原作沿い
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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――遠くで、声が聞こえた。
落ちてきたニンゲンの子どもを受け止めたのは、黄色の小さな花たちでした。衝撃は削がれ、痛みはほとんどありません。
身体を起こしたニンゲンはクッションとなった花を慈しむように撫でて、周囲を見渡します。そこには見覚えのないニンゲンの大人がひとり、倒れていました。頭から上半身までは花のクッションの上に乗っていましたが、下半身は地面に投げ出されているようです。
ニンゲンの子どもは、見知らぬ大人に呼び掛けてみます。優しく揺すってもみました。
固く閉ざされた目蓋は微かに震えますが、目を覚ます様子はありません。口から漏れた声は苦しそうで、ニンゲンの子どもは焦りました。自分ひとりの力では助けられそうにありません。
空から注ぐ光のおかげで、花が咲いている場所は明るいけれど、それ以外の場所は薄暗くて、うまく先を見通すことができません。
ニンゲンの子どもは、胸によぎる不安を懸命におさえて、小さな手足を動かして先に進みます。
すると、開けた空間に出ました。咲いていたのはたった一輪、金色の花です。それも、ただの花ではありません。なんと、はなびらが集まる中心には顔がついていたのです。
しかし、ニンゲンは驚きません。無表情のまま、おかしな花を見つめます。
「ほんき、なの?」
ニンゲンは突然喋った花に向けて、フラウィ、と呼び掛けます。どうやら、ニンゲンは花の名前を知っているようでした。喋る花を当然のように受け止めています。
「はー……。キミは、本当にバカだねえ」
フラウィ、と呼ばれた花も驚いた様子は見せません。お互い会ったばかりのはずなのに、フラウィはニンゲンを貶しました。良い言葉ではありませんが、ニンゲンはほんのすこし懐かしむような仕草を見せます。
「たしかにボクは、もっといいエンディングにする方法をおしえたよ」
フラウィは呆れた様子でニンゲンを見上げます。ニンゲンが屈んでいるので、すこし目線を上げればすぐに見ることができました。
「でも。ロードすれば済むのに、しないんだね」
ニンゲンは、一度だけしっかりと頷きます。その行動には決意が滲んでいました。
「いいよ、いわなくて。わかってるから」
次いで理由を話そうとして、けれどフラウィに止められます。
「きみは、このせかいが『どう かわってるのか』気になって仕方ないんだろ?」
ニンゲンは不思議そうでしたが、フラウィはそれすらも演技と思ったのか、嘲笑うように息を吐きます。
「どうぞ、どうぞ、ごじゆうに」
たおやかにお辞儀をするフラウィに、ニンゲンはどうやら目を奪われてしまったようです。じっ、とフラウィを見つめてその挙動を見守っていました。
「気がすむまで見て回るといいよ」
だから、フラウィの挨拶が終わりに近付いていることに気付けませんでした。
「ボクも、キミのこうどうをみまもってるからさ」
それきり。フラウィは地中に潜って、戻ってきません。いくら眺めてみても、彼が再び姿を現すことはありませんでした。
胸の前でちいさな拳を握り、固く決意を結んで、ニンゲンは歩き出そうとします。ですが、それよりも早く、遠くに見える扉に影が差しました。新しくモンスターがやってきたのです。
身体は大きいけれど、その眼差しには慈愛が滲んでいます。地上の動物にたとえるなら、真っ白な山羊によく似た印象でした。
「こんにちは……。大丈夫ですか?」
その問いかけを聞いたニンゲンの子どもは、弾かれたように動き出しました。当初の目的を思い出したのです。
――自分以外の誰か、頼れる存在に、あの大人のひとを救ってもらいたい。
その一心で、子どもはモンスターのそばへ駆け寄りました。でも、言葉はうまく出てきません。だから、言葉の代わりに、モンスターのロープの袖を摘み、落ちてきた場所を何度も指差しました。
「大丈夫よ、私はどこにも行かないわ。ゆっくりお話できる?」
ニンゲンの子どもは伝えようと必死です。でも、焦っているせいで言葉が絡まって出てきません。焦りは一層増すばかり。けれど、モンスターは急かさずに耳を傾けてくれました。
焦燥はゆっくりとほどけていきます。そのおかげで、ニンゲンの子どもは自分のほかに怪我人がいることを伝え切ることができました。
「まあ、大変! 急いで手当てしないと……!」
最後まで話を聞いていたモンスターは、血相を変えました。真剣な様子に、ニンゲンの子どもは固唾を飲みます。モンスターは安心させるように、子どもの頭を優しく撫でてくれました。
「教えてくれてありがとう。私はトリエル、この遺跡の管理人です。……そうね、お話はあとにしましょう。案内してもらえるかしら?」
トリエルの言葉に、子どもは力強く頷いて、慌ただしく来た道を戻ります。
花畑には先程と変わらぬ状態で倒れたままのニンゲンの大人の姿。どうやら、意識を取り戻したようです。閉じていたはずの双眸に光を宿して、一点を見つめていました。視線の先を追い掛けた子どもは、驚きに足を止めます。そこには、消えたばかりのフラウィの姿があったのです。
会話をしているようですが、残念ながらよく聞こえません。何もわからないままでしたが、子どもは悪い予感に襲われて、咄嗟にトリエルのロープの袖を強く握りました。
「この世界では『殺すか殺されるか』だ」
その言葉だけが、いやに鮮明に聞こえました。
目を凝らせば変化は明白です。ニンゲンの大人を取り囲むように、真っ白い種のようなカプセルがいくつも宙に浮かんでいました。カプセルは旋回しながら、ゆっくりと距離を縮めていきます。まだ本調子ではない大人は、身動きが取れそうにありません。自分の身に何が起きているのか、把握できていない様子です。
――たすけて!
子どもの叫びは音にはなりません。ですが、助けを呼ぶ声は、隣にいたトリエルにきちんと届いたのです。
子どもが見守る中、トリエルは瞬く間にニンゲンの大人を凶弾から救ってみせました。それだけではありません。魔法の炎を生み出して、フラウィを彼方へと吹き飛ばしたのです。
「情けないわね……。罪もないニンゲンをいじめるなんて……」
突然の出来事に、ニンゲンの大人は戸惑っていました。けれど、トリエルの後ろから顔を覗かせるニンゲンの子どもの姿に気付くと、強張っていた表情を和らげて微笑んでみせました。その様子に子どもは、笑顔を返します。
「怪我は大丈夫? 痛むところはない?」
トリエルは、子どもに話して聞かせたように優しく声を掛けます。ぎこちない返答でしたが、大人は首肯します。どうやら無事のようです。
子どもはほっと胸を撫で下ろしました。
「ええっと……。貴方のお名前を聞いてもいい?」
大人は、いつの間にか子どもの目線に合わせて屈んでいます。発せられたのは、子どもに向けられた問いかけでした。
「そうね、私も聞きたいわ。貴方たちの名前はなあに?」
「――…………」
大人とトリエルから向けられたのは、子どもにとって思ってもみない質問でした。
いままではずっとひとりだったので、聞かれることがなかったのです。ひとりぼっちの子どもを指す表現はいくつもあって、その場合、名前という呼称は不要だったのです。
だから、子どもは黙ってしまいました。
咄嗟のことに、すぐ反応が出来なかったのです。
「ごめん! まず私が名乗らないといけないよね?」
黙ったままの子どもの様子を見て、大人は慌てました。けれど、すぐに深呼吸をして、落ち着きを取り戻します。忙しない表情には、あどけなさが見え隠れしていました。背格好こそ大人と言って遜色ありませんが、どうやら子供っぽい性格のようです。
「私の名前はスフィアだよ、よろしくね」
そうして、スフィアは元気良く自己紹介を披露しました。人懐っこい笑みは距離を縮めてくれるかのよう。
「改めて、貴方の名前を聞いてもいいかな?」
子どもはひとつ大きく頷いて、小さな唇を開きます。
「ボクの名前はフリスク。フリスクだよ!」
そうして、子どもは――フリスクは、元気良く名前を明かしました。
トリエルとスフィアと花畑が見守る中、フリスクは行く先を見据えます。そのちいさな身体に、大きな決意を抱いて。
ここから始まるのはたった一日の大冒険。夢と希望が溢れるおわりを迎えるための、決意に満ちた物語です。