森
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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一方その頃。凍って滑る氷の床のパズルに挑戦していたスフィアが転落した瞬間を目の当たりにしたフリスクは、反応が遅れた。
既に経験しているフリスクは、崖下に危険がないことを知っている。だからすぐに追い掛けようとして、スフィアの言葉に縫い止められた。
そして、遅れて思い至る。
初対面のスフィアは、イビト山から落ちた状況で、フリスクとは比べものにならないほどの怪我を負っていた。体格の違いで、花がクッションになるにも限界があったのだろう。
もしも。もしも、今回もそうだとしたら?
寒さ以外の原因がフリスクの手を震わせる。
いますぐにでも後を追って、この目で確かめたい。
けど。スフィアが本当に怪我を負っていたら?
遺跡ではトリエルの手を借りた。フリスクの力だけでは、スフィアを助けられないからだ。
いま、誰の手を借りられるだろう。
仮に目の前のパズルを抜けたとしても。この先にいるのは、ロイヤルガードの一員であるグレータードッグのはず。フリスクが助けを呼んでも、恐らく応えてはもらえない。ただ、その先にはサンズやパピルスもいるはず。行って帰ってくる時間の余裕さえあれば、なんとかなる可能性はある。
時間の余裕があるのかさえ、フリスクにはわからない。
思考を巡らせ、フリスクは唇を真一文字に切り結ぶ。
打開策を求め、ポケットのスペースに手を突っ込む。ひんやり冷たい感覚が、励ますようにフリスクの指先に触れる。
雪だるまのかけらが、物言わぬままに存在を主張していた。
「あ……」
思い出すのは、かつてのゆきだるまの言葉。
――アンタのおかげで、ゆきだるまはすごく喜んでるぜ。
正確には人伝に聞いた伝言だったが、フリスクの心を軽くしてくれる。そのときに聞いたみんなからの言葉も、縮こまった心を温かくするには充分すぎるほどで。落ち着いて息を吸えば、フリスクの中に希望が芽生える。
先程のトリエルとの電話がいい例だ。前回は、何度かけても出てくれなかったから、今回もきっとそうだと思っていた。でも、前回とはすこしずつ違ってきている。
かつて付き纏った孤独感は、いまは大人しい。だから、以前は選ばなかった選択肢にも手を伸ばせる。
フリスクは、祈る気持ちでケータイを掴み、そして、覚えている番号を打ち込んだ。
それは登録されていない番号。だけど、何度も何度もかけたから覚えている。相手もきっとそうだった。最後に交わした電話で、彼はこのケータイの番号を知ってると言ってくれたから。
脳裏に焼き付いてる友達との通話は、記憶の中にしかない。胸に交差する無力さと寂しさを、いまはケツイで塗り潰して。
聞き慣れたコール音に耳を澄ませば、鮮烈に蘇ってくる愛おしいやり取り。いまは、胸の奥の奥に仕舞い込んで。静かに息を吐く。
知らない番号での着信は、彼が最初だった。かつて、そう、いまは存在しない過去、あるいは未来のウォーターフェルでのこと。今回の彼は知らないから、言っても通じない。だから、フリスクは胸の内で密かに独り言つ。これで、おあいこってことで。お互いさまで、許してほしいな。
「もしもし! パピルスですッ!」
元気の良い応答に勇気をもらって、フリスクは喉を震わせる。言葉は決めていた。
たったの一言。
「――たすけて!」
助けを呼ぶその一言を。
フリスクは迷いなく告げる。
ものの数秒で到着したパピルスは、不思議そうにフリスクの周囲に視線を配った。
「アレッ、きさまひとり?」
「うん、スフィアおねーちゃんは下に落っこちちゃって……」
「なるほど、それでこのグレートなパピルスさまをたよったということだな!」
底抜けに明るいパピルスの声が、存在が、雪景色の中で一際輝いていたから。
「そういうことならまかせてッ!」
まるで、その輝きに眩んだかのようにフリスクは俯き、たっぷり時間を費やして、戸惑いがちにパピルスを見上げた。
「……パピルスは聞かないの? 急に電話したのに」
喉の奥でつっかえていた言葉。尋ねる予定がなかった問い掛けを、フリスクは口にする。フリスクはすっかり気を許しているが、今回のパピルスはどう思っているのか、確証はない。
「ん? ああ! キサマがどうしてばんごうをしっていたかって?」
「うん……」
「そんなのカンタンだッ!」
仁王立ちのパピルスは誇らしげに胸を張って、勢い良く自分自身を指した。
「キサマはすっかりこのオレさまにトリコというわけだッ! だって、おしえてないのにオレさまのばんごうがわかるなんて、ファンってことでしょ? ニャハハハ!」
「……そうだね。骨抜きだよ」
「サムッ! 兄ちゃんかとおもった……。キサマ、ジョークもはなすの?」
「うん、たまにはね」
「兄ちゃんがいるところで、そのはなしはしないほうがいいぞ……。兄ちゃんがキレッキレだっていってるジョークは、なかなかきれまがないからな!」
「ありがとう、参考にするね」
「うん。まきこまれたくなかったら、オレさまのようにどうどうとニコニコしてるといいよ!」
「……それがコツ?」
「うん、そうッ!」
コッソリジョークを話してみるが、パピルスには通じなかったらしい。満面の笑みが返ってきた。
「それじゃあ、キサマのともだちのようすをみてくるからッ! キサマはうごかないでいいこにしててね!」
フリスクからの会話が途切れ、パピルスは振り返らずに崖へと歩みを進め、そのまま、助走もなく崖下に落下していく。驚きのあまりに固まったフリスクは一言も発することはなく、その代わり、手にしたケータイを強く握り締めた。
そして、報せは想定以上に速く。
「――ぶじだったよ!」
「フリスク、心配かけてごめんね」
合流したスフィアは真っ先にフリスクに駆け寄り、優しく抱き締めてくれた。トリエルと別れたときの記憶が匂いごと蘇る。そう言えば、スフィアはトリエルから借りたコートを羽織っていたんだった。
トリエルと過ごした時間も、交わした言葉も、そう多くはないけど。それでも。慈愛に満ちたあの温もりは、まるで血潮のようにフリスクの中に通っている。
「……スフィアおねーちゃん、元気ない?」
だからこそ。共に旅をしたスフィアの表情に翳りがあることを、フリスクは見逃さない。
「……ん、ちょっとだけ、ちょっとだけね。でも、パピルスとフリスクの顔を見たら元気出てきたから、もう大丈夫だよ。ありがとう」
「ほんと?」
「うん、ほんと」
「なら良かった。どういたしまして!」
朗らかに笑うスフィアに、フリスクも笑みを返す。
「それにしても、オレさまのせつぞうに、あれほどネツレツなしせんをおくるとは……。ニンゲンはイケてるオレさまにむちゅうのようだな!」
「うん、よくできてたよね。筋肉とか……、あ。フリスクも見に行く? 落ちたところに雪像があってね。せっかくだから私の作ったゆきモフも置かせてもらったんだ」
「! 見に行く! ぼくのゆきモフも一緒に置きたいな」
「いいね、それじゃあ行こっか」
スフィアが差し伸べた手を握る。
「ん? キサマたちはこのしたにようじがあるの? それなら、はい! オレさまにつかまって!」
「え。つ、捕まえるの……?」
「? さっきのパズルみたく、とんでいったらはやいでしょ?」
「そ、そうだね……」
スフィアから渇いた笑いが漏れる。心配しなくってもパピルスは友達だから大丈夫だよ、と伝えたくて、けど結局言えないまま。
隠してるつもりはない。ただ、自分でもうまく説明できない。
前回と似てるけど、ところどころが違う。新鮮な気持ちで地底の世界の魅力を再発見できて、退屈しない代わりに、自分が持ってる情報は道標にならない可能性もある。
試したことはないけど。たぶんスフィアは、この力について何も知らない。例外的にフラウィは記憶してるみたいだけど、きっと、時間が巻き戻ったら、スフィアは何も覚えていないんだろう、とフリスクは考える。
そもそも、時間が巻き戻ったら、そこにスフィアがいない可能性もある。
この奇跡みたいな時間は、ひょっとしたらこの一度きりかもしれない。カンタンに壊れてしまう、かもしれないから。
何よりも慎重に。できる限り、使わない方がいい。
繰り返す『はじめまして』は、ほんのすこし、つらいから。
「――なんでイヌ?」
「なんとなく?」
危なげなく着地した銀世界。見渡せば、すぐに雪像は見つかる。その出来は記憶と違わない。でも、この三人で見たことは新鮮だった。くすぐったい気持ちを持て余して、フリスクはそっと自作のゆきモフを添える。パピルスの雪像の隣に。イヌを模していたからか、複雑そうな表情のパピルスが問いかけてきた。
「ニンゲンってホネよりイヌがすきなの? かわいいから?」
「ホネもすきだよ!」
「えっ、ホント!?」
「うん」
他愛ない会話を続けながら、今度は雪で簡単なホネを作って、パピルスの雪像に立てかける。よく見ると、スフィアの作ったトリエルのゆきモフは角が取れていて、どこか幼い印象がある。
「ねえ、スフィアおねーちゃん、このゆきモフの角って……」
付け足してもいいかを聞こうとしたものの、スフィア]は視線を逸らして肩を震わせていた。笑ってるようだ。声は届きそうにない。
勝手に足すのも悪いから、このままにしておこう、と決めて、フリスクは数歩下がって、雪像の全体像を眺める。
雪像、という点を除けば、テーマに一貫性はない。それでも、ここにある雪像は友達の手作りで、その作品群に自分が作った雪像も並べてあることが、誇らしかった。
「わかったぞ。オレさまのホネにホネヌキにされたから、ここにイヌがいるんだねッ」
「うん、そうだよ」
フリスクの回答を聞いたスフィアは、堪えきれずに今度は声を上げて笑った。
「それなら、いままで出会ったイヌのモンスターたちの雪像も並べてあげたいね」
スフィアが何気なく放った言葉を聞き、パピルスはショックを受けたような大袈裟なリアクションでスフィアを見た。
「ロイヤルガードのみんなを? それって、それって……」
「あ、もしかしてイヌだからまずい? 言ってみただけだから実行しなくても……」
「いいとっくんになりそう!」
「……、とっくん?」
「みんなのセツゾウをよういしたら、アンダインをしょうたいして、コブシでつよさをはかるッ! だれのセツゾウがさいごまでのこってるか、しょうぶするんだねッ!」
「強度が鍵なんだね」
「そう、その通りッ」
目を瞬かせるスフィアとは対照的に、フリスクが合いの手を入れる。すると、パピルスは腕を組み、満足したような表情で大きく首を縦に振った。
「それじゃあ、オレさまはパズルのよういがあるからさきにいくねッ。パスタがゆであがるくらいのじかんにきてね!」
そう言うと、パピルスは大きく跳び上がり、先に行ってしまった。
「……パスタが茹で上がるくらいの時間って……、この先にあるパズルって、パスタってことなのかな?」
「たぶん目安なんじゃないかな……」
置いてけぼりのフリスクとスフィアは顔を見合わせて、パピルスの発言に頭を悩ませることとなった。