせた。まっすぐ落下する雪は、宙で花火のように弾ける。必死に回避行動を取っている間に、フリスクはもうひとりのモンスターと和解したみたい。私も一念発起してモンスターと対峙する。
フリスクの話だと、このモンスターはカビヨというらしい。
くるくると移り変わって特徴の掴めない顔だけれど、少なくともいまは楽しそうに見えた。
私に毛布をかけてくれた優しいカビヨに、改めて礼を告げ、顔を直してあげる。愛着のある表情になったカビヨは、耳をぱたぱたと上下させて喜びを表現しているかのよう。戦いたくないと伝えると、無言のまま姿を消す。どうやら、無事に和解できたみたい。
気を取り直して、石碑に視線を注ぐ。
「スイッチは一つだけ……?」
ヒントというか答えのような気もする。されど、広い部屋のどこにもスイッチらしき形状のものは見当たらない。どこかに隠されているのかな。落ち葉はないから、隠せるようなスペースはないけれど。
「フリスク。このスイッチがどこにあるか、わかる?」
「うん、たぶんわかるよ」
「ほんと!?」
てくてくと何もない部屋を闊歩するフリスクのあとを遅れてついて行く。倣って足を止めると、フリスクは人差し指を立てて進行方向の床を指した。しかし、目を凝らしてみても、そこにあるのはなんの変哲もない床。意図がわからず困惑する。
「きっと、この下にあるんだよ」
「下……、あ! さっき、フリスクが落っこちちゃったときみたいに、ここの床も抜けるってこと?」
振り返ったフリスクが首肯して、証明するかのように勢いよく床の上に飛び乗った。そんなに勢いを付けたら今度こそケガをしちゃうのでは、と肝が冷えて胸が締め付けられる。逸る鼓動が騒がしい。無事を祈ったところで不安は拭いきれず、真新しい穴から階下をそうっと覗き込んだ。
「フリスク? 無事、なの?」
縋る思いで吐き出した声は想像以上に小さかった。これじゃあ、フリスクの耳に届かないかもしれない。膨らむ不安は、余計に喉を詰まらせる。
「平気だよ、ここにもクッションがあったみたい」
「それなら良かったー……」
背中に走った悪寒が緩和されていく。浅い息遣いはなめらかになり、呼吸もしやすい。
平静を取り戻した両目が赤い落ち葉を捉える。近くに木は見当たらないけれど、誰かが落ち葉を敷いてくれているんだろうか。遺跡の管理人だと言っていたトリエルかな。来た道にもあったけれど、ニンゲンが落ちてもケガをしないように、彼女の配慮が行き届いているのかもしれない。
「ここにスイッチはないけど、ナプスタはいたよ」
「えっ、どうして下に?」
視線をフリスクからすこし逸らすと、言われた通りナプスタブルークの姿があった。上を見上げているから、しっかりと視線が合う。
「穴に落ちちゃッテ……、立てなくなっちゃッタ……」
ナプスタブルークは静かに言葉を紡ぎ出した。独り言なのか、『自分語り』なのか判断に悩む。
「構わずいってヨ……」
寂しげな響きの発言を無視できるわけがない。フリスクはさすがというか、迷わず首を横に振っている。一方の私は感心して、ゴーストも落っこちちゃうんだね、と呟いただけだった。
「……あ、そっか、おばけだカラ……とべるんだッタ……」
「へ?」
「はァ……」
嘆息めいた言葉を最後に、ナプスタブルークは音もなく消える。
「あれっ、消えた?」
私の発言が契機になったかどうかは不明だけれど、ナプスタブルークはまたしても私たちの前から姿を消した。二度あることは三度あると言うし、またどこかで出会えるかもしれない。
考えをまとめていると、フリスクが戻ってくる。
「ほかも見てみるね」
「心臓に悪いから、勢いよく床に飛び乗るのは止めてね?」
「……、うん」
「フリスク? いまの間は何?」
「なるべく頑張るね」
そんな冗談を交わしながら、フリスクはまた落とし穴に吸い込まれていく。今度の帰還は意外と早くて、手に色褪せたリボンを持っていた。
「あ……、トリエルが言ってた落とし物かな?」
リボンのサイズは小さくて、子ども用に思えた。フリスクが装備するには丁度いいサイズかもしれない。
「いま着ける?」
「ううん、いまは大丈夫」
緩く首を振ったフリスクは、その後も落とし穴に果敢に挑む。その飽くなき挑戦心を見ていたら、いても立ってもいられなくて、私も参戦することにした。
フリスクを慌てさせて意趣返しをしたかったわけじゃなくて、単に私も落とし穴を味わってみたかったのだ。体力は十分回復したと思うし、落下するのを恐れてフリスクに頼りっぱなしと言うのも情けない。フリスクが頼りないってわけじゃない、それとこれとは話が別。
けれど、土の中から這い出てきた相手は強敵だった。根菜のような外見は、菜っ葉部分が伝承で聞くメデューサのよう。多頭のヘビを飼い慣らし、コブラ頭のニンジンは愉快げに口の端を吊り上げる。
まるでヘビに睨まれたカエルの如く。怯んで身動きができない。フリスクも同じようにたじろいでいたけれど、臆さずに一歩前進し、モンスターに問いかける。
「た……っ、食べるもの、ある?」
フリスクの問い掛けに答える形で、相手はおやつと称して「“ヘビー”スターヌードル」を提供してくれた。
「おいしい緑のヘビを食べてね」
にっこりと刻まれた笑みから、並々ならぬ威圧感が放たれている。たしかにお腹は空いていたけれど、このヘビって例えじゃなくて本物だろうか、と思うと素直に食べにくい。
「度胸って大事!!」
でも、悩んでいる間にもモンスターは魔法を放ってくる。触れたら痛いのはわかりきっているから覚悟を決めた。
交渉してくれたフリスクと、モンスターの親切心を信じて、ひと思いにかじりつく。ふに、と柔らかい食感を認識した瞬間に、口の中から消え去ってしまった。後味は意外に爽やかで、やみつきになりそうな予感がしたので残念。
「あれ……?」
そう言えば、飴も似たような感じですぐ消えてしまったな、と思い起こす。飴だったからすぐに消えてしまったのかと思っていたけれど、もしかしたら、この地底の食べ物の特性なのかもしれない。
得体の知れない食べ物が長く舌の上に居座ることはないと思えば利点だけれど、いつまでも味わっていたい甘味がすぐに消えてしまうのは痛手だ。
目の前のモンスターの視線に気付いて、憶測の域を出ない予想を打ち切る。モンスターの名前はパースニックというらしく、すぐシャーッと威嚇のような声を発していた。
「おやつをありがとう!」
「美味しかったよ、ありがとう」
フリスクに続けて礼を述べ、両手を広げて危害を加えることがないとアピールする。満足そうなパースニックは大きな口にはにかみの笑みを浮かべながら立ち去った。
しかし、また別の落とし穴でまたモンスターと遭遇する。パースニックと同様に土の中から現れたのは、ベジトイドと呼ばれる植物然としたモンスターだ。フリスクの話術とジェスチャーによって、ベジトイドからは緑の野菜を食べるように勧められたものの、あちこちに移動するので追いかけるのも一苦労。蒸したニンジンとグリーンピースのにおいが狭い部屋に充満して、食欲をそそられるのも、それはそれで大変だった。無事に和解したあと、つい肩で呼吸をしてしまうほどに。直前にパースニックの魔法を浴びてなくて良かった。疲労でヘトヘトな私は、思わず閉口したままフリスクの背を追いかける。
「……もしかして、途中からスイッチの場所に見当付いてた?」
フリスクは肯定しなかった。残念ながら否定もしなかったので、答えは自ずとわかる。というか、そっぽを向いた視線がほぼ回答だった。
「パズルも突破できたことだし、気を取り直して先に進もうか!」
都合の悪いことはまるっとスルーを決めて先導する。
お次は大きな柱が立ち並ぶ部屋に来た。碑文の文章はよくわからなかったので、脇に置いておくことにして。ひとまずパズルの状態を確認する。乱立する柱のそばには色とりどりのスイッチがあるけれど、この部屋自体には特に仕掛けがないみたい。
先に進むと、同じように柱とスイッチがッセットで並んでいるのが見て取れる。触れずに様子を見ていくと、行く手を阻むトゲが確認できた。どうやら、いくつかあるスイッチのうちのどれかが解除する鍵になっているみたい。フリスクが碑文を読み上げてくれるので、私はその内容に沿ってボタンを押すだけで済んだ。カチッという小気味良い音がまるで耳の保養のよう。次も比較的簡単で、碑文に逆らわず書いてあるとおりの赤いスイッチを押す。侵入者撃退用のパズルの精度というか、詰めの甘さが気になったけれど、そのおかげで命拾いしているのだから、無粋なことは言わないでおこう。
続いては緑のスイッチ。今回も間違わずに押したところで、現れたのはモンスターが二人。
一人は二足歩行で、目玉が一つ。フォルムはルークスによく似ている。でも身体は濃い桃色で彩られ、頭の上の角は二倍の四本。角というより、跳ねた髪の毛のようにも見える。毛先も腕の先も、鮮やかな薄紅に染まっていた。けれど、その白目部分はルークスと違って、白目のまま。目そのものは闇を思わせる漆黒。すべての光を吸い込んでしまいそうな深淵を彷彿とさせた。目の上には睫毛のような三本の黒い紋様が天に向かうように、放射線状に短く伸びている。
じっと見つめる目の前で、瞬きの瞬間に立ち会う。黒い目が閉じて目蓋が弓なりになると、まるで手品みたいに口へと早変わり。作り物めいた黒目は消え、代わりとばかりに三本の紋様の両端に白い眼が顕現する。
「からかえ……」
動向を伺っていると、ふたりとも口許に弧を描き、静かに発言する。内容は同じものだったから、フリスクと目配せして合図する。
相手の見透かすような眼差しには居竦むけれど、魔法の攻撃は縦横無尽。予期せぬ軌道で飛び交うリング状の魔法は、立ち止まっていたら格好の的。当たらないように精一杯立ち回る。フリスクと息を合わせて、盛大にモンスターをからかうと、相手は満足そうに笑みを深めた。
「それでよい!」
問題なく戦闘は終了したのもつかの間、落ち着く暇なく別のモンスターが飛んできた。薄紅の直角は二本、同色の足が体重を支えている。蝶に似た翅を背に生やしたそのモンスターは、円筒状で顔が白く、まるでピエロのお化粧を施されたかのよう。ミ=ゴスの面影を感じさせる。一緒にいるのはカビヨだ。
フリスクがカビヨの顔を直してあげると、以前見た雪のような魔法に、飛び交うハチの群れが加わって、逃げ場所を探すのも大変だった。でも、それは私の話。フリスクは要領を掴んだのか、すぐにカビヨを逃がしてあげている。
ハチから逃げていると、モンスターはハチを集めてなにかを作ろうとしていた。出来上がったのはハチの塊だったから、何をしようとしていたのかはわからない。
モンスターは悲しみを隠しきれないといった雰囲気だった。もしかしたらあのカビヨとは友達で、離れがたい仲だったのかもしれない。悪いことをしたかな、とわだかまりが拭えないでいると、こちらをおもんばかってくれたのか、モンスターは自己紹介をしてくれた。名前はミ=ゴスペルというらしい。悲しみを振り払った様子で、最後に、気にしないで、と告げたミ=ゴスペルはカビヨの後を追うように部屋の外へ。進行方向と逆だったので、必然的に遺跡の中は私たちのほかには誰もいなくなる。
静寂に慣れないまま、どちらともなく歩き出す。道の先は、アルファベットのTを描くように分かれていた。片方の道には多くの落ち葉が敷かれ、もう一方には床を這うように蔦が伸びている。進む先に迷いながら、道幅のすこし狭まった脇道を選択。佇むフロギーがトリエルの行動について教えてくれた。がっかりしたような顔で、何も持たずに去って行ったらしい。その話を聞き、推測が限りなく真実に近いのでは、と胸が弾む。しかし、フロギーはこうも続けた。
「(すこし前に、もう一回トリエルが通ったケロ)」
「そうなの?」
「(食料品の袋を抱えてたケロよ。うれしそうだったケロ)」
フロギーは何に使うつもりかは聞かなかったらしい。話しかけるなんて恐れ多いとも言っていたけれど、親しみ深いトリエルとは結びつかない。この遺跡の管理者ということは、権利者ということになるから、一目置かれているってことなのかも。
フロギーの隣を通り過ぎると、立派な建物が建ち並ぶ荘厳な風景に出くわした。けれど、賑わいや活気とは無縁そうで、寂しげな印象が強い。道中もそうだったけれど、人気が少ないんだ。だから、こんなにも胸をざわつかせるのだろう。
「あれ? フリスク、なにか拾ったの?」
フリスクが緩く手を広げて見せてくれたアイテムは、ナイフの形状をしていた。内心驚いたが、玩具みたい。プラスチック製で、何かを傷付けるには向かない。興味を示す対象としては意外だったけれど、道具は正しい使い方をすればなんの問題もない。フリスクはそのナイフをポケットに仕舞い込むのを確認して、来た道を戻る。
落ち葉をカサカサ言わせながら進むと、葉を付けない大きな木が立っていた。根元に落ちる葉は真っ赤で、いままで見てきた落ち葉と一致している。
忙しなく近付いてくる影は、見知ったトリエルの形をしていた。
「大変……、予定よりずいぶん時間がかかってしまったわ……」
すぐ近くの木まで移動したトリエルがケータイを持って耳に当てる。その直後、フリスクのケータイに着信があった。音に気付いたトリエルは、目にも止まらない速度で駆け寄る。
「まあ! ふたりともここまで来たの? ケガはない?」
トリエルの動きに合わせて、香ばしいにおいがふわりと漂う。鼻をくすぐる芳香にはシナモンが含まれていた。彼女は私たちの外傷の有無を確認してから手招きし、回復を促す。その表情には安堵が含まれていた。
トリエルは表情を引き締め、ほったらかしにしたことを詫びた。驚かせようと考えたことを反省し、静かに恥じ入る。言いにくそうに言葉を句切り、フリスクと私を交互に見たトリエルは、意を決したのか、吹っ切れた表情で柔らかく微笑んだ。
「これ以上隠しても仕方ないわね。こっちよ。ついていらっしゃい!」
付き合いは短いのに、懐かしさを覚える先導だった。
「いこ? スフィアおねーちゃん」
「うん、そうだね」
不自然に立ち尽くす私の手を取って、フリスクが引く。どこまでもこの幼い子どもに気を遣ってもらっているなあ、とすこしばかり自分を顧みながら、トリエルの後を追いかけた。