森
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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「おい、ニンゲン! かくごはできてるだろうな……」
仁王立ちで待ち構えていたパピルスは、目に見えてうれしそう。きっと、スカーフがあったら、はためく姿もさまになっていたに違いなかった。
「兄ちゃん! パズルはどこッ?」
眉根を吊り上げて、怒ったようなパピルスは隣のサンズを見た。
「そこに、あるだろ? 地面に」
サンズの視線を辿ると、不自然な紙片が一枚落ちている。
「だいじょうぶ。こいつを突破できるやつはいないぜ」
サンズの話し声を聞きながら、落ちている紙片を拾い上げた。兄弟の発言によると記載されているのは『パズル』らしい。
「モンスターキッズもじさがし……?」
カラフルな文字で綴られた表題の下に、無数の文字が綴られていた。ぶるどっ君と記された、スポンジによく似た形状のイヌと思しきコミカルなキャラクターが目を惹く。
『やあ みんな! かくれたことばおみつけられるかな?』
吹き出しの中に書かれた癖のある台詞に従って、文字とにらめっこを始める。
まずヒントらしき文字群に目を通す。それから、紙片の上部に無作為に並べられた文字に視線を移し、合致しているものを探してみた。しかし、よくよく見ると合致しない文字がある。そもそも、解き方はこれで合っているのか。いまさら不安が押し寄せてきた。
「そこまで熱心に読んでもらえるなんてな」
「…………んー」
「解くには“コツ”があるのさ」
「……フリスク?」
何か言われたような気がしたけれど、集中していたのでよく聞こえなかった。そのまま没頭しそうになって、すぐに思い直す。そばにいるフリスクがなにかヒントをくれたのかもしれない。紙片から視線を外すと、フリスクが忽然と姿を消していたことに気が付く。慌てて周囲を見渡すと、フリスクは前方、スケルトンの兄弟の真ん前まで到達していた。
「兄ちゃん! すどおりされちゃったよッ!」
「あれ?」
もしかしたら、思い悩む私を見かねて、出題者にヒントを聞きに行ってくれたのかもしれない。
けれど、フリスクが尋ねる前にサンズが不思議そうに零す。
「やっぱり、今日の新聞のクロスワードのほうがよかったかな」
「なにィッ!? クロスワードッ? キキヅテならないシツゲンだッ!」
パピルスはサンズに向けて、大きな声で力強く叫んだ。
「オレさまにいわせれば……」
そして、打ち震えた拳を強く握り、大仰に宙を叩いた。
「「おこさまチャレンジ」のパズルよりむずかしいものはないッ!」
堂々たる宣言を受け、サンズは珍しく驚いた様子でパピルスを見返す。
「え? オマエ、本気で言ってんのか? あんなの、あかんぼう用だ」
サンズがこともなく言い放った言葉に、パピルスは肩をガタガタと震わせた。
「よくも……いったな……」
絞り出すような声は怒りに染まっている。
「おい、ニンゲン! きさまはどうおもうッ?」
突然水を向けられても困る。サンズの言ってるクロスワードが私のイメージするものと同じという保証もない。手元にあるおこさまチャレンジとどちらが難しいかと言われたら、なんと答えるべきなんだろう。
そっとフリスクと顔を見合わせると、まるで私を安心させるように微笑みが向けられた。これは、私が思うままに答えていいってことかな?
「え、……っと、お子さまチャレンジ、かな……」
実際、サンズの用意したお子さまチャレンジの解き方は私にはさっぱりだった。すふぎあろてにぺけなもってなに? 地底の赤ん坊の頭脳は優秀なのかもしれない。
「ハ! ハ! やはりな!」
パピルスは大袈裟なほどに喜んでくれた。
「ニンゲンはかなり、かしこいようだッ! 「おこさまチャレンジ」がむずかしいとこたえた、それが、なによりのしょうこッ!」
パピルスの理屈は不思議なものだったけれど、高らかに宣言されてしまっては納得してしまいそうになる。
「ニャーッハッ! ハハッ!」
やがて、うれしそうにパピルスは去る。傍らのサンズを置いて。サンズはついて行かなくて良かったのかな。
「さっきは「おこさまチャレンジ」っていってくれてサンキュー」
視線に気付いたように、サンズは言葉を紡ぎ出す。
「パピルスのやつ、昨日は星占いをとこうとしたんだぜ?」
「星占いを? それは、なんというか……、大物だね」
頷くサンズは誇らしげだ。
「……ところで、パピルスについて行かなくていいの?」
「これでもオイラ、仕事してんだ」
「あ、そうなんだ? さっきもおやつビジネスしてたもんね」
「いや、サボり」
「うん? それってどういう……?」
純粋に仕事をサボっているのか、『サボる』という仕事をしてるのか、判断が難しい。サンズのことだからどちらもありえそうだ。
でも、これ以上の返答は望めないみたい。サンズはその場を動く気がなく、いかにも仕事熱心というテイで佇んでいる。深く聞かないほうが良さそう。
「それじゃあ、先に行ってるね?」
「ああ」
いいようにあしらわれているような気もしたけれど、いまの私たちはまちの図書館を目指す身。名残惜しさを覚えつつ、足早にその場を立ち去った。
サンズと別れ、一本道を進む。道は切り立ったような崖の上にあるから、端を歩くのは危険だ。うっかり足を滑らせても、恐らく雪がクッションになってくれるとは思うけれど。この地底に落ちてきた当初、打ち所が悪く気絶した経験を持つ私としては、二度と味わいたくない経験でもある。
足下に注意しながら、フリスクと並んで歩みを進めると、遠くにテーブルが見えた。雪景色の中に、である。存在感を主張するテーブルに、恐る恐る近付く。一方、隣のフリスクは臆せず、楽しそうにも見えた。肝が据わっていて頼もしいことこの上ない。大人の私が怖じ気づくのは、すこし格好が付かないので、繋いだ手から勇気を分けてもらうことにする。
道中でそれほど危険な目に遭っていないとはいえ、油断は禁物。緩みそうな警戒心を引き締め、次第に距離を縮める。
テーブルの手前、つまり私たち側の地面には、紙片が落ちていた。先程のサンズのパズルを彷彿とさせる。紙片は凍り付いて地面から引き剥がせそうにない から、屈んで読むしかない。意を決して目を通す。
『おい、ニンゲン! このスパゲティを、たべやがれください』
独特の言い回しが妙に心をくすぐる。どうやらパピルスによる書き置きみたい。危険性は少ない、と判断して続きを読む。
そこに並んでいたのは、警戒していたのが馬鹿馬鹿しく思えるほどのまっすぐな言葉たち。本人が意図して明かしているのかどうかはわからないけれど、このスパゲティがワナだと告げ、まんまと引っかかったな、と綴られた文字には愛嬌さえ覗く。どうやら、食べるのに夢中になって先に進めなくなるというドッキリらしい。
先に進めなくなるのは困るけれど、夢中になるほどのスパゲティの味は気になる。ここはドッキリに引っかかったほうがいいのかもしれない。
立ち上がって、改めて周囲を確認する。
中央のテーブルに鎮座するのは凍ったスパゲティ。トマトソースは、彼のスカーフには及ばないものの鮮やかな発色。ご丁寧にフォークも添えてある。ちなみに、スパゲティはお皿ごと凍り付いていてテーブルから取ることは叶わなかった。隣に電子レンジがあるのに。……いや。よく見たらコンセントが抜けていた。これじゃあ、どの道使えない。
面白いのは、すべてのボタンに「スパゲティ」と書いてあること。スパゲティ専用電子レンジなのかも。トリエルのお家にはスパゲティ専用の電化製品はなかったけれど、寒い地域では必需品なのかな。
残念ながら確認のしようがないので、この疑問は脇に置いておくことにする。
「……フリスク?」
じっとネズミの巣穴らしき空洞を見つめているフリスクに声をかける。遺跡でも見つめていたような気がするけれど、ネズミがすきなんだろうか。観察してみても、鳴き声こそすれど姿は見えない。
ふと、巣穴のはるか上に咲く花が視界に入る。大人の身長でも全貌はよく見えないから、花と言ってもその葉と茎がちらりと見える程度。もしも、目指すまちがこの崖の上にあるとしたら、随分遠回りをする必要がありそうだ。跳んでも届く距離じゃないし、そもそも雪道の上でそんな真似、自殺行為に等しい。やっぱり、堅実に行くのがいい。
「なあに、おねーちゃん?」
話しかけていたことをすっかり忘れて、視線をフリスクに戻す。
「邪魔してごめんね」
「ううん、気にしないで」
「えっと、パピルスが気を遣って、スパゲティを用意してくれたみたいなの。見ての通り、凍って食べられそうになくて……。でも、このまま進むのも気が引けるし、どうにかして食べられないかなって……」
フリスクはスパゲティの前まで進み、小さな拳を作って迷いなく振り下ろした。あっという間もなく、スパゲティは硬質な音を奏でる。ノックのように響く音はひたすらに硬く、そう易々と解凍できそうにない、と雄弁に語っていた。
結局、スパゲティに対して為す術がないので、後ろ髪を引かれる思いで別れを告げる。もしかしたら、他に方法があるかもしれない。
歩き続けると開けた場所に出た。
真っ先に立て看板の注意書きに目を通す。書かれていた内容は忠告で、けれど内容が判然としない。
『イヌどうしの けっこんに ちゅうい』
どういう意味だろう。
『よみまちがいでは ありません』
看板には新しい文字が記載されていた。私の疑問を見透かしているみたい。不思議に思って凝視しても、その文字は二度と現れなかった。
意味こそわからないけれど、すこし前に見たダーリンとハニーの小屋が脳裏を過る。なにか関係があるのかもしれない。
雪の積もった針葉樹の傍らを通り過ぎると、道が分岐していた。
まっすぐ進むか、右手側に進むか。悩んでいると、フリスクが突然私と繋いだ手をほどいて、歩き始める。まっすぐ、前に。
「フリスク? そっちが気になるの?」
「うん」
駆け出したわけじゃないから、ちいさな背中にはすぐに追い付いた。振り返らずにフリスクは答える。その足は歩みを止めない。だから、導かれるようにまっすぐ道を歩く。
雪がちらつき始めた。そろそろまちに辿り着けるといいな。そこで暖が取れるともっといい。でも、道中で会ったモンスターたちを思い返すと、この寒さでも平気そうな毛並みを持つ存在ばかり。スケルトンだって寒さを感じないようだし、暖房を必要とないまちという可能性も考えないと。楽観視はできそうもない。それでも、住居があればある程度の寒さは凌げるはず。
雪の重みで深く垂れ下がる枝を通り、そこでようやくフリスクは足を止めた。
「行き止まり、みたいだね」
「うん……」
頷いたフリスクの足下から、カチッ!と音がする。まるで、何かのスイッチを押したときのような、短い音だった。
「へっ? な、なんの……音? トラップ?」
ドラマで見たことがある。不用意にスイッチを押した瞬間、大きな雪玉がごろごろと接近して、逃げ切れなければ押し潰されそうになる、絶体絶命の罠を。
もしも、そんなことが現実に起きてしまったら一大事だ。
すぐに全神経を集中させて、辺りに気を配る。目視では変化なし。耳を澄ませてもそれらしい音は拾えない。降り始めた雪が音が吸収しているのか、私の鼓動が激しいせいなのか。
焦燥が、心音に一層の拍車をかける。
「大丈夫だよ、スフィアおねーちゃん。きっと、遺跡のスイッチとおんなじだから」
そんな私の袖を引いたのはフリスク。安心させるように、第一声はとても柔らかな響きを伴っていた。
「おんなじ……?」
「うん、だから大丈夫。いこ?」
正直に言うと、フリスクの言葉は耳に入ってこなかった。集中が切れて、頭がぼーっとする。寒さのせいか、きん、と耳の近くに膜が張られたように、全ての音が遠い。オウム返しに聞いたのはほとんど反射。手を引かれたので、なんとなくそちらに足を動かして。フリスクが唱えるまほうの呪文みたいな音を懸命に拾い集める。
「大丈夫」
フリスクは何度も何度も、そう言ってくれた。
上の空だった私は、木の橋を越えたところでようやく我に返る。いや。正確には我に返らざるを得なかったのだ。
向こうから猛スピードでやってくる影がふたつ。手に斧のような武器を携えて、私たちの周りを包囲した。身に纏った黒いパーカーのフードを目深に被っているので、彼らの表情はわからない。それでも諦めずによく観察すると、イヌのモンスターだとわかった。
胸の内で警鐘が鳴り響く。恐らく、ニンゲンってバレたらタダでは済まない。
けれど、ここまで接近されたら身動きが取れない。
「なんか、におうッス」
「(ニオイのもとは、どこサ?)」
緊迫感に妨げられ、声が出ない。嫌な予感で胸が埋め尽くされる。
「ニオイのもとにつぐッス」
「(……正体をあらわしな!)」
ふたりはそう告げると、確かめるように私たちの周囲を歩き回る。鼻をあげているから、ニオイを嗅がれているのかもしれない。
「ウム……。ニオイのもとは、ここッス……」
あともう数インチ。突然のピンチに、身体は硬直して動けそうになかった。かろうじて動かせるのは視線だけ。そんなもの、なんの助けにもならない。
諦観と落胆に沈みそうな思考の中、遺跡で助けてくれたトリエルの存在の大きさを思い出す。その頼もしさに甘える選択肢を、私は自ら打ち砕いたのだ。
――この道を歩くと決めた。
選んだのは私だ。私の覚悟だ。
挫けそうな心を、意思の力で支える。自分で選んだのだから、責任は負わないと。
すぐ近くで鈍く光る手斧の脅威が、じりじりと距離を詰めているような錯覚に陥る。それでも、意識を手放さない。傷も負っていないのに、近くにフリスクがいるのに、気を失ってどうする。山から足を滑らせて落ちたときに比べたら、こんなの、へっちゃらだ。
冷え切った私の手に、別の感触が重なる。安心させるようにフリスクが手を握った。
大丈夫だよ、と伝えようとしているみたい。それだけで、気持ちが前を向く。
「ワワワン! こ、このニオイは……!」
とうとうイヌたちに直接ニオイを嗅がれた。ニンゲンのニオイだとバレたら一巻の終わり。なんとしてでもこの包囲網を抜けて、まちまで走らなきゃ。決意を固め、根雪を踏みしめる。あとはタイミングを見計らって雪の大地を蹴り上げるだけ。
「(ホネのニオイなのサ!)」
「……へっ!?」
気の抜けた声は私の口から出た。けれど、隣のフリスクの口も、控えめながらもどこかぽかん、と開いているように見える。まるで予想していなかったような素振り。
いや、それよりもどういうことだろう。スケルトンの知り合いなんてあのふたりしかいない。でも、ニオイが移るほど密着した状況になった記憶はなかった。
「あ。フリスクがサンズのパーカーを着てるから……?」
もしかしたら服の影響で、ニオイが上書きされたのかもしれない。
そして、もれなく私も。パピルスから渡されたスカーフからも、ホネのニオイが香っているみたい。パピルスの知り合いなら、見た目や背丈で違うとわかりそうなものだけれど、フードをしているせいか、あまり見えていないのかもしれない。ホネのニオイと言われてもあんまりピンとこないけれども。カルシウムって、どんなニオイがするのかな。
「サンズはともかく、パピルスも縮んだッス?」
「えっ。あ-、はは……、そう、かも……? にゃはは……」
嘘をつくのは心苦しいけれど、あのふたりからもらったチャンスをムダには出来ない。スケルトンの兄弟にはニンゲンだとバレているし、気を回してくれた可能性がある。パピルスが頑なにスカーフを受け取らなかったのもそういう理由なのかも。うん、それなら。また会ったときにお礼を言いたいな。
「ホネなら無害ッス! いまは仕事中だから、あとでグリルビーズに集合ッス!」
「(サンズ、そのときに撫でてほしいのサ! 頼んだのサ)」
嵐のように去って行ったふたりを呆然と見送る。
いつのまにか、雪は降り止んでいた。
「なんとかなった、みたいだね?」
フリスクと視線を交わして、溜め込んでいた空気を思い切り吐き出す。
「はー……、斧はさすがにビックリするから勘弁してほしいな」
「うん。ボクもびっくりしたけど、いい結果になって良かった」
「ふふ、フリスクが勇気づけてくれたおかげだね。ありがとう」
「どういたしまして!」
イヌたちのあとを追う形になるので、足取りは慎重に。去って行った方角に爪先を向ける。
幸いなことに、イヌの二人組の姿は既にない。脅威も去ったとみて良さそう。
「これもパズルかな?」
歩き進めると、雪の塊が見えてきた。雪に囲まれた雪面には、大きな青字で『×』が記されている。なにか仕掛けがありそう、と睨むと、ご丁寧に立て看板が用意されていた。すぐさま目を通す。
「×を〇にしてスイッチを押せばいいんだね」
一番近くの地面の上に立つと、×が〇に変化した。一度〇に変えたあとは離れても変化なし。どちらかがその場に立ったままでいる必要はないみたい。一安心。
「それじゃあ、フリスクにスイッチを頼んでもいい?」
雪の塊を越えて、もうひとつの×を〇へと変化させる。ひとりだけでも突破できそうなパズルだけれど、せっかくふたりいるんだから協力して解くほうがきっと面白い。
「うん、任せて!」
意気揚々とフリスクが灰色のスイッチを押す。視界に入っていなかったけれど、道の先にはパピルスが佇んでいた。
「なにィッ! オレさまのワナを、どうやってかいひした……?」
「ワナっていまのパズル? それならふたりで突破したよ」
「しかし、それより……」
「うん?」
私の声が聞こえているのかいないのか。パピルスは言葉を濁し、言いにくそうに声を潜める。
「オレがたべるぶんは、のこってるのか……?」
「食べる分……? あ、スパゲティのこと?」
もしかして、パピルスが言っていたワナはスパゲティのことだったのかも。そう言えば書き置きにもワナって書いてあった。しかし、あのワナに引っかかるひとは少ないというか、そもそも凍り付いていて食べられないというか。
「ご、ごめん。の、残しちゃった……」
質問の意図を勘違いしたことも含めて、覚悟を決めて謝罪する。パピルスの暗く沈む表情が目に浮かぶようだ。心苦しいけれど、言ったことも、行ったことも、取り消しは効かない。
「ホントにッ?」
「へっ?」
でも。パピルスの反応は予想と違ってうれしそうだった。
「うわあ……」
戸惑っていると、遅れて予想通りの反応がやってくる。ううん、この反応をしてほしかったわけじゃないんだけれども。
「オレさまのおてせいパスタ、のこしたの……?」
「う、うん……」
パピルスの独特の感性に振り回されているような気はしたけれど、嘘はつきたくない。それに、実際に残っているのだから、確認されたら一発でばれる。
「オレさまのぶんを、わざわざのこしておいてくれたの……?」
「そう、とも捉えられる……、かな……?」
目が泳ぐ私をフォローするように、隣のフリスクが力強く頷いてくれた。それを見たパピルスは目を輝かせて、バトルスーツの胸を叩く。
「しんぱいには、およばん! マスターシェフ、パピルスさまが……」
きっと、パピルスに鼻があったら『鼻高々』に話してくれたのだろう。彼はスケルトンだから、鼻はないけれど。でも、誇らしげに胸を張っているのは態度でわかる。
「またいくらでもパスタをゆでてくれるわッ!」
そして、とてもうれしそうに宣言した。
「ハハハハハハャニ!」
「あ、パピルス! まって!」
すこし不思議な発音を言い残し、パピルスは背中を向ける。だから、遠ざかる背中に声をかけて引き留めた。
「ニェ?」
「とりかえっこのお礼! まだだったから!」
振り返るパピルスは心当たりがないようで、頭を傾げて私を見つめ返している。まっすぐな眼差しに、ほんのすこし緊張して。思いがけず声を張り上げてしまった。
「改めて……、スカーフをありがとう。おかげで助かったよ」
「とりかえっこ? ああ、ニンゲンと兄ちゃんのあいだではやってる……。れいにはおよばん! オレさまはりゅうこうのさいせんたんをさきどりしただけッ!」
「それでも、ありがとう。返しそびれてたからいま返すね」
「ステキなスカーフをありがとう! ウヒョウ、オレさまイケてるッ?」
「うん、イケてる、元々パピルスのものだからね」
「けど、こまったぞ。このままではとりかえっこがおわってしまう……」
パピルスは神妙な面持ちで赤いスカーフを見ている。私の想像以上に取り替えっこを楽しんでいたみたい。返すタイミングが早すぎたのかも。
かける言葉に悩んでいると、フリスクが率先してパピルスに駆け寄る。
「――それなら、ボクの棒きれはどう?」
「きさま、センスがあるではないか! よかろう! このグレートなパピルスさまがもってくれるわ!」
フリスクが差し出したのは棒きれ。間髪入れずに受け取ったパピルスは、確かめるように持ち直して満足げに頷く。
「うん、オレさまとくせいのスパゲをつくるのにさいてき!」
こうして、パピルスの装備に棒きれが加わった。
「そして、きさまのあいたてには、これをおくってやろう!」
言うが早いか、パピルスは勢い良くちいさな手袋を取り出す。あまりの速さにどこから出てきたのかわからなかった。私が目を瞬かせている間も、パピルスは行動を休めない。そのまま、フリスクの無防備な手のひらに嵌めて、誇らしげに笑う。
「これって……、」
「『じょうぶなてぶくろ』だよ! パスタをはこぶのにピッタリ! やはりな、きさまのてにもピッタリ!」
「……その手袋って……、」
どこからどう見てもサイズは小さい。フリスクの手にピッタリなことからも、子ども用だとわかる。
「ねえ、パピルス。この手袋はどこにあったものなの?」
「このさきにあるボックスのなかだよ! きっと、きさまのおとしものをだれかがとどけてくれたんだね! そこまでオレさまのスパゲにきょうみがあるとは! きさまを“じょしゅ”にしてせいかいというわけだ! ニャハハ!」
助手という話が出た記憶はないけれど、パピルスの中ではそう決定したらしい。手袋を受け取ったフリスクが否定しないので、私が口を挟むことではないだろう。その助手に、私もカウントされているのかどうかは気になったけれど。
「……あれっ? それだととりかえっこにならない……?」
パピルスは自分の発言を顧みて、短く息を呑む。フォローするようにフリスクが首を横に振ったけれど、ピンときていない様子。不思議そうに眺めて、肩に積もった雪を払ってあげていた。
「まあよい! このてぶくろは“ユウシュウ”なじょしゅに“とりかえっこ”するものとする!」
「ありがとう。大事に使うね」
もしかしたら。手袋は、かつてトリエルやアズリエルと一緒に暮らしていたニンゲンのものなのかもしれない。パピルスが言った通り、誰かが落とし物を箱の中に入れてくれていたのなら、可能性はある。
正直なところ、いますぐ遺跡に戻って、この手袋をトリエルに見せて確認したい。でも。後戻りはしないって決めたから。
後ろ髪を引かれる思いを胸に宿しながら、けれど決して振り返らない。
せめて、私たちに良くしてくれたトリエルが、これ以上悲しまないように祈る。別れの道を選んだ私に、祈る資格があるのかはわからないけれど。
肌寒さが感傷を誘う。暗澹とした気持ちを、頭を振って追い出した。
「きさまもゆきがつもってたの?」
「そういうわけじゃないよ」
「さむいなら、やっぱりからだをうごかすのがオススメ! このさきにもパズルがあるから、おもいきりからだをうごかせるよ! オレさまがあんないするね!」
パピルスのありがたい申し出を受け取って、わたしたちは雪道を進む。先頭はパピルス。意気揚々と棒きれを振るさまはなんだか愉快で面白い。他のモンスターたちは遠巻きに見守っているみたい。道中は何事もなく平和だ。
「このさきのパズルはオレさまがかいりょうしておいたぞ!」
「どんな風に?」
「それはみてのおたのしみだよッ!」
朗らかに笑うパピルスに釣られて、気持ちが前を向く。フリスクも楽しそうにパピルスのかけ声を真似していた。