遺跡編
夢主の名前変換設定
この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
紫色のゼリーのような形状をしているのは、チビカビと言うらしい。静かにごぼごぼと音を立てている。さらには小さくて赤い、ミ=ゴスと言う名前のモンスターも陽気に這い寄ってきた。
見たことのないモンスターとの遭遇に、緊張感が高まる。
相手の出方を窺いつつ、波紋のように弾ける魔法の弾を避けた。フリスクと協力して戦う意思がないことを伝えると、相手にも通じたみたい。モンスターたちを逃がすことに成功。慣れたのか、それとも相手との相性が良かったのかな。どちらにしても、無傷の勝利は喜ばしい。落ちているお金をフリスクが拾い、先に進む。
次の部屋には、小さなテーブルが用意されていた。無造作に置かれたチーズはかなり前から置きっぱなしみたい。一心同体と主張してるかのように引き剥がせなかった。巣穴からネズミが出てくる心配は薄そうだし、仮に出てきたとしてもかちこちのチーズを食べるのはそう簡単なことじゃないと思う。でも、巣穴を熱心に見つめるフリスクの瞳は、なんというか、展望を捨てていないように思えた。
「いつか、ネズミがチーズを食べられるといいね」
「うん!」
次の部屋に進むと、部屋の真ん中、ちょうど通路にあたる箇所に真っ赤な落ち葉の絨毯が敷かれている。その中央で眠り続けているのは白い塊だった。取り込み忘れたシーツのように、ひらりと裾が広がっている。ハロウィンの仮装でも今日日見ないような姿だけれど、ゴーストなのだろうか。
よくよく見ると、目らしき楕円形の丸が二つ、鼻筋のような棒線が一本走っている。グーグーといびきをかいて、とても気持ちよさそうに寝ていた。起こすのは忍びない。むしろ、隣で横になって寝心地を確認したいほどだ。
「……フリスク、ごめん!」
我慢できなくなって、推定ゴーストのそばまで駆け寄って倒れ込む。
何を隠そう、トリエルたちが見ていないところで落ち葉と戯れていたのが私だ。ベッドにするなんて素敵なアイデア、実行せずに黙ってみていられるはずがなかった。
なるべく端に寄ったつもりだけれど、目算を見誤った。ぶつかる、と思って目を瞑る。でも、いつまで経っても予想していた痛みはやってこない。恐る恐る目を開いて隣を窺う。相手の身体と私の身体の一部分は、なんと重なり合っていた。重なるというか、貫通しているというか。相手はやっぱりゴーストのようで、身体が透けているおかげで、接触しているのに痛みはない。
「………………?」
鏡写しのように、不思議そうな瞳と出会う。
「はじめまして。いいベッドだね、お邪魔してるよ」
不審者然としていた行動を顧みず、横になったままで何事もなかったかのように挨拶を交わす。
「ここで……寝たいノ……?」
「うん、落ち葉のベッドって素敵だからさ。いい趣味してるね」
「ハハ……」
「そんな泣かなくても……、へっ!?」
大きな両目から大粒の涙を流すゴーストに、大袈裟だと茶化そうとしたら、普通に痛みがあった。この涙もどうやら魔法の攻撃の一種らしい。
「ひえぇ……」
「おねーちゃん大丈夫? ナ……ッ、な、なまえ、キミの名前を、ボクたちに教えてもらえる?」
涙を浮かべたまま、それでもゴーストは頷いてくれた。
「……ナプスタブルーク、だヨ……」
「ナプスタだね、ボクはフリスク、こっちはスフィアって言うんだ。キミがどうしてここにいるのかわからないけど、通してもらいたいんだ。十分に休んだそのあとで。……ダメかな?」
微笑みかけたフリスクを見て、ナプスタブルークはすこしだけ元気になったように見える。もしかしたら落ち込んでいたのかもしれない。
ナプスタブルークは否定も肯定もしない。思い悩んでいるのかもしれない。
これはあともう一押しが必要なのでは?
思い至った私は、トリエルに教わった方法の実践に踏み切る。うまくいくかどうかは賭けだけれど、冗談が有効であることを祈って口を開く。
「え、えーっと、モンスターが好きなチーズって何だと思う?」
直前の部屋でチーズを見かけた影響が出たみたい。口走ったのはそんな問いかけ。
潤んだ瞳で私を見つめるナプスタブルークは、黙ったままで何も言わない。チョイスを間違えてしまったかもしれない。いつ正解を伝えようかとタイミングを見計らっていると、思わずといった体でフリスクが小さく声を漏らす。
「フリスク、わかった?」
「う、うん。ナプスタは?」
緩く身体を横に振ったナプスタブルークは、瞬きをすると私たちの足下に文字を出現させて見せた。これもさっきの涙のように触れると痛いものかと思って身構えるけれど、灰色の文字はナプスタブルーク本人のように、触れても痛くない。書かれている文字を読んでみると『ごめん ぜんぜん わかんないヤ』と綴られていた。これも魔法なんだろうか。便利だ。
「じゃあ、フリスク、答えを教えてもらえる?」
「うんっ」
ナプスタブルークと私からの視線を一手に受け、フリスクは怖じることなく息を吸う。そして、小さな唇が細く開いた。
「Monster-ella!」
「――大正解!」
「ハハハ……」
どうやら、ナプスタブルークを励ますことに成功したみたい。
「喜んでもらえたみたいで良かった」
そう話しかけると、ナプスタブルークは考え込む素振りを見せた。どうしたんだろう、とフリスクと顔を見合わせる。見せたいものがあるのかな、とはフリスクの言。
「そうなの?」
思わず聞き返す。行動の読めないゴーストの挙動を予測できるフリスクは、よほど感受性が高いのだろう。モンスターのことを大切に思っているのが伝わってくる。たしかに、私もワクワクしてる。モンスターたちとの出会いは未知に溢れて、ときめきが止まらない。
「ちょっとみてて……」
ナプスタブルークに言われるがまま見守ると、いままで重力に従って落下していた涙は逆向きに立ち昇っていく。舞う花びらのような涙は、ナプスタブルークの頭へ集結していった。下側から徐々に完成していくのは帽子だった。
「「ヒヤリハット」っていうんダ。どウ……? おもしろイ……?」
ナプスタブルークは、わくわくしながら反応を待っている。
「うん、すごいね! 面白いよ。涙で帽子が作れるなんて!」
「オシャレで、ナプスタによく似合ってるね」
「ええ……」
すこし気恥ずかしそうにナプスタブルークは呟いた。誤魔化すように口数が増えていく。
「いつもネ……、だれにもあいたくないカラ、この遺跡にいるんだけどネ……。でも……きょうはネ、いいひとにであちゃッタ……」
一拍ほどの間を置いて、ナプスタブルークはゴメン、と謝罪を口にする。
「「じぶんがたり」するノガ、クセで……つい……」
尻すぼみになる語気に口を挟めないままでいると、ナプスタブルークは自分の中で答えを出したらしい。
「……ジャマだよネ。いま、どくネ」
そう言い放つと、音もなく消えていく。即断だった。別れの挨拶を交わす暇もなかったことに、すこしばかり驚く。すこし待ってみたけれど、ナプスタブルークは帰ってこない。本当にいなくなってしまったらしい。
「じゃあ、先に進もうか?」
「ボクもちょっとだけ横になっていい?」
「ふふ、いいよ。狭いからどくね」
「ううん、おねーちゃんはそのままで大丈夫」
「そう?」
ふたりで歪な平行線を描いて、ほんのすこし休憩する。これまでにすこし負傷したけれど、横になったおかげか楽になった気がした。もしかして、フリスクはこれを見越して休憩を提案してくれたのかな。
ある程度体力が回復したところで、身体を起こす。フリスクの短い髪には落ち葉が絡みついていた。頭を振って強引に落とそうとするフリスクを制止して、手を伸ばす。柔らかな亜麻色の髪はくすぐったいけれど、難なく外すことができた。
「それじゃあ気を取り直して出発しよっか」
「おねーちゃんにもついてるよ。とってあげるね」
「え? ホント? うわぁ、恥ずかしい……」
フリスクが取りやすいように屈む。
「ごめんね。ホントはお礼がしたかったんだ」
その発言の直後、頬に優しく口付けられた。すぐに離れた唇が笑みの形を象り、反射的に私の身体は一気に火照る。
「お、おませさん……!」
動揺して、うまく言葉が紡げない。フリスクはそんな私を顧みることなく、まっすぐ進んでいく。道は二つに分かれていて、直進か左手に曲がるか決断を迫られていたけれど。ひとまず迷いのない足取りに託すことにした。
先を行くフリスクに追い付いて並んで向かう。そこには、立て看板があった。どうやら、この部屋は行き止まりみたい。トリエルの目的地、でもなさそう。有り体に言うとハズレの部屋だ。
けれど、いまはそんな事実よりも目の前の看板が気になる。
「スパイダースイーツそくばいかい……。うりあげは、ぜんがく、ホンモノのクモに、きふ、されます……」
文字を追い、そのまま読み上げる。記されていたスイーツ即売会に興味を引かれて顔を上げる。看板の後ろの壁には、大小ふたつの蜘蛛の巣が張り巡らされていた。巣はあっても、肝心のクモはいない。売り手と思しきクモがいないせいか、即売会と名前が付いているのに販売されるスイーツもここにはないみたい。
「んー? なにもないけれど……?」
「きふ、って書いてあったから、きっとお金を乗せたらいいんじゃないかな」
フリスクが拾ったお金を巣に乗せると、クモたちが降りてきてドーナツをくれた。うれしそうなフリスクがスパイダードーナツだ、と独りごちるのが可愛らしい。
来た道を戻って、行ってなかった道を進む。
真っ先に目に入る看板には、ご丁寧にスイーツ即売会の紹介が載っている。寄付を募るくらいだし、この地底の世界のクモは不遇なのかな。私も寄付をしたほうがいいのかもしれない。
「うん、いいと思うな」
フリスクに相談したら肯定されたので、もしもまたお金を拾う機会があれば私もドーナツを買おう。実は気になっていたのだ。飴の予備はあるけれど、食べ物はいくらあっても問題ないし。どんな味なんだろう。
横に並ぶフロギーたちを見て、こんなにもいたんだなあと感慨深く思う。
「ケロケロ ケロケロ」
フロギーの鳴き声を聞く。他のモンスターの声は聞けたり聞けなかったりするのはなんなんだろう。ここのフロギーたちに戦う意思はないみたい、穏やかに会話して別れる。まあ、その内容のほとんどを理解できたわけじゃないけれど……。
「(あなたたちは、ニンゲンにしては平和主義だと聞いたケロ……)」
幻聴なのか、フロギーはケロケロとしか言っていないはずなのに、副音声のように声が聞こえてくる。不思議なことに、フリスクにも聞こえているらしい。フロギーって種族が特殊なのかも?
「私は取り立てて平和主義のつもりはないけどなあ」
「(もう気付いてると思うケロも、にがせるようになったモンスターは、名前が黄色に変わるケロ。それについて、どう思うケロ?)」
「名前が黄色ってどういう……?」
「とても便利だと思ってるよ」
「(ボクも、そう思うケロ)」
「もしもーし?」
名札が付いていたかなあ、と思ってよくよく観察しているうちに、フリスクとフロギーの間で話が進んでいく。
「(いいケロ? 「にがす」というのは「たたかいたくない」というイミ)」
話自体はよくわからないけれど、文脈的に大事な話をしているのは伝わってくる。ここは空気を読んで黙っておこう。一応、表情も引き締めてそれっぽい空気感を醸し出すのも忘れない。神妙な面持ちで聞いているフリスクを見ていると、迂闊な口出しをするわけにはいかないという意識が働く。
「(あいての名前が黄色じゃなくても、にがさなきゃいけないときがくるかもケロ)」
話は終わったみたいだけれど、わからないことが多くて噛み砕こうにも難しい。戦いたくない、という意味の「にがす」。実行に移すには、きっと、お互いに歩み寄る姿勢が必要なんだと思う。キャンディの近くにいたフロギーが、教えてくれたとおり。意思を通じ合わせて、和解して、そうして初めて「みのがせる」んじゃないかな。少なくとも、私はそういう風に解釈した。
「要は、みんなと仲良く! ……ってことだよね?」
我ながらざっくりとしたまとめだとは思うけれど、フリスクが頷いているので大体合っているはず。
「それなら大丈夫! フリスクと一緒なら問題解決だ!」
「ううん、ボクだけじゃないよ。スフィアおねーちゃんと一緒だから、きっと、なんとかなるよ」
「うれしいこと言ってくれるねえ」
他愛ない話を交わしていると、シンプルな着信音が響き渡る。発信源を探せば、当然のようにフリスクで、トリエルから託されたケータイを取り出しているところだった。フリスクも、近くのフロギーも一切動じていないのに、私だけが驚いているのは照れ臭くて、咳払いで繕う。
もちろん、発信者はトリエルで、耳を澄ませると会話の一部を漏れ聞くことができた。
「バタースコッチとシナモン以外ですきなものは……? なにか、あるかしら?」
どうやら、好物の話をしているみたい。
「……いやだわ、わたしったら、へんなこときいて……。もうすこし、さがしてみるわね」
ここでひとつ、推測を立てる。トリエルはきっと、私たちの会話を聞いてバタースコッチやシナモンを使った料理を用意しようとしていたのかもしれない。けれど、不測の事態が起きて予定が狂い、材料が足りなくなったと見た。ゆっくり向かったほうがいいのかもしれない、とフリスクに打診しようとしたところで、再びケータイに着信。
「ボクばっかりママの声を聞いちゃったから、代わるね」
「えっ、いいの?」
「うん」
フリスクの気遣いで急遽電話を代わることになり、慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしもし、スフィアです!」
「電話を代わったのね、元気そうで良かったわ」
親しみ深いトリエルの声に、緊張感が和らいでいく。一緒にいた時間は僅かで、別れたのもほんのすこし前なのに、こんなにも愛おしさが込み上げてくる。フリスクも同じ気持ちだったから、ケータイを貸してくれたのかもしれない。
「最近、お掃除をしていなかったから、散らかっていてごめんなさいね。急にお客さまが来るなんて思っていなくて……」
「えっ、いやそんな全然! この程度散らかってるに入らないから……!」
「ふふ、励ましてくれてありがとう。いろいろなものが落ちていると思うけれど……、気に入ったのがあったら、拾って持って行っていいのよ」
「そうなの?」
「モンスターが興味を持っていたら、落ちていないはずだもの。気に入るものがあるかはわからないけれど、好きにしていいわ」
「わかった、フリスクにも伝えておくね」
「ええ、お願い。ただし、本当にほしいものをみつけたときのために……」
「うん?」
電話口の声色に真剣味が増したので、注意深く耳を傾けた。相槌を打って続きを促す。
「ポケットには、あきスペースを残しておきなさいね」
トリエルは教育者然とした口調で言葉を締めた。
「うん、たしかに大事だね。覚えておくよ」
通話は無事に終わりを迎える。フリスクにケータイを返しながら、いま聞いたばかりの内容を伝えた。すぐさまポケットを確認して元気な返事をするフリスクに癒やされる。
すこし歩くと、初めて見るモンスターがにじり寄ってきた。
遺跡の壁に似た紫色の身体で、二足歩行の一頭身。真っ赤な目玉が一つ、白目に当たる部分は黄色く、頭の上には二本の角。しきりに瞬きをする目の下には歯列が並び、犬歯のように鋭い。角と四肢の末端は、身体よりも濃い紫色に染まっていた。
「おねーちゃん、その子のこと、からかわないで」
「えっ? わ、わかった!!」
フリスクからの頼みでとっておきのギャグは封印することにする。元々、ギャグでからかうつもりはなかったけれど。ここは無難に挨拶をしておくべきだろう。互いに自己紹介を交わし、友達になってほしい、と告げると、モンスターは肩の力を抜いた。
「やっと、わかってもらえた……」
でも、魔法の弾幕を忘れ去ることはない。そこは律儀じゃなくて良いのに、と思ったけれど口に出す余裕はなかった。
四方から飛び交うのは、シャボンの泡のように小さなわっか。軌道の予測は付きやすいけれど、目で追うには厳しい速度。
何度か体験して気付いたけれど、この地底世界では魔法が挨拶代わりなんだと思う。トリエルやフロギーたちは魔法を使わずに会話してくるけれど、そっちが稀少なんだと思う。ニンゲンが落ちてくるのは久し振りだと言っていたし、ニンゲンのことを理解しているモンスターは少ないのかも。
それはきっと、お互いのことを何にも知らないから。友達になって、すこしずつでも歩み寄れたなら、この心配は杞憂に変わる。そのはず。明るい未来へ導くように、手首のブレスレットが揺れた。
ぎりぎりと歯軋りをするモンスターの名前は今しがた教えてもらった。
「ルークス」
名前を呼んで、戦う意思がないことを主張する。眠そうに眼を半分閉じたルークスは、無言のまま立ち去った。床にはまたしてもお金が落ちていた。
「じゃあ、一旦クモのスイーツの所にもどろ!」
そうして、私もスパイダードーナツを買うことになったのである。声は聞こえないけれど、モンスターたちから「お買い上げありがとうございます」と言われているような錯覚がした。