遺跡編
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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すっかり、油断していた。
いままでのパズルはそう難しくなく。トリエルからバトルの話を聞いたけれど、フリスクがマネキンとも仲良くなった。だから大丈夫、と根拠のない自信を持ってしまったのだ。その妙な自信のせいで地底に落っこちる羽目になった自分を顧みたほうがいいと、あとになってから強く思う。
未来の私がどんなに反省したところで、このときの私は気付かない。
そして、事件はトリエルの背中を追う最中に起きた。道の先にあるというパズルへ向かう彼女と私たちの間へ割り込むように、現れたのは見たことのないモンスターである。
姿形はカエルによく似ている。身体も黄緑色で、想像と遜色ない。ただ、地上に広く生息するカエルと大きく異なる点がひとつ。
カエルといえば手乗りサイズを思い浮かべると思うけれど、ここのカエルは規格外。その何百倍も身体が大きい。あのフラウィだって、花の範疇に収まるサイズ感だったのに。なにもかもが地上と同じようにはできていないらしい。
胸の内側が熱くなったかと思えば、フラウィと対峙したときのように淡く白く発光する光が、私の影を伸ばしている。曝け出されたタマシイの色は相変わらずの白色。しかし、傍らのフリスクがその胸に宿すタマシイの色は真っ赤。どうやら、ヒトによって色合いが変わるらしい。
いや、大人と子どもの違いかな。大人になるにつれて色褪せてしまうのだとしたら、ますます私のタマシイは面白みがないと言うことになる。
いまはそんなことどうだっていい。相手のことはよくわからないけれど、傍らにいるフリスクに危害が及ばないように立ち回る必要がある。トリエルの教えでは、たしか……。
「バトルストップ! お喋り! お喋りしよ?」
言葉が通じていないのか、カエルは不思議そうに見つめ返してくる。手に汗を握り、祈りが通じるようにと口を動かし続ける。初めましての挨拶に、好きな本の話題。会話は弾まないけれど、向こうもこちらを害する意思はないみたい。
時間を稼いでいると、フリスクが小さな声を上げる。悲鳴かと思って即座に目を向けると、フリスクはうれしそうにはにかんでいた。喜ぶようなことがあったかと自問しても答えは見つからない。ゆえに、フリスクの視線の先を追ってみる。
「トリエル?」
そこには、カエルに向けて鋭い睨みを利かせるトリエルの姿があった。私に向けられたわけではないのに、居心地が悪くなる。向けられているカエルにはたまったものではないのだろう。ゆっくりと立ち去り、姿を消していく。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
険しい表情でカエルを見送っていたトリエルは、努めて優しい表情で私たちに微笑みかけていた。意外な一面を見たような気がして、乾いた笑いを浮かべながら曖昧に頷き返す。
フリスクはと言うと、カエルが去った方角をずっと眺めていた。私が会話を遮ってしまったけれど、実はあのマネキンのように仲良くお喋りをしたかったのかもしれない。
「フロギーともうすこしお話がしたかったのね、気が付かなくてごめんなさい」
トリエルと似たようなことを思ったのだろう。寂しげなフリスクの横顔を見つめ、静かに謝罪する。あのカエルの名前はフロギーというらしい。しっくりくる名前だ。
「ううん、大丈夫。マネキンのほうに行ったから、きになっちゃっただけ」
「そう?」
「うん! 行こ、この先にもパズルがあるんだよね」
「フリスク、先に行くと危ないわ」
最後尾のフリスクがトリエルを追い越して先頭に躍り出た。遅れを取り戻すかのように、フリスクは速度を緩めずに走り続ける。もちろん、トリエルが血相を変えて走る出したのは言うまでもない。私もふたりを追いかけてゆっくりと地面を蹴る。時折、足が痛む感覚に襲われるけれど、当初に比べたらだいぶマシだ。
先頭のフリスクと私で、慌てるトリエルを挟み込むのはなんだか愉快で、ほんの短い間の追いかけっこが心を弾ませる。
「もう、よくご覧なさい。キケンなパズルが待っているんですよ」
フリスクと私をたしなめるように、トリエルは前方を視線で指した。
彼女の言う通り、私たちの進行を妨げるようにそのパズルは存在していた。恐るべきトゲは地面に生え揃っている。歩いて避けられるスペースはどこにもない。先程とは比べものにならないほど量が多いのに、不思議と恐怖はなかった。きっと、トリエルとフリスクと一緒だから。
「ここは手を繋いで一緒に渡りましょう」
名案だとばかりに明るい表情で言い放ったトリエルの天真爛漫さに、思わず笑みが零れた。彼女の包容力は相手の年齢を選ばない。子どもも大人も問わず、その気遣いをありがたく拝借できる。
私たちはトリエルが差し出した手に、それぞれの手を重ねる。モフモフの白い毛は滑るような心地好さ。私たちを牽引するトリエルは、常に背後を確認しながら進む。
トリエルが歩く道に咲くトゲは、踏み出す彼女の足を傷付けず、引っ込んでいく。かの有名な海を割って渡る風景が脳裏で再生されるのを感じながら、ちらりと背後を振り返った。正解の道は、すぐにトゲが復活して、端から見るとどれが正しい道かわからない仕様になっているみたい。まるでおもちゃのナイフのような仕掛けだ。
でも、ノーヒントで渡り切るのは難しいような気がする。あのフロギーはこの道を越えられずにあそこにいたんだろうか。
いや、もしかしたら、見落としていたヒントがどこかにあるのかも。スイッチの部屋にも親切なヒントがあったことだし。
ゴールに辿り着くと、トリエルは優しく手を離した。空っぽになった手のひらは、けれどほんのりと熱を帯び、愛おしい温もりが宿っている。もう一方の手で包み込みながら、振り返った彼女を見つめる。
「あなたたちにパズルはまだキケンすぎるものね」
すこしばかり過保護な発言を残し、トリエルは踵を返して先に進む。
たしかに最初こそ危険な気もしていたけれど、トリエルがいてフリスクと一緒なら、困難も危険もないような全能感で満たされていた。
服の上から大切なペンダントに触れる。いろんなことがあったけれど、どこか楽しんでいる自分もいて、踏み出す足は、もう竦んでいなかった。
「……え?」
そう思ったのもつかの間。次の部屋に進んだら、トリエルの様子がすこしおかしい。急に体調が悪くなったのかな、と狼狽えていた私は、口火を切る彼女の話を断片的にしか受け取れない。結果として私たちに与えられたのは、トリエルに置き去りにされたという状況だけ。私の脳裏には、つらいお願い、という言葉と伏せられた表情が強く刻まれて、他のことを考える余裕がない。走り出したトリエルの姿は、あっという間に見えなくなった。
「おねーちゃん、追いかけよう」
「えっ、あ……。私たち、置いてかれたわけじゃない、の……?」
突然の出来事に立ち尽くす私の手を取ったのはフリスクだった。先が見通せないほど長い部屋、ほぼ廊下になっている道をまっすぐに指差し、励ますように明るく笑う。
「うん。きっと、ママはこの先で待ってると思う、一緒に行こう」
「ふ、フリスク~!」
ちいさなてのひらがとても頼もしい。縋りつきそうになる気持ちを必死に堪えて、けれど涙目は耐えきれずに、滲んだ視界の中で何度も何度も頷く。
正直、廊下は不安を覚えそうなほど長かった。フリスクと一緒に歩いていなかったら、何度も立ち止まって振り返っていたに違いない。おなじ道を歩いているんじゃないか、という錯覚に苛まれ、鼓動が嫌な音を奏でる。普段より歩調を緩めているので、余計に。私の足を気遣った結果なので強く言えないけれど、いますぐにでも全力で駆け出したい気持ちが燻っていた。
でも、悪いことばかりじゃない。与えられた時間は、周囲を見る猶予を生む。壁肌に張り付いた蔦は柱のようにそびえ立っていた。葉の一枚一枚を数えるのは億劫だけれど、柱の数なら簡単。数歩歩いて、来た道で見た蔦と数が違えば、明らかに前に進んでいる。
安堵の息を漏らすと、繋いだ手が一瞬だけ握る力を強くした。大丈夫だよ、と言われているみたい。見透かされているのがすこし照れくさい。
「ありがとう、フリスク。じゃあ、トリエルを探しに行こうか」
「うん!」
無邪気な返答がどれほど心強いものか、言葉では上手く説明できそうにない。トリエルが去って心細さを感じていた心は、フリスクと一緒だから強くあれた。道の先に扉が見える。
「安心してちょうだい。置いていったりしないわ」
私の言葉が聞こえていたのか、すこしばかり恥ずかしいことを言われたので、トリエルと交代で柱の裏に隠れる。トリエルはこの柱の影に隠れて見ていてくれたらしい。茫然自失だったことも、涙目でフリスクと手を繋いで歩いたことも、全部見られていたのだ。この遺跡が重要文化財とかでなければ穴を掘って埋まりたい。いや、既にここが地底なんだけれど。
私の突拍子のないも行動にも、トリエルは穏やかに笑って流してくれた。フリスクはトリエルの真似をしたいのか、私のそばに駆け寄って柱の影に潜む。
「私を信じてくれてありがとう」
私たちが二人とも隠れているから、トリエルはかくれんぼの鬼のように、柱の向こうから顔を覗かせて話を続ける。
「この練習にはとても大事な意味があったの」
相槌を打つと、改まった表情のトリエルが引き続き言葉を紡ぐ。
「お留守番できるか、テストをしたのよ」
「……お留守番……?」
その話から察するに、私は落第な気がする。涙目だったし、フリスクがいなかったらどうなっていたことか。
「私は用事があるから、お留守番していてほしいの。スフィア、貴方にも」
「へっ? あ、うん。それは構わないよ」
「ありがとう。あなたが落ちたのは花が咲いていないところだと聞いたわ。ここで安静にしていてほしいの。その……、」
「トリエル?」
「……隠してもダメね。ここにニンゲンが落ちてくるのは久しぶりだから……、ふたりが落ち着ける場所がないの。私に、準備する時間をちょうだい」
「あー……」
家の中を綺麗に保つコツは頻繁にホームパーティーを開くこと、とはよく聞く話だ。長らく来訪者がいなかったのなら、それなりに時間は必要なんだと思う。私の実家の倉庫なんか、手入れも掃除も行き届いていないので埃まみれ。それに比べたらこの遺跡は綺麗なほうだ。だから、トリエルが案内したい場所も、気にするほどじゃないと思う。ただの予想だけれど。
「それにこの先にもパズルがあるの、その足で進むにはあまりにもキケンだわ」
「えっ、パズルちょっと気になる……」
「まあ……」
独り言のつもりだったけれど、トリエルにはしっかり届いたみたい。目を瞬かせた彼女はうれしそうだ。
「わかりました。それなら……、」
言いかけたトリエルは考え込む素振りを見せ、緩く頭を横に振る。
「いいえ。この先に落とし穴のパズルがあるの。そこまでは、私と一緒に行きましょう」
頷くしかなかった。まさか、頭を使って解くパズル以外もあるなんて。
「それじゃあ、もう少しだけ進みましょうか」
「うん!」
トリエルと一緒なのがうれしいのか、元気よく返事をするのはフリスク。その様子を微笑ましく見守りながら私も頷き、一緒に一歩を踏み出した。