遺跡編
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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「ケロケロ」
扉を潜り抜ける間際に鳴き声を聞いた。思い起こすのはさっきのカエル。でもあの子は逆方向に向かったはず。疑問に思った次の瞬間、トリエルが目にも止まらぬ速さで動いた。機敏な動きは捉えきれず、生じた風が遠慮なく髪を掻き乱す。かろうじてトリエルがフリスクを庇うような動作をしたとわかったけれど、反射的に目を瞑ったので詳細はわからない。短い暗転を挟んで、再び開いた視界には、影が迫っていた。咄嗟に手を伸ばして掴む。両手にふにふにとした感触。まじまじと見つめると、私の腕の中に収まっていたのは、あのカエルだった。えっと、フロギーだっけ。
視線が合ったので、とりあえず無事かどうかを尋ねる。先程のように飛び跳ねていたところを、危険視したトリエルに飛ばされてしまったのかもしれない。
返事はないけれど、たぶん怪我はしていないと思う。そっと地面に下ろして、ふたりの姿を探す。左側の部屋に進むらしい。トリエルの誘導に応じたフリスクの背中が、部屋の向こうに消えていく。
追いかけようと足を踏み出す寸前、耳を疑う声が聞こえた。
「(ニンゲンさん、きいてケロ)」
「……、へっ?」
「(モンスターとのバトルのことで、いいことおしえてあげるケロ)」
ケロケロ、という鳴き声はなりを潜め、トリエルのように流暢な言葉が紡がれている。先程キャッチしたフロギーが話しているみたい。
一旦トリエルたちを追うのは止め、フロギーに向き直る。いいこと、がなんなのかわからないけれど、教えてくれるというなら聞いていくのが私の主義だ。
「(この世界のモンスターたちはとても凶暴で危険ケロ)」
「……、たしかに最初はその洗礼を受けたけれど、でもトリエルは親切だよ? みんながみんなってわけじゃないんじゃ……」
地底で出会ったのモンスターは片手で数えられる程度。フラウィは間違いなく凶暴で危険に分類されると思うけれど。マネキンもさっき会ったフロギーも、『凶暴』と呼ばれるほどではなかったと思う。それに、トリエルや目の前のフロギーは思いやりに満ちている。きっと、大丈夫じゃないかな。
「(話を続けるケロ。バトルの最初は逃げられないケロ)」
「逃げられない?」
「(べつの方法を試すことをオススメするケロ))」
じっとフロギーを見つめても、返ってくるのはケロケロ、という鳴き声だけ。
「聞き間違い……?」
「ケロケロ」
「あ、やっぱり……」
どうやら聞き間違いだったらしい。私の頭も耳も平常という確信でほっと胸を撫で下ろす。しかしそれも長くは続かなかった。
「(もうひとつ、いいこと教えてあげるケロ)」
「!?」
「(なにか特別な行動を取ったり、戦って相手を瀕死の状態にすると……、相手が戦う意思をなくすことがあるケロ)」
矢継ぎ早に説明される内容をなんとか頭のノートに書き留める。相手を瀕死とか、物騒な言葉が聞こえた気がするけれど、戦わないで済むならそれに越したことはない。
「(モンスターがたたかいたくなさそうにしていたら……)」
「……いたら?」
「(みのがしてあげてほしいケロ)」
耳を澄ませていた私は、唐突にもたらされた情報を処理しきれない。全員が白旗を持って闊歩してくれたら助かるけれど、ここにはここのルールや文化があるはず。強要はできない。
フロギーは言うべきことは伝えたとばかりに押し黙る。手に入れたばかりの情報を持て余した私は、フロギーに注いでいた視線を外して、周囲を見渡した。
落ちた葉の絨毯は真っ赤で、楓を彷彿とさせる。見ていると、適度な甘さと粘度で絡みつく香り高いメイプルシロップが思い起こされた。ふわふわのパンケーキにはとろけたバターが踊り、絡みつくシロップが舌に甘い刺激を与えてくる。ぐう、とお腹の虫が鳴く。お腹が空いたと言うことは、それなりに元気なのかもしれない。
再び空腹を訴える虫を鎮めようにも、食べ物のの持ち合わせはなかった。動いていれば少しは気が紛れるかもしれないので、トリエルたちが見ていないのをいいことに枯れ葉を蹴飛ばしてすこし遊ぶ。私は冬の早朝に張った薄氷も、乗っかって砕いて渡るタイプなのだ。格好の遊び相手に出会って素通りなんてできない。戯れたくもなるものだろう。
ひとしきり遊んだら余計にお腹が空いたけど、気分は爽快だった。ふう。
そう言えば、いろいろあってスマートフォンを確認していなかった。取り出して暗い画面に光を灯す。電源は問題なし。ただ、電波は立たず、連絡手段は封じられていた。まあ、なんとなく予想は付いていたからショックは小さい。時刻と照明の代わりだと割り切って仕舞い込む。
それにしても、トリエルたちが帰ってこない。向こうの部屋で私の到着を待っているのかな。もしそうならまずい。なにがまずいって、そんなこととは露知らずう遊び呆けていたという罪悪感で胸がはち切れそう。気を取り直してトリエルたちの行き先へ向かう。
「いらっしゃい。ちょうどフリスクにもキャンディの説明をしていたところなの」
部屋の両脇には水路が通っていて、そのせいかすこし気持ちが洗われるような心地になる。そんな部屋の入り口付近に立っているトリエルとフリスクは、一点を見つめていた。倣って追うと、白い台座――祭壇のような場所があった。水場が近い影響もあって、神聖な雰囲気を醸し出している。しかし、設けられているのは素朴なボウルで、中には溢れんばかりに色とりどりのキャンディが積み重なっていた。台座と合わせたら、すこし大きなゴブレットに見えなくもない。控えめなお腹の虫が同意するように鳴く。
「おひとつどうぞ」
柔らかなトリエルの言葉に頷いて、キャンディの山からひとつを掬い上げる。
「いま食べてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
どんな味なのかは気になったけれど、空腹は最高のスパイスと掬し大丈夫のはず。ひとくち含んだ瞬間、ハッカとはまた違った独特な風味が口の中に広がっていく。人を選ぶかもしれないけれど、結構好きな味だ。あめを味わっていると驚くほど簡単に舌の上から消えてしまった。
「お腹が空いていたのね。気が付かなくてごめんなさいね」
あまりにも素早く頬張ったせいか、トリエルが気遣いの眼差しを向けてくる。
「本当はひとりひとつなのだけど……、あなたたちは落ちて体力も消耗しているでしょうから、あとひとつずつどうぞ」
「いいの?」
「特別にね。ほかのモンスターには内緒よ?」
冗談めかして話すトリエルに背中を押される形で、キャンディに手を伸ばす。フリスクも同じようにあめをふたつ掬い、大事そうに仕舞い込んでいた。とっておくみたい。
もしかしたら、ここはモンスターたちにとっての憩いの場なのかも。澄んだ空気に美味しい飴が用意されているし、案外、あのフロギーもあめを取りに来ただけなのに、災難に遭ったのかもしれない。ご愁傷さまだ。
「そうだ、フリスク。この部屋に入る前なんだけれど……」
モンスターが凶暴、という内容をトリエルの耳に入れていいか悩み、フリスクにだけ打ち明けることにする。同胞を悪し様に言われるのは、あまり気分のいいものではないだろうから。
「フロギーが、そう言ってたの?」
「あー、たぶん……?」
改めて聞かれると自信がない。そもそも幻聴の可能性もあるし、いま身近にいるトリエルも、教えてくれたフロギーも、マネキンも、凶暴そうには見えない。気にしないでいいのか、警戒しておくべきか。判断材料が足りなくて頭を悩ませる。
「聞いてくる!」
止める間もなくフリスクは駆け出す。天真爛漫で、即座に行動に移せるフリスクはすごい。トリエルも、フリスクが積極的にフロギーに話しかける様子を朗らかに見守っている。
「杞憂だったみたいね」
「……フリスクのこと?」
「ええ。遺跡のモンスターとあんなに話が弾んでいるもの。私の助けはいらないみたい」
朗らかに笑うトリエルの表情には安堵と喜びが滲んで、寂しさは見当たらない。それが、すこし意外だった。私は手のかからないフリスクがもうすこしだけでも頼ってくれたらいいのに、と思ってしまう。
フリスクに対する考え方の違いは年の功によるものなのかもしれない。ほんのすこし前に大人の仲間入りを果たした私とトリエルでは、きっと年季が違う。
「トリエルは大人だねえ」
「あら、若く見えていたのかしら?」
「うん」
「フフ、お上手ね」
嘘はついていない。トリエルはなんというか、身近なお姉さんといった印象だから。私に姉はいないから勝手に思ってるだけだけれど。
話を終えたフリスクと合流して、そのまま次の部屋へと歩き出す。
「次のお部屋は床がひび割れているの」
「あ……、落とし穴のパズルがあるって言ってたとこ?」
「そうなの。でも大丈夫、安心して。私が手を貸すわ」
いつの間にか、噂の部屋にさしかかっていたみたい。手を差し出したトリエルに引かれ、抱きかかえられる。トリエルの脚が力強く地面を蹴ったと思った次の瞬間には、ひび割れた箇所を軽々飛び越していた。
「あっ!?」
ペンダントに結んでいた革紐が千切れる音がして、小瓶は床に吸い込まれる。いくら床がひび割れているとはいえ、叩き付けられたら割れてしまう可能性が高い。扱いには十分注意しないといけないものなのに。トリエルに抱えられた態勢のまま不格好に手を伸ばすけれど、もちろん届くわけがない。
耳元で、小瓶が砕ける幻聴が騒ぐ。間に合わない、と諦めた瞬間、私の視界に飛び込んできたのはフリスクが懸命に手を伸ばす姿だった。
どうして、と言葉にする暇を与えず、フリスクの足場は崩れた。床に漆黒の陥穽が誕生し、悲しいまでの重力に従ってフリスクは落ちていく。
「……フリスク!」
無事に向こう側に着地を果たしたトリエルに対するお礼もそこそこに、真っ先に穴へと駆け寄る。……ううん、駆け寄ろうとした。けれど、トリエルによって制される。
「大丈夫。フリスクを信じて、待ちましょう」
「……、…………うん」
本音を言うと、気が気でなかった。私の不注意で落としたのだから、落ちるべきは私のはずなのに。きっと、私が必死だったから拾おうとしてくれたに違いない。フリスクは私よりもいろんなことを見ている。きっと、私にとって大切なものだと判断したんだ。
私だって信じたい。でも、万が一フリスクの身に何かあったら、私は私を許せない。
「おねーちゃん?」
「フリスク! 無事なの?」
「うん、おねーちゃんの落とし物は無事だよ。下に落ち葉が敷いてあって……」
「落とし物も大切だけれど、フリスクは? 怪我してない? 痛いところは? 動ける?」
「うん、怪我も痛むとこもないよ。いま、戻るね」
五体満足で帰還したフリスクを見て、感極まった喉が震える。脳裏に、フリスクが落ちた瞬間が強く刻まれてしまった。落ちた先に運良く落ち葉があるかどうかなんて、わかりっこない。それでも、身体が動いたフリスクはどれほどの決意を宿しているんだろう。
「はい、おねーちゃん。落とし物」
「ありがとう、フリスク……!」
肌身離さず持っていた小瓶のペンダントトップを大事に受け取って、そしてフリスクの顔を覗き込む。本人の申告通り、外傷は見当たらない。緊迫の瞬間を抜けて、ようやく一息を吐く。
「本当に、無事で良かった!」
革紐は切れてしまったけれど、中身が無事ならいい。さらさらと小瓶の中で揺れる砂の微かな音に耳を傾ける。持ち運びが多少不便になる程度、どうってことない。切れた紐と瓶をポケットに詰め込もうとしたら、フリスクの手が私の手首を優しく掴む。
「首から提げるのはむずかしいかもしれないけれど、腕とかに巻けないかな?」
「あ、ブレスレットってこと?」
「うん、それ!」
切れた紐を結び直しても長さまでは元通りにならない。ネックレスの用途には適さないサイズになると思う。
「ボクが巻いてあげるね。得意なんだ」
「そうなの? じゃあ、お願いしようかな」
切れた革紐とペンダントトップを渡すと、フリスクは張り切って私の手首に巻き付ける。けれど、うまく結べなくて、しまいには紐から瓶が滑り落ちてしまう。
「こっちは私が抑えておくわ」
今度はトリエルの大きて白い手のひらが難なくキャッチしてくれる。中身も手も白いから、一瞬砂が零れてしまったのかと思ったくらい。
「……あら?」
「トリエル? どうかした?」
「……、…………、なんでもないわ」
「そう?」
明らかに顔色を変えたトリエルの様子は気になったけれど、当人がなんでもないと言うならそれを信じるまで。
トリエルはフリスクに目線を合わせるように屈んで、話しかける。
「フリスク、落ち着いて。もう一回挑戦してごらんなさい」
「うんっ!」
フリスクがやりやすいように態勢を変える。トリエルが小瓶を支え、フリスクが懸命に巻き直して結んでくれたおかげで、ペンダントはブレスレットに生まれ変わった。
「わあ、いい感じ!」
サイズが変わっただけと言えばそれだけ。でも、フリスクとトリエルが協力して結び直してくれたブレスレットは、それだけで特別だった。