遺跡編
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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「へー、バタースコッチって食べたことないけれど、フリスクが絶賛してるから気になるな」
「うん、おいしいよ。食べてみて!」
トリエルの質問から派生して、すきな食べ物の話になった。私はシナモンがすきだけれど、フリスクはバタースコッチ派閥に属しているらしい。そう話した直後、フリスクは実のところはどちらもすきだ、と照れくさそうに言葉を付け足す。
不思議なことに、トリエルはフリスクがバタースコッチが好きなことを言い当てて見せた。なんでも、この世界にニンゲンが落ちてくると、なぜか前から知ってるひとのような気がするんだとか。最初にフリスクをみたときも、昔の友達に出会ったような気持ちになったのだという。
「へえ、既視感ってやつかな。不思議だねえ」
「ええ。でも、スフィアの好みとは違ったみたい」
「や、食べたことないだけで、もしかしたらすきかもしれないし! 気にしないで?」
「ありがとう」
アレルギーの話も出たけれど、私もフリスクもその点は心配無用らしい。
仲良く雑談しながら岩を所定の位置まで移動させてパズルを解く。途中でトリエルがナキムシと呼ぶモンスターにも遭遇したけれど、こちらに気付くと一目散に逃げてしまった。フロギーよりも淡い黄緑色の後ろ姿を見送る。ますます、あのフロギーの発言に謎が深まるばかりだけれど、お互いに傷付かず傷付けないいまの状態に不満はない。ウソを話したとも思えないので頭の片隅で気にしながら、先に進む。
次に待ち構えていたのは、床のほぼ全面にヒビが入っている通路だった。安全地帯がわからないので、先導するトリエルの後ろにぴったりと張り付くように列を成して突き進む。まるで電車ごっこで、童心に返ったような錯覚がして、たのしい。
おかげさまで無事に突破できたけれど、もう一度通れって言われたら私は間違いなく落とし穴の罠に引っかかると思う。そのときもフリスクと一緒なら突破できるかもしれないけれど、どうかな。
「ここまで来れば、大丈夫」
不規則に岩が三つ並んだ部屋で、トリエルは別れを切り出す。振り返る彼女は名残惜しそうに目元にしわを刻んでいた。
落とし穴のパズルを越えるまで。そういう話だった。
ああ、あっという間の旅だった。
「……うん。フリスクと一緒にトリエルの用事が済むまで、ここで待ってるよ」
適当な岩の上に腰を下ろす。遺跡の中は過ごしやすい気温だから、岩の冷たさにはすこし驚いた。
「……お、おねーちゃん」
焦った様子のフリスクに笑いかける。元々留守番を任されるはずだったのが、すこし先延ばしになっただけ。一緒にいるから心配ないよ、と。不安を少しでも軽減できるように。
「ダメかな?」
「ううん、うれしい。ありがとう。えっと、それもだけど――……」
「私は先に帰って用事を済ませます。ここまで何事もなかったから大丈夫だと思うけど……、具合が悪くなったらすぐに助けを呼ぶの、いい?」
「助け……。ええっと、トリエルに?」
「ええ。この『ケータイ』を預けるわ。用があるときはそれで電話するのよ?」
「わかった!」
フリスクが買って出てくれる。私の代わりに操作してくれるみたい。でも、電話は通じるんだろうか。遺跡限定で通じる形態なのかな。
「連絡はフリスクに任せるね、頼んだよ」
うれしそうにケータイを見つめる横顔が微笑ましい。私も初めてケータイを持ったとき、こんな風に喜んだっけ。
懐かしんでいたら、フリスクから連絡先の交換を申し込まれたので快諾する。私のスマートフォンは相変わらず圏外表示だけれど、フリスクの持っているケータイは電波が立っていた。地底製と地上製の違いかな。ふたりの連絡先の登録を手早く済ませる。いつまでも引き留めるわけにはいかないからね。
「それじゃ、お利口さんにしていてね」
別れを切り出したトリエルの後ろ姿が見えなくなるまで手を振った。気を張っていた肩の力が抜けていく。
「あっ、あのね、おねーちゃん」
「なあに?」
「はやく、その岩からはなれたほうが……」
「え?」
「……あぁん? 黙って聞いてりゃァ下敷きにしやがって! 何様だ!」
「へっ?」
怒号が響いたのはすぐあとだった。別れたばかりのトリエルが心配で帰ってくるんじゃないかと思うくらいの大声で、しばらく耳が使い物にならない。耳鳴りと頭痛で眉間に皺が寄るのがわかる。
その私の手を引いたのは、フリスクだ。
「おねーちゃん、こっち、……こっちに!」
岩から腰を上げる態勢になった私は戸惑いながらも、フリスクに導かれるままに隣の岩に移動する運びとなった。
「いまの声って……?」
「たぶん、そこにいる岩だと思う」
フリスクの視線を追いかける。いままで私が座っていた岩を見ていたみたい。なんの変哲もない岩。普段ならきっと気にしないけれど、ここは地底。花も喋るし、マネキンと友達になれるし、地上じゃ考えられないサイズのカエルも生息してる。命が宿っているのだろう。地上基準で考えて行動してしまったことを反省し、頭を下げる。
「あ……、下敷きにしちゃってごめんね」
「ったく、確認もとらずに失礼なやつだぜ」
フリスクの推測通り。岩とは意思疎通ができた。
「さては、オイラをどかそうってェ腹積もりだろ」
ううん。できたと言い切るには早かったかもしれない。
「そういうわけじゃないよ!」
「そうは問屋がおろさねェやぃ」
岩は静かに啖呵を切る。誤解が生じているみたい。
弁明しようと立ち上がったところで、影が飛び出して目の前を横切った。身に覚えのある出来事は記憶を呼び覚ます。少し前にも同じことがあった。ここのモンスターが凶暴で危険だと言ってくれたのは、フロギーだった。
「ゲロゲーロ」
フロギーによく似ているけれど、鳴き方が違う。雰囲気も、纏う色も。頭の先は遺跡の壁のような濃い紫だけれど、足先に向けて鮮烈な桃色へと遷移している。頭の天辺には黄金色の王冠が輝いていて、その影響か、どこか自信に満ち溢れているようだった。
そしてその隣に控えるのは、ナキムシに酷似しているように見えて、明確に違うモンスター。薄紫色を基調とした衣服はふわりと裾に向けて広がり、その先端を縁取り穏やかな波を描くようにして、濃い桃色が色付く。服と同色の帽子は、薄桃色のフードを被った頭の上にちょこんと鎮座していた。フードは二本の触覚をも隠すように包み込む。うさぎの耳のように膨らんだフードは、その耳の中央付近から濃い桃色が彩る。忙しなく羽ばたく翅もアーモンド型だ。
顔を覆い隠す黄色い仮面は格子状にスリットが入り、表情を覗かせない。ナキムシとの違いは顕著で、勇ましく。
「いったい……?」
「………………、どういうこと……っ?」
フリスクは青褪めた表情でカエルを見つめている。たとえるなら、幽霊でも見たかのような反応。まるで、この世ならざるものを見てしまったかのような。この地底において、あんなに豪胆に突き進んでいたフリスクからは考えられない挙動に思えて、思わず名前を呼ぶ。聞こえていないようで、応答はない。
フリスクは小さな手にぼうきれを握り締めている。どこで拾ったのだろう。ううん、いまはそれより、フリスクが小刻みに震えていて、顔色も悪いことのほうが問題だ。もしかしたら、トラウマがあるのかもしれない。
顔を上げて、まっすぐに見据える。
いままでフリスクに頼りっぱなしだったから、せめていまだけでも力になりたい。矢面に立たせるべきじゃない、と判断してからは早かった。
咄嗟にフリスクを庇うように前進し、ふたりの勇ましいモンスターと対峙する。突き刺さるような視線に敵意があるのかないのか。私には、わからない。フロギーの忠告が何度も耳の奥で木霊するけれど、身を以て体験しないとわからないこともあるね、と強がってみる。
かといって、武器らしい武器は何もない。身につけているのはスマートフォンとブレスレット。もちものは飴がひとつ。これはもはや逃げるしかないと思うんだ。たしか、最初は逃げられないんだっけ? 万事休すでは?
残されているのは対話の道。いましがた石との対話が上手くいかなかったばかりだというのに縋って大丈夫か心配だけれど。ううん、弱気はダメ。平和主義で何が悪い。トリエルだって、仲良くお喋りするのよ、って言っていたし。大丈夫。きっと、大丈夫。
ええいままよ、と意を決して。勢い任せに言葉を紡ぐべく、唇を開く。
「今日はお日柄も良く……ッ、そちらの王冠、とってもお似合いですね!」
正直、スベったと思った。空気が凍り付いた気配を察して、後ろのフリスクを振り返ることさえできない。
「うんうん」
でも、相手はどうやら言葉の意味を理解しているみたい。しきりに頷いて、よく観察すると照れ臭そうに頬が赤色に染まっている。
これは、もしや、言葉が通じるのでは?
希望の光明が差したところで、なぜか周囲を蝶々に取り囲まれてしまった。フラウィの仲良しカプセルを彷彿とさせるので、まず間違いなく触れないほうがいいに決まっている。嫌な経験だったけれど、こうして学びになっているのだから憎みきれない。
さて、周囲の蝶々たちは切れ間のない円陣を組んでいた。編まれた輪は絶えず動き回って、収縮と拡張を繰り返す。可動域の狭い窮屈さに神経が削られる状況で、さらに羽虫のような影まで飛び込んでくるのだから、勘弁願いたい。
あちらこちらと行ったり来たりを繰り返して躱すと、気が済んだのか攻撃の手が止まり、小康状態へ移行する。すると、私の後ろから覗き込んだフリスクが、王さまカエルをじっと見つめて。
「ファイナル・フロギー……」
恐らくは王さまカエルの名前を呼んだのだろう。言われてみれば、たしかにファイナルと冠していてもおかしくない貫禄がある。腑に落ちる私を尻目に、名前を呼ばれたファイナル・フロギーは、ぴょん、と高く跳躍すると、そのまま姿が見えなくなった。戦線を離脱したみたい。ああ、これがフロギーの言っていた「みのがす」ってことなのかも。
ひとり納得しかけていると、この場に残ったナキムシのそっくりさんが静かに羽ばたき、こちらに接近してくるところだった。首を横に振り、武器を振り回しているのでだいぶおっかない。もしこれが、おまえは逃がさない、という意思表示だったらどうしよう。実はあのナキムシの親友で、一部始終を見て誤解されていた上に敵討ちに燃えているという線も考えられる。驚くくらい血気盛んで、あきらかに空気が違っている。
固唾を呑むと、動揺で足がもつれて尻餅をついてしまった。足下から蝶の群れが迫るけれど、今度は切り抜けられるスペースがある。動きをよく見て、隙間へと転がるように身体をねじ込んで移動。忘れかけていた足の痛みがぶり返しても、四の五の言っている場合じゃない。タイミングを見計らって立ち上がり、円滑な回避に専念する。
攻撃の切れ間に呼吸を整えると、袖を軽く引かれた。反射的にフリスクを振り返る。
「おねーちゃん、ボクはもう大丈夫だから……、」
「えっ、大丈夫なの?」
疑いたくはないけれど、強がっている場合もある。私がそう。
でも、フリスクの手は、もう震えていない。未だに足が震えている私とは大違いだ。
「ボクのマネをして、祈って?」
「……へっ?」
跪いて安全を祈るフリスクに倣い、見よう見まねで大地に膝を屈する。手指を組んで祈りを捧げると、相手にも響くものがあったのか、仮面の奥の表情が変化した、ように思えた。
「まだ希望はある」
相手がぽつりと零した言葉こそ、祈りに似ていた。
最初の攻撃と同じように、蝶の群れが織りなす円陣は私たちを拘束する。でも、違うところもあった。先程は見かけなかった緑色の蝶も紛れていたのだ。この変化が何を意味するのかはわからないけれど、いい意味だといいな。
フリスクに促されるまま触れると、胸の内に温もりが宿ったみたいに熱が灯る。不思議と、痛みも薄れていた。
相手は戦う気力をなくしたようで、こちらの様子を窺っている。
「えーと……、戦わずに済むならそれが一番なんだけれど……。良かったら、キミのお名前、教えてもらえるかな?」
フリスクへの自己紹介と同じように、まずは名乗ってから尋ねる。応えてくれるか不安もあったけれど、武器を収めたモンスターは、ひとつ頷いてみせた。
「……ナキムシャ」
「そっか。教えてくれてありがとう」
勇ましさを身に纏うナキムシャと円満にお別れし、突然始まった戦闘は無事に終了。訪れた平穏に、胸を撫で下ろした。なぜか見逃したモンスターからお金を拝借することになってしまったのは不思議以外の何物でもない。でも、フリスクはそういうものとして割り切っているので、口を挟むのは躊躇われる。取り留めなく思考を回転させていたから、一瞬、戦闘の前に何をしていたのか忘れてしまった。
「オイラを無視たぁ、いい度胸してんなぁ……」
静かに怒りを滲ませる声を聞き、はっとして目的を思い出す。
「ごめんなさい」
そうだった。元々は、私が無礼を働いてしまった岩に謝罪するつもりだったんだ。少し前の出来事なのに、ハプニングのおかげでど忘れしてしまった。
「えっと……、どかすつもりはないんだ。キミの上に乗っちゃって、ごめんなさい」
返ってきたのは長い沈黙だった。ものすごく怒っているのかもしれない。焦燥が募る内心で弁明を連ねるけれど、そのどれもがうまく言葉にできずに音にさえならない。
「いまの鈍臭さをみりゃァ、ウソを言ってねェのはわかるぜ。けどな、誠意ってモンがあるんじゃねェか?」
「へっ……」
まさかの強請りに目が丸くなる。賄賂の要求だろうか。と言っても、私の手持ちはいまもらったお金ぐらいしかない。七ゴールド。これは誠意に値するのかな。
「向こうから来たってェことは、持ってんだろ? あれだよ、あれ。ほら、はやく出しやがれ」
「あれって言われても……もっと具体的に言ってもらわないと……」
「ったく、わかんねェかな。飴だよ飴。持ってんだろぃ?」
「……飴? 飴でいいの?」
「あぁあ? 文句あんのか?」
「め、滅相もない!」
表情はわからないけれど、凄まれていることはわかる。要求を呑んで飴を渡そうとすると、私よりも素早くフリスクがお供えしているところだった。
「わかってんじゃねェか」
快活な笑い声を響かせて、岩はトリエルが去った方向に動く。岩が独りでに動くなんて、地底は不思議でいっぱいだ。
聞くところによると、この部屋以外への移動は大変骨が折れるらしい。定期的にトリエルが見回りしているから持ち場を長時間留守にすることもできない。でも、他のモンスターは自由に出入りするので、噂に聞くモンスターあめが気になっていたのだという。そこに、丁度良く通りがかったのがフリスクと私というわけだ。
その後も二、三会話を交わし、いつの間にか私たちは先に進むという方向に話をまとめられる。なんでも、ここからトリエルの行き先はそう遠くないらしい。まあ、たしかに。いくら和解したといえど、怒鳴られたり戦闘があったりしたこの部屋は、あまり居心地がいいとは言えない。どこか、もうすこし落ち着ける場所があるのなら、そこで休みたい。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「どーいたしまして」
律儀に返事をする岩に別れを告げて、私たちは先へ進む。あの岩の口車に乗る形になったけれど、フリスクが楽しそうなのでまあいいか、と考え直して。
その矢先、新たなモンスターに行く手を塞がれたので、出発がさらに遅れたのは言うまでもない。