森
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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靴の底が硬い音を奏でる。雪の質が変わったみたい。先程から頬を撫でる風が痛い。きっと、寒さが原因だと思う。無意識に足下へ向けた視線を持ち上げると、遠くに雪の塊がいくつか見えた。
「みえたッ?」
振り返ったパピルスがうれしそうに尋ねた。私たちが揃って頷くと、満足そうに頬骨を赤らめて言葉を続ける。
「ゆきのかたまりをうごかしてオレさまのかおみたいにしてやった。しかも! ゆきはこおってかたまってしまったぞ」
解説のパピルスは、フリスクと『とりかえっこ』をした木の棒で、丁寧に雪の塊を指した。背伸びして遠くの様子を窺う。道の先には、たしかにパピルスのかおによく似たパズルが待ち構えていた。
「だからとうぜん、こたえもかわったということだッ!」
楽しそうな言葉はさらに続く。
「そのうえ、なまけものの兄ちゃんも、ここにはいない……。ようするになにがいいたいかというとだな……」
勿体ぶったパピルスの言い回しに相槌を打って、それとなく続きを促す。
「……まったくしんぱいにはおよばん! ということ!」
自信たっぷりに答えた彼は、木の棒を強く握り締め、行く先のパズルを指す。
「いだいなるパピルスさまが、このナゾをといてやる! そしてさんにんで、いっしょにさきへすすもう!」
「さんにん……」
パピルスの発言に、深い意味はないのかもしれない。
けれど。トリエルとの別れを経験した私には、特別響いた。最初から協力的だったトリエルと違って、パピルスにはニンゲンを捕まえるという任務がある。本来なら、こうして一緒に冒険できるわけがない。
「それは、なんてステキなアイディアなんだろうねえ……」
震えてしまうのは、寒さのせいじゃない。
心の内側から湧き上がる喜びが、身体を巡って満ちる。熱が、昇る。
「でも、そのまえにじりきでといてみてもいいぞ! オレさまはここで、おくちにチャックして、みてるから!」
宣言通り、パピルスはじっと黙って私たちの挙動を見守っていた。ニンゲンはパズルを見たらまず自力で解きたいだろう、という配慮がなんだか微笑ましい。試しにパピルスに話しかけてみると、彼は兄の話を始めた。
「さいきんくつしたをコレクションしはじめたんだ。まったく、なげかわしい……。オレさまはときどきおもう……。オレさまみたいにイケてるおとうとがいなかったら、兄ちゃんはどうなってたことか……」
「シュミはひとそれぞれだからね。でも、パピルスがいてくれて、サンズはうれしいんじゃないかな」
「うん、ボクもそう思うよ。パピルスと一緒にいると退屈しないし、パズルだって楽しいもん」
「ニャハハ!」
パズル、の言葉を聞いて、パピルスは弾かれたように顔を持ち上げて反応する。その目の輝きと言ったら。もうわかっていたつもりだったけれど、本当にパズルがすきなんだ。
「えーっとね……、なんのはなしだったっけ……。そうだパズル! ヒント、いる?」
「ううん、とにかく自力で解いてみるよ」
「わかった! オレさまおうえんしてるね!」
素直な返事に笑みを返し、フリスクとふたりでパズルに挑む。パピルスの顔だと思うと、踏むのはすこし勇気が必要だったけれど、当のパピルスが期待を込めた眼差しを向けているので、覚悟を決める。
ルールは前と同じ。すべてを〇に変えてスイッチを押すだけ。
「やった! とけた!」
フリスクがスイッチを押した瞬間、後方から喜びの声が上がる。
「しかも、オレさまのたすけをかりずに……」
感極まったパピルスは、声も身体も震わせて、大きく口を開く。
「すばらしい! じつにみごとだ!」
すっかり慣れた大声で、パピルスがまくし立てる。
「さてはきさま、オレさまみたいに、パズルがだいすきだな!」
「ふふ、そうだね」
「それならきっと、つぎのパズルもきにいるはずだ!」
「次もあるんだ」
「きさまにはカンタンすぎるかもしれんがな!」
パズルが解かれてうれしそうなパピルスを見ると、私もうれしくなる。フリスクも同じ気持ちなんだろう。楽しそうに微笑んで、首を縦に振った。
「ニャ! ハハ! ハハハ!」
先に進むパピルスの後を追おうとすると、いつからいたのかサンズが視界の端に映る。
「あっという間に解いたな。お見事だぜ」
「サンズ! いつからそこに?」
パズルに気を取られて気付かなかったけれど、どうやらいまのパズルでワナを解除したみたい。サンズがいる場所の近くに形跡があった。
どんなワナだったのかはわからないけれど。危険なものなら、フリスクの目に触れてないといいな。
「……アンタ、そうとうパズルが得意なんだな」
「パピルスのパズルが易しいだけだと思うなあ」
難易度としてはそこまで高くないと思う。侵入者を撃退する、という目的に相応しいかどうかはわからないけれど。期せずして侵入者となった私たちからすると、難易度が高すぎると困る。だから、いまぐらいがちょうどいい。
パピルスの話題を出したことで、不意に、かつて首に巻いていた赤いスカーフのことを思い出す。イヌの二人組と遭遇したとき、ニンゲンだとバレなかったのは、きっと、サンズとパピルスがそれぞれ貸してくれたパーカーとスカーフのおかげ。もしかしたら、今回もその一環で助けてくれたのかもしれない。本来なら、とても難しいパズルが用意されていたけれど、見かねて〝改良〟してくれた、とか。
聞いたら教えてくれるかな。どうだろう。話を逸らされるかも。
でも、何をしたらパピルスが喜ぶかはわかる。カンタンな話だ。いままで通り、彼の扱うパズルに全力で挑む。それだけ。
「――まさか……」
まだ見ぬパズルに想いを馳せる。すると、飄々とした態度を崩さないまま、サンズが言葉を続けた。
「これと同じヤツ……、どっかで見たことあるとか……?」
「それこそまさかだよ。初めて見るものばかりで、新鮮に驚いてるよ」
フリスクに同意を求めようとして、咄嗟に口を噤む。フリスクは黙ったまま、サンズのほうを見ていた。その表情は、なんとも不思議で。たとえるなら、話の意図を掴み損ねて戸惑ってるようにも見えた。
「フリスク、どうかした? 気がかりなことでもある?」
「ううん、なんでもないよ」
「そう? それならいいんだ」
「……ま、いい。オイラが助けるまでも、なかったな」
「一部始終でも見ていたかのような口振りだねえ」
「サンズはいつからいたの?」
パピルスがここには兄ちゃんがいない、と話していたけれど。神出鬼没なサンズは、果たして最初からいなかったのかな。それとも、本当にいま合流して、鋭い洞察力やンスピレーションを総動員して発言してる……とか?
魔法に馴染みがないから、正直、なんと言われても腑に落ちてしまいそうだ。
「助かったぜ。オイラ、基本的になんもしたくないから」
「つまり、私たちが困ったら助け船出してくれるつもりだったんだ? ふふ、ありがとう。兄弟揃って律儀だねえ」
優しすぎて、すこし心配になる。彼らが悪いひとに騙されることがありませんように。地底は危険もあるけれど、こうした思いやりに触れる機会が多くて、くすぐったい気分だ。
「オイラは、なんもしてないぜ? 見ての通り、怠けんボーンだから」
「心配してくれたんだよね? だから、ありがとう!」
「ボクもお礼言いたいな。サンズ、ボクたちを見守ってくれてありがとう!」
「ヘヘヘ……」
サンズはいつもと変わらない笑みを浮かべている。それなのに、漏らした声はまるで照れ隠しのように聞こえた。勘違いかもしれないけれど、すこし距離が縮まったような気がして、胸が温まる。
目的のある旅だけれど、親しくなれるのはうれしい。わかりあえないこともあるだろうけれど。いずれ、別れるときも来るだろうけれど。感傷が燻る別れとは、違ったものであればいい。
サンズとの会話を終え、隣のフリスクと他愛ない話を交わしながら、次のパズルを目指す。
雪道は途切れ、数歩先には木製の短い橋が架かっている。その向こうには、濃淡のある灰色と白で彩られた、モザイクのようなタイルが敷き詰められていた。どうやら、これが今回のパズルみたい。
パズルの向こうにはパピルスとサンズの姿。パピルスはともかく、先程まで後ろにいたはずのサンズまでいるのは意外だった。私たちが話し込んでいる間に抜いていったのかも。想像以上に足が速い。その現場、見てみたかったなあ。
フリスクのちいさな足が橋に差しかかると、真っ先に反応したのはパピルスだった。
「きた! さっきのニンゲンだッ!」
うれしそうな声。遅れたことに対するお咎めはなし。興奮した様子のパピルスの傍らで、相変わらず泰然としたサンズが成り行きを見守っている。
「きさまたちは、ぜったいにこのパズルをきにいるはずだ!」
絶対なる自信のもと、パピルスが告げる。その評価を下したパピルスが、カンタンすぎるかもしれない、とも述べたパズルだ。一体どんなものなのか、期待が膨らむ。
パズルが気になって仕方なかったので、前のめりでパピルスの言葉に耳を傾ける。
「なにしろ、かのゆうめいなアルフィーはかせが、はつめいしたんだからな!」
「……アルフィー博士……?」
けれど、ここに来て知らない名前が出てきた。名前を聞いてもピンと来ないけれど、その肩書きは聞き流せない。地底で有名な博士。その博士が発明したパズル、というのもたしかに気になる。
「このはいいろのタイルは……!」
でも、私の頭を埋め尽くしたのは、有名な博士なら地上に出る手段を知ってるかもしれない、ということ。遺灰の持ち主や遺族についても、なにか情報が得られるかもしれない。ただ、どちらも博士の専門分野外という可能性もある。
「スイッチをいれると……」
だから、当面の目的は揺るがない。この先にあるまちの図書館で文献を探す。そこで行き詰まったら、パピルスから博士の話を聞いて、訪ねてみよう。その博士がニンゲン嫌いじゃなければ、だけれど。
「いろがかわる!」
パピルスは、このパズルが博士に開発だって言った。トリエルの話だと、パズルは古くからあって、侵入者対策用。その開発に力を貸したのなら、博士はニンゲンのことがすきじゃないのかもしれない。
もしも連絡を取り合うなら、パピルスに仲介してもらったほうがいいのかも。
「タイルはいろによって、ちがったこうかをはっきするのだッ!」
「……へっ?」
パピルスの言葉で我に返る。考え事に夢中で聞いてなかった。
きっとパズルの解説をしてくれていただろうに。申し訳なくなって、身が縮こまる思いだ。この流れでアルフィー博士について聞けるはずもない。
「ごめんね、パピルス。もう一回話してくれる?」
幸か不幸か、パピルスは私が上の空だったことに気付いていないらしく、快く解説してくれた。
「それじゃあ、いろのかいせつだよ。きさまたちはおくちをとじて、よくきいてねッ!」
「うん」
今度は聞き逃さないよう、考え事は脇に追いやってしっかり集中する。
パピルスの話を整理すると、タイルの色は全部で七つあるみたい。
まず、赤いタイルは「通行禁止」。
「つまり、とおれません!」
黄色いタイルは電撃ショック。
「ふむとかんでんするぞ!」
次に、緑のタイルは警報装置。
「うっかりふむと……、モンスターとせんとうになるッ!」
そして、オレンジのタイルはオレンジの香り。
「踏むと、からだが、おいしそうな、ニオイになるぞ!」
青いタイルは水のタイル。
「およいでとおってもかまわん! ただし……、からだがオレンジのにおいになっていると……!」
会話が不自然に途切れ、パピルスは神妙な面持ちで口を開く。
「ピラニアがよってきてかみつくから、ちゅういだッ!」
こんな寒い外気温にある水にもピラニアは棲息するみたい。身体を動かすパズルだと思っていたけれど、身体の状態にも気を配らないといけないなあ。
「それと、あおいタイルが……」
まだ注意事項があるらしい。ひとつも聞き逃さないよう、神経を研ぎ澄ませる。
「きいろいタイルのとなりだと、あおいタイルをふんだときも、かんでんするぞ!」
その理屈はなんとなくわかる気がした。タイルの組み合わせによっては、あの透明ビリビリ迷路の仕掛けが襲いかかる可能性もある。まったく同じ威力かどうかはわからないけれど。十分に気をつけないと。
続いて、説明されたのは紫色。ツルツル滑るらしい。
「ふむと、となりのタイルに、きょうせいてきに、いどうしてしまうッ!」
氷の床みたいなものなのだろう。説明を聞くだけでも奥深い。
「ただし! ツルツルのもとになるせっけんは……、レモンのかおりなのだ!」
訂正。氷じゃなくて石鹸だった。
「ピラニアはこのレモンのかおりがだいッキライッ!」
当のパピルスが真剣に話しているのに失礼かもしれないけれど、『だいッキライッ!』の語気が強くて、つい笑みが零れてしまう。フリスクも肩を震わせているから、きっと同じ気持ちなんだろう。
「つまり、むらさきとあおのくみあわせは、セーフということだッ!」
なるほど。組み合わせが鍵みたいだ。
最後にピンク。このタイルは踏んでも何も起こらない。
「だから、すきなだけふむといい」
そう話すパピルスの感性が微笑ましい。きっと、この地底に落ちる前の私だったら、何も起きないタイルのことは気にもしない。好きなだけ踏む、ということさえ思い至らないに違いない。
張り詰めていた緊張の糸が緩くたわむのがわかった。無意識に、生き急いでいたのかもしれない。肩の荷が下りたような錯覚に陥る。
「どうだ! わかったか!」
整理しながら聞いたから、恐らく大丈夫。既に一度パピルスに同じ話をしてもらったのに、短期間で再び同じことを頼むのも気が引ける。
「うん、わかったよ」
「よし! では、さいごにだいじなことを、おしえよう」
「えっ、さっきので全部じゃないの?!」
パピルスがピンクのタイルの説明をしたときに、「さいごに」って言ってた気がしたけれど、記憶違いだったのかもしれない。それか、オマケというか、心得みたいなものを伝授してくれるのかも。
「このパズルは……」
「パズルは……?」
「かんぜんにランダムにせいせいされるッ!」
どんな重大な事が明かされるのだろう、と身構えていたけれど、杞憂に終わる。ううん、たしかに毎回ランダムなのは重要だ。私は初見なので、あんまり関係ない気がするけれど。パズルがすきなパピルスには、毎回違うパズルのほうが心躍るのだろう。
「オレさまがこのスイッチをおせば……、だれもみたことのないパズルがたんじょうするのだ!」
語るパピルスはとても楽しそうで、釣られて私たちも楽しい気分にさせてくれる。
「だから、こたえは、オレさまにも、わからん!」
つまり、今回はヒントを望めない。前回もヒントなしで解いたけれど、今回のパズル生成に携わっているのは博士。いままでとは違う。
気を引き締めて、なるべく危険の少ないパズルになることを祈る。
「ニャッハッハッ! かくごはいいか……!」
覚悟を問われて、頷き返そうとした寸前。口から小さな呟きが漏れた。たった一言。深い意味のない言葉。パピルスには聞こえなかったみたいだけれど、フリスクには聞かれてしまった。
「おねーちゃん、どうかした?」
優しいフリスクが尋ねるのは当然だった。必然的に、みんなからの注目を集めることになる。
「たいしたことじゃないんだ。パピルスが完全ランダムで生成されるって言ってたから、もしかして、パピルスのかおのかたちになる可能性もあるのかなあって……」
「ニェ? オレさまのかおのパズル……?」
予想しなかった言葉にパピルスが狼狽える。
「あ、でも白と黒のカラーパネルはないんだよね? ごめんね、いまのやっぱりなし、忘れてほしいな」
パピルスの説明に、パピルスを象徴するカラーは含まれていなかった。直前のパズルを思い出して、ふと思いつきで話した内容だから、特に意味はない。さっきの雪とは色も勝手も違うパズルだから、難しいに決まってる。
「あのアルフィーはかせのかいはつしたパズルなのだ、フカノウはないッ!」
「へっ? い、いや思いつきだから……」
「オレさまのかおはむずかしくても……、ほかのだれかのかおならできるかもッ」
「他の誰かって?」
パピルスの傍らにいるサンズに視線を向ける。いや、パピルスが難しいなら同じ理由でサンズも難しいはずだ。
「アンダインとか……、Coolskeleton95とか……」
「だ、誰……?」
知らない名前のような気がするけれど、どこかで聞いたような気もする。スケルトンのほうはパピルスのお兄さんとかかな。三人兄弟なのかも。
「とにかく! アルフィーはかせのはつめいにフカノウはぬぁぁいッ! きさまたちはそこでみているといい!」
「う、うん。お願いするね?」
一体どんなパズルが生成されるんだろう。パピルスは四角い装置に向き直って、スイッチを押す。
代わる代わるカラフルに明滅するタイルは、段々と点滅の間隔が短くなる。どんなパズルになるのか、期待と不安が綯い交ぜになった心地で、固唾を呑んで見守ると、変化が止まった。
表示されているのはたったの二色だけ。
「なにかの、メッセージ?」
タイルは黄色と赤色で彩られていた。赤色で〝M〟と記されているように見える。そのアルファベットの周囲を黄色のタイルが埋め尽くす形で、パズルは完成していた。
まさかの二色だけ。しかも、通行禁止のタイルに踏むと感電するタイル。突破方法はないように思える。
「わーい! メタトンのかおのパズルだ!」
「……メタトンって?」
フリスクはパピルスに話を合わせて、楽しそうにパズルを眺めている。当のパピルスは、ぎぎぎ、と擬音がつきそうな緩慢な動作を経て、私を鋭く射抜いた。楽しそうな雰囲気に水を差してしまったのは明らか。けれど、もう遅い。私もフリスクのように話を合わせれば良かった。
「きさま、メタトンをしらないのッ? そうとうイナカからきたようだな……」
「うん……、知らなくてごめんね」
「まあよい! オレさまもイナカがどんなところかしらないしッ!」
パピルスのよくわからないフォローは、こちらに罪悪感を抱かせない。狙っているのかいないのかわからないけれど。そこもパピルスの魅力のひとつだろう。
「それで、このパズルはメタトンさんのお顔になった……ってことで合ってる?」
「うむ! なんてステキなパズルなのだ……。ランダムにこれほどすばらしいパズルがせいせいされるとは! やはり、アルフィーはかせはてんさいだ……」
うっとりと見つめるパピルスの視線の先は、何度見ても赤と黄色のタイルが表示されている。メタトンさんは頭文字が頭に出ているのだろうか。
「私はメタトンさんのことを知らないけれど、さすがに踏むわけにはいかないよね……」
パピルスだって、目の前で知り合いの顔を踏まれるのはあまり良い気がしないはず。そう考えると、パピルスの顔にならなくて良かったと思う反面、私の不用意な発言がこの状況を招いたような気もして、背筋に罪悪感が伝う。
なんとなく漏らした会話の直後に生成されたパズルが、誰かの顔の形だったことは、偶然で片付けていいのかな。ここにいない誰かに会話を聞かれていると示唆されている、そんな得体の知れない不安がせり上がってくる。
ううん。きっと、考えすぎだ。
「パピルスはカンタンだって言ってたよね。ごめん、期待に応えられそうにないや。このパズルはさすがに解けそうにないよ」
もしも、黄色のタイルの威力が、透明ビリビリ迷路と同じだったら。雪を焦がすほどの電気が呼び起こされる。痛みを堪えて歩くなんて至難の業だ。身が竦んで、一歩も動けそうにない。
乗り越えるにしても、距離がありすぎる。超人離れした技術でもない限り、ニンゲンでは解けそうにない。それこそ、遺跡にいるトリエルなら、苦もなく飛び越えられるのかもしれないけれど。ここには、いないから。
「あんしんしてッ! きさまにメタトンはふませないよ!」
「へ?」
知らず伏せていた顔を、反射的に持ち上げる。目の前に立つパピルスは、屈託のない笑みを浮かべて。次いで、だいじょうぶだ、と口を開く。
「オレさまのてをとるのだ、ニンゲンッ! きさまたちふたりていど、このオレさまがはこんでやるぞ!」
「パッ、パピルス? いつの間に……」
戸惑う私とは裏腹に、フリスクは迷いなくパピルスに飛びついた。
「ほら、きさまも! しっかりつかまってッ!」
迷いながら重ねた手を柔らかく引かれる。手袋越しに感じるパピルスの重さは、ほとんどないに等しい。スケルトンは軽いんだろうか。
あっという間もなく、そのまま肩に抱えられる。心の準備がまだだったから、反応が遅れて舌を噛んだ。声なき声で悶絶していると、遠のいていく雪原が視界の端を掠める。
もちろん、飛んだのなら着地もあるわけで。
遠ざかった雪原は次第に近付いていた。迫る来る衝撃に備えて、強く目を瞑る。
視界は閉ざされ、パピルスの着ているコスチュームの無骨な感触が際立つ。ほんのすこしだけ、トリエルのふわふわが恋しいと思った。
「しんぱいにはおよばんぞ! このオレさまが、かれいなちゃくちをみせつけるからッ!」
自信に満ちた言葉に励まされる形で、ゆっくりと目を開く。
パピルスが着地する直前、不自然に身体が引っ張られる感覚がした。視界に鮮やかな青色が垣間見えて、違和感で思考が塗り潰される。一拍遅れて声が漏れた。
不快感、とはちがう。でも、突然の出来事に身体が順応しない。空回りする呼吸をなんとか整えようと、パピルスにお礼を言って、すぐさま離れる。
「みたッ? オレさまのちゃくち!」
「うん! ひとっ飛びなんてすごい!」
はしゃぐパピルスとフリスクを遠巻きに見守る。
その間に、何度も何度も呼吸を繰り返した。白い息が地底に溶けて、見えなくなる。
自分の胸元に視線を向ける。垣間見えた青色は気のせいだったのか。私のタマシイの色は以前と同じ、雪のように真っ白だった。
タマシイは見える。けれど、触れることはできない。触れられないそれに、手のひらを手向ける。落ち着かせるように、安らぐように、と時間をかけて。ようやく心も静まる。
きっと、パピルスが何かをしたんだと思う。それは恐らく思いやりに起因する行為。
わだかまる違和感に、深呼吸を与えて。最後に一度、深く息を吐く。
フリスクは純粋に喜んでいるのに。喉元まで込み上げた違和感が拭いきれず、素直に喜べない自分が嫌になる。
「お疲れさん」
「……ごめん。いまは話す余裕ないや」
「さっきのスパゲティだけど……」
「あれ。まさかのスルー?」
「パピルスにしては、上出来だったんだぜ?」
「もう。弟の自慢話がしたいんだね?」
サンズはあくまでもいつもの調子で話してくれた。おかげで、私の心にも次第に余裕が生まれる。
「料理を習い始めて、だいぶうまくなったんだ」
地底にも料理教室があるのかもしれない。トリエルみたいな先生だったら、きっと楽しく学べるだろうな。
「来年にはきっと、食べられるもん作れるようになるよ」
「……そっか」
返答に困って、曖昧に笑って話を流す。
来年。いつか来る未来。その地底に、私はいないと思うけれど。言葉にはしないで、胸の内にしまっておく。
なんとなく。それが正しい気がしたから。