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この小説の夢小説設定イビト山に登って落ちた成人済女性(ニンゲン)。
ある目的のために地底を冒険することになる。
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場所を移して、リビングへ。
暖かな暖炉の火が、トリエルの横顔を照らし、影を落とす。
詳しい事情はわからずとも、察することは出来る。私たちが来るまで掃除していなかったという部屋。人間がやってくるのが本当に久しぶりだと語ったトリエルの言動。思いやりのあるトリエルと無人の部屋、残された痕跡。恐らく、お子さんがいたのだ。
もしかしたら、私が語る内容は、トリエルを傷つけるかもしれない。
「覚えてる限り、そのまま話してほしいな」
「う、うん……」
フリスクに言われるまま、頷く。様子を窺えば、トリエルはほんのすこし弱々しく見えるけれど、たしかに頷いていた。
「村人が束になっても適わない異形……じゃないや、モンスターね。それは真っ白な毛に覆われていて、……ええと、そう、まるで山羊のような外見だったって。身体は村人の何倍も大きくて、トリエルよりも大きいって感じの口振りだったなあ。口には鋭い牙があって、その大きな口が開いたら最後、頭から食べられてしまうんじゃないかって、当時の村人は言い残してるみたい」
「みんな、無事だったの?」
「え? あ、うん。目撃した村人はみんな無事だったって。ずいぶん昔の話だから、さすがに当時の村人はいないけど、伝承みたく残ってて、私が聞いたのもそのひとつ。口伝だから、相手によって話す内容ちょっと違うけれど……」
思い出の糸を手繰りながら、懸命に話す。
「話が前後したね、ごめん」
脱線した話を既定路線に乗せて、再び話し始める、
「村人たちは一目散に逃げようと思ったんだって。でも、そばに子どもがいるって気付いて、引けなくなった。実際に襲われたところを見たわけじゃないけど、倒れてる子どものそばにモンスターがいたから、きっと襲われたんだ、って。せめて、子どもからモンスターを引き離そうとして、破れかぶれで必死に攻撃したの」
想像してみると、すごい光景だ。
「モンスターは多勢に無勢を悟ったのか。村人たちの狙いが子どもにあるって理解していたから、なのかはわからないけれど。その子どもを抱き上げて去っていったそうだよ」
村人たちは大慌て。北風と太陽の北風のように、かえって子どもとモンスターの距離を縮める結果になってしまった。当時を顧みる村人は賛否両論で、村への被害を免れたのだから良しとする者もいれば、子ども一人を犠牲にしたと嘆く者もいた。
「その子、顔色は悪かったけれど、穏やかな表情をしていたんだって」
苦しまずに気を失ってるだけなら不幸中の幸いだったのかもしれない、と言う人もいた。いきなり子どもを襲ったくせに大人の人間には手を出さない卑怯者だ、と言う人もいた。
そう告げると、トリエルの表情は沈み、温かなはずの部屋の空気が淀み始めたような誤認を与える。いらないことまで話してしまった後悔はいくらしても足りないから、代わりに言葉を続けることにした。
「でも、ね? 違うんじゃないか、って言ってた人もいたよ」
どうか彼女に希望を届けられように。違う証言も話すことを決める。ふたりは不思議そうに首を傾げ、相槌を打ってくれた。
「誰も襲われたところを見たことがなくて、その後のモンスターが一度も村人を攻撃しなかったなら、前提が違うんじゃないかって」
口伝という曖昧な情報源は真実を隠す。どこまでが本当なのか、誰にもわからない。だからこそ、その人は名前も知らない昔話の登場人物に想いを馳せた。その姿を見て、私は報われたような気がした。私がこの小瓶を渡すために冒険をしてきたのは、この考えのひとに出会うためなんじゃないかって。
「たまたま、倒れていた子どもを心配したモンスターがいて、タイミング悪く村人が通りがかっただけじゃないかって。その子どもを連れ去ったのも、もしかしたら村人たちが子どもを襲おうとしたと勘違いしたのかも。村人から守るために行動してたのかもしれないって。そう、墓守のひとが言っていたよ」
「……墓守?」
目を丸くして聞き返したのはトリエルだった。
「うん、そう。遺骨はないけど、その子どものお墓を作ってあげたんだって。名前もわからないから、身につけていた金色の……ロケットペンダントかな、それを模したハートを墓標に刻んで、金色の花畑のそばに」
たしか写真を撮っていたはず。スマートフォンを取り出して該当の写真を開く。
名前のない墓標を建てたのは、墓守の何代か前のご先祖さま。墓守曰く、墓を残したのは忘れないため。それと、後世に過つことなく伝えるため。昔話を語り継いだ現時点でも解釈は分かれて正解はわからない。なにせ、話に登場するモンスターもニンゲンも、もうこの世にはいないのだ。
無言で食い入るように見つめるトリエルに、どう声をかけたら良いかわからず。良い言葉も探せないまま、沈黙だけが空回り。
私は遙か昔に残されたメッセージに突き動かされて旅をしているだけの身の上。モンスターのことも、ほとんど知らないと言ってもいい。けれど。
「……ここにいるモンスターたちとは、お話できればわかり合えた。昔話に必要だったのは対話なんじゃないか、って思うの」
ニンゲン見ると襲ってくるけれど、わかり合えないわけじゃない。
「そりゃあ、胸の内の全てを語り合うには時間や信用とか、いろいろ足りないものはあるとは思うけど……」
お伽話のように語られる昔話がまさにそうだ。もしも、ほんのすこしでも、話し合う時間があったのなら、歴史に葬り去られた真実だって明らかになったのかもしれない。
「……話してくれて、ありがとう」
「ううん。こっちこそ、聞いてくれてありがとう」
話して聞かせる予定がなかったから、うまく伝えられたかはわからない。ッでも、フリスクの表情を見るに、恐らく成功だったんだと思う。
「ところで、フリスクが話していたアズリエルって……?」
残念ながら、ニンゲンの子どもの名前も、モンスターの名前も、口伝には登場しない。どちらかの名前だと思うけれど、確証は得られない。
「……フリスクはもう気付いているかもしれないわね」
たしかに、部屋に入ってきたきフリスクはアズリエルの話だって言った。私が気付かないなにかに気付いたのかもしれない。
フリスクは頷いて応える。。
「――アズリエルはね、私の息子なの」
「えっ、ええええええええええ!?」
てっきり保護した子のことかと思った。トリエルの息子、ということは伝わっていた口伝のモンスター側、ということになるのだろう。
「あ、だから隣に子ども部屋……」
「ええ、もう、ずいぶん前のことになるわ。私の息子は……、」
目を逸らしたトリエルは、言葉を探しているように見えた。私もかけるべき言葉を見つけあぐね、成り行きを見守りフリスクは唇を真っ直ぐに結び、三者三様に沈黙を食む。
「もう、亡くなってしまったの」
長い沈黙を打ち破ったのは、他でもないトリエルだった。
そのたった一言を告げるのに、一体どれほどの悲しみを乗り越えたのだろう。
突然知らされた訃報に、胸が締め付けられる。
「初対面のあなたたちに聞かせる話ではないでしょう? だから、このお話はこれでおしまい」
「えっ」
「なあに? 聞きたかったかしら? でも、もっと面白い話があるわ、たとえばカタツムリは――」
「カタツムリの話も気になるけれど……、ト、トリエルがイヤじゃなかったら、息子さんの話、聞かせてほしいな」
聞かなきゃいけない、と思った。不明瞭だけれど、心が強く叫んでいる。いま、聞いておくべきだ、と。
「……面白い話じゃ、ないわ」
「それでも!」
食い下がると、トリエルの双眸が揺れた気がした。
「……ええ。わかったわ」
目を伏せて、トリエルは話す。
「それじゃあ、残りのアイシングをしてしまいましょう」
「トリエルッ」
「手を動かしながらでも、お話は聞けるでしょう。ほら」
差し伸べられた手を、フリスクが取る。
「スフィアも」
もう一方の手が差し伸べられ、口を尖らせながら私もその手に手を重ねた。
再び訪れたキッチンは、先程の作業の後片付けが済んで綺麗だった。私たちが抜き型で生成して並べたクッキーは、はしっこが微かに焦げていて、トリエルの発言を思い起こさせる。
「いま、用意するわね」
話を誤魔化されているんじゃないか、と一抹の不安を覚えつつ、クッキーに視線を落とす。焼き上がって粗熱が取れているから、手を近づけてもやけどの心配はない。その中からひとつ、星型のクッキーの突起に指をかけた。
「――息子はね、星が好きだったの」
そう言って、トリエルは話を切り出した。けれど、トリエルの手が休むことはない。アイシングの詰まったコルネを手渡される。発言通り、作業しながら話をする、ということなのだろう。……もしかしたら、表情を見られたくない、という意思表示だったのかもしれない。
「……外の世界に、憧れがあったのね。だから、ここにも何度も遊びに来ていたみたい。ここにいるモンスターたちとも仲良しで、とても優しい子でね。誰に似たのかしら、お花のお世話がすきだったの」
「ここに遊びに……?」
「ごめんなさいね、わかりにくかったかしら。当時は違うところに住んでいたのよ」
「へえ……」
じゃあ、トリエルがここに住むようになったのは、『当時』のあとなのかな。息子さんがいたなら、トリエルのパートナーもいたんだろう。あの改装中の部屋は、もしかしたらそのひとのものなのかも。でも、トリエルに尋ねるのは憚られた。もしも息子さんと同じように既に亡くなっていたら、と思うと迂闊に聞けないし、なにより、話の腰を折ってしまう。
だから、私は聞き手に徹することにした。相槌を打ちながら、コルネを絞り、目の前のクッキー生地を覆い隠すように淡い黄色のアイシングで埋めていく。
「地底にはバリアがあるの。私たちモンスターを閉じ込めるもの。落ちてしまったら、ニンゲンも例外じゃないわ」
鼓動が跳ねて、作業の手が止まる。
「登ったら戻ってこれないって話……、本当なんだね……」
イビト山周辺で聞いた噂話は二つ。子どもを襲ったモンスターの話と、山に登ったら戻ってこれないという話。
噂の片方の真実味が帯びてきたのなら、もう一方だって真実に近いと思うべきだ。めまぐるしく変化する環境に足を突っ込んでいたおかげで薄らいだ不安が、密かに目を覚ます。
「……それでも、ボクは……方法があるって、信じてる」
フリスクはとても静かに言葉を紡ぐ。ともすればそれは、独り言だったのかもしれない。自分に言い聞かせる言葉だったのかも。
だけど、近くにいた私には届いた。雪のように静かに降った言葉は、私の胸の熱で溶けて、染み渡る。心を、タマシイを、奮起させた。
「前に、ね。あなたたちみたいに、ここに落っこちたニンゲンの子どもがいるの」
トリエルの口振りから予想していたけれど、やっぱり前例があったみたい。
「息子はその子を助けて、友達になって……。私たちはその子を家族として歓迎したわ。幸せだったの。……ある日、その子が重たい病気に罹って、そのまま治療できずに亡くなるまでは」
「……ッ」
「あの子は――アズリエルは、その子の故郷に咲く花畑を見せてあげたがっていた。その子の最期のお願い、だったのよ。……亡くなったその子を連れて、ふたりで地上に出て……。あとは、[FN:スフィア]が聞いた通りよ」
「私の聞いたモンスターは……アズリエル、なんだね」
トリエルが聞かせてくれた彼も、その友達も、聞く限りあまりに短い半生を送っている。過ぎたことはどうにもできないけれど、もしも時間が巻き戻るのなら、こんな悲しい結末になることはなかったんじゃないかな。でも、それは夢物語に過ぎなくて。現実は悲しいくらいに非情だった。
「あれ……? 息子さんたちは地上に出たの? どうやって?」
「結論から言うと、出る方法はあるわ。でも、私の口から貴方たちに説明はできないの。……わかってちょうだい」
納得はできないけれど、子を喪ったトリエルが方法を話したがらない気持ちは推測できた。理解は、できる。痛いほどに伝わるトリエルの優しさに、私もフリスクも頷いてみせた。
「……、うん。無理には、聞かない」
方法があるとわかったのなら、探し出せばいいだけ。光明はある。
「ねえ、トリエル。息子さんは亡くなったって言ったよね。ひょっとして、この遺灰って息子さんの……?」
「いいえ」
紡がれる声は淡々と。けれど、力強い否定だった。
「息子の最期は、……当時住んでいた我が家の近く。庭だったわ。看取ったひとがいるの。だから、あなたが渡すべき相手は私じゃないわ」
「……そっか」
地底で亡くなった子ども。その子どものために地上を目指したアズリエル。けれど、地上のニンゲンはモンスターを誤解してしまった。そんな悲しい物語の一部始終は、まるで鋭いトゲのように胸に突き刺さって抜けそうにない。
「聞かせてくれて、ありがとう、トリエル」
浮かない表情で、トリエルは曖昧に微笑む。
本当は、聞かせるつもりがなかったはず。だから、お礼はちゃんと伝えなきゃ。
「私……、まだ目的の一つも達成できてないけれど。いまの話を聞いたら、新しい目的ができちゃったな」
「それってどんな?」
期待に満ちて弾んだ声を浴びる。フリスクのものだ。返事を待ち侘びるフリスクに微笑みで応える。もちろん、勿体ぶったりなんかしない。
「いまのお話を聞いたら、正しい話を広めたいじゃない?」
今日まで口伝で継がれてきた話の真実。もしも無事に帰還できたのなら、伝えたい。みんなにわかってもらえるかどうかはわからないけれど、少なくとも、墓守のひとには伝えたかった。
茶目っ気たっぷりにフリスクへウインクし、作業に戻る。
淡い黄色で彩られた星型クッキーの中心部に、花を描くように白いアイシングで直線を五本引いていく。中心にアラザンらしき飾り付けをしたら完成。他のアイシングも創意工夫を凝らして、すべてのクッキーに施した。
トリエルのお膳立てがあってこそだから、全てが自分の成果だとは思えないけれど。
「ふたりとも、お疲れさま。それじゃあ、パイも食べる?」
「食べる!」
即座に反応したフリスクが、案内されるままにリビングへ進み、子ども用のイスに腰を下ろす。堂々たる行動だった。本当にここの住人みたい。微笑ましい行動を視線で追いながら、本棚に興味が引かれる。
「フフ、自由に読んでいいですからね」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて」
目に付いた本の背表紙に指先を引っかけて引き出す。どうやら歴史書らしい。バリアについての情報を探してぱらぱらと捲ってみる。
記されていたのはモンスターたちの過去。読み飛ばせない記述が目に留まる。そこには、バリアの中に閉じ込められたモンスターたちが、ニンゲンからのさらなる攻撃を恐れて退却した、とあった。
トリエルの発言やここに至るまでの道程で察してはいたけれど、ここにニンゲンはいない。だからこそ、モンスター側からの視点で綴られた文章は新鮮で、私の良心に爪を立てる。モンスターにしてみれば、ニンゲンは加害者だ。その事実が端的に突き付けられて、ほんのすこし息苦しさを覚えた。
さらに読み進める。彼らは地底の奥深くへと進み、洞窟の行き止まりに辿り着いたらしい。その場所をホームタウンとし、名前を『ホーム』と定めた、とある。名付け親は彼らの王さまらしい。著者からは、偉大だが、ネーミングセンスがイマイチであるという言葉を贈られている。顔も名前もわからない王さまがすこしだけ親しみのある人物のように思えた。
「上手に出来たと思うのだけれど、お口に合うかしら?」
「うん、おいしいよ!」
ちょうど本を棚に戻すタイミングで、声が転がってくる。思いのほか集中していたみたい。
振り返ると、ダイニングテーブルの上に切り分けられたパイがふたつ。ひとつはフリスクがいま食べているところで、もうひとつは手つかず。きっと、私の分として用意してくれたのだろう。
「スフィアもどうかしら?」
「いまいく!」
引かれたイスに腰を下ろして、いざ実食。
パイを口に運んだ瞬間、豊潤なクリームから上品な甘さが広がる。滑らかな舌触りに、優しい味わい。私の好きなシナモンの濃厚な香りと穏やかな風味がパイを包み込んでいる。まるで、トリエルをそのまま表現したみたい。
「すっごくおいしい!」
「それは良かった」
安堵の息を漏らすトリエルは、よく見ると眼鏡をしていた。暖炉の近くで読書をするつもりなんだろう。
「……新しい家族ができて、とてもうれしいわ」
眼鏡の奥の赤い瞳が慈しむように眇められ、パイを頬張る私たちを見つめている。
「フリスク、あなたに読ませてあげたい古い本がたくさんあるの。スフィアの興味を引く本もあるわ」
「うん。地上にはないモンスターの視点で書かれたお話、とても興味深いよ」
「とっておきのムシ取りスポットにも、連れてってあげましょうね」
「……ありがとう、ママ」
「それから、お勉強は私が見てあげますからね。意外かもしれないけれど……。実は、学校の先生になるのが夢だったのよ」
「トリエルなら、とっても素敵な先生になると思うよ!」
「ママに教わったアイシング、すぐ上手くなったもん!」
「あら、そんなに意外でもなかったかしら」
品のある笑みを浮かべ、トリエルは言葉を紡ぐ。仕切り直すように目を細めて、私たちとここで暮らせてとてもうれしい、という言葉に繋げた。
パイの最後に残ったかけらをひとつ飲み込んで、私とフリスクは立ち上がる。
「ママ、聞いて」
トリエルを見上げたフリスクは淀みなく言葉を吐く。このままフリスクに任せたら円満に解決できそうな錯覚があった。いままでの道中を思い返せばあながち的外れでもないと思う。けれど、いままでにも告げる機会があったのに、先延ばしにしたのは私だ。大人として、子どもだけに背負わせるわけにはいかない。
「私たち……、ここで一緒には暮らせないんだ」
「……、…………」
眼鏡の奥の瞳は戸惑いに揺れてる。きっかけが私たちの発言なのだから、それなりに罪悪感も芽生える。もう少し早くに打ち明けられていたら、結果は変わったんだろうか。
「ボクたち、遺跡から出たいんだ」
「……いいえ。この外には、出してあげられないの」
「どうして?」
「ここに落ちてきたニンゲンはみな、同じ運命を辿る」
「トリエル?」
「私は何度もこの目で見てきました」
目を伏せ、トリエルは静かに口を開いて語り出す。ここに来て、出て行った子がどうなるのか、その顛末を。
過保護なまでに接してくれたのは、彼女本来の気質の他に、いままでの積み重ねがあったからかもしれない。
「あなたたちは、なにも知らないの……。この遺跡から出れば……、かれらに……、アズゴアに……殺されてしまうわ。だから、あなたたちのお願いを叶えることは出来ないの。これは、あなたたちを守るため。わかってちょうだい」
「……なに、それ」
声が震えているのが、自分でもわかった。フリスクの様子も、トリエルの様子も、いまは視界に入らない。
「……ええ、話さなかったのは私が悪いわ。外の世界は、あなたたちにとってとても理不尽だもの。……でも、遺跡の中なら大丈夫。わたしがちゃあんと面倒を見ますからね」
「そうじゃなくてっ! わかんないよ、トリエル。知らないことばかりで、急に殺されるって言われても……、上手く飲み込めない」
「……」
「あー……えっと、そうじゃない。責めてるわけじゃないよ。忠告してくれてるんだよね……」
お子さんを亡くし、その要因となったニンゲンを保護してくれた心優しいモンスター。私たちを引き留めるのには、理由があるんだ。
「トリエルの気持ちはありがたいと思うよ」
本心だ。そこに偽りはない。
「でも、」
続く言葉は、トリエルの意思に背く。それがわかっているだけに口は重さを増した。必死に動かすと鼻の奥がつんと痛みを帯びる。痛みを越えて、それでも、きちんと言わなきゃいけないから。
「私はこの外に出たい。目的は話した通りだよ。この遺灰を持ち主に返したい。それから、トリエルから聞いた昔話をあの村の人に広めたいんだ。ここから出なきゃ、できっこないでしょ?」
「ええ。そう話していたものね。……フリスク、あなたは?」
「ボクは……おうちに帰る方法が知りたい」
「二人の意見は一致しているのね……」
多数決なら、答えは決まってる。でも、ここは地底の世界。フラウィの話したルールについても謎が多い。そうすんなりと納得してもらえるのなら、こんな事態にはなっていない。握り締めた拳が震える。
その姿は、トリエルにも見えていたのだろう。
密やかな吐息が滑り落ちる。気付かぬうちに俯いていた視線を持ち上げ、落とし主のトリエルを見遣った。
「――玄関から、階段が見えたかしら」
「うん」
「階段を下りて道なりに進めば、大きな扉に辿り着くの。そこが遺跡の出口。その向こうは地底の世界。一度出たら、もう、中へは戻れません」
「出口を教えてくれるの?」
「話は最後まで聞くものよ」
窘めるような口調はよく知ったトリエルのもので、こんな状況だというのにすこし安心した。先程まで緊張感で身体が強張っていたから。
「……じゃあ、続きを教えて」
一度目を閉じたトリエルが再び眼を開く。真っ赤な瞳には、揺るがぬ覚悟が宿っていた。
「あなたたちの力を、私に証明して見せなさい。私は先に行って、待っています。準備が出来たら下りてきなさい」
言い終わると、トリエルは背を向け、振り返らずにそのまま歩き去る。残されたのは、私とフリスクのふたりだけ。暖炉から聞こえる炎の爆ぜる音が沈黙を埋めてくれる。
「証明って……、えーと……」
トリエルは、モンスターたちとのバトルを楽しくお喋りするものだと語った。なら、下りた先で待っているトリエルとも、話し合いで解決できるんじゃないか。
私はそんな楽観的思考でいたのだけれど。私は、自分の考えばかりじゃなく、もっと周りを見ておくべきだった。このときのフリスクの様子を、よく観察しておくべきだった。
私の思考がどんなに甘い思考だったのかは、すぐに思い知らされる。結局のところ、私はトリエルのことを何もわかっていなかった。彼女の覚悟を見誤っていたのだ。