森
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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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サンズとの再会は意外にも早かった。
ほぼ一本道だったのに、遺跡の方角に消えたはずの彼が先回りしている事実には驚いたけれど。私たちが寄り道をしている間に先を越していたのかも。
そのサンズの傍らにいる背の高いスケルトンが、恐らくパピルスだろう。
「そしたらさ、アンダインがさ……」
話し声は先程聞いた大声にそっくり。影の形もおんなじ気がする。
でも、この場所には致命的な問題があった。悲しいくらいに見晴らしの良くて、ランプも小屋も、隠れられそうな場所はこちら側のどこにもない。つい、自分自身を盾にフリスクを隠そうと身体が動きそうになる。その寸前。サンズの言葉が蘇った。
『だいじょうぶ。パピルスは、実はそんなにキケンなヤツじゃない。頑張って、強そうなフリしてるだけだ』
フリスクは、サンズを信じて、と言った。
一呼吸を挟む。自分の心に、そっと問いかけた。
私は彼らの言葉を信じたい。私の本心は、そう訴えている。
それなら、隠れる必要はないのかもしれない。
意気地なしの膝が笑う。そばで見守ってくれていたフリスクが、そっと手を握り締めてくれた。相変わらず格好つかない大人だけれど。そんな私でも、フリスクは肯定してくれているように思えた。
勇気を、胸に宿す。それは指先に伝播して、目深に被っていたフードに手をかけた。冷たい空気に顔を晒す。
「兄ちゃん! あ、あ、あ、あ……! あれって……! ひょっとして! ニンゲン?」
とうとう、正面から見つかった。
罰が悪くて視線を逸らす私と違って、フリスクは堂々とその視線を受け止める。内心では驚嘆していたけれど、表情に出す暇はない。間髪入れずにパピルスは言葉を続ける。
「なんか、すっごく、みおぼえあるよ……!」
「んー……。たしかに見覚えがあるな……」
緊張で硬直する私と、傍らのフリスクを置き去りに、話は進む。
「だって、ただの岩だから」
「なんだ」
パピルスはそれでいいの、と思わず突っ込んでしまいそうになった。
でも、この兄弟のペースに呑まれるのは良くない。確証はないけれど、そんな気配がする。
「みろよ。岩の前になんか立ってるぜ?」
「……えええええぇッ!」
大声で叫んだパピルスは、即座に背を向けて近くのサンズに耳打ちをしている……みたい。スケルトンだからか、耳がないので、どんなに声を潜めても筒抜けになっていると指摘したほうがいいんだろうか。
「(あ……あれって……ニンゲン?)」
「(うん)」
「(しかもふたりッ?)」
「(うん)」
「しんじらんないッ!」
相当興奮しているパピルスは、上機嫌でサンズを見遣る。
「兄ちゃん! オレさまはついにやったぞ!」
隣のサンズに大声で報告する様子をじっと観察する。なんというか、あまり脅威には思えなかった。マスコットキャラクター、とか。そういった類の親しみやすさを覚える。
「アンダインに、ほめられる……」
ああ、その名前はさっきも聞いたかも。きっと、友人なんだろうな。友人に褒められることを考えて喜ぶなんて、かわいげがあって何よりだ。
「これで……、オレさまは……!」
感極まったパピルスは、拳を強く握る。感情の高ぶりが震えから見て取れた。
「にんきもの! にんきもの! ともだちいっぱい!」
良かったねえ、と心の中で拍手を贈る。喜ぶ様子を見ると、私の気持ちが軽くなった気がした。
「あれ? ニンゲンって、なんにんつれていけばいいんだっけ……? まあ、いい! ……オホン」
わざとらしい咳払いで仕切り直したパピルスは、ひたむきな眼差しで私たちふたりを捕らえた。
「おい、そこのニンゲンふたり! ここはとおさんぞッ!」
毅然とした態度で話されても、先程までの一部始終と挙動を見た者としては、微笑ましいという感想にしかならない。
「いだいなるパピルスさまが、そししてやるからなッ!」
隣のフリスクはすっかり表情を和らげて、楽しそうに会話に耳を傾けている。サンズも楽しそうに見える。
「みたところ、きさまたちはおともだち! そのなかをひきさくなんて、オレさまにはできないッ! だから……!」
目を惹く真っ赤な手袋がふたつ、彼自身の腰に当てられて。すこし胸を反らしたパピルスが、大きく口を開く。
「ふたりいっしょにとらえて!」
その大きな口から、予想に違わぬ声量が放たれる。
「みやこにつれていって!」
身振り手振りで伝えるパピルスの動作は忙しなく、言葉を挟む隙を与えない。
「そして……そしてッ!」
胸の前に持っていった拳が目に見えて震えていた。興奮した様子のパピルスは、続く言葉を溜めに溜めて、ようやく吐き出す。
「……あとは、しらないけど」
尻すぼみになった言葉を誤魔化すように、パピルスは大きな声で話す。
「とにかく! きさまたち……、かくごしろ!」
ふんぞり返ったパピルスが高らかに宣言する。
「ニャハハハハハハハハ!」
笑い声を響かせてパピルスは道の先に進む。今回は帰ってこないみたい。
ここを通さない、と言っていたのにいなくなってしまっていいのかな。
「うまくいったな」
パピルスが帰ってこないと踏んでか、サンズは余裕のある表情でくつくつと笑う。
「心配すんなって」
まだ何も言っていないのに、表情だけで察したサンズが口許を柔らかく綻ばせた。
「悪いようにはしないぜ。オイラに任しとけよ」
胡散臭いウインクを贈るサンズは、パピルスの後を追うように背を向けるので、その去りゆく背中に声を投げかける。
「まって、サンズ。会ってほしいひとがいるの」
「へえ、オイラに? そいつは最高の一日を過ごせそうだな」
「茶化さないでね、少なくとも本人は真剣だから」
サンズに念を押して、それから背後に合図を送る。気が付いたモンスターはパタパタと飛んで駆け寄ってきた。
私とフリスクの間に降り立ったのは、先程出会ったばかりのモンスター。鳥類によく似たシルエットで、その羽毛は薄氷を思わせる彩り。顔には雪の結晶の意匠が表れていて、まるで銀世界の妖精のよう。嘴やお腹、足は黄色で、鳥と聞いてイメージするものと似通った部分もあった。白目の部分もおんなじ黄色なので、つい興味が惹かれる。鳥のようなモンスターの名前はオワライチョウ。不思議なボックスを覗き込む私たちを遠巻きに見守っていたその子は、そのまま後を追って、地面に突き刺さっている釣り竿について注意をしてくれたのだ。
――残念ながら一足遅くて、私は釣り糸を巻いてしまったわけだけれど。
釣り針に引っかかっているモンスターの写真を見て、記された言葉を読んで、注意の意味を知ることになった。遠い目をする私の傍らで、フリスクが釣り糸を元に戻してくれる。短く礼を告げて、心優しいモンスターに向き合うことにしたんだ。曰く、悩みがあるとのこと。
最初は相槌を打っているだけだったのに、どんどん話が進んで、いつの間にか川でささやかなリサイタルが催されることになったんだ。
観客は私やフリスク。それから、ほかのモンスターも。氷で出来た帽子を被った子どものモンスター。帽子はまるで水晶のクラスターのように、六角柱状で透明度の高い氷が連なっている。帽子を被っている子どもは雪で作られたかのように全身が真っ白だ。まあるい頭は大きく、身体や手足は小さい。大きな目は落ち窪んでいて、つぶらな瞳が覗く。鼻と思しき部分は、黄色いニンジンのような角が生えていた。
もうひとりのモンスターはオワライチョウに姿が似ている。羽毛が淡い緑色で、サングラスで目を隠したモンスターだ。
遺跡で会ったモンスターやサンズ以外のモンスターについては、まだ緊張感が抜けない。ニンゲンだってばれないよう、フードを目深に被り直す。
開始を待ち侘びる私たちのそばに新たにやってきたのは、甲冑を着込んだイヌのようなモンスターだった。兜をしていないので顔がよく見える。明るいクリーム色の毛並みに、真っ赤な舌が特徴的。武器の類は、いまは雪原に置かれて無防備だ。だからといって、安心できるわけではないのがニンゲンの難儀なところ。
けれど、盾に描かれた紋章はどこか見覚えがあった。どこだったっけ。
「あ、トリエルのローブ……」
「遺跡の中の扉にも描いてあったよ」
「そうなんだ。フリスクはよく見てるね」
小声で言葉を交わす。隣のイヌは気にした素振りを見せず、オワライチョウに視線を向けていた。
イヌはニンゲンよりも嗅覚が優れている。匂いでニンゲンだとばれるかもしれない。けれど、生唾を呑み込む私と違って、フリスクは物怖じしなかった。
フリスクは立ち上がると、まっすぐイヌの前まで歩き、そして遠慮せずにの頭を撫でた。まだ足りないとばかりに、撫でて、撫でて、撫で続けて。
「スフィア]おねーちゃんも撫でよう?」
私の手を引き、招待してくれてた。
正直なところモフモフはすきだ。撫でてもいいのならぜひそうしたい。だけれど、私たちはニンゲンだってばれるわけにはいかなくて。
葛藤が思考を鈍らせる。
――フリスクが撫でて問題ないのなら、私もいいかな?
恐る恐る手を伸ばすと、触れてもいないのにイヌが鳴いた。フリスクに撫でてもらっても足りないらしく、もっと、とねだるように私の手を見つめている。
「なんや、そこのロイヤル・ガードの兄さんは、ワテの話を首を長くして待っとんたん?」
客席の空気を読んだオワライチョウが、うれしそうに話す。イヌは肯定も否定もせずにオワライチョウをまっすぐに見つめ、鳴き声を漏らす。
「ええ、まずは……氷のダジャレはスノーブレム!」
最初に披露したネタはトリエルが好みそうなものだった。もしかしたらサンズも好きかもしれない。パピルスはどうだろう。気に入らない、なんて態度に出しながら、それでも笑ってくれるかもしれない。
始まってしまえば、ニンゲンだとか、モンスターだとか、そういった違いは些細なものに思えた。誰もがオワライチョウのネタに耳を傾けて、その度に笑っている。種族の違いなんて、この場にはなかった。
リサイタルが終わった頃にはオワライチョウはすっかり自信を身につけていた。誇らしげに胸を張り、父親の名前を呼んでいる。大成功のようだ。
会場が熱気で包まれる中、真っ先に動いたのは氷の帽子を被ったモンスター。フリスクによると、名前はヒョー坊というらしい。
「ひさしぶりに笑えたよ」
ヒョー坊は、どこからか取り出した帽子をひっくり返し、オワライチョウのそばに置く。一言告げると、お金を入れて去った。投げ銭ということらしい。
「ライちゃん、今回も面白かったな!」
サングラスをかけたモンスターが親しげにオワライチョウを小突く。いつもの、といってランチバッグを手渡した。あとで、と伝えて別れていったので、きっと一緒に食べるのだろう。仲の良さが垣間見えた。
続いて、イヌのモンスターが元気よく一鳴き。ヒョー坊に倣う。帽子の底でお金がぶつかる音が響いた。
私たちも行こうか、とフリスクに提案しようとしたけれど、フリスクの判断のほうが早かった。既にイヌのモンスターの次に並んで順番待ちをしていたフリスクは、前に倣って投げ銭を果たす。
「あ、私も……!」
「こおりゃ、おおきに! ほんま、最高やで!」
観衆は散り、最後に残った私たちからの贈り物を受け取ったオワライチョウはご満悦顔。ここで別れかと思いきや。
「なあ、じぶんら、あんまり見ん顔やん?」
当のオワライチョウから、引き留められたのである。
曰く。
「――ネタの練習をしているんだって。もっといろんなモンスターに聞いてもらいたいって言ってたから、気が合いそうなサンズと会うのはどうかって勧めたの」
「オイラの許可なしで? おいおい、アポはとってもらわなきゃ困るぜ」
もっともな主張だった。頭が下がる思いで、実際に頭を垂れる。
「う……、ごめん。まさかこんなに早く機会が巡ってくると思ってなくて」
「まあ、いい。オイラもビジネスやってるからな」
「……それって、なにか見返りが必要ってこと?」
「ご明察。たったの50Gでいいぜ」
「50G……」
遺跡で拾ったお金をそっと確認する。後先考えずに投げ銭に使ったため、足りない。きっと安価な値段設定なのだろうけれど。
「でも、サンズとボクたちは友達だから……、おともだち料金でいいでしょ?」
助け船を出してくれたのはフリスクだった。
「ヘヘ、軽いジョークだよ。いいぜ。もう会ってるしな」
どうやら、からかわれていたらしい。
興奮したオワライチョウが矢継ぎ早にサンズに話しかけているので、フリスクに促されるままに先に進むことに決める。別れ際、簡単な挨拶を贈ると、今度はサンズが私たちを引き留める番だった。
「心配はいらないと思うが、看板は読んでおいたほうがいいと思うぜ」
「え? いままでなにか見落としてた?」
問いかけても、オワライチョウの言葉に掻き消されて届かなかったみたい。内容は気になるけれど、過ぎたことはどうしようもない。
この先で看板を見かけたら見落とさないようにしよう、と誓うと、視界の端に粗末な作りの段ボールが見えてきた。よく見ると、掘っ建て小屋の様相を呈している。屋根に当たる部分は密着せず、三角屋根には程遠い。半端に開いたフタそのもの。『λ』を左右反転させた形状で支えるように重なっている。かろうじて屋根の役割を果たしているので、雪が積もっているけれど、いまにも重さで沈みそうでもあった。現在は軌跡のバランスで角度を保っている。
サンズの小屋とはまた作りが違うというか、手作り感満載だった。興味が惹かれないわけがなく、立ち寄ると段ボールになにか書いてある。もしかしたらこれがサンズの言っていた『看板』なのかもしれない。
心して文字を追う。けれどそこに書いてあったのは、パピルスによる愉快な書き置きだった。
「これを読んでほしかったのかな?」
「そう……、かも?」
フリスクも不思議そうに首を傾げている。
よびかけたサンズの改まった口調を思い出す。妙に気になったけれど、パピルス絡みなら納得もできる。弟想いなのは健在らしい。
後ろを振り返ると、オワライチョウに相槌を打つサンズが見える。あれは相当時間がかかりそう。
パピルスのことも気になる。フリスクと顔を見合わせて、先に進むことにした。
一本道の先を見据える。分かれ道も、脇道も存在しない。早くまちに辿り着けることを祈りながら、私たちは“りっぱなみはりごや”の前を通り過ぎた。