ニンゲン夢主の名前
Only the saving grace.
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「サ――……」
光差す荘厳な回廊にて。審判者との邂逅を果たした私は言葉を交わそうとして手を伸ばした。しかし、その瞬間に世界は暗転する。
ぱ、と視界が明るくなったかと思えば、伸ばした手は宙を掻く。私の前に広がっているのは、最後の回廊ではない。たしかに破壊したはずのエレベーターの扉が、まるで時間が巻き戻ったかのように鎮座していた。
「……ロード、されてる」
手で触れ、硬い扉の感触を確かめる。以前、フラウィによって扉が閉じられた時点でセーブされていたようだ。フラウィとの戦いでのロードはなかったことになっているらしい。
恐らく、今回のロードはフリスクによるものだ。
平和的な未来のための手段と思えば微笑ましいが、ひとつ、問題が発生している。このまま私がここに閉じ込められていると、攻撃手段がないに等しいフリスクはエレベーターを使えない。私が外に出るためには破壊する必要があるけど、その場合、エレベーターが使い物になるかはわからない。
使わなくても進行に支障はないはずだけど、ちょっとだけ面倒だ。時系列を整理できてなかったので、己の失策に思い悩む。
破壊するべきか、フリスクがエレベーターの利用を諦めるまで待つべきか。二者択一を迫られた私は、扉が軋む音が拾う。どうやら外側から力が加わっているようだ。まさか、もうフリスクがやってきたのだろうか。だとしたら間抜けな対面になる。しんみりとした別れがこんな馬鹿げた再会で上書きされるのは嫌だ。
「ま、待って、ちょっと待って、フ……」
私の願いは聞き入れられず、扉はすんなりと開く。そこにいたのは――。
「なんて間抜けな顔してるのさ」
「フ……ッ、……フラウィ?」
予想だにしないフラウィの登場に、肩が跳ねる。思わず上擦った声で呼び掛けてしまった。
完全にフリスクだと思っていたので危なかった。いや、扉が開くのに結構大きな音がしていたから、私の声は聞こえなかったに違いない。そう祈る。
「他に誰に見えるの」
「だって、閉じ込めたのフラウィでしょ? なんで帰ってきたの?」
「べつにいいだろ。そんなことより、いまからニンゲンが来た道戻ってくるよ。オマエ、見つかりたくないんだろ? 悠長にしてていいの?」
「良くない!!」
フラウィの茎を引っ掴んで、慌ててホテルまで退却する。ホテルマンは冷静で、コア側から走ってきた私を見ても平常心だ。それをありがたく思いながら、今後の予定を頭の中で展開する。
「戻ってきたのはいいけど。ねえ、フラウィ。ニンゲンは地上を諦めたの?」
「なんでもボクに聞けばいいと思ってない? 付き合いきれないよ」
「あー、まってまって。置いていかないでっ、寂しいから」
「なんとでも言いなよ」
茶目っ気多めに発言したのが悪かったのか、フラウィはぴしゃりと言い放つと、地中へ潜って二度と現れない。ああ……、ええっと、パピルスに助言を授けないといけないんだっけ? 内容まで詳しくは覚えてないけど、朧気な記憶がある。
「う〜ん…………、詰んだ……」
フリスクが順調に平和な道程を歩いてくれるなら、改めて私がすることはなんにもない。アンダインとは顔見知り程度の仲だし、アルフィーとは面識がない。突然、しんじつのラボに行きたいんです、などと話しても聞き入れてもらえないだろう。
唐突に訪れた暇を持て余す。
「時間もできたし、家でちょっと寝ようかな」
ホテルに泊まるお金はある。でも、住み慣れた家のソファの感触が恋しくなった。よく考えたら、こんなに長く外に出てるのは久し振りだ。そろそろ仮眠を取らないと動けない。そんな気がする。
「あ。このお金、家賃の足しにしてもらえばいいか」
いままで散々ひとのことを居候だと言ってきたふたりが、もしかしたら私を見直すかもしれない。……いや、それはないだろうけど。大した額じゃないし、元手がイヌで私は特に苦労してないのもある。
「そうと決まればすぐに帰ろうかな、久し振りの我が家に!」
フラウィがいない帰り道はほんのすこし寂しくて、軽口のつもりが本心だったんだなあ、と遅れて気付く。埋め合わせることもできないまま、歩みを進めているとスノーフルに到着だ。
我が家は不用心なことに鍵が掛かってなくて、戸締まりしっかりしたほうがいいよ、と誰に言うでもなく呟く。
そして、いつものように背の高いシンクで手を洗ってから、目に優しい緑のソファに遠慮なく腰を下ろした。
久し振りにあちこち移動したから、疲労が蓄積しているらしい。心地好いソファが睡魔を手招く。
目を閉じれば、まるで走馬灯のように思い出が駆け抜けていく。真っ先に思い浮かんだのは、地底世界で最初に私を見つけてくれたナプスタブルーク。
ナプスタは、私が記憶を失っていると知ると、私がスケルトンであるという予想を述べた上で、可能な限り手を尽くしてくれた。従兄弟だというゴーストも心配して介抱してくれたんだ。
その後はウォーターフェルに暮らすモンスターたちの協力を得て、ガーソンが提供してくれた衣服をみんなが見繕ってくれて、いまの私の外見は完成。懐かしいな。
みんなの思いやりや優しさを注がれた私はすっかり浮かれていた。なくした記憶を取り戻せると驕って、ウォーターフェルに別れを告げたのだ。
行き先は決まってなかった。ただ気の赴くままに歩いて、スノーフルのまちに辿り着いた。身体は寒さを感じないのに心が寒さを訴えて、そのちぐはぐさに疲れ果てた私は、無人の家にあがりこむ。そこが無人だと知っていたわけじゃない。本当にたまたま。敢えて選んだ理由があるとするなら、ウォーターフェルから一番近い家屋だった、それだけ。結果として誰もいなかったから、休むことにしたんだ。
それがまさか、想像以上に長い睡眠を取っていて、いつの間にか我が家にほかのスケルトンが転がり込んでいたなんて。青天の霹靂だったな。
いま思えば、記憶を取り戻すと宣言しておきながら長い睡眠を取ってしまったことで、後ろめたさが芽生えたのかもしれない。あんなに良くしてもらったのに、背中を押してもらったのに、記憶も探さず怠惰に過ごしていたなんて、顔向けできない。そういう罪悪感が芽生えていたんだと思う。
「でも、勇気を出したら、みんな優しく迎えてくれたな」
まだナプスタにしか明かしていないけれど。私を知るモンスターは、みんな、ウォーターフェルを訪れた私を歓迎してくれた。ガーソンも、ウォッシュアも、嬉しそうで自分のことのように喜んでくれて。私は距離を取るんじゃなく、足を運ぶべきだったんだ。もっと早くに。
「……寝たら、起きられないかも」
フリスクがフラウィが敷いた道をこのまま歩むのなら、私が出る幕はない。私が何もしなくたって、この世界は幸福で満たされる。
なのに。どうしてか。いまは、寝てはいけない気がして、愛おしいソファから離れる。
これが最後かもしれないから自室にも寄った。本当はサンズの部屋に直接殴り込みに行きたいところだけど、家の鍵をかけ忘れても、サンズの部屋の鍵はしっかり締まっているのだ。留守のようだから、殴り込みは諦めて私の部屋に直行する。
荷物からホットドッグを取り出してローテーブルに置き、簡単なメモ用紙に走り書き。
『5000Gはボッタクリ』
これでよし。抗議文として良い出来だ。
ついでにジョーク代わりに『Itchy Tasty』と書き記す。ゾンビジョークだ。こっちは目に付きにくいクローゼットにでも忍ばせておこう。
「……うん。それじゃ、ナプスタに会いに行こう」
今度こそ、包み隠さず本当のことを伝えるために。
ロードを挟んだおかげで、時間の感覚が狂う。日付は変わっていないはずだから、恐らく数時間振りの対面だ。
「というわけで、また来ちゃった」
以前、ナプスタに頼んだお願いは単純なもの。真意としては私を匿ってほしい、という願いだ。フラウィによるタマシイ吸収を回避するために打った布石である。平和なエンディングを目指すのなら避けては通れない道を、どうにか逃れなければならないのだから。
いずれ、フラウィはニンゲンのタマシイのほか、モンスターたちのタマシイを吸収する。モンスターたちのタマシイがすべて結集したら、ニンゲンのタマシイ一つ分に匹敵する。つまり、フラウィが求めていたニンゲンのタマシイが補われ、欠けることなく必要数集まるのだ。
ただし、ニンゲンのタマシイを持つ私が吸収されれば、彼は八つのタマシイを得ることになる。一つのタマシイを取り込んだだけでも尋常ならざる力を得るのに、神に至るとされる七つをさらに超えた先なんて、想像もつかない。
幸いなことに、ナプスタはお願いを聞き入れてくれた。まさかこんなに早く回収されるとは思ってもみなかったみたいで、ちょっと心ない言葉が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「なんにもないケド……ゴミの気持ちになル……?」
「いいね」
遠くでナプスタの作曲した楽曲が流れている。ほのまま目を閉じれば、脳裏に宇宙が広がっているような心境に陥る。けど、堪能するのは後回し。今日は別の用事があるのだ。
「聞き流してくれて構わないから。……私に、じぶん語り、させて?」
傍らのナプスタに話し掛ける。沈黙は肯定だった。
「フリスク……あ、ええと……、ナプスタの友達にニンゲンがいるでしょ? 遺跡で会ったと思う。メタトンの番組にも出てた」
「ああ……、しってル……」
「私もうまく説明できないんだけどね? 私、あの子になってた時期があったんだ」
「……? ゴーストってコト……?」
「あはは、そうかも。それが近いかな」
たしかに。フリスクを操作していた私はゴーストと言い換えてもいいかもしれない。いまの私だって、自分の白骨に取り憑いたゴーストと捉えても差し支えないし。
「だからね。何が起こるか、なんとなくわかるんだ。……思い出したのは、今日だけど」
「うん……、言ってたネ……」
「みんなには、幸せになってほしいの。いまの私には面識がないけど……、この地底で暮らすみんなに地上を見てほしい」
表情の変化が乏しいナプスタブルークが話し相手で良かった。顔色を窺わずに済む。……私は、まだ話を続けることが出来る。
「その気持ちに偽りはないよ。でも、取り憑いてた頃の私は、好奇心で悪いことにも手を出したんだ。……たとえばお店のものを盗んだり、モンスターに敵意を向けて、そのまま武器を振るったり」
意気地なし。殺した、と言い切れなかった。
だって、しょうがないじゃないか。別の世界の話と割り切るには罪の意識が重くのしかかっている。
「だからね、言われちゃった。『救いようのない悪党』って」
「グレース……?」
「言われた通りだったよ。……だからね。変わろうと思ったんだ。取り柄なんてないけど……それでも、」
続きを話す寸前、窓の外が眩しく光った。目を瞑った私とは対照的に、ナプスタブルークは起き上がっていた。あっという間に窓に近付く。
「カタツムリが……消えてル……」
ナプスタのその言葉を待っていたかのように、ドアをノックする音がやけに優しく響く。先程閃いた眩しい光が内側へ入ってこようとしているが、ナプスタは容赦なくブラインドを閉めた。
「ジャマが入っちゃウ……。キミの話、最後まで聞けなくてごめんネ……」
「……ううん。気にしないで」
ノックの音はまだ続いていたけど、ナプスタが無反応を返すので諦めたらしい。そして、何事もなかったように静寂が戻ってくる。
「……そろそろ、行かないと」
「……行くノ……?」
先程迸った光がフラウィによるものなら、彼はいまアズリエルとなってフリスクと戦っているはず。約束されたおわりの足音は、すぐ近くまで迫っている。残された時間は、あまりない。
「うん。やりたいことができたんだ。もしかしたら、私にしかできないかもしれないこと」
本当は、影ながら助力するだけに留める予定だったけど。関わり合いになったからには、手を伸ばしたい。私は強欲だから、あれもこれも全部救いたいんだ。話をしに来たのに、結果的に態度が悪くなってしまった。真摯に対応してくれるナプスタには頭の下がる思いだ。
「話、中途半端になってごめん」
「いいノ……、またこんど聞くヨ……」
「――うん。そのときはよろしくね」
感慨深い言葉だった。内向的なナプスタから、『今度』という単語を聞けるなんて。未来への約束を取り付けることができるなんて。家に閉じこもってたら聞けなかった言葉だ。
胸の内側が熱くなるのを感じる。離れ難い気持ちを堪えて、最後の挨拶のために口を開く。
「一緒にいて、楽しかったよ、ナプスタ。……じゃあね。バイバイ」
光の収まった外へと歩き出す。行き先はバリアのある場所。
最終決戦場に視線を投げて、ひとりの骸は決意を固めた。
光差す荘厳な回廊にて。審判者との邂逅を果たした私は言葉を交わそうとして手を伸ばした。しかし、その瞬間に世界は暗転する。
ぱ、と視界が明るくなったかと思えば、伸ばした手は宙を掻く。私の前に広がっているのは、最後の回廊ではない。たしかに破壊したはずのエレベーターの扉が、まるで時間が巻き戻ったかのように鎮座していた。
「……ロード、されてる」
手で触れ、硬い扉の感触を確かめる。以前、フラウィによって扉が閉じられた時点でセーブされていたようだ。フラウィとの戦いでのロードはなかったことになっているらしい。
恐らく、今回のロードはフリスクによるものだ。
平和的な未来のための手段と思えば微笑ましいが、ひとつ、問題が発生している。このまま私がここに閉じ込められていると、攻撃手段がないに等しいフリスクはエレベーターを使えない。私が外に出るためには破壊する必要があるけど、その場合、エレベーターが使い物になるかはわからない。
使わなくても進行に支障はないはずだけど、ちょっとだけ面倒だ。時系列を整理できてなかったので、己の失策に思い悩む。
破壊するべきか、フリスクがエレベーターの利用を諦めるまで待つべきか。二者択一を迫られた私は、扉が軋む音が拾う。どうやら外側から力が加わっているようだ。まさか、もうフリスクがやってきたのだろうか。だとしたら間抜けな対面になる。しんみりとした別れがこんな馬鹿げた再会で上書きされるのは嫌だ。
「ま、待って、ちょっと待って、フ……」
私の願いは聞き入れられず、扉はすんなりと開く。そこにいたのは――。
「なんて間抜けな顔してるのさ」
「フ……ッ、……フラウィ?」
予想だにしないフラウィの登場に、肩が跳ねる。思わず上擦った声で呼び掛けてしまった。
完全にフリスクだと思っていたので危なかった。いや、扉が開くのに結構大きな音がしていたから、私の声は聞こえなかったに違いない。そう祈る。
「他に誰に見えるの」
「だって、閉じ込めたのフラウィでしょ? なんで帰ってきたの?」
「べつにいいだろ。そんなことより、いまからニンゲンが来た道戻ってくるよ。オマエ、見つかりたくないんだろ? 悠長にしてていいの?」
「良くない!!」
フラウィの茎を引っ掴んで、慌ててホテルまで退却する。ホテルマンは冷静で、コア側から走ってきた私を見ても平常心だ。それをありがたく思いながら、今後の予定を頭の中で展開する。
「戻ってきたのはいいけど。ねえ、フラウィ。ニンゲンは地上を諦めたの?」
「なんでもボクに聞けばいいと思ってない? 付き合いきれないよ」
「あー、まってまって。置いていかないでっ、寂しいから」
「なんとでも言いなよ」
茶目っ気多めに発言したのが悪かったのか、フラウィはぴしゃりと言い放つと、地中へ潜って二度と現れない。ああ……、ええっと、パピルスに助言を授けないといけないんだっけ? 内容まで詳しくは覚えてないけど、朧気な記憶がある。
「う〜ん…………、詰んだ……」
フリスクが順調に平和な道程を歩いてくれるなら、改めて私がすることはなんにもない。アンダインとは顔見知り程度の仲だし、アルフィーとは面識がない。突然、しんじつのラボに行きたいんです、などと話しても聞き入れてもらえないだろう。
唐突に訪れた暇を持て余す。
「時間もできたし、家でちょっと寝ようかな」
ホテルに泊まるお金はある。でも、住み慣れた家のソファの感触が恋しくなった。よく考えたら、こんなに長く外に出てるのは久し振りだ。そろそろ仮眠を取らないと動けない。そんな気がする。
「あ。このお金、家賃の足しにしてもらえばいいか」
いままで散々ひとのことを居候だと言ってきたふたりが、もしかしたら私を見直すかもしれない。……いや、それはないだろうけど。大した額じゃないし、元手がイヌで私は特に苦労してないのもある。
「そうと決まればすぐに帰ろうかな、久し振りの我が家に!」
フラウィがいない帰り道はほんのすこし寂しくて、軽口のつもりが本心だったんだなあ、と遅れて気付く。埋め合わせることもできないまま、歩みを進めているとスノーフルに到着だ。
我が家は不用心なことに鍵が掛かってなくて、戸締まりしっかりしたほうがいいよ、と誰に言うでもなく呟く。
そして、いつものように背の高いシンクで手を洗ってから、目に優しい緑のソファに遠慮なく腰を下ろした。
久し振りにあちこち移動したから、疲労が蓄積しているらしい。心地好いソファが睡魔を手招く。
目を閉じれば、まるで走馬灯のように思い出が駆け抜けていく。真っ先に思い浮かんだのは、地底世界で最初に私を見つけてくれたナプスタブルーク。
ナプスタは、私が記憶を失っていると知ると、私がスケルトンであるという予想を述べた上で、可能な限り手を尽くしてくれた。従兄弟だというゴーストも心配して介抱してくれたんだ。
その後はウォーターフェルに暮らすモンスターたちの協力を得て、ガーソンが提供してくれた衣服をみんなが見繕ってくれて、いまの私の外見は完成。懐かしいな。
みんなの思いやりや優しさを注がれた私はすっかり浮かれていた。なくした記憶を取り戻せると驕って、ウォーターフェルに別れを告げたのだ。
行き先は決まってなかった。ただ気の赴くままに歩いて、スノーフルのまちに辿り着いた。身体は寒さを感じないのに心が寒さを訴えて、そのちぐはぐさに疲れ果てた私は、無人の家にあがりこむ。そこが無人だと知っていたわけじゃない。本当にたまたま。敢えて選んだ理由があるとするなら、ウォーターフェルから一番近い家屋だった、それだけ。結果として誰もいなかったから、休むことにしたんだ。
それがまさか、想像以上に長い睡眠を取っていて、いつの間にか我が家にほかのスケルトンが転がり込んでいたなんて。青天の霹靂だったな。
いま思えば、記憶を取り戻すと宣言しておきながら長い睡眠を取ってしまったことで、後ろめたさが芽生えたのかもしれない。あんなに良くしてもらったのに、背中を押してもらったのに、記憶も探さず怠惰に過ごしていたなんて、顔向けできない。そういう罪悪感が芽生えていたんだと思う。
「でも、勇気を出したら、みんな優しく迎えてくれたな」
まだナプスタにしか明かしていないけれど。私を知るモンスターは、みんな、ウォーターフェルを訪れた私を歓迎してくれた。ガーソンも、ウォッシュアも、嬉しそうで自分のことのように喜んでくれて。私は距離を取るんじゃなく、足を運ぶべきだったんだ。もっと早くに。
「……寝たら、起きられないかも」
フリスクがフラウィが敷いた道をこのまま歩むのなら、私が出る幕はない。私が何もしなくたって、この世界は幸福で満たされる。
なのに。どうしてか。いまは、寝てはいけない気がして、愛おしいソファから離れる。
これが最後かもしれないから自室にも寄った。本当はサンズの部屋に直接殴り込みに行きたいところだけど、家の鍵をかけ忘れても、サンズの部屋の鍵はしっかり締まっているのだ。留守のようだから、殴り込みは諦めて私の部屋に直行する。
荷物からホットドッグを取り出してローテーブルに置き、簡単なメモ用紙に走り書き。
『5000Gはボッタクリ』
これでよし。抗議文として良い出来だ。
ついでにジョーク代わりに『Itchy Tasty』と書き記す。ゾンビジョークだ。こっちは目に付きにくいクローゼットにでも忍ばせておこう。
「……うん。それじゃ、ナプスタに会いに行こう」
今度こそ、包み隠さず本当のことを伝えるために。
ロードを挟んだおかげで、時間の感覚が狂う。日付は変わっていないはずだから、恐らく数時間振りの対面だ。
「というわけで、また来ちゃった」
以前、ナプスタに頼んだお願いは単純なもの。真意としては私を匿ってほしい、という願いだ。フラウィによるタマシイ吸収を回避するために打った布石である。平和なエンディングを目指すのなら避けては通れない道を、どうにか逃れなければならないのだから。
いずれ、フラウィはニンゲンのタマシイのほか、モンスターたちのタマシイを吸収する。モンスターたちのタマシイがすべて結集したら、ニンゲンのタマシイ一つ分に匹敵する。つまり、フラウィが求めていたニンゲンのタマシイが補われ、欠けることなく必要数集まるのだ。
ただし、ニンゲンのタマシイを持つ私が吸収されれば、彼は八つのタマシイを得ることになる。一つのタマシイを取り込んだだけでも尋常ならざる力を得るのに、神に至るとされる七つをさらに超えた先なんて、想像もつかない。
幸いなことに、ナプスタはお願いを聞き入れてくれた。まさかこんなに早く回収されるとは思ってもみなかったみたいで、ちょっと心ない言葉が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「なんにもないケド……ゴミの気持ちになル……?」
「いいね」
遠くでナプスタの作曲した楽曲が流れている。ほのまま目を閉じれば、脳裏に宇宙が広がっているような心境に陥る。けど、堪能するのは後回し。今日は別の用事があるのだ。
「聞き流してくれて構わないから。……私に、じぶん語り、させて?」
傍らのナプスタに話し掛ける。沈黙は肯定だった。
「フリスク……あ、ええと……、ナプスタの友達にニンゲンがいるでしょ? 遺跡で会ったと思う。メタトンの番組にも出てた」
「ああ……、しってル……」
「私もうまく説明できないんだけどね? 私、あの子になってた時期があったんだ」
「……? ゴーストってコト……?」
「あはは、そうかも。それが近いかな」
たしかに。フリスクを操作していた私はゴーストと言い換えてもいいかもしれない。いまの私だって、自分の白骨に取り憑いたゴーストと捉えても差し支えないし。
「だからね。何が起こるか、なんとなくわかるんだ。……思い出したのは、今日だけど」
「うん……、言ってたネ……」
「みんなには、幸せになってほしいの。いまの私には面識がないけど……、この地底で暮らすみんなに地上を見てほしい」
表情の変化が乏しいナプスタブルークが話し相手で良かった。顔色を窺わずに済む。……私は、まだ話を続けることが出来る。
「その気持ちに偽りはないよ。でも、取り憑いてた頃の私は、好奇心で悪いことにも手を出したんだ。……たとえばお店のものを盗んだり、モンスターに敵意を向けて、そのまま武器を振るったり」
意気地なし。殺した、と言い切れなかった。
だって、しょうがないじゃないか。別の世界の話と割り切るには罪の意識が重くのしかかっている。
「だからね、言われちゃった。『救いようのない悪党』って」
「グレース……?」
「言われた通りだったよ。……だからね。変わろうと思ったんだ。取り柄なんてないけど……それでも、」
続きを話す寸前、窓の外が眩しく光った。目を瞑った私とは対照的に、ナプスタブルークは起き上がっていた。あっという間に窓に近付く。
「カタツムリが……消えてル……」
ナプスタのその言葉を待っていたかのように、ドアをノックする音がやけに優しく響く。先程閃いた眩しい光が内側へ入ってこようとしているが、ナプスタは容赦なくブラインドを閉めた。
「ジャマが入っちゃウ……。キミの話、最後まで聞けなくてごめんネ……」
「……ううん。気にしないで」
ノックの音はまだ続いていたけど、ナプスタが無反応を返すので諦めたらしい。そして、何事もなかったように静寂が戻ってくる。
「……そろそろ、行かないと」
「……行くノ……?」
先程迸った光がフラウィによるものなら、彼はいまアズリエルとなってフリスクと戦っているはず。約束されたおわりの足音は、すぐ近くまで迫っている。残された時間は、あまりない。
「うん。やりたいことができたんだ。もしかしたら、私にしかできないかもしれないこと」
本当は、影ながら助力するだけに留める予定だったけど。関わり合いになったからには、手を伸ばしたい。私は強欲だから、あれもこれも全部救いたいんだ。話をしに来たのに、結果的に態度が悪くなってしまった。真摯に対応してくれるナプスタには頭の下がる思いだ。
「話、中途半端になってごめん」
「いいノ……、またこんど聞くヨ……」
「――うん。そのときはよろしくね」
感慨深い言葉だった。内向的なナプスタから、『今度』という単語を聞けるなんて。未来への約束を取り付けることができるなんて。家に閉じこもってたら聞けなかった言葉だ。
胸の内側が熱くなるのを感じる。離れ難い気持ちを堪えて、最後の挨拶のために口を開く。
「一緒にいて、楽しかったよ、ナプスタ。……じゃあね。バイバイ」
光の収まった外へと歩き出す。行き先はバリアのある場所。
最終決戦場に視線を投げて、ひとりの骸は決意を固めた。