遺跡編
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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先に進むにつれてせせらぎが大きくなる。今度の部屋には用水路があるみたい。壁を這うように覆う蔦の葉が遺跡に彩りを与え、不思議な調和をもたらしている。
「この先へ進むには、正しいスイッチを押さないといけないの」
相変わらずトリエルに抱えられたまま説明を聞く。パズルはワクワクするけれど、間違わずに進める自信はない。気を引き締めていると、彼女は明るい調子で笑ってみせた。
「でも、だいじょうぶ。ちゃあんと、印をつけておいたから」
「それなら良かった。安心だね」
近くのフリスクに話を振ると、うれしそうな表情がひとつ頷く。フリスクも、こういうパズルや謎解きがすきなのかもしれない。
「……あら?」
勝手に親近感を覚えていると、トリエルのすこし不穏な呟きが耳に飛び込んでくる。視線を持ち上げると、彼女は困惑した素振りで部屋の先を見つめていた。
「印が消えてしまっているわね……」
「えっ」
どうしましょう、と独り言のように漏らすトリエルは、思ったより難しくなってしまったわ、と続ける。
「フリスク、大丈夫そう……?」
大人しく話を聞いていたフリスクは、大丈夫、と元気に返事を返してくれる。私が抱えられることにならなかったら、トリエルは手取り足取り教えていたんじゃないかな。足を引っ張ってしまったような気がして忍びない。内心の落ち込みを表に出さないように苦心する。
トリエルが用水路を一つ越えると、問題のスイッチが視界に飛び込む。けれど、トリエルは素通り。両手が塞がっているから、フリスクに頼むのだろう。正しいスイッチがわかる印が消えたいま、難問になっているのでは、と不安が膨れ上がる。
先に進むトリエルは、用水路の上に架かる短い橋の手前で足を止めて振り返る。抱えられている私も同じようにフリスクを探した。
「トリエル? スイッチって一つ?」
「この先にもう一つあるわ」
「いま押すのは……、」
「ええ。フリスクが押してくれたスイッチね」
侵入者を撃退するパズルがこんなに簡単でいいのかな。
スイッチが押されたのを確認し、トリエルは再び歩き出す。今度は用水路はなく、代わりに進行を妨げるトゲトゲが床から生えていた。
「ひ……、」
思わず身体が竦む。でも、トリエルにとっては見慣れた風景なのだろう。速度は緩まず、一切の躊躇もなく歩を進めた。トゲの生えた床の前まで来てようやく足を止め、くるりと後ろを振り返る。フリスクにスイッチを押させるためだろう。
でも、今回のスイッチはふたつ。侵入者を撃退するパズルもようやく本領を発揮するのだろう。間違えたらあのトゲがこちらに飛んでくるとか、そう見せかけておいて上からトゲが落っこちてくるとか。恐ろしい想像に歯止めが利かない。
さすがにヒントは必要だと思う。私にはさっぱり解けそうにない。
臆せず前進するフリスクの様子を眺めていた私は、ふと地面の色合いが違うことに気が付いた。丁寧に舗装されているだけかと思ったけれど、ふたつあるスイッチのうち、片方の道だけが装飾されている。これは、ヒントどころか答えの可能性があるのでは?
念のため、フリスクが先程解いたスイッチに視線を向ける。やはり、地面の色は他の箇所と異なっている。意地の悪い引っかけじゃないのなら、正解を指し示しているに違いない!
それなら、正解はフリスクから見て左側にあるスイッチのはず。
「よくできました! えらいわね」
フリスクは、とっくにお見通しだと言わんばかりに正解を引き当てる。トリエルからの褒め言葉を受けて、誇らしげにしているのがなんとも可愛らしい。トゲもなくなって良いこと尽くめだ。
「すごい、正解がそっちだってよくわかったね。パズル解くの得意?」
「得意じゃないけど、解くのはたのしいよ!」
「答えにすぐ気が付いたフリスクが不得意だとは思えないなあ。でも、よく頑張ったね」
そんな軽口を叩きながら、フリスクの頑張りを労う。私が自分の足で立っていたら頭を撫でていたかもしれないけれど、子ども扱いに怒られちゃうかも。トリエルに抱えられていて、逆に良かったのかもしれない。
「さあ、次のお部屋へ進みましょう」
トリエルの言葉に私たちは頷く。
数歩進み、トリエルはフリスクに道を譲るようにして身体を寄せる。
「あなたたちはニンゲンだから、モンスターに襲われることもあるでしょう」
「えっ、モンスターは、ニンゲンを襲うの……?」
地上で聞いた噂話を思い出して身震いする。でも、すぐに思い直す。いま、こうして親切にしてくれているトリエルもモンスターだ。信じたいと思った気持ちに偽りはない。きっと、モンスターの中にも、フラウィみたいな子と、トリエルのような性格の子がいるんだろう。ニンゲンと一口に言っても十人十色、個性を持っているのと同じように。
「ごめんなさい。いろんなモンスターがいて、当然だよね」
話の腰を折ってしまったことも併せて謝罪する。予想はしていたけれど、トリエルは笑って許してくれた。
「なにか……対処法があるんだね?」
「ええ、とっても簡単な方法があるの」
微笑みを浮かべたトリエルは、教師のように言葉を続ける。曰く、モンスターに遭遇すると「バトル」が始まること。バトル、なんて言い争いやテレビの中だけの話だと思っていたから、あまり実感が湧かない。
「バトル中は、モンスターと仲良くお喋りをするのよ」
「へ? お喋り?」
「そう! 簡単でしょう?」
同意を求めるトリエルに対し、返答に窮した私は身動ぎしてフリスクを見る。うれしそうに首を縦に振るところだった。たしかに、お喋りなら難しいことじゃない。バトル、なんて言うからあのフラウィみたいな騙し討ちが待ち構えているのかと思ったけれど、そうじゃないみたい。
脳裏を過るフラウィの姿。私に恐怖心と誤った知識を植え付けた張本人。けれど、私の受け答えも曖昧だったことは否めない。彼ともうすこし仲良くお喋りできていたら、結果は変わったのだろうか。
「そうやって時間を稼いで、私の助けを待ってね」
なるほど。ただ話すだけでは解決はしないようだ。そんな簡単な話が転がっているはずもない。この遺跡の管理人だというトリエルが友好的で助かった。
「試しに、そのマネキンに話しかけてご覧なさい」
トリエルの見つめる先を目で追うと、たしかにマネキンが佇んでいた。ここは地底だし、ヒトの形はしていない。どちらかというとぬいぐるみのような印象を受ける。ここには昔からのパズルがあるようだし、このマネキンも伝統ある話し相手なのかもしれない。
「ママ、まって」
フリスクの言葉を受け、トリエルは足を止める。ううん、よく見たらフリスクが彼女の袖を掴んでいたみたい。
「……あなた、いま、私をママって呼んだ……?」
「あ……、ごめんなさい」
「いいの、フリスク、あなたが私を「ママ」って呼びたいのなら、そのまま呼んでくれて、全然構わないわ」
「ほんと?」
「ええ、もちろんよ。すきなように呼んでちょうだいね。貴方も」
「え、あ、うん、お言葉に甘えるね、トリエル」
「……それで、私になにか用事かしら」
「あのね、おねーちゃんに話したいことがあって」
「……私に?」
「うん」
フリスクとトリエルを交互に見遣る。このままの態勢で聞く……わけにもいかない。
「おねーちゃん、お願いがあるの」
必然的に上目遣いになるフリスクからそう乞われたら、断るなんて選択肢は存在しない。
今度は、私がトリエルにお願いをする番だった。
「トリエル、私は大丈夫だから、下ろしてもらえる?」
足が痛まないよう、そっと大地に下ろしてくれるトリエルの優しさにお礼を告げる。想定外が多くて、大地に降り立つのが久しぶりに思えた。靴の裏を押し返す大地の感触に、口許が緩む。
「ふふ、すっかり仲良しさんね」
彼女はフリスクの想いを汲んで、私たちと距離を取ってくれる。その優しさに改めて、彼女の人柄の良さに感謝してフリスクに向き直り、身体を屈めた。
「それじゃあ、フリスク。お願いごと、聞かせてくれる?」
頷くフリスクは、けれど、言葉を探すように視線を彷徨わせる。ここまで迷いなく進んできたフリスクの珍しい反応だった。
フリスクはシャツの裾をぎゅう、と握り締める。まるで、自らの勇気を振り絞ろうとしているみたいに。そして、恐らくこの予想はそれほど間違っていないとも思う。だから、たとえどんなお願いを頼まれたとしても、できる範囲で叶えてあげたいと思った。勇気を振り絞るのは、大人だって容易じゃない。並大抵の覚悟ではできないことだろうから。
意を決したように、フリスクの唇が空気を食む。
「あのマネキンさんと、トモダチになりたいの」
それは、想定外の可愛らしいお願いだった。しかしすぐに気を引き締める。てつだってほしい、と震える声音で紡がれた頼みは、決して茶化すような内容ではない。少なくともフリスクにとって譲れないものがあるのだ。
「うん。私で良ければ、手伝うよ」
返事は早いほうがいい。力強く頷くと、フリスクはようやく肩の力を抜いたように笑った。
「あ、でも待って……。マネキンさんに挨拶するのは初めてだから……トリエルに話を聞いてみてもいい……?」
フリスクに断りを入れてから、トリエルに声をかける。
「あらあら、私はマネキンじゃないわ」
トリエルは上品な仕草で口許を覆い隠す。微笑んでいるようだ。穏やかな動作に安心感を覚える。
残念ながらマネキンと会話した経験はない。どんな切り口で話をするべきか、トリエルにアドバイスを求める。彼女は嫌な顔をせず受け答えをしてくれた。
「挨拶と、すきなものの話題ね。わかった」
復唱しながら安堵の息を漏らす。話のとっかかりは地上と変わらない。話しの流れで本の話題を出したトリエルは読書家なのだろうか。機会があったら彼女の好む本も聞いてみたい。
「きまずくなったら、ダジャレを言うと場が和むわ」
「ダジャレ……? たとえば?」
「スケルトンは、どんなお家に住んでいるでしょう?」
突然の出題にたじろぐ。声が弾んでいるトリエルは至極楽しそうだ。
「えっ……、えーと、」
ダジャレ、ということを念頭に置いて。戸惑いながらも回答を用意し、改めて口を開く。優しいトリエルなら、どんな回答でも迎え入れてくれると期待しながら。
「……Cry“stal”(Skull)……のおうち?」
「惜しいわ。正解はてっ“こつ”マンションよ!」
「へ……、あ、なるほどね!?」
方向性は合っていたらしい。思いのほか褒められた。
「自分では中々傑作だと思ったんだけど……、貴方も気に入ってくれたらうれしいわ」
「うん、ありがとう、トリエル! 話してみるよ」
ダジャレを言うかどうかはともかく、心意気は学べたと思う。待ってくれたフリスクに目配せし、ようやくマネキンに近付く。私はフリスクの隣に立ち、呼吸を整える。
綿が詰まったマネキンは、つぶらなボタンの瞳で私たちの行動を待っている……ように思えた。実のところ、視線がどこを向いているのかはよくわからない。ただ、フリスクの緊張は空気を通して私にも伝わってきた。喉が鳴る。はじめの一歩を踏み出すのは、私じゃダメだ。
「……こんにちは。ボクはフリスクって言うんだ」
フリスクの表情は硬い。けれど、無事に自己紹介を終えてみせた。
「はじめまして。私はスフィア。良かったら、貴方の名前を教えてもらえるかな?」
相手は無言だった。反応もない。だからって、私たちの声が届いていないという証明にはならない。
「貴方と、お話ができるとうれしいな」
マネキンは変わらず無言を貫く。もしかしたら話せないのかもしれない。花が喋る世界だからなんでも喋るような錯覚をしていたけれど、私はこの地底の常識を知らないのだと再認識させられる。
それならそれで。根気よく話しかけるだけ。
「……あのね。おぼえてないかもしれないけど……」
呼びかけながら、フリスクは物理的に一歩を踏み出した。マネキンは微動だにしないので、必然と距離は縮まる。
「キミの、おかげなんだよ」
「フリスク……?」
耳が拾った言葉のイミがよくわからなくて、咄嗟に名前を呼ぶ。小さな呟きはあの耳には届かなかったようで、フリスクは振り返ることなく。そのままマネキンに両腕を伸ばして、引き寄せるように抱き締めた。
「――…………」
唇が微かに動く。その囁きは聞こえない、けれど。きっと、フリスクが一番伝えたいことを紡いでいるのだろう。相変わらずマネキンとの会話は弾まないけれど、心なしか、ボタンの瞳が輝いて見えた。
「……友達になるのに、私の力は必要なかったみたいね」
勇気を出したフリスクを最大限労う。マネキンは意思が宿ったかのように、フリスクの小さな身体の後ろに隠れていた。恥ずかしがり屋なのかもしれない。
「ううん。スフィアおねーちゃんがいたから、だよ。ありがとう」
「えぇー? 私は本当に何もしてないけれど……。うん、まあ、フリスクがそう言うなら、……どういたしまして?」
戯けて返せば、笑い声が転がる。ダジャレも悪くないけれど、やっぱりこういう会話のほうが性に合ってる。
「早速友達ができたのね、すごいわ」
トリエルはうれしそうに頬を薄紅に染め、上手にできたわね、と褒め称えてくれる。照れくさい気持ちで聞いていると、大きくてモフモフの手が頭に乗せられた。不思議に思う暇もなく、フリスクと私を同時に撫でる。心の内側をくすぐられているようなむず痒さは、やみつきになりそうな中毒性を秘めていた。
「さあ、先に進みましょう」
進むのは、トリエル、フリスク、そして私。マネキンはこの部屋での仕事があるから連れていけないらしい。話を聞いたフリスクの姿に、胸が張り裂けそうだった。できたばかりの友達とのすぐにさよならしないといけないなんて、耐えがたい喪失感だろう、と心中を推し量る。
しかし。驚くことに、前に進むのはフリスクの選択でもあった。フリスクには芯がある。目的のために自らの足を奮い立たせ、前へ進む力も備えている。さながら、地上で輝く太陽のように。フリスクの選択はあまりにも眩しい。
名残惜しさを微塵も感じさせず、フリスクは微笑む。また会える、と。柔らかい言の葉で、別れを綴じた。